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旅立ち
ミルダの死
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翌日、アルスはエリオンを訪ねてオーテッド家を訪れた。
門のところで、門番にエリオンに会いに来た旨を伝える。
「エリオン様は誰にもお会いになりません。」
無表情に職務を全うする門番の青年に、そう言ってすげなく断られた。
やっぱり、ダメか。
アルスはオーテッド家の使用人たちにも、何故か嫌われている。全員にと言う訳ではないが、大半はアルスを嫌っていた。正直、理由は分からない。ダルドがアルスを嫌っているので、主人の意向に合わせているのか、何か理由があって本当に嫌いなのかさえも分からないのが現状だった。
内心でため息をつきつつも、とりあえず、ミルダの病状とエリオンの様子だけでも教えてもらえないかと、訊ねてみるが門番には完全無視された。
これは別の門番に交代した時を狙ってみるしかないな。
アルスはそう考えて、とりあえず、一旦立ち去ることにする。この場でゴネても何も得はないし、アルスのイメージがさらに悪くなるだけだろうから。
そう思い、オーテッド家の門から離れようとした時だった。
「お待ちください!」
唐突にかけられた声にアルスが振り向くと、ちょうど外出から戻ったところらしいオーテッド家の老執事ロアディンの姿があった。
彼もアルスを快く思わない使用人の1人だが、何故か門の前にいるアルスを見つけて駆け寄ってきた。
「アルス様、エリオン様のところへご案内します。どうかエリオン様にお会いになってください。」
アルスは老執に腕を掴んで縋るように懇願されて戸惑った。門番が何か言おうとすると老執事は小さく首を振る。
訳の分からないアルスに老執事は説明するからとにかく来てくれと、アルスを門の中へ招き入れ、門から邸宅までの馬車に乗せた。
「アルス様、強引にお連れしてしてしまい申し訳あリませんでした。」
ロアディンはアルスの向かいに座り、深々と頭を下げた。
アルスを嫌うロアディンのいつもと違いすぎる態度がアルスには不安しかない。
「謝らなくていいです。
それより、詳しいことを教えてください。」
胸騒ぎがして、アルスはロアディンに説明を急かした。
そうして、聞いたのはかなり容体の悪かったミルダが一ヶ月ほど前に亡くなったこと、エリオンがショックで部屋に篭り、ろくに食事もしないというとんでもない内容だった。
エリオンが自室に篭っていると言っても部屋に入れない訳ではないとのことだが、とにかくエリオンには誰の言葉も届かず、ただ母の形見のペンダントを握って黙ってベッドかソファに座っているばかりなのだという。
そんな状況になっているとは思いもよらなかったアルスは驚いた。
確かにエリオンはマザコンだが、そこまで母の死に落ち込むなんて想像出来ない。もっと精神的に強いと思っていたのだ。
ロアディンは、とにかく、アルスの言葉ならもしかしたら・・・と藁にもすがる思いでアルスをエリオンに会わせたいらしかった。
エリオンの祖父はともかく、オーテッド家の使用人たちはミルダとエリオンのことが大好きだった。今までのエリオンの話やこの間のパーティでもアルスはそれを感じていた。
話を聞いてアルスはロアディンを見て口を開いた。
「わかりました。
僕でお役に立てるか分かりませんが、エリオンと話してみます。」
アルスがそう言うとロアディンは少し安心したような様子で微笑んだ。
「ありがとうございます。
アルス様、よろしくお願いします。」
そうして、ロアディンは再び深々とアルスに頭を下げたのだった。
屋敷の入り口に着いて中に入るとすぐにアルスはエリオンの部屋に案内された。
そういえばエリオンの部屋にくるのは初めてだ。この間のパーティの時はミルダの部屋へ行って最後まで彼女の部屋にいたから。
コンコン。
アルスは部屋の扉をノックした。しかし、中からの反応はない。
数回ノックしても中から返事がないので、エリオンの名前を呼んでみるが、応答はなかった。
仕方がないのでアルスはそっと扉を開けてみる。扉に鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。
部屋はさすがオーテッド家の跡取りの部屋らしくとても広いが、エリオンの趣味なのか他の場所に比べて質素というか物があまり無く、スッキリしている。
アルスが中に入るとロアディンはアルスに任せるつもりなのか中には入ってこなかった。
辺りを見回すとエリオンは大きなベッドの真ん中に座ってぼんやりと虚空を見つめていた。その隣には使用人の誰かが置いたらしい軽食の乗った盆が置かれていたが、手をつけた形跡はない。
「エリオン」
アルスは彼の座るベッドに近づいて、声をかけるが反応がないので迷ったがベッドに上り、少し乱暴にエリオンの肩を掴んで揺さぶった。
そうすると、どこを見ているのか分からなかったぼんやりしたエリオンの瞳がゆっくりとアルスの上で焦点を結んだ。
「アルス・・・・。お前、なんでここに・・・。」
ゆっくりと驚いた顔をしたエリオンの少し痩せた憔悴した様子にアルスは内心で唇を噛み締めた。もっと早く会いにこればよかったと思う。何も出来なくても話くらいは友として聞けたはずだ。
「お前が心配だったからに決まってるだろ!
