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第二章 妃選び
39.夜会に向けて
しおりを挟む「夜会?」
夜会を開くというローズの提案を持ち帰ったものの、ドゥーイはガーディアがそれに許可を出すとは思っていなかった。彼が妃選びに乗り気ではないことを彼はちゃんと理解している。それを無視しているだけで。夜会なんて無意味だと思い、許可なんて絶対に出さないだろう。
それにローズはその夜会に誰を招待するつもりなのだろうか? この国の有力者? 候補者の国の者は万が一夜会の許可が下りても招待は難しいかもしれない。しかしこの国の者だけで行えば美醜は種族によって基準が違う。ローズの美しさというものを全員が理解できるとは限らないのだ。
薄暗いガーディアの執務室で「ローズ王女が夜会を開いてほしいと言っている」ということをガーディアに告げれば、この国の王は気だるげに聞き返した。ガーディアの金色の目と、その傍に控えるシトロンの金色の瞳孔がやけに目につき、ドゥーイは居心地の悪さを感じた。
「何故突然そんなことを言い出した?」
「それは私には……ただ、候補者の方々も変わり映えのしない日々に退屈なのでしょう」
適当に考えていた理由をつけ足す。それにはガーディアが候補者の前に姿を見せないことに対する皮肉が含まれていたが、彼が気にする素振りは見えなかった。
「もちろん、陛下が乗り気ではないのなら私の方からローズ王女殿下には――」
「候補者の国から人間を呼ぶのか?」
「は?」
「候補者の親兄弟や国の要人を招待するのかと聞いた」
「そ、それこそ許可が下りればもちろんそうしたく思いますが……」
「ならば許可をしよう」
「いいのですか?」
「好きにしろ。詳細が決まったら報告しろ」
ガーディアはあっさりとドゥーイを追い払った。残された薄暗い空間で、シトロンはいぶかし気にガーディアへ視線を向けた。
「どうして許可を? しかも人間の招待客なんて……」
魔族を嫌う国もある。それこそローズ王女の国であるベライドは――妃候補者たちはさすがにそんな態度を表には出さないが、招待客を入れればわからない。わざわざ不快になる可能性を作ることはないとシトロンは思った。
「どうしてだろうな?」
笑うガーディアからそれ以上何も聞けないことをシトロンはちゃんと知っていた。宰相府にちょうどよさそうな日程を確認してくるとあきらめたように言ってシトロンが部屋を出て行くと、ガーディアはゆっくりとため息をついた。
蘭の館へミモザに会いに行った時、気になる話を聞いた。
あの後、彼はしばらくミモザと共に過ごしたのだが、蘭の館にいれば当然この国にいるもう一人のドラゴン――クヴィストと顔を合わせることになった。ザルガンドで暮らすドラゴンはガーディアとミモザ、それからクヴィストの三人だけだ。しかしガーディアがクヴィストと顔を合わせるのはそれがはじめてだった。
風の属性を持つドラゴンであるクヴィストはガーディアより――見た目だけは彼の方が年上だが――若く、おそらくガーディアが星影の竜になった後に生まれたドラゴンだろう。それでも他のドラゴンたちのようにガーディアには決して好意的ではなかった。
ミモザがいる手前なのかそこまであからさまな態度をとらなかったが、言葉の節々に棘があるし、その視線ははっきりと冷たい。
そんなクヴィストは花街のはずれで若い魔族が幾人が行方不明になっている話をガーディアにした。妃選びで人間の出入りがあったせいで治安が悪くなっているのではないかとクヴィストは考えているようだった。
魔族の方が基本的には人間より強いが、全員が全員そうであるとは限らない。妖精や精霊は力が弱ければ人間の目に見えないが、それ以外の魔族は場合によっては人間に害されることないわけではない。それに犯罪は必ずしも力だけで行われるわけではない――若く世間知らずな魔族が人間に騙されることだってあるだろう。
ドゥーイのように商売をやっている魔族の中には密かに人間の入国を手引きする者もいることは把握していた。それを糾弾するにしろ、何かきっかけは必要だろう。それに――
