転生したら断罪イベ最中で王子側だったオレの話

ひやむつおぼろ

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1.5章 竜王の聖女と逆里帰り出産又はハネムーン

何故か婚約破棄を言い渡されました。 sideルミナス

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 私は先ほどまで、良い気分でいた。ようやくだ。念願かなってジュリアス様と体を結んで、自分の領地に運び込んだ。これから私の巣に閉じ込めて、彼をひたすら愛して、精を注ぐのだとほくそ笑んですらいた。

「ルミナス、オレたちはやっていけないよ。別れよう。」

 ジュリアス様から言われた言葉だ。

 本当は、なぜだの、どうしてだのと喚き散らしたかった。

 だが…小さな鼻を赤くして泣くその顔を見て、私は部屋から飛び出してしまった。廊下を走る。ローブがひらひらと足元で踊り、踏み出した爪先が裾を踏む。バタッと倒れ、強かに打った顔面が痛くなる。

「あ……。あぁぁ!嫌われた!嫌われた!!!」

 絨毯に思い切り叫ぶと、コツコツと前方から足音がした。

 杖と両足をつかい3本足で歩く彼女はこのヘイストス家の従事を総括するボスであり、ヘイストス家の十代目の当主で、唯一、現当主の叔父に口答えのできるナーリャ•ヘイストス……ばあやだ。竜王にいたく可愛がられ、彼女は人ならざる長寿を授かった生きる化石と言える人である。五、六百という年数を生きたこの人が、私から見ていくつ曾が着くのか。家系図を調べる気も起きないほど遠い親戚だ。

「今日もルナ坊は元気じゃのォ!」

 げし、と足を私の頭に乗せてくる。捲れ上がったローブの隙間から鱗が覗く。彼女の特筆すべきはその長寿だけではない。彼女は竜王にいたく愛され体を変えられてしまったのだ。腕や腰に至るまで鱗が生えている。頬の先まで伸びた大きな口と、それを縁取るノコギリのような牙。竜と同じといっても過言ではないほど変わってしまった顔を覆うベールをつけて、彼女は生活していた。

「ばあや、私、嫌われました!どうしましょう!」

「ルナ坊……主語が抜けておるぞ。無断で婚前なのに婚約者に会いにいったあげく朝帰りして…パーティー会場に常識を忘れてきたか?」

「ばあや、私婚約者に嫌われてしまいました」

「……は…?」

「どうしましょう、孕みの紋で、赤ちゃんがいるのに、死んじゃう。」

「はー?!!」

ーーー

 私は全てをばあやに伝えた。

「お主、お主というやつは!アレは体を書き換えるが故に精神バランスが崩れると口酸っぱく言うたじゃろうが!」

 クワッと大きな口を開けて怒鳴る。ばあやは、鋭い牙を見せつけながら怒鳴った。

「で、ですがきちんと一定量精を注げば術者の魔力で安定するはずでは…」

「注ぎすぎじゃ!なんべんやったんじゃお主は!」
「だいたいのう、我ら竜王に仕えし一族は谷によそ者が入れば気づくわ!」
「谷になぜお主の婚約者が侵入したことがバレぬと思うとるのじゃ!お主の魔力しかせんほど染め尽くしたと言うことじゃろうが!」

「そっ、そんな…」

「とかく、わしはお主の嫁に会いに行く。ーーお主を嫌い、もし別れを突きつけられても死ぬなよ。我々の責務をまっとうせよ。」

ーー

「わかれ…、ジュリアスさまと、お別れ…。」

 ばあやが廊下をスタスタと曲がるのを見届ける。目の前が真っ暗になった。

 私は、何を勘違いしていたんだろう。酒の勢いで既成事実を作り、淫紋で蕩けたジュリアス様から愛の言葉を言わせて……。

 わたしは
   ジュリアス様のことが、
好きだけど
    ジュリアスさまは
どう おもって…。

 ぱちん。頭の中で何かが弾ける。

『ルミナス•ヘイストス公爵令嬢、お前との婚約、取り消させてもらう!』

どろ、と、記憶が流れ込む。あぁ、違う。

 ヒソヒソと扇を口に当ててざわめく貴族や婦人たち。ジュリアス様そっくりの男にしなだれる、アンジュではない、しとやかな貴族。が握りしめるサテンのドレスの手触り。が感じた悔しさ恥ずかしさ、どす黒い……復讐を誓う気持ち。

 ぱちん、どろぉ。

 の国外追放を助ける、知らぬ男。無骨な手に重なる、細い手。締め付けられる胸の痛み。度重なる苦難を一緒に乗り越える喜び。

 ぱちん、どろぉ。

 命乞いをする第一王子ジュリアスに、剣を振りかざす両手首の軋む音。

 ぱちん、どろぉ。

 全てから解放されてと、あの人が言葉も無しに重なる瞬間、柔らかな唇の暖かさ。何かを手にしたという満ち足りた気持ち。分厚い唇が、の唇へと合わさる幸福。

「違う、違う違う違う!!!」

 わたしは、私だ!!ルミナス•ヘイストスは、私だ!

 馬鹿になった頭を掻きむしる。竜王に近づいてないのに、なぜ。記憶が混濁し、目の前が眩む。

「じゅりあす、ジュリアスさま。愛しています。」

 渇く。空いた口に、あなたが欲しい。誰か知らない、私ではない女の歪んだ幸せを見せられて、グラグラと血が沸き立ち背筋が凍る。

 違う、私は、私はあなたのことが好きだ。あなたを殺したくなんてない。たすけて、と泣くように、虚空に愛を囁く。あなたじゃないあなたを殺す記憶が、ずっと頭にこびりつくのです。

 だから、どうか。私をあなたのものに。私の気持ちが確実にあると言わせて。受け取って欲しい。
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