お母さんが具合悪いって聞いて、しばらく大変だろうから連絡しなかったけど、気になって。大丈夫かと手紙書いても返事ないし、来ちゃったよ。
そしたら、おばさん亡くなったっていうし、エリオンは部屋に篭って食事もしないってロアディンさんが・・・。
すっごい心配してたぞ!!」
アルスはエリオンの肩を軽く小突いて俯いた。
そんなアルスを無感動に見ていたエリオンは小さく目を見張った。
「・・・・アルス、お前・・・。なに、泣いてんだよ。」
俯くアルスの瞳から落ちた涙に気づいたエリオンは少し困ったように前髪をかきあげるとため息をついた。
「お前はなんで泣かないんだよ!マザコンのくせに!落ち込んでるくせに!こんなにエリオンらしくないくせに!みんな心配してるんだよ!」
エリオンの言葉に顔を上げたアルスは泣き顔のまま、彼の顔を見つめて怒鳴る。
そんな友人にエリオンは黙り込んで視線を逸らした。
「・・・・・・・。」
エリオンのことをよく知っているアルスから見れば、口の達者なエリオンがここで黙り込むことも言い負かされて視線を逸らすことも、彼らしくない。
だが、なんと言えば彼を元気付けられるのか、言葉が見つからない。気休めや安い言葉など、今のエリオンの様子を見るとかけられるはずもなかった。
「とりあえず、みんな、心配してるよ。
食事くらいちゃんとしろ。な?」
アルスはエリオンの隣に置かれた盆からサンドウィッチの皿を取り、エリオンに押し付けた。
勢いで思わず皿を受け取ったエリオンはしばらく、皿の上のサンドウィッチを見つめていたが、小さくため息をつくと、掴んで口に運んだ。
黙々と食べるエリオンにアルスは飲み物を渡したりしながら、彼が全部食べるまで見守った。
「食べたら、ひとまず寝よう。
顔色、悪いよ。あんまり寝てないんだろ?」
アルスは食べ終わった皿やカップの乗った盆を持ってベッドを降り、ベッドの上に座るエリオンに声をかけた。しかし、返事はない。
仕方ないので、とにかく盆を使用人の誰かに渡してこようと、アルスは空の食器の乗った盆を持ってエリオンの部屋を出た。すると、扉の前でロアディンが待って驚く。どうやら、心配でずっとそこにいたらしい。
ロアディンはアルスが手にしている盆の上の空の食器を見て、ホッとしたように微笑んだ。
「エリオン様は全部食べてくださったんですね。
アルス様、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。」
とてもとても心配していたらしいロアディンは涙ぐみながらアルスから盆を受け取った。
誰が何を言っても今のエリオンに食事を完食させることはできなかったのだ。それをアルスがやってくれた。アルスが来てくれてよかったとロアディンは心から感謝した。
そして、最後の頼みの綱とばかりにアルスの手を握り、頼み事する。
「アルス様、申し訳ございませんが、食後の飲み物を持って参りますので、エリオン様に上手く飲ませていただけませんか?