ガーディアは立ち上がった。何かが窓を叩く音がした。カーテンを開けると、魔力で生み出された小鳥が窓ガラスをつついている。部屋に招き入れたそれはガーディアの手の中で一通の手紙へと姿を変えた。ベレナングレンからの連絡だった。
***
中枢区にある畑を抜けるとゆるやかな斜面があり、そこには果樹園が広がっていた。そこで採れる果物は主に王宮で使われるが、王都の流通に乗ることもある。植物から生まれた妖精たちが育てているため、妖精たちが多く暮らす土地で取れた果物のように質がいいと評判だった。
ジャムを作るために少し痛んでいたり形が悪い果物をもらおうとミモザはアンナベルやティンクと果樹園を訪れていた。ついでに果物狩りも楽しもうと、空のバスケットを手に木々の間を歩いていく。気温の低さは斜面を歩いている内に気にならなくなった。今は林檎がいい時期で、ぴかぴかとした赤い実が美しく果樹園を飾っていた。
いくつか林檎をバスケットに入れて、三人は斜面に敷物を敷くとそこで一休みをした。軽食とお茶を広げながら、採ったばかりの林檎をナイフで向く。蜜がたっぷりでおいしそうだ。
「夜会ねぇ」
林檎を頬張りながらティンクが言った。前日にあった妃候補の茶会で夜会――しかも晩餐会ではなく舞踏会だ――の開催を告げられたばかりだったので、ミモザとアンナベルは早速ティンクにその話をしたのだった。妃選びがはじまった時もそれらしきものはあったが、今回は大勢の招待客を呼ぶ大規模なものになるらしい。
「そもそも陛下はお茶会にも来てないのに、どうして夜会をすることになったの?」
「たしかに……」
そもそもザルガンドに夜会を開くという文化はなかった。ミモザの前世であるアルディモアから嫁いできた王妃がその文化を持ち込んだので王宮には一応舞踏会にも使える大広間があるが、王妃が亡くなってからはそれも全く使われなくなった。
ザルガンド各地の有力者が王都に集まったとしても、必要な会議などをやるだけで晩餐会や昼食会などの社交の場が開かれることはない。ガーディアは基本的に家族だけでの食事を望み、それは他の魔族も同じだったからだ。
ガーディアが言い出したとは思えない。
「父が愚痴をこぼしていたんですが、ローズ王女が言い出したみたいです」
「そうなの?」
「シシーさんが来たことを、ローズ王女は不満に思っているみたいで……」
「それがどうして夜会を開くことにつながるの?」
「さあ……?」
「シシーってあの新しい妃候補? すごく嫌な子よね」
ティンクが顔をしかめた。
「ちょっと庭を歩いているだけで文句を言ってくるの」
「わたしも宰相府に軽食を届けに行くとき言われたっけ……」
「ミモザも? どこを歩いていようがこっちの勝手なのに!」
「国にもよるかもしれないけど、人間の国って貴族とか身分が高い人の家だと下働きは仕事中、貴族の目に入らないようにするっていう決まりがあったりするから……」
「ザルガンドは違うじゃない! あの候補者もあの子と一緒にいる人間も何を勘違いしてるのかしら」
「同じベライド出身でも、ローズ王女の方は嫌そうな顔をするけど口には出さないのに」
果樹園の木々の合間を風がふわりと通り抜けていった。高い空を見上げながら、三人は同時にため息をつく。
「嫌な話はやめよう」
ティンクが明るくそう言った。
「夜会のことなんだけど、二人ともどんなドレスを着るの?」
「うーん」
「わたしは母と相談して決めます。いつも父が選んだドレスばかりでわたしの趣味とはちょっと合わないので……」
「それがいいと思う」
ミモザとティンクは声をそろえてうなずいた。
「ミモザはどうするんですか?」
「今あるドレスでいいかなと思ってるけど……」
「でも人間の国から招待客も来るみたいですよ? 新しいドレスにした方が……」
ミモザが妃選びの場で着る衣装はシトロンが買ってくれたものだ。妃候補になって欲しいと頼んだのはこちらだからとシトロンは言うが、それでも限度があるだろう。かと言ってミモザの給料で夜会用のドレスが買えるとは思えない。
