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Find a Way
13・お手伝い、致します
しおりを挟むものすごいことをしてもらった──
良太はいつの間にか帰宅し、二階の自室のパイプベッドに腰掛けていた。
一体自分がどうやって帰ってきたか記憶が定かでない。多分いつも通りにバイクで帰って来たのだろう、と思う。
じっと己の右手を見れば、つい数十分前までこの右手の内側に榊のしなやかな手指が重なっていたことが思い出される。のみならず、あの人の手が自分のこのジーンズの下におさまっているものを扱いたのだ。白く綺麗な指が、自分の張り詰めた陰茎に絡み付いて吐精を受け止めて──
これはもうほぼセックスでは⁉︎
あれ?いや違うな。
抜いてもらって、いい思いしたのは俺だけだもんな。
性的なことをするならば互いに気持ちよくなってこそ、というのが良太の理想だ。さらにどっちかといえば自分の方が榊に快楽を与え、それによって自分も満たされたい願望がある。奉仕欲を叶えたいとでもい言うおうか。
そのためにわざわざ、基本的に異性愛者でありながら男同士で交わる際の手順などを調べたりしているわけで、今回のように自分だけが自慰行為に相手の身体を「使う」ようなやり方は好みではない。たとえそれが、榊自らの積極性によるものであってもだ。
俺だって榊さんを良くしてあげたいし。
してもらったこと、それ以上のことを榊さんにもしたい。
あの人の快楽に昂ぶる顔を見たい、声を聞きたい、性器に触れたい。
だが今日のお返しだ、という理由を振りかざして迫り、無理矢理に性的刺激を与えようものなら間違いなく破局だ。せっかくここまで漕ぎ着けた関係を壊したくない。
なにせ榊は少年期にαの男からひどい性的暴行を受けているのだ。自分が男性型αというだけでマイナスからのスタートといっても過言ではない。辛い過去を彷彿とさせるような真似は絶対にしたくなかった。そこで良太が考えついたのは、
「オナニーのお手伝い、致します」
であった。相手が性的に催した時にお許し頂けたら協力を致します、というわけだ。これならばこちらが強引に迫るわけでもないので安全圏ではあるまいか?彼の方が自分を「使う」のなら全然構わない、むしろありがたい。
使ってもらうといってもまだどっちがどっちか保留なので、まさか尻を貸せとは言われない、ような気がする。たぶん。
良太は不安を紛らわせるようにスマホの写真フォルダを開く。おびただしい数の榊龍時の画像は、いずれも高校時代に撮影したものだ。当時の榊は二十歳くらい。顔貌や体型にはまだどことなく繊細な少年の面影が残っている。
画像と比較するように現在の榊の姿を思い浮かべる。
髪の色は当時のままだが長さが違う。顔立ちからは少年の甘さが消えて、大人っぽく艶やかになった。肩幅も広くなったみたいだし、胸筋の厚みも増しているのが押し上げられた上着の生地の様子からよくわかる。尻の筋肉などもまたズボンの皺と張りから見るに、胸と共に成長しているのが明らかだ。もともと低めの声もさらに深みと色気が増している。
有り体にいうと、全体的にエロくなってるのであった。
だからといって榊龍時という男が性欲旺盛であるかどうかは別だ。ましてや男が好きだから男と付き合っているわけでもない。良太はいわば特別枠なのだ。
同性でも良太に対しては嫌悪感が無いとはいえ、それが即ち性的接触への欲求に繋がるかといえば──
わっかんねえな、ほんと。
お手伝いしますとか、ドン引きされるかも。
順番からいけば今の俺らの関係の一歩先はそういうことなんだろうけど。
でもまだどっちがどっちとか決まってないから、一歩は無理でも半歩進めるとしたらソロの補助?は妥当な線なんじゃないか。
榊さんだって俺にしてくれたし。
なら不自然ではないはず!
そうと決まれば次に会うときは「お手伝い」の交渉だ。さてどんなタイミングがいいか?何と切り出そうか?拒否されたらどうしようか?あの人のことだから意外とあっさりOKしてくれるかも?
