境界の扉

衣谷一

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3.俺らはモンスターになった

0703

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 病院を出るときに二人っきりで何を話していたのかを尋ねてきたので、高畑はプログラムの相談を受けていたと言ってかわした。浦は対して追求することもなく会話が終わって、そのまま次なる目的地へと歩いていった。

 おおたかの森ショッピングセンターの広場に出て、駅のコンコースへエスカレーターで上がった。次は地面から天井までそびえる電子公告の隅を通ってウッドデッキへ。フードコートを横目に進んでビルに入って、そのまま通路をまっすぐ進めばサイゼリアの入り口がある。

 サイゼリアの壁に飾ってあるボッティチェリの、ちょうどヴィーナスがたたずむあたりの席に案内された。昼食を食べた後に英語の課題に付き合って欲しいと、浦に頼まれていたのだ。

 この日の浦は珍しく課題に取り組んでいた。浦がミートソースボロニア風、高畑がアマトリチャーナを食べて、その後に浦が分からないというところを講義すれば、黙々と課題を解き進めてゆくのだ。

 浦が順調に英語を学んでいるから、高畑の内職もいつもよりはかどるはかどる。石田拓朗の残したものを探してゆく。前回の続きだ。拓朗が調べてきたもの、考えたこと、データから読み解く。

 メモを追うと石田拓朗も高畑と同じ疑問を抱いていたことが分かった。四番と九番という言葉が引っかかったらしい。四番目と九番目の教室をリストアップした表計算データを見つけた。セル一つを教室一つと見立てて、各棟、各階の教室を表現していた。いくつものシートに渡り、様々なパターンがあった。北を基準にしたもの、正門に近い方から数えたもの、昇降口を起点としたもの。思いつく限りの四番目の教室と九番目の教室を考えている様子だった。

「ねえ、関係ないことなんだけれどさ」

 シャープペンシルを走らせたまま、浦は口を開いた。

「明ちゃんのことなんだけどさ、やっぱりというか、石田弟が犯人みたいだね」

「前澤は拓朗の声を聞いたって言ってたね」

「やっぱり私の予想が正しいんじゃない? 石田拓朗はすぐ近くに潜んでいて、犯罪を繰り返してるんだ」

「でもさ、それにしても前澤の見た光景が矛盾しないか? シルエットだって言ってたろう。どう考えるんだ」

「たまたまそう見えただけ、っていうことはないかな。明ちゃんもきっと気が動転していたでしょうし」

「でも、あのトイレは見ただろ? いくら動揺してたとはいえ、あの明るさで見間違えることなんてあるか?」

「んう、どうかなあ」

 曖昧な言葉で会話がフェードアウト。何となく発せられた言葉が何となくで終わって、それぞれのタスクに意識を戻すのだった。浦は新しい問題、英語の長文にとりかかり始めて、高畑はさらなる調べものを進めた。

 フォルダを追っていくと、一つのフォルダの中に雑多な名前のファイルがいくつかと、数字だけの名前のファイルが一つ、という構成に落ち着いてきているようだった。フォルダの名前と数字の名前が一致しているところ、四桁の数字の並び方を見るところ、日付単位でフォルダ分けをしていた。

 あるフォルダの中身を覗いてみたら、再びエクセルのファイルが入っていて、開いてみればやはり四番目と九番目の教室についてを考えるデータだった。違うことといえばそれぞれのパターンにコメントが書き込まれていて、

「試してみたが効果なし」

「扉出現せず」

「鍵がかかって入室できず」

「埃っぽくていい雰囲気だったけれども意味なし」

とそれぞれぼろぼろの結果だったらしかった。日付のファイルを覗けば、

「収穫なし」

と一言あるだけ。

 数日がこのフィールドワークに費やされていた。

 石田拓朗の検証の結果では、高校の四番目の教室と九番目の教室の組み合わせでは期待通りの結果は得られなかった。どれを試しても境界の扉を出現させることはできず、ただ無駄に学校探検をしただけだった。

「しかし、どうして明ちゃんを狙ったんだろうねえ」

「流石に想像もできないな。石田と前澤の関係は全然聞いたことないし」

「仲が悪そうな雰囲気は感じなかったからそれなりの仲なんだとは思うけどね」

「仲の良し悪しは関係ないんじゃない? たかさんの話を考えると、柔道部の部長に手をかけたのも拓朗なんだろう? 仲云々じゃなくてそもそも知らないでしょ」

「そうかもしれないけれど」

 浦の手を見ると、ついさっきの雑談とは違って手は動いていなかった。課題は長文読解。苦手な英語が大量に並んでいるのだ、やる気がなくなったり集中力が切れたりしても仕方がなかった。

 高畑は次なるフォルダに目を通す。フォルダの中の関心は変わらず二つの教室だった。しかし様相は全く異なり、校舎ではない画像なり図面がたくさん出てきた。体育館、道場、部室棟など、学校の敷地内にある建物について調べていた。それぞれにやはりコメントがあって、どうやら建物の作りを調べると同時に四番目の教室、九番目の教室について検証もした形跡があった。

「石田弟から連絡は来てないの?」

 一方で浦は完全に糸が切れてしまったようだった。コップにコーラをついで戻ってきた浦は勉強に戻らずに石田からの連絡を気にしていた。

「いいや、今日は来てないね。何か気になる?」

「何だかんだ言って、私達が一緒にいる時には弟から連絡が来てたじゃない。もしかしたらまた何かあるのかなって」

「嫌なことを言うね。ここ最近嫌な連絡ばっかりじゃないか」

「だって高畑のところにしか来ないじゃない。私の方にはさっぱりだよ」

「拓朗からはずっと執筆の相談は受けてたからね、その流れでしょ」

 高畑の集中力はしかし切れていなかった。校舎外の建物の図面をもう一つ開いた。エクセルのセルを利用した絵ではなく、図面を写真撮影したもの、それをエクセルに貼り付けたものだった。すっかり焼けて茶色くなった紙に載っているのは見たこともない構成のフロア図。達筆な文字で書かれたそれぞれの説明、高畑が最初に読んだものは『一の教室』だった。 

 一の。

 体中の穴という穴から汗が噴き出してきた。まるで長いこと走る続けたかのような背中、手汗はかつてないほど濡れていて、テーブルに触れれば水滴の手形が写される。モニタの向こうにいる浦を見やれば、彼女は高畑を見つめていた。

 目が合うなり、

「やっぱり来てたんだ」

と言った。

「いや、来てないよ。連絡は来てない」

「じゃあ何でそんな真っ青な顔してるの」

「あれ、拓朗の端末から撮ってきたデータを確認してるところ」

「それでどうしてそんな顔になるのよ」

 高畑はモニタに目を戻した。

 一の教室の隣は。

 二の教室の隣は。

 三の教室の隣は。

「四の教室だ」

 高畑がこぼす言葉は一度では浦には理解できなかったらしい、高畑の言葉を浦が聞き返したが、今度は高畑が聞いていなかった。

 もう一度、

「四の教室だ」

とつぶやいた。

 高畑はフォルダに戻ってほかのファイルを探した。石田拓朗が持っていたこの画像には何が収められているのか? 石田拓朗が求めた、そして高畑が探し求めている言葉はどこにあるのだ。

 0703のテキストファイル。別の画像、九の教室と書かれた箇所のある、似た雰囲気の画像の他にあるのは日付が名前になっているテキストだけだった。一キロバイトもない小さなデータを開けば、一行だけ、しかし強烈な言葉が残されていた。

「扉は旧校舎にある。向かわなければ」
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