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4.扉は閉ざされた
終わらない
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石田拓朗の死亡。
全校生徒を集めて集会を開く、なんてことはもはやなかった。ただ、緊急のメーリングリストでその旨が展開されるだけだった。
『訃報のお知らせ』。件名からしてすぐに何のことか分かった。『一年四組の石田拓朗くんと三年三組の山邊香織さんがお亡くなりになりました』。冒頭には拓朗のほかにもう一人の名前が上がっていた。聞いたことのない、知らない名前だった。
そう言えば、拓朗は強敵を倒したと連絡をしてきていた。拓朗の動きと現実の事件とを重ねあわせれば、山邊香織という人物が強敵だった、ということか。
本文を読み進めてゆけば、マスコミに注意することなどの緘口令に加えて、夏休み中の部活動を一時中止するという運動部涙目の通告も含まれていた。
考えてもみれば人を殺める何かがはびこっている中で部活をさせるほうがおかしいわけで、当然といえば当然だった。黒い影の次の狙いは誰にも分からないのである。最も犯人に近いであろう三人を以てしても見当がつかない。知っている人よりも知らない人が多くやられているのだから。
唯一の被害者で高畑が顔を知っている前澤。彼女の言葉を整理すれば、石田は前澤に敵意を示した。倒してやる、と告げたナイフは何を見ていたのだろうか。浦を見つめているあの目には彼女がどう映っていたのだろうか。ニンテンドーDSを破壊した時、何を攻撃するつもりだったのだろうか。
石田拓朗と言うべきか、黒い影と言うに留めるか。それとも全てひっくるめて境界の扉を称するべきか。
多分次の標的は高畑なのだろう。唯一攻撃を受けていないのは高畑だけだった。それの存在を意識してしまえば、至るところにある鏡やガラスが異質なものに見えた。前澤が感じている恐怖、端末の画面が黒くなって途端自身の姿がぼんやり映し出されることも怖くなってしまった。
いつ、どこで、見られているか知るすべはなかった。この瞬間も見られているかもしれなかった。意識したくなくても否応がなしに意識させられる。黒い影はどこにでも現れる。電車の中でひどく痛感した。目の中にも出現する影。目の中にある目。
高畑は家を出た。ラフな格好ではない。高校からの通告にもかかわらず、制服を身にまとって改札を抜けるのだ。人もまばらな車内に腰をかけて車窓から目をそらすのだ。
石田拓朗の痕跡を思い出す。想像力をたくましくさせる。そうすれば自ずと次に目指さなければならないとっかかりが姿を表す。黒い影の姿を取り除くためには、石田孝之が言っていた通り、石田拓朗が手をつけた事を片づけなければならないのだ。
石田拓朗に関わった人物。境界の扉を知っている人物。石田拓朗がいない中、知識を頼ることができる人物といえば。
初石駅を降りて通学路を歩いていればビデオカメラを肩に担いだ男がちらりと見えて、それがマスコミであることはすぐに察した。石田拓朗を追ってきたのか、それともメールや全校集会の場でしか知らない高校生を追ってきたのか。いつもは直進する道を左折して遠回りしてやり過ごした。
マスコミに見つかったのか声をかけられた気がするものの、そのまま無視して学校の敷地内に入った。長くて急な階段を上がって生徒用の昇降口に進めばどこも施錠されていて、仕方ないから教職員用の昇降口から忍び込んだ。
一階から二階に上がり、突き当りの引き戸を開ける。石田拓朗も頼っていたはずの人物がそこにいる。
いた。
「どうしたの。メールを見てないのかしら」
「知ってます。俺にとっては部活として来ているわけではないからいいんです」
「私の目には部活をしに来たように思えるんだけど」
さすがは女王、と言ったところか。高畑の企てをいとも簡単に見ぬいた。だが、高畑も高畑で、
「まさか、図書部の夏休みの活動はノマドでやってますから」
としらを切った。高畑を相手にしているのは深田であったが、顧問を相手にしている感覚はなかった。石田拓朗に情報を提供してきた供給源、駆け引きをする対象だった。
「わざわざ来たんだ、一言二言で終わる話ではないんでしょ?」
