【完結】レイチェル・パーシヴァルの書簡集

通木遼平

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レイチェル・パーシヴァルの書簡集

2.聖ドラグス暦1859年残暑の月17日

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 手紙に書いた心配どおり、新学期がはじまるとレイチェルは苛立たしい毎日を送ることになった。特に伯爵以上の爵位を持つの家の令嬢たちはレイチェルがわざと瞳の色を変えてくれないと思い込んで嫌がらせまがいのことをしてきたのだ。

 友人たちは心配してくれたが、レイチェルはあまり気にしないようにしていた。ただ、勉強の邪魔だけはされたくなかったので去年までよく利用していた学院の図書館ではなく、寮の自室や王立図書館を代わりに利用するようになっていた。普通の令嬢ならば、王立図書館の魔術に関する専門書が並ぶ区画には近づきもしない。





 と、思っていたのに……。

 「お嬢様……!」と慌てた声が耳に届き「大丈夫よ」と優しく言ったが、レイチェルは内心イライラとため息をついていた。
 ここのところ雨つづきだったため久しぶりに顔を出した太陽が、道の水たまりに反射して眩しいくらいだ。レイチェルは一応旗手伯爵家の令嬢なので王都には侍女を一人ともなってきているのだが、週末の今日も彼女と一緒に王立図書館へと向かうところだった。

 学院から歩いて行ける距離で久しぶりの快晴だったのもあり、散歩も兼ねて二人は歩いて図書館へと向かっていた。美しい曲線の屋根のない形の馬車がそばを通り過ぎたのはその道中のことだった。

 盛大に水たまりを踏んだ馬車が少し通り過ぎたところで止まり、乗っていた美しい人がちらりとこちらを見てからまた出発したのに、レイチェルは何が起こったのかを正確に察した。乗っていたのは学院の同級生の伯爵令嬢で――同じ伯爵だが、旗手伯爵家ではなく、レイチェルの家より領地も広く裕福な家だ――レイチェルに瞳の色を変えて欲しいと言って来た令嬢の一人だった。
 彼女はレイチェルが「そういう魔術はなく、できない」とちゃんと説明したにも関わらず、レイチェルがオスカー・ローラントの妻の座を狙っていて他の令嬢たちにその方法を提供するのを嫌がっている。魔術の成績を鼻にかけていると糾弾してきた。レイチェルは心底うんざりして、もう関わりたくないと思ったのだが……。

 跳ねた泥がレイチェルの服にべったりとついてしまっている。慌てる侍女の服にもだ。巻き込んでしまって申し訳なくて、レイチェルは怒りを収めて眉を下げた。

「ウィノナの服も汚れてしまったわ。ごめんなさい」
「どうしてお嬢様が謝るのです?」
「さっきの馬車、同級生が乗っていたの。きっとわざとだわ。ほら、あのことで――」
「お嬢様のせいではありません」
「巻き込んだわ」

 レイチェルより少し年上の侍女は「気になさらないでください」と優しく言った。

「寮に戻りましょう。その格好では図書館に入れてもらえませんわ」
「そうね……」

 調べたいことがあったのに。レイチェルはまた苛立ちを思い出したができるだけ気にしないように蓋をした。周囲がレイチェルと侍女をちらちらと見ている。こんな汚れていては当然だろう。

「大丈夫かい?」

 好奇心に満ちた視線だけを送る人々ばかりの中で、穏やかな低い声がレイチェルにかけられた。侍女が大げさに目を丸くするので不思議に思いながら振り返ると、思いもよらない人がそこに立っていた。

「平気です」

 素早く、レイチェルは言った。はじめて会うその人は令嬢たちが熱をあげるのが理解できる姿かたちをしていた。特に黒い前髪が作るやわらかい影の下で少年のような輝きを携えたその虹色の瞳ときたら――オスカー・ローラントは優しく微笑んで、その虹色の瞳にレイチェルを映していた。

「そうは見えないけど……」
「初対面の方に心配していただくほどではありませんわ」

 侍女の非難する目つきを無視してレイチェルはつんとそっぽを向いた。そもそもこうなったのはこの男が夜会でおかしなことを言ったせいなのだ。虹色の瞳なんてそう何人もいるわけがないのに――結婚したくないからそんなことを言ったのかもしれないが、そんなことは関係なかった。

