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幕間 ルダス
幕間 1 ダリア
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朝晩と空が赤く染まるたびに、耳長が外で花を吐く。花を吐いている間に獣に襲われては困るだろうと私は一緒に朝晩の発作に付き合っている。
耳長が木枠に向かい、花を吐き出す。ぽろぽろと吐いたその中に、戦死した兄、ヴェントに手向けたダリアを見つけた。
あの墓に、ガゼラは欠かさず花をたむけてくれているだろうか。それとも、私を迎えに来るのに全力を尽くしてくれているのだろうか。
ーー
エルフは、耳長は気狂いだと教わった。
ミサで牧師が朗々と、家で家庭教師がたんたんと、騎士団で団長ががなるように……。王様が、国民が、みんなが口をそろえて言っていた。
だから『悪魔を人間の領土にけしかけている悪いやつ』というのは、学のない下町の子供でさえしっている常識だった。
戦争奴隷の耳長たちは一様に売女の真似事をしていた。外に出ようと足掻いて、鉄格子に手をかけて、その手に火傷を作っていた。獣のように引っ掻いて暴れて、もう二度と自由は叶わぬと気づけば媚びるように下品に腰を揺らした。だから私も、耳長は悪魔よりタチの悪い畜生だと思っていた。滅亡させるべき害虫だと思っていた。
ーー
母上と父上は仲が悪かった。父上は今は亡き第一妻テレーズと相当仲睦まじく、ルニカ教典の双子夫婦神アニスとテレサのようだと言われていた。恋愛婚をし、朝夕の頬に挨拶をし、病気で倒れた時も胸にだき愛をささやき続けた第一妻と比べ、政略結婚である第二妻の母上との会話は凍えるような様子だった。
私と兄、子を2人成したことが奇跡と言われるほどだ。後継は亡き第一妻の産んだ義兄アザリアで私たちはアザリア義兄様と領地管理の手伝いをする未来が待っていた。アザリア義兄様は、テレーズ第一妻と同じ病に罹っていて私たちの助けが必要不可欠だった。しかし、それに意を唱える男がいた。それが私の兄ヴェントだった。
ヴェント兄様は数字を追いかけることと本のページを捲ることが大の苦手で、外で体を動かし汗を流すことが何より好きなやつだった。ルニカ教の教典なんて読むことどころか、教会のミサに、椅子の座りが悪いからというふざけた理由で不参加を決め込むおとこだった。母上はルニカ教に陶酔していて、ヴェント兄様の無関心に難を示した。何度も説得したが、彼が8歳になったと同時に諦めたようで、代わりに私がルニカ教の洗礼を受けた。私はアザリア義兄とともに讃美歌を歌い、ヴェント兄様は外で剣術や武術を学んだ。
ヴェント兄さまが、9歳になったとき、母上は手ずから本を渡した。それはルニカ教に背いた反逆者の書いた書物の一つで……危険思想を振りまくと規制し焚書したものだった。神様の存在を疑う少年が他の種族と手を取り仲良くなる冒険譚は、ヴェント兄さまの心をつかみ、彼に騎士になるという夢を持たせた。
ヴェント兄さまは母上にそのまま伝えた。母上は呆れた顔を浮かべたから…兄さまを止めてくれると思っていた。しかし母上は兄さまの願いを快諾した。
兄様を、なぜ、母上は止めなかったのか。
理不尽だと自分の処遇を嘆いて赤子のように駄々をこねているわけではない。ヴェント兄様は元からそういう人だ。そういう行動が許される人だ。
溺愛されていた第一妻の後釜に、政略結婚でやってきた卑しい隣国の伯爵令嬢第二妻、情けで生まれた愛されぬ子。使用人から腫れ物のように扱われてもおかしくない中で、私たちがアザリア義兄様と同等に扱われてるのは、ヴェント兄様のおかげだ。空から落ちてきた太陽のように朗らかに笑うヴェント兄様は、第一妻の亡くなったことで暗くなった屋敷を明るく照らした。ヴェント兄様は無意識のうちに周りの人間の心を引いていた。
かと言って、母上はそうでなく、アザリア義兄様の手伝いをするのよと、ヴェント兄様を再三叱っていた。
なぜ、ヴェント兄様が騎士になることを快諾したのですかと聞いたことがある。母上は漆器を傾けながら、「耳長を駆除することは、信仰心の現れですから。ルニカ教聖騎士団に入れば、ヴェントが神に祈らずとも教会に貢献しているという事実が欲しかったまでですよ」と微笑んだ。