深田が奥の座りづらいソファを指差す。腰を沈めて相変わらずの座りづらさを感じていれば、マグカップを二つ持った深田が追ってソファの元へやってきた。
高畑の前に一つ、向い合ってもう一つ。
「境界の扉のことです」
「何を聞きたいのかな」
何を聞かれるのか予め聞かされていたかのような物言いだった。マグカップの中をすすりながら高畑の次なる言葉を待っている。辺り一帯に漂う匂いはコーヒーそのものだった。
「境界の扉、どこまでを拓朗に教えたんですか」
「前に高畑と浦に教えた程度のことしか教えてないよ。そこから先は石田が考えて手にした結果よ」
「じゃあ、石田が旧校舎のフロア図を持っていたのはなぜなんでしょう」
「今時ネットで調べればすぐに見つかるんじゃない?」
「俺が調べないとでも思いましたか。画像検索で探してみましたが、外観や教室はヒットしましたけれど、フロア図なんて一つもありませんでしたよ」
「たまたま引っかからなかっただけじゃないの」
深田が言外に答えるのは、何も知らない、ということだった。
深田がコーヒーをすする。
高畑はもう一つの手札を切る。
「じゃあ、大正に作られた部誌なんてどこで見つけられるんですか」
「私には分からないけど、持ってる人を見つけたんじゃ」
「旧校舎に保管されていたんじゃないんですか」
「どうしてそう考えた?」
「旧校舎の図書室で見ました。書架でとった一冊が『流田のふみ』でしたし、同じ棚には空きスペースもありました。抜き取ったんじゃないですか」
「誰が? 石田が中に入って回収したんじゃないのかしら」
「石田が持ってきたとしたら、時系列が矛盾します。旧校舎のフロア図は昇降口の目立つところにありますから、仮に部誌を手にするために旧校舎に入ったとするなら、四番の教室と九番の教室の意味が分かっているはず」
石田拓朗の取材記録の時系列は深田の発言とは矛盾する。深田の話が正しければ、もっとすんなりと境界の扉を見つけているはずだった。
「写真を撮っているぐらいだから。でも石田は大正時代の部誌を読んだところでそれが旧校舎のことを示していると知らなかった。これはつまり、部誌を読んだ段階でフロア図を見ていなかったということ」
「私が言っていることと石田弟が残した状況が矛盾している、そう言いたいわけね」
「少なくとも俺にはそう聞こえました。教えてください、拓朗に何を教えたんですか」
「教えたも何も、境界の扉のことだよ。それ以上もそれ以下でもない」
「古い部誌が旧校舎にあることもですか」
「じゃあそれでいいよ。私が教えたったことで」
「その言い方はなんですか。人が一人死んでるっていうのに」
「高畑こそ。私が旧校舎の部誌を教えたとしてそれが大事なのかい? 石田が古い部誌を手にした事実が大事なんじゃないのか?」
「俺が気にしているのは、誰が境界の扉を知っているのか、ということです。拓朗からこれ以上話を聞けない以上、俺は拓朗に知識を授けた人から話を聞かないと、真相に辿りつけないと思っています」
高畑の中では『知識を授けた人』なんて分かりきっている。ただただ、本人の口から認めてほしいだけだった。そうすれば次に進められる。石田拓朗の身に何が起きたのか、それが黒い影出現の理由を導くことになれば。黒い影を打ち負かす方法となれば。
高畑はじめ図書部の命が、深田にかかっている。
深田はといえば、高畑の訴えに平然としていて、コーヒーを一口飲んだり、よそ見をしたりした。真剣さのかけらもない振る舞いは高畑の思いを逆撫でするばかりだった。
「だから教えてください、石田の身に何があったのか。先生ならよく知っていそうだから、予想がつくんじゃないですか」
テーブルに手を着いて深田に迫った。それでも深田は動じない。マグカップを胸の高さに保ったままため息をつく程度だった。
よそ見を、図書室の入り口の方向を一瞥してからため息をついた。
「まだ石田の弟が教えてくれることがあるんじゃないかしら」
マグカップを置いてポケットをまさぐった。出てきた握りこぶしを開けば、中にはキーホルダーも何もついていない鍵が二つ。深田の手に促されるまま受け取れば、人肌ほどに生温かい。
「旧校舎を調べきったと思っているなら甘いんじゃないの? あそこで石田拓郎が何をしてきたのか、探らなくていいの?」
「この鍵はなんですか」
「それあげるよ。本当はあっちゃいけないやつだから。これで旧校舎に行って来なさい。石田拓朗が残したものを見つける。いいね?」
