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歌わない合唱部員と放送規制!

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 次の被害者は遠藤 拳。話は彼が奇声を上げる数十分前に戻る。
 
「ねえ。今日も部活の練習やる……?」
「やるに決まってるでしょ!」

 ホームルームが終了し、昨日の被害者である赤城さんが話しかけてきた。
 彼女の様子を見るに一昨日と何の変わりもない。そのことを訝しく思っていると、彼女は前向きな発言を飛ばしてきた。

「別に……あれはあれでいいんじゃない……とか言われたし。逆にクラスの女子が近寄ってきたような感じがするわ」彼女は少し嬉しそうに、その言葉を口にした。

 確かに彼女の第一印象は近寄りがたそうなお嬢様。不用意に話しかけたら、暴言の嵐が吹き荒れるだろうといらぬ心配をしていた。
 まあ、たまに「下僕になりなさい」とか、「あたしに勝てる庶民などいないわ」と強がるが……。そこはフォローしきれませんでした。
 しかし、昨日の事件が起きたことで彼女を敬遠していた人の一部の誤解を解く良い機会になったらしい。

「良かったじゃないか。で、やっぱり遠隔操作だったのか?」
「パ……お父様に聞いてみたところ、どうやら違うみたい。やっぱり、昨日手動でメールが一斉送信されたみたいね」
「……そうか。で、もし、ソイツを見つけたらどうするんだ?」
「そ、それはとっ捕まえて……」

 赤城さんの言葉が詰まっていた。
 僕だったら、どうするのだろうか。捕まえた犯人に理由を聞く? だが、こんな愉快犯的な犯行にそもそも理由もへったくれもない……。
 まず、僕が歌の練習時間を削ってまで彼女に協力する必要があるか。いや、ないだろう。昨日は練習ができなかったのだ。歌が苦手な僕にとって、このままだと先輩達の前で恥を晒すだけになってしまう。そんなことは絶対に嫌だ!

「……犯人捜しは? 手伝ってくれない?」
「ごめん。流石に手がかりもない状態じゃあ、無理」
「手がかりか……昨日、鍵を返しに行ったとき、先生があたしに『すれ違いになったかな』と言ったことは気になるけど」
「『すれ違い』?」

 何の事だろう。僕と友人のすれ違いなら日常茶飯事だから、心当たりが多すぎて逆に見当がつかない。
 やはり、有力な手掛かりは存在していない。調べるなんて時間の無駄。もしかしたら、犯人は僕達が懸命に捜査をすることを面白がっているかもしれないんだし。

「そ、そうよね。歌の練習しないといけないし。今日はあたし一人で調べてみるわ」

 真実を追い求めようとした彼女は僕を置いて、先に部室へと向かう一歩を踏み出していった。
 僕も少し考え込んだ後、教室を後にする。

 一階から二階へ上がる階段。二階から三階に上がる階段。駆け上っている途中、僕は事件よりも下原さんの行動に対する違和感を思い出した。何時も違和感だらけだが、それとは少し違うもの……だ。
 渡り廊下の窓から光が差し込んでくるが、僕は下ばかり向いて少しも暖かさを感じようとはしていなかった。寒い。日向で震えるぐらい、寒いのだ。

 彼女はきっと歌の才能がある。もし、できなかったとしても楽譜を並べられる知識があったのだから努力をすれば何とかなる。歌とは、才能があるものが楽しむものではない。才能がなくとも、声は出せる。耳で楽しむこともできるし、歌って愉快な気分になれることもある……たった数日間、合唱部で歌に関わっただけなのだが、そう思い始めてきた。
 突然、その気持ちの裏切りが実体化して現れたような気分だった。歌わない彼女がその象徴だ。
 違和感の正体は、彼女が歌わない理由を知れば……分かるかな。

「……けど、まだ誰も歌わない理由を聞いたわけじゃないんだし。今日思い切って聞いてしまお――」
「……やべえ……何で、俺のお気に入りのグラドルとかの写真が公開されてるんだよ!」