エリオン様は最近、あまり寝ていません。眠れないのでしょうが、眠れる薬を混ぜた飲み物などをお出ししても、毒物や薬物を見分ける訓練を受けているエリオン様はすぐにお気づきになり、決して口をつけません。
それをお出しする我々の気持ちは分かってくださっているのでしょうが、拒否されてしまします。
ですが、アルス様であればエリオン様も飲んでくださるかもしれません。久しぶりに食事を完食してくださったように。」
悲痛な面持ちでこれまで嫌いだったアルスに頭を下げて頼んでくる老執事にアルスは少し迷ったが頷いた。
「上手く行くかは分かりませんが、やってみます。」
身体が弱っては心も元気にはならない。
問題はこんなに心配している使用人がダメでアルスなら大人しく飲んでくれるなんてことがあるのか?という問題だが。
アルスはロアディンが用意した睡眠薬入りの紅茶を持ってエリオンの部屋に入った。
エリオンの座るベッドに近づくと、エリオンはアルスに視線を向けた。
「まだいたのか・・・。
誰かと話したい気分じゃねぇんだ。帰ってくれ。」
エリオンはスッと視線を逸らすと、また黙り込んでしまった。
そんな彼にアルスはエリオンの前にソーサーごと紅茶の入ったカップを差し出した。
差し出された紅茶にエリオンはため息をついた。
「いらね・・・」
「睡眠薬が入ってる。
これ飲んでちゃんと寝てよ。」
視線も合わせないエリオンが拒否する言葉を口にするのを遮って、アルスは直球で言った。
「おばさんの後を追う気じゃないのなら、これ飲んでしっかり寝て食事もして、どんなに落ち込んでも最低限の生きる努力はしてくれよ・・・!」
悲痛な声で訴えるアルスにエリオンは虚空をぼんやり見つめていた視線をアルスに向けた。
何も出来ないことが悔しくて、苦しそうな顔で唇を噛み締めて俯くアルスは本気でエリオンのことを心配している。エリオンの前に差し出されたカップのソーサーを持つその手が震えているのに気づいた。泣きそうになるのを精一杯我慢しているのがエリオンにも分かった。
そうなのだ。分かっている。アルスもロアディンも他の使用人たちも祖父以外はみんなエリオンを本気で心配してくれている。
だけど・・・・。
エリオンは今日、何度目かのため息をつくとアルスが差し出す紅茶を受け取った。
門のところで、門番にエリオンに会いに来た旨を伝える。
「エリオン様は誰にもお会いになりません。」
無表情に職務を全うする門番の青年に、そう言ってすげなく断られた。
やっぱり、ダメか。
アルスはオーテッド家の使用人たちにも、何故か嫌われている。全員にと言う訳ではないが、大半はアルスを嫌っていた。正直、理由は分からない。ダルドがアルスを嫌っているので、主人の意向に合わせているのか、何か理由があって本当に嫌いなのかさえも分からないのが現状だった。
内心でため息をつきつつも、とりあえず、ミルダの病状とエリオンの様子だけでも教えてもらえないかと、訊ねてみるが門番には完全無視された。
これは別の門番に交代した時を狙ってみるしかないな。
アルスはそう考えて、とりあえず、一旦立ち去ることにする。この場でゴネても何も得はないし、アルスのイメージがさらに悪くなるだけだろうから。
そう思い、オーテッド家の門から離れようとした時だった。
「お待ちください!」
唐突にかけられた声にアルスが振り向くと、ちょうど外出から戻ったところらしいオーテッド家の老執事ロアディンの姿があった。
彼もアルスを快く思わない使用人の1人だが、何故か門の前にいるアルスを見つけて駆け寄ってきた。
「アルス様、エリオン様のところへご案内します。どうかエリオン様にお会いになってください。」