鍵をひっくり返してみれば、深田の字で『旧校舎入り口』『旧校舎マスター』とあった。
全校生徒を集めて集会を開く、なんてことはもはやなかった。ただ、緊急のメーリングリストでその旨が展開されるだけだった。
『訃報のお知らせ』。件名からしてすぐに何のことか分かった。『一年四組の石田拓朗くんと三年三組の山邊香織さんがお亡くなりになりました』。冒頭には拓朗のほかにもう一人の名前が上がっていた。聞いたことのない、知らない名前だった。
そう言えば、拓朗は強敵を倒したと連絡をしてきていた。拓朗の動きと現実の事件とを重ねあわせれば、山邊香織という人物が強敵だった、ということか。
本文を読み進めてゆけば、マスコミに注意することなどの緘口令に加えて、夏休み中の部活動を一時中止するという運動部涙目の通告も含まれていた。
考えてもみれば人を殺める何かがはびこっている中で部活をさせるほうがおかしいわけで、当然といえば当然だった。黒い影の次の狙いは誰にも分からないのである。最も犯人に近いであろう三人を以てしても見当がつかない。知っている人よりも知らない人が多くやられているのだから。
唯一の被害者で高畑が顔を知っている前澤。彼女の言葉を整理すれば、石田は前澤に敵意を示した。倒してやる、と告げたナイフは何を見ていたのだろうか。浦を見つめているあの目には彼女がどう映っていたのだろうか。ニンテンドーDSを破壊した時、何を攻撃するつもりだったのだろうか。
石田拓朗と言うべきか、黒い影と言うに留めるか。それとも全てひっくるめて境界の扉を称するべきか。
多分次の標的は高畑なのだろう。唯一攻撃を受けていないのは高畑だけだった。それの存在を意識してしまえば、至るところにある鏡やガラスが異質なものに見えた。前澤が感じている恐怖、端末の画面が黒くなって途端自身の姿がぼんやり映し出されることも怖くなってしまった。
いつ、どこで、見られているか知るすべはなかった。この瞬間も見られているかもしれなかった。意識したくなくても否応がなしに意識させられる。黒い影はどこにでも現れる。電車の中でひどく痛感した。目の中にも出現する影。目の中にある目。
高畑は家を出た。ラフな格好ではない。高校からの通告にもかかわらず、制服を身にまとって改札を抜けるのだ。人もまばらな車内に腰をかけて車窓から目をそらすのだ。
石田拓朗の痕跡を思い出す。想像力をたくましくさせる。そうすれば自ずと次に目指さなければならないとっかかりが姿を表す。黒い影の姿を取り除くためには、石田孝之が言っていた通り、石田拓朗が手をつけた事を片づけなければならないのだ。
石田拓朗に関わった人物。境界の扉を知っている人物。石田拓朗がいない中、知識を頼ることができる人物といえば。
初石駅を降りて通学路を歩いていればビデオカメラを肩に担いだ男がちらりと見えて、それがマスコミであることはすぐに察した。石田拓朗を追ってきたのか、それともメールや全校集会の場でしか知らない高校生を追ってきたのか。いつもは直進する道を左折して遠回りしてやり過ごした。
マスコミに見つかったのか声をかけられた気がするものの、そのまま無視して学校の敷地内に入った。長くて急な階段を上がって生徒用の昇降口に進めばどこも施錠されていて、仕方ないから教職員用の昇降口から忍び込んだ。
一階から二階に上がり、突き当りの引き戸を開ける。石田拓朗も頼っていたはずの人物がそこにいる。
いた。
「どうしたの。メールを見てないのかしら」
「知ってます。俺にとっては部活として来ているわけではないからいいんです」
「私の目には部活をしに来たように思えるんだけど」
さすがは女王、と言ったところか。高畑の企てをいとも簡単に見ぬいた。だが、高畑も高畑で、
「まさか、図書部の夏休みの活動はノマドでやってますから」
としらを切った。高畑を相手にしているのは深田であったが、顧問を相手にしている感覚はなかった。石田拓朗に情報を提供してきた供給源、駆け引きをする対象だった。
「わざわざ来たんだ、一言二言で終わる話ではないんでしょ?」
深田が奥の座りづらいソファを指差す。腰を沈めて相変わらずの座りづらさを感じていれば、マグカップを二つ持った深田が追ってソファの元へやってきた。
高畑の前に一つ、向い合ってもう一つ。
「境界の扉のことです」