良太は狭いベッドに寝転び、次に会った時に備えてあれこれと想いを巡らせた。
五月の連休も残すところあと土曜と日曜を残すのみとなった。
桧村自動車は定休日の水曜の他に、個人の希望で二、三日ほど自由に休みが取れる。良太は今回、日曜に休暇を取っていた。そこには土曜の夕方デートの翌日も休みならば、榊となにかあった時に役立つのではないか?との計算か、はたまた下心が全く無いとはいえなかった。
そんな良太の見込みを知ってか知らずか、榊は金曜の夜に
『土曜日うちに泊まってみるか?』
などとメールをよこしたのだ。
普段は榊から連絡をくれることなど滅多に無いのにいきなりこれだ。無論、断る理由などない。良太はその短い文章を何度か読み返してみたが、内容が変化することは無かった。当たり前であろう。
そしていざ土曜の夕方。
良太は仕事が終わってから念入りに体を洗い、歯磨きを済ませた。下着も新品。爪の長さもOK。前日に準備してあったお泊まりセットを最終チェックする。バッグの底には奇跡が起きた時のためにゴムとローションを忍ばせ、榊のもとへ出陣したのだった。
今回の夕食は榊が用意してくれていた。榊は花園高校時代、日中はカフェでアルバイトをしていただけのことはあって料理はなかなか堂に入ったものである。盛り付け方などもどことなくセンスがあり女性受けがよさそうだ。
それもそのはずで、高校生だった榊のバイト先というのがこれまた小洒落た店構え、客層も大人の女性。そんな店なものだから「大好きな榊さん」のバイト先であったにも関わらず、十代半ばの良太少年がその店を訪れたのはわずか三回。いずれも幼馴染の桜庭に付いて来てもらい、ビビりながらようやく入店を果たした、という有り様であった。
夕餉も済んでいつものソファに二人して座りながらテレビの歌番組を眺める。
良太のすぐ隣には榊が居る。ついこの間、ここでかなり親密な行為をしたのだ。もうこの三人掛けのソファの真ん中に余所余所しく一人分のスペースを開けることはない、と良太はそう信じたい。
さて、今日の良太の最大の目標は「オナニーのお手伝い、致します」と榊に申し出ることだ。
結果がどうなるか分からないが、とにかく彼の自慰行為になんらかの方法でプラスとなれることを知って欲しいし、せめてちょっとくらい試して欲しいのだった。
ところが、あんなに脳内シミュレーションをしたにも関わらず、いざ本番となるとどうやっても切り出すことができない。歌番組を目安にこの曲が終わったら、次の曲が終わったら、とタイミングを引き延ばしているうちにどんどん時間は過ぎて行く。
歌番組が終わった後は刑事もののドラマスペシャルだ。この時もまた、CM中にさらっと言い出そうか、いやしかし、と躊躇しているうちにあっという間に終わってしまう。結局、四時間近くをただ普通に見送ってしまったのだった。
榊はというと、ドラマが終わってから洗面所兼脱衣場で何やらやっている。もしやまた、この間のようにキスしてくれるための準備か?と良太は都合のいい期待を持たずにはいられない。
「良太くん」
「は、はい!」
「風呂の用意できたから」
まさか一緒に入ろうなどと──
「先に入って」
現実は甘くない。
「いいんですか、俺が一番風呂で」
「お客さんだからな。入浴剤とかバスタオル置いといたから、好きなやつ使って」
実はもう家でシャワーを済ませてきたのだが、ここは素直に風呂を頂戴することにした。どうせなら榊さんが入った後の残り湯に浸かりたかったな、と少し残念な良太だった。
良太が風呂からあがると、榊はソファに座り俯いてタブレットを眺めていた。耳にはイヤホン。音楽でも聞いているらしい。
聞こえているかどうかあやしいが、お風呂ありがとうございました、と良太が言うと榊はイヤホンを外す。
「もう上がったのか。遠慮しないでゆっくりしてていいんだぞ」
入浴時間は短めな良太なのだ。
「家でもこんな感じっすから」
「ならいいけど」
榊の隣に良太が腰を下ろすと、湯上がりの熱量とともにトイレタリーの人工的な香料が芳る。洗髪料も石鹸も、普段から使い慣れたその香りを良太が全身に纏えば、驚くほど魅力ある空気に変わる。
この現象に榊は心密かに感嘆した。真っ黒い艶のある髪、逞しい首筋、鼓動する胸に鼻先を押し当てて深く吸い込み、香りを堪能したくなった。それから良太の腕の中に身を預け、頬を擦り付けて甘えて──
抱かれてみたい?