「初対面の相手にそんな態度はどうかと思うよ」

 言った言葉とは対照的にオスカーは楽しそうだった。

「君は……学院の生徒? その格好で寮に戻るつもりなら、よければ僕のところに寄って行かないか? ここ、魔術師団の建物なんだ。女性もいるから魔術で汚れを落とすか、着替えを貸してあげられるかもしれない」

 すぐ目の前の建物の門には確かに魔術師団の名前がある。王都にいくつかある研究施設の一つらしい。レイチェルが断ろうと口を開く前に、今度は侍女が素早く「よろしいのですか?」とその申し出を受ける発言をした。





***





親愛なる アラン・スミシー様



 ごきげんよう。新しい学年もいいスタートを切ることができました。魔術の課題は特に先生に褒められましたの。新しい魔道具の研究だったのですが、わたくしは子どもの頃からものづくりに興味があったのでこの課題に活かすことができたのだと思います。

 前回の手紙のことを覚えていらっしゃるかしら? 同級生の令嬢たちはまだ虹色の瞳を諦めていないようなのですが、もうわたくしに頼むのはやめたようです。その代わり、彼女たちはわたくしがその技術を、そんなものないと言っていますのに! 独り占めしているのだと思い込んで色々と嫌なことをしてくるのです。誤解しないでいただきたいのですが、わたくしは別に落ち込んでいるわけではありません。そういうことをしてくるのは元々親しくもなかった方々なのでどうでもいいのです。苛立ってはいますが。でも勉強の邪魔をされるのは許せませんわ!

 学院の図書館で勉強していると邪魔をされてしまうので、この頃は寮の部屋や週末に王立図書館に行って勉強をしていますの。おじ様への手紙はいつも寮の自室で書いておりますので安心してください。この時間はわたくしの一番の癒しでございます。おじ様がめったにお返事を下さらないことはとてもさみしいですが。
 ところで、先週末もわたくしは王立図書館に侍女のウィノナと共に歩いて向かっておりました。このところ王都のお天気は悪かったのですがその日はとてもよく晴れていて絶好の散歩日和だと思ったのです。そこで誰に出会ったと思います? なんとあのオスカー・ローラントです!
 わたくしはおじ様に彼は嫌な奴に違いないと言いましたが、誤解でした――会ったこともない相手を印象で語るのは愚かなことでしたね。反省しております。でも彼を好きになれるかと言ったらきっと無理ですわ。彼と出会った時、わたくしはとても惨めな格好をしていたのですが、その原因は元々彼にあるのですから。
 何が起きたのかを思い出すととても嫌な気持ちになるので割愛させていただきますわ。気になさったらごめんなさい。でもとにかく彼はわたくしと侍女を助けてくださいました。それでわたくし、はじめて魔術師団の施設に入ったのですがとてもおもしろいところでしたのよ! 魔術師たちが見たこともないような魔術の研究をされていて、たくさんの色々な魔道具があって、彼は親切にもわたくしに興味深くて課題に役立ちそうな魔術書を貸してくださいました。私物だと言っていましたが本当かしら? 返すときは何かお礼をつけようと思います。男の方って何を差し上げるのが一番よいのかしら? おじ様が何かアドバイスを下さったら嬉しいのですけれど。

 侍女にお礼の話をしたらとても張り切ってしまって困っております。彼女はオスカー・ローラントをとても気に入ったようですの。彼女が何を考えているのかちゃんとわかっていますわ。おじ様も想像ができますわよね? 周囲の勝手な期待ほど心が沈むものはありません。次の週末はお友達と出かけることになっておりますので、彼に本を返すのはそれより後になると思います。それまでにおじ様からお返事が届いたらと思いますけれど、これはわたくしの嫌いな「周囲の勝手な期待」ですわね。改めなければいけないことがたくさんあるような気がいたします。彼のような優秀な方もそういうところがあるのかしら?

 明日の一限目は実技なので、今日はもう休もうと思います。おじ様におやすみなさいと言えるのはとても嬉しいことです。きっと素敵な夢を見るに違いないわ。おやすみなさい。



大人になるのを夢見る レイチェル


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