「何を聞きたいのかな」
何を聞かれるのか予め聞かされていたかのような物言いだった。マグカップの中をすすりながら高畑の次なる言葉を待っている。辺り一帯に漂う匂いはコーヒーそのものだった。
「境界の扉、どこまでを拓朗に教えたんですか」
「前に高畑と浦に教えた程度のことしか教えてないよ。そこから先は石田が考えて手にした結果よ」
「じゃあ、石田が旧校舎のフロア図を持っていたのはなぜなんでしょう」
「今時ネットで調べればすぐに見つかるんじゃない?」
「俺が調べないとでも思いましたか。画像検索で探してみましたが、外観や教室はヒットしましたけれど、フロア図なんて一つもありませんでしたよ」
「たまたま引っかからなかっただけじゃないの」
深田が言外に答えるのは、何も知らない、ということだった。
深田がコーヒーをすする。
高畑はもう一つの手札を切る。
「じゃあ、大正に作られた部誌なんてどこで見つけられるんですか」
「私には分からないけど、持ってる人を見つけたんじゃ」
「旧校舎に保管されていたんじゃないんですか」
「どうしてそう考えた?」
「旧校舎の図書室で見ました。書架でとった一冊が『流田のふみ』でしたし、同じ棚には空きスペースもありました。抜き取ったんじゃないですか」
「誰が? 石田が中に入って回収したんじゃないのかしら」
「石田が持ってきたとしたら、時系列が矛盾します。旧校舎のフロア図は昇降口の目立つところにありますから、仮に部誌を手にするために旧校舎に入ったとするなら、四番の教室と九番の教室の意味が分かっているはず」
石田拓朗の取材記録の時系列は深田の発言とは矛盾する。深田の話が正しければ、もっとすんなりと境界の扉を見つけているはずだった。
「写真を撮っているぐらいだから。でも石田は大正時代の部誌を読んだところでそれが旧校舎のことを示していると知らなかった。これはつまり、部誌を読んだ段階でフロア図を見ていなかったということ」
「私が言っていることと石田弟が残した状況が矛盾している、そう言いたいわけね」
「少なくとも俺にはそう聞こえました。教えてください、拓朗に何を教えたんですか」
「教えたも何も、境界の扉のことだよ。それ以上もそれ以下でもない」
「古い部誌が旧校舎にあることもですか」
「じゃあそれでいいよ。私が教えたったことで」
「その言い方はなんですか。人が一人死んでるっていうのに」
「高畑こそ。私が旧校舎の部誌を教えたとしてそれが大事なのかい? 石田が古い部誌を手にした事実が大事なんじゃないのか?」
「俺が気にしているのは、誰が境界の扉を知っているのか、ということです。拓朗からこれ以上話を聞けない以上、俺は拓朗に知識を授けた人から話を聞かないと、真相に辿りつけないと思っています」
高畑の中では『知識を授けた人』なんて分かりきっている。ただただ、本人の口から認めてほしいだけだった。そうすれば次に進められる。石田拓朗の身に何が起きたのか、それが黒い影出現の理由を導くことになれば。黒い影を打ち負かす方法となれば。
高畑はじめ図書部の命が、深田にかかっている。
深田はといえば、高畑の訴えに平然としていて、コーヒーを一口飲んだり、よそ見をしたりした。真剣さのかけらもない振る舞いは高畑の思いを逆撫でするばかりだった。
「だから教えてください、石田の身に何があったのか。先生ならよく知っていそうだから、予想がつくんじゃないですか」
テーブルに手を着いて深田に迫った。それでも深田は動じない。マグカップを胸の高さに保ったままため息をつく程度だった。
よそ見を、図書室の入り口の方向を一瞥してからため息をついた。
「まだ石田の弟が教えてくれることがあるんじゃないかしら」
マグカップを置いてポケットをまさぐった。出てきた握りこぶしを開けば、中にはキーホルダーも何もついていない鍵が二つ。深田の手に促されるまま受け取れば、人肌ほどに生温かい。
「旧校舎を調べきったと思っているなら甘いんじゃないの? あそこで石田拓郎が何をしてきたのか、探らなくていいの?」
「この鍵はなんですか」
「それあげるよ。本当はあっちゃいけないやつだから。これで旧校舎に行って来なさい。石田拓朗が残したものを見つける。いいね?」
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