アルスは老執に腕を掴んで縋るように懇願されて戸惑った。門番が何か言おうとすると老執事は小さく首を振る。
訳の分からないアルスに老執事は説明するからとにかく来てくれと、アルスを門の中へ招き入れ、門から邸宅までの馬車に乗せた。
「アルス様、強引にお連れしてしてしまい申し訳あリませんでした。」
ロアディンはアルスの向かいに座り、深々と頭を下げた。
アルスを嫌うロアディンのいつもと違いすぎる態度がアルスには不安しかない。
「謝らなくていいです。
それより、詳しいことを教えてください。」
胸騒ぎがして、アルスはロアディンに説明を急かした。
そうして、聞いたのはかなり容体の悪かったミルダが一ヶ月ほど前に亡くなったこと、エリオンがショックで部屋に篭り、ろくに食事もしないというとんでもない内容だった。
エリオンが自室に篭っていると言っても部屋に入れない訳ではないとのことだが、とにかくエリオンには誰の言葉も届かず、ただ母の形見のペンダントを握って黙ってベッドかソファに座っているばかりなのだという。
そんな状況になっているとは思いもよらなかったアルスは驚いた。
確かにエリオンはマザコンだが、そこまで母の死に落ち込むなんて想像出来ない。もっと精神的に強いと思っていたのだ。
ロアディンは、とにかく、アルスの言葉ならもしかしたら・・・と藁にもすがる思いでアルスをエリオンに会わせたいらしかった。
エリオンの祖父はともかく、オーテッド家の使用人たちはミルダとエリオンのことが大好きだった。今までのエリオンの話やこの間のパーティでもアルスはそれを感じていた。
話を聞いてアルスはロアディンを見て口を開いた。
「わかりました。
僕でお役に立てるか分かりませんが、エリオンと話してみます。」
アルスがそう言うとロアディンは少し安心したような様子で微笑んだ。
「ありがとうございます。
アルス様、よろしくお願いします。」
そうして、ロアディンは再び深々とアルスに頭を下げたのだった。
屋敷の入り口に着いて中に入るとすぐにアルスはエリオンの部屋に案内された。
そういえばエリオンの部屋にくるのは初めてだ。この間のパーティの時はミルダの部屋へ行って最後まで彼女の部屋にいたから。
コンコン。
アルスは部屋の扉をノックした。しかし、中からの反応はない。
数回ノックしても中から返事がないので、エリオンの名前を呼んでみるが、応答はなかった。
仕方がないのでアルスはそっと扉を開けてみる。扉に鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。
部屋はさすがオーテッド家の跡取りの部屋らしくとても広いが、エリオンの趣味なのか他の場所に比べて質素というか物があまり無く、スッキリしている。
アルスが中に入るとロアディンはアルスに任せるつもりなのか中には入ってこなかった。
辺りを見回すとエリオンは大きなベッドの真ん中に座ってぼんやりと虚空を見つめていた。その隣には使用人の誰かが置いたらしい軽食の乗った盆が置かれていたが、手をつけた形跡はない。
「エリオン」
アルスは彼の座るベッドに近づいて、声をかけるが反応がないので迷ったがベッドに上り、少し乱暴にエリオンの肩を掴んで揺さぶった。
そうすると、どこを見ているのか分からなかったぼんやりしたエリオンの瞳がゆっくりとアルスの上で焦点を結んだ。
「アルス・・・・。お前、なんでここに・・・。」
ゆっくりと驚いた顔をしたエリオンの少し痩せた憔悴した様子にアルスは内心で唇を噛み締めた。もっと早く会いにこればよかったと思う。何も出来なくても話くらいは友として聞けたはずだ。
「お前が心配だったからに決まってるだろ!