まさかな、Ωじゃあるまいし。
榊は胸底に芽吹いた欲求に少々焦ったが、そんなことを態度に表す男ではない。自分の中で成長しつつある愛欲をそっけなく払い落として、タブレットを閉じた。
「じゃ私、風呂はいる。眠かったらベッド使ってていいからね」
約一時間後、入浴を済ませた榊が寝支度を整えてリビングに戻ってきたとき、ソファに良太の姿は無かった。もう寝室へ引っ込んだらしい。
榊の肌は湯上がりで熱り、うっすら汗ばんでいる。初めて良太と同衾するのにこのままベッドへ入ることは躊躇われたので、ベランダでしばらく涼んでいくことにした。
一方、良太は寝室でやけに姿勢良くベッドに座り、恋人が来るのを待っている。
まるで就活で面接する時のような緊張感。実際には学校終わってすぐ実家で働き始めたので、企業の面接を受けたことはないのだけれど。
夜の冷気を浴び体温を落ち着けた榊が寝室に入ってきた。彼は少し高い位置で結えていた髪を解き、寝具に潜り込む。細縁の眼鏡を外してナイトテーブルに置いた。手元に照明のリモコンを引き寄せ、もう電気を消して眠る体勢だ。
ここまできたらもう後がない。良太はついに本日の目的を遂行すべく口を開いた。
「お話があるんですけど」
「ん?なに」
「榊さんてその、オナ、じ、自慰行為を、一人でしたりとかは……」
「たまに」
「今夜はいかがで……」
「べつに気分じゃない」
「あ、そう……っすか。でもあの、もし今夜そういう気分になったら、や、でも眠いっすよね、やっぱいいっす……」
満を持して言い出せたものの、弱腰すぎてこの体たらくだ。
「何がしたいんだよ」
「いえあの、俺がしたいっていうか、榊さんがしたいならお手伝いしますっていうか、フェラとかね、全然大丈夫っすから、気持ちよくなるために使ってもらえたら」
「ふぅん、手伝いなんだ、セックスするんじゃなくて」
「したいですよ本当は」
「そっちが私に抱かれる方になるなら、それはセックスってことになるけど?」
「俺は榊さんを抱きたいんです。でもあなたが受け入れたいって思わないなら、絶対しませんから」
あくまでも相手の求めに応じる形であるならばするということなのだが、それは相手の方から抱いてほしいとの懇願がなければ永遠に交わることができないということでもある。この筋道に気付かない榊ではない。
まさか私に「抱いてください」とでも言わせるつもりか?
つい数刻前に芽生えた、甘えたい、抱かれたい、なんてあさましい欲求を勘付かれたような恐怖が榊を追い詰める。この胸中を良太が知ったならば、さぞかし喜んで「抱いて」と言えと迫るであろうし、もしくは言葉にせずとも分かりきった願望を満たすべく行動するだろう。
もしそうなってしまったら、榊は良太を拒む自信が無い。
αの男にやられるのを好ましく感じることは、過去の辱めを肯定してしまうことになるんじゃないか?あんな性的暴行を好んで受けたということになりはしないか?Ω扱いを容認することになるのでは?榊はそれを断じて認めないし許さない。
だって良太もαだから。
──だから?
こいつはαだけど、あんな奴と同じじゃない。
αとしてそういうことはしないと言ったし、Ω扱いもしないと言った。
なら、良太になら単純に恋人に抱かれるってだけで、αの暴力を受け入れたことには──
榊はもうそこまで答えを導き出していたものの、そう軽々と心を開けるものではなかった。もし自分がΩであれば過去の屈辱なんかとっくに忘れ去って、肉欲の赴くままに良太を求めることもできただろうし、そもそもあの悍ましい行為を喜んで享受していたかもしれない。性フェロモンの効果が道徳や理性を掃滅するαとΩならまだしも、自分はそんな人間ではない、榊はそう意思を固めている。αを受け入れるなんてβの自分には到底無理だと。
ならば「悪役β」としては、この申し出は好都合じゃないか。
本人もこう言うんだから、お望み通りに使ってやればいいのでは?
使う、私が良太を、道具みたいに?
何だよ「使う」って。
気に入らねえ。
「さっき何て言ったっけ、使ってもらえたら?」
手伝いだのなんだのそれはともかく、引っかかるのは「使って」欲しいという部分だった。
感情をあまり面に出すことのない榊だが、このときは珍しく不機嫌そうに良太を睨め上げた。
ナイトテーブルから眼鏡を取ってかけると、鮮明になった視界に良太が映る。いつもはオールバックにしている前髪が額にかかり、目元に影を作っている。だいぶ印象が違って見えるのが新鮮だ。
掛け布団をめくって起き上がる。存外勢いづけて身を起こしたので、さては怒られるとでも思ったのだろう、良太は身をすくめた。
「なあおい、道具みたいに扱われたらお前は嬉しいのか」
「嬉しいっていうか、榊さんのお役に立てるなら……」
「相手を慰みものにするようなことはしたくない」
「俺だって、そうです」
「対等がいい、恋人なら」
「はい」
「気が変わった、やろうぜ二人で」
「えっ?」
「なんて言ったらいいのかなあ、手伝うってのも違うし、使うっていうのは嫌だし……」
そうだなあ、と榊は少し首を捻ったが、すぐになにか思い付いたらしい。
「どっちがヤるかヤられるかはまだ保留にするとしてだな」
「はい」
「前戯ってんならどうかな」
「そうか!それですよ!」
良太がナイスアイデアです、みたいな明るい顔で手を打つ。
「使う」や「お手伝い」が「前戯」に言い換えられたところで実際の行為がどう変わるかは謎だが、とにかく良太と榊は都合の良い名目を得たのであった。
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