 気づけば、部室の前で立ち止まっていた。そんなことは気に留めず、拳の悲鳴が聞こえた部室に突入する。

「痛いです!」扉に額をぶつけ縮こまっている美吉野さんが恐る恐る僕に、痛みを訴えた。
「ゴメンね」と僕が一言返す。

 僕は彼女の反応に目も暮れず、口を開けていかにも「大変なことがありました」と顔に書いてある拳を見た。

「ど、どうしたんだよ?」
「お前もトークアプリを開け」

 トークアプリ。これは確か、一年全体に伝えたいことを連絡できる優れたアプリ。鞄から取り出したスマートフォンの画面を凝視し、数分前に貼られたURLを開いてみることにした。
 何だよ。これ……? おかしいだろ。僕の好みのグラビア&少しアダルトなアイドルの情報が転載されているんだ! そう言えば、僕、拳と趣味が同じだったんだよな。つまり、この趣味が拳の秘密だったという訳か。

「黙りなさい! この変態!」

 部室に飛び込んできた下原さんは水筒で拳の頭を狙ったが、米粒くらいの差で攻撃を外した。昨日から下原さんに急襲されてばかりの拳は、困り顔で事情を説明する。

「な、何すんだよ……違うって! 実はこんなわけなんだ……」

 だいたい予想をついていた。拳がトイレに行った隙に誰かがスマートフォンを悪用し、拳の秘密を学年全体に公開したのだ。
 こいつ、自作自演の愉快犯だったら相当の変態だな……と思いつつ、衝撃の事実が幾つも頭に飛び込んできていることを感じ取った。
 あ、頭が痛い……。

 一つ目。犯人は拳が油断している際にスマートフォンを触り、犯行を起こした。これでは一時の気の緩みも許されないではないか。
 二つ目。この言葉のせいでほんの少しだが反応している人達がいる。今日、部活動がない人達だろう。何回かの呟きで合唱部の拳が変なことをしていると推測されてしまった。
 これは非常にまずい。合唱部のイメージが悪くなり、僕や赤城さんまでもが変なレッテルをはられる可能性が高い。「変態」のレッテルは絶対に嫌だ。
 困ったことにまだまだ衝撃の事実は存在している。

「下原さん……まさか、このトークが出された三時五十分……ホームルームをやってた?」
「そうね。……ええ。やってたわ。クラス全員がアリバイ証人ね……」

 一番怪しい下原さんのアリバイが、彼女の帰りのホームルームが遅れたことにより、証明されてしまったのだ。これが三つ目。
 四つ目。犯行の法則に心当たりがあった。

「ちょっとペンあるかな」僕が拳に聞くと、彼は近くに置いてあるペンと紙を渡してきた。「この順番って分かるよね」

 赤城 由愛
 遠藤 拳
 星上 せつ
 美吉野 真奈々まなな
 下原 亜野

「この順番、あれよね。一年が入部した順番でしょ?」
「赤城さん……何時からいたの……」
「さっきから、いたのに……そんなお惚けじゃあ。奴隷になることすらできないわね。で、あんたはその順番に何か思ったのね?」
 
 部室の奥で黙りこみ、成り行きを見守っていた赤城さんが答えを言い当てる。余計な一言は無視して、僕は静かに頷いた。

「きっと、これって……僕達が入部した順番と……秘密を公開する人数がどんどん大きくなってるような気がするよ」
「た、確かに最初はクラス規模、思い切り学年ときてます……ね。これ、冗談じゃ、済まされ……ませんね。どうして、こんな」

 美吉野さんがビクビクしながら、犯人の真意を考えていた。こうもしている間に時間は減ってきている。合唱の練習時間も捜査の時間も。
 今、考えてみると次の標的は自分。それも彼よりも大きな場所で秘密が公開されるとなると……冗談じゃない! 拳は学年全体に恥を晒すだけで済んだが、それより大きくなるとすると生き恥を晒すことになる。
 震える足を隠すため、僕は強がってみせた。

「教師には相談できない……これは僕達だけで調べないといけないんだね」
「そうよ! あたしの部下になって調べなさい!」

 赤城さん。調子に乗り過ぎです。

「で、できるだけ……探してみましょう……」
 
 美吉野さん。頑張ってください。精一杯、応援します。

「犯人当てゲームね。それより本を読んでる方がいいのに……」

 幾らアリバイが存在していても、下原さんが怪しいことは間違いないから。できるだけ彼女と共に行動してみるか。案外、ボロが出るかもしれない。

「お、俺の威厳は……」

 拳。お前の威厳はこの世界にもともとなかったんだ。安心しろ。

 やる気を出した合唱部員達。この中に犯人がいるはず……それでも僕は彼女達を犯人だと思いたくはなかった。
 彼らは僕に歌を教えてくれたのだから。
 歌を歌わない下原さんも……かな。
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