お母さんが具合悪いって聞いて、しばらく大変だろうから連絡しなかったけど、気になって。大丈夫かと手紙書いても返事ないし、来ちゃったよ。
そしたら、おばさん亡くなったっていうし、エリオンは部屋に篭って食事もしないってロアディンさんが・・・。
すっごい心配してたぞ!!」
アルスはエリオンの肩を軽く小突いて俯いた。
そんなアルスを無感動に見ていたエリオンは小さく目を見張った。
「・・・・アルス、お前・・・。なに、泣いてんだよ。」
俯くアルスの瞳から落ちた涙に気づいたエリオンは少し困ったように前髪をかきあげるとため息をついた。
「お前はなんで泣かないんだよ!マザコンのくせに!落ち込んでるくせに!こんなにエリオンらしくないくせに!みんな心配してるんだよ!」
エリオンの言葉に顔を上げたアルスは泣き顔のまま、彼の顔を見つめて怒鳴る。
そんな友人にエリオンは黙り込んで視線を逸らした。
「・・・・・・・。」
エリオンのことをよく知っているアルスから見れば、口の達者なエリオンがここで黙り込むことも言い負かされて視線を逸らすことも、彼らしくない。
だが、なんと言えば彼を元気付けられるのか、言葉が見つからない。気休めや安い言葉など、今のエリオンの様子を見るとかけられるはずもなかった。
「とりあえず、みんな、心配してるよ。
食事くらいちゃんとしろ。な?」
アルスはエリオンの隣に置かれた盆からサンドウィッチの皿を取り、エリオンに押し付けた。
勢いで思わず皿を受け取ったエリオンはしばらく、皿の上のサンドウィッチを見つめていたが、小さくため息をつくと、掴んで口に運んだ。
黙々と食べるエリオンにアルスは飲み物を渡したりしながら、彼が全部食べるまで見守った。
「食べたら、ひとまず寝よう。
顔色、悪いよ。あんまり寝てないんだろ?」
アルスは食べ終わった皿やカップの乗った盆を持ってベッドを降り、ベッドの上に座るエリオンに声をかけた。しかし、返事はない。
仕方ないので、とにかく盆を使用人の誰かに渡してこようと、アルスは空の食器の乗った盆を持ってエリオンの部屋を出た。すると、扉の前でロアディンが待って驚く。どうやら、心配でずっとそこにいたらしい。
ロアディンはアルスが手にしている盆の上の空の食器を見て、ホッとしたように微笑んだ。
「エリオン様は全部食べてくださったんですね。
アルス様、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。」
とてもとても心配していたらしいロアディンは涙ぐみながらアルスから盆を受け取った。
誰が何を言っても今のエリオンに食事を完食させることはできなかったのだ。それをアルスがやってくれた。アルスが来てくれてよかったとロアディンは心から感謝した。
そして、最後の頼みの綱とばかりにアルスの手を握り、頼み事する。
「アルス様、申し訳ございませんが、食後の飲み物を持って参りますので、エリオン様に上手く飲ませていただけませんか?
エリオン様は最近、あまり寝ていません。眠れないのでしょうが、眠れる薬を混ぜた飲み物などをお出ししても、毒物や薬物を見分ける訓練を受けているエリオン様はすぐにお気づきになり、決して口をつけません。
それをお出しする我々の気持ちは分かってくださっているのでしょうが、拒否されてしまします。
ですが、アルス様であればエリオン様も飲んでくださるかもしれません。久しぶりに食事を完食してくださったように。」
悲痛な面持ちでこれまで嫌いだったアルスに頭を下げて頼んでくる老執事にアルスは少し迷ったが頷いた。
「上手く行くかは分かりませんが、やってみます。」
身体が弱っては心も元気にはならない。
問題はこんなに心配している使用人がダメでアルスなら大人しく飲んでくれるなんてことがあるのか?という問題だが。
アルスはロアディンが用意した睡眠薬入りの紅茶を持ってエリオンの部屋に入った。
エリオンの座るベッドに近づくと、エリオンはアルスに視線を向けた。
「まだいたのか・・・。
誰かと話したい気分じゃねぇんだ。帰ってくれ。」
エリオンはスッと視線を逸らすと、また黙り込んでしまった。
そんな彼にアルスはエリオンの前にソーサーごと紅茶の入ったカップを差し出した。
差し出された紅茶にエリオンはため息をついた。
「いらね・・・」
「睡眠薬が入ってる。
これ飲んでちゃんと寝てよ。」
視線も合わせないエリオンが拒否する言葉を口にするのを遮って、アルスは直球で言った。
「おばさんの後を追う気じゃないのなら、これ飲んでしっかり寝て食事もして、どんなに落ち込んでも最低限の生きる努力はしてくれよ・・・!」
悲痛な声で訴えるアルスにエリオンは虚空をぼんやり見つめていた視線をアルスに向けた。
何も出来ないことが悔しくて、苦しそうな顔で唇を噛み締めて俯くアルスは本気でエリオンのことを心配している。エリオンの前に差し出されたカップのソーサーを持つその手が震えているのに気づいた。泣きそうになるのを精一杯我慢しているのがエリオンにも分かった。
そうなのだ。分かっている。アルスもロアディンも他の使用人たちも祖父以外はみんなエリオンを本気で心配してくれている。
だけど・・・・。
エリオンは今日、何度目かのため息をつくとアルスが差し出す紅茶を受け取った。
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