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4.扉は閉ざされた
石田拓朗が見たもの
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どうやって柏駅までたどり着いたのか。あまりにも調子を狂わせる深田との会話の後は、ひたすらポケットに忍ばせた鍵をもてあそんでいた。ふと我に返ってみれば駅にいたのだ。
きっかけは何だったか、胸ポケットに入れていたスマートフォンの振動に心臓がびっくりしたからだったか。ぼんやりしていた中での不意打ちだったから、まるで体の中から震えたかのような感覚だった。
メッセージの主は石田だった。石田といっても孝之の方だった。やってきたメッセージには短く、
「集まれる?」
とだけ。浦にも送られていた。
ぽこり、と浦のメッセージが湧き上がってくれば、
「どこ集合ですか?」
こちらもこちらで短いメッセージだった。
そうして図書部は流山おおたかの森のカラオケボックスに集合したのである。
「考えてみたんだが、俺らは旧校舎を調べていなさすぎる」
浦が薄暗い室内を明るくしてカラオケのつまみを回して宣伝のメッセージを消している。彼女を待たないで石田はしゃべり始めた。
「急ですね」
「俺らは今黒い影に狙われている状況だ。これをどうにかしようとした時、どう対処すればいい? 浦は分かるか?」
「どうって言われましても、私には何も。私の理解を超えてます」
「なら高畑はどうだ?」
「俺はその、あれです」
高畑が連想しているのは深田の言葉だった。懐の鍵をいまだ懐の中でいじって、その言葉を繰り返して噛み砕こうとしていた。『石田拓朗が残したもの』とは何なのだろうか。喉に刺さった魚の小骨。やっぱり何かを隠している気がしていて釈然としなかった。
浦が高畑の脇腹を突っついてきて思想の海から引き上げられる。深田の眼差しが何かを求めているのは分かったものの、高畑にはそれが読み取れなかった。
「すみません、よく聞いてなかったです」
「黒い影に追われている状況にこれからどう対処するかってこと」
「対処の仕方なんて知りません。手がかりがないのだからどうしようもないです。調べないと」
「そう、調べないとまずい。俺らはあれに対抗する手段がないから。しかし、本当に俺の話を聞いてなかったのか? 模範解答のように思えるぐらいだったが」
「本当に聞いてなかったです、ちょっと考えごとしていて」
「ああそう、もしかして今日学校にいたが、それが関係していること? ああすまない、聞いていい話じゃないかもだから話さなくていいや」
「えっと、どうしてそのことを知ってるんですか。たかさんも学校にいたんですか」
「ま、それが次に話すことだからな。これを見てくれよ」
テーブルの上に置かれたもの。高畑は目を疑って目をこすってみた。にもかかわらず見えているものは変わらず、今度はポケットの中に手を突っ込んでものを確かめた。
鍵はポケットの中に入っていた。
「高畑が女王と話していてくれて助かったよ。旧校舎に入るための鍵だ」
「先輩は何で、そんなもの持ってるんですか。それ、持ってちゃいけないやつですよね」
「大丈夫、ちょっと拝借しただけさ。すぐに返すよ」
高畑の中で湧き上がる罪悪感はなんだろうか。石田が持っているものと全く同じものがポケットの中に入っていて、しかも借り物でなく貰い物だ。石田の鉄骨を渡るような行動は全くの無駄骨にしか思えなかった。
拝借じゃなくて盗みじゃないか、という議論を浦が石田と繰り広げていて、何となく高畑は恐縮してしまって、誰にも求められていないのに鍵をテーブルに出してしまった。
はたと止まる議論。ややあってから浦が、
「高畑、それって」
と矛先を向けてきた。矛は矛でも、どう扱えばよいか判然としなくてとりあえず向けてみた、といった感じだった。
「先生から今日もらったんだ。境界の扉に関して拓朗が頼っていたのは深田先生だと思っていたから、実際のところを聞いてきたんだ。そうしたら結局、これを渡してきて、『まだ調べることがあるんじゃない』、とこれを。合鍵なのかな」
「俺が忍び込んでくすねたこの鍵