ふと沸いた疑問は紙にインクを垂らすように、胸にもやを残した。
ーー
耳長が木枠に向かい、花を吐き出す。ぽろぽろと吐いたその中に、戦死した兄、ヴェントに手向けたダリアを見つけた。
あの墓に、ガゼラは欠かさず花をたむけてくれているだろうか。それとも、私を迎えに来るのに全力を尽くしてくれているのだろうか。
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エルフは、耳長は気狂いだと教わった。
ミサで牧師が朗々と、家で家庭教師がたんたんと、騎士団で団長ががなるように……。王様が、国民が、みんなが口をそろえて言っていた。
だから『悪魔を人間の領土にけしかけている悪いやつ』というのは、学のない下町の子供でさえしっている常識だった。
戦争奴隷の耳長たちは一様に売女の真似事をしていた。外に出ようと足掻いて、鉄格子に手をかけて、その手に火傷を作っていた。獣のように引っ掻いて暴れて、もう二度と自由は叶わぬと気づけば媚びるように下品に腰を揺らした。だから私も、耳長は悪魔よりタチの悪い畜生だと思っていた。滅亡させるべき害虫だと思っていた。
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母上と父上は仲が悪かった。父上は今は亡き第一妻テレーズと相当仲睦まじく、ルニカ教典の双子夫婦神アニスとテレサのようだと言われていた。恋愛婚をし、朝夕の頬に挨拶をし、病気で倒れた時も胸にだき愛をささやき続けた第一妻と比べ、政略結婚である第二妻の母上との会話は凍えるような様子だった。
私と兄、子を2人成したことが奇跡と言われるほどだ。後継は亡き第一妻の産んだ義兄アザリアで私たちはアザリア義兄様と領地管理の手伝いをする未来が待っていた。アザリア義兄様は、テレーズ第一妻と同じ病に罹っていて私たちの助けが必要不可欠だった。しかし、それに意を唱える男がいた。それが私の兄ヴェントだった。
ヴェント兄様は数字を追いかけることと本のページを捲ることが大の苦手で、外で体を動かし汗を流すことが何より好きなやつだった。ルニカ教の教典なんて読むことどころか、教会のミサに、椅子の座りが悪いからというふざけた理由で不参加を決め込むおとこだった。母上はルニカ教に陶酔していて、ヴェント兄様の無関心に難を示した。何度も説得したが、彼が8歳になったと同時に諦めたようで、代わりに私がルニカ教の洗礼を受けた。私はアザリア義兄とともに讃美歌を歌い、ヴェント兄様は外で剣術や武術を学んだ。
ヴェント兄さまが、9歳になったとき、母上は手ずから本を渡した。それはルニカ教に背いた反逆者の書いた書物の一つで……危険思想を振りまくと規制し焚書したものだった。神様の存在を疑う少年が他の種族と手を取り仲良くなる冒険譚は、ヴェント兄さまの心をつかみ、彼に騎士になるという夢を持たせた。
ヴェント兄さまは母上にそのまま伝えた。母上は呆れた顔を浮かべたから…兄さまを止めてくれると思っていた。しかし母上は兄さまの願いを快諾した。
兄様を、なぜ、母上は止めなかったのか。
理不尽だと自分の処遇を嘆いて赤子のように駄々をこねているわけではない。ヴェント兄様は元からそういう人だ。そういう行動が許される人だ。
溺愛されていた第一妻の後釜に、政略結婚でやってきた卑しい隣国の伯爵令嬢第二妻、情けで生まれた愛されぬ子。使用人から腫れ物のように扱われてもおかしくない中で、私たちがアザリア義兄様と同等に扱われてるのは、ヴェント兄様のおかげだ。空から落ちてきた太陽のように朗らかに笑うヴェント兄様は、第一妻の亡くなったことで暗くなった屋敷を明るく照らした。ヴェント兄様は無意識のうちに周りの人間の心を引いていた。
かと言って、母上はそうでなく、アザリア義兄様の手伝いをするのよと、ヴェント兄様を再三叱っていた。
なぜ、ヴェント兄様が騎士になることを快諾したのですかと聞いたことがある。母上は漆器を傾けながら、「耳長を駆除することは、信仰心の現れですから。ルニカ教聖騎士団に入れば、ヴェントが神に祈らずとも教会に貢献しているという事実が欲しかったまでですよ」と微笑んだ。
ふと沸いた疑問は紙にインクを垂らすように、胸にもやを残した。
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