「意外と陛下がはりきって用意してくれるかもしれないじゃない?」
ありえないとは言い切れず、ミモザは何て返していいかわからなかった。
「そうですね! 陛下なら種族も同じですし、ミモザにぴったりな衣装を選んでくれそうです」
「でもそれは……」
うれしいかうれしくないかで言えばうれしいが、ミモザはあくまで表向きは妃候補の一人にすぎない。ガーディアとの関係性はよくなってきてはいるし、これがつづいていけばと思うが、表向きがそうである以上まさかガーディアからドレスを贈られるわけにはいかなかった。
「もしそう言われても断ると思う」
「どうして?」
「あくまでわたしは候補者の一人だし……」
「でも陛下だってきれいになったミモザを見たいと思うけど?」
「そうですよ。ミモザはいつもステキですけど、着飾ればもっとステキになります。陛下だって喜ぶと思いますよ」
それは喜ぶだろうけれど。
「ミモザだって陛下に着飾ったところを見せたいんじゃないの?」
そう言われると、何も言えない。
「だけどわたしも彼もドラゴンだし……」
うめくようにミモザはつぶやいた。
***
「衣装を贈らせて欲しい」
“白い庭”で真剣な顔をしたガーディアにそう告げられた時、ミモザは思わず苦笑いしてしまった。
「どうして笑うんだ?」
「この間、アンナベルとティンクに言われたの。ガーディアがわたしにドレスを贈りたがるだろうって」
ガーディアは気まずそうに目を細めた。
「当然だろう?」
「でも、お断りします」
「何故?」
不満そうな色を浮かべるガーディアの金色の瞳をミモザは見つめた。
「わたしはあくまでガーディアの妃候補に一人だし、それなのにわたしだけドレスをもらったらおかしいでしょう?」
「俺が候補者にドレスを贈るのはおかしくないと思うが?」
「それなら他の候補者にも贈らないといけなくなるけど、ガーディアはそれでもいいの?」
「それは……よくないが――」
“星の涙”を一輪摘んで、ガーディアはそれをミモザの髪にそっと飾った。
「俺はミモザが着飾ったところを見たい」
「そう思ってくれるのはうれしいけど……」
“星の涙”のひし形の花弁が揺れている。ミモザの金色の髪――それとは対照的な深い夜の色に似た角の傍で。ミモザの角はもうほとんど元の形を取り戻していた。黒曜石を思わせる質感の角の先は、紫色の宝石が飾っているようだ。
実のところ、ミモザはガーディアの「着飾ったところを見たい」という言葉をどこまで真剣に受け取るべきか判断しかねていた。人間の時は気にならなかったが。
今までと違い、ミモザはガーディアと同じ種族であるドラゴンとして生まれた。ドラゴンにはドラゴンの美醜感覚がある。普段は人間の姿をして暮らしているとはいえ、本当に美しいと思う姿はやはり本来の姿なのだ。ミモザだってどちらかと言えばガーディアの人間の姿より本来の姿の方がステキだと思う。もちろん、人間の姿の時もステキではあるが……。人間の姿で着飾って、どこまでガーディアに喜んでもらえるのだろうか? 本来の姿を見せた方が喜ばれそうだ――そういうわけにもいかないけれど。
ミモザとしても着飾った姿を見せたい気持ちも当然あるが、ガーディアに美しいと思って欲しいのはどちらかと言えば人間としての姿ではなく本来の姿の方だった。
「わかった」
全くわかっていなさそうな声でガーディアはうなずいた。
「衣装を贈るのはあきらめる……が、当日は少しの間だけでもいいからエスコートさせてくれ」
「エスコート?」
「人間の夜会はパートナーと出席するものだ」
「それは知っているけど、人間の夜会じゃないし……」
期待を込めた視線に、ミモザは苦笑いを浮かべた。
「まあ……少しの間だけなら」
うれしそうな笑みと共にすくわれた手の甲に、約束だと言わんばかりに唇が触れる。そっと動かした頭から“星の涙”がこぼれ落ち、その美しい花弁を揺らしながら二人の間に舞い落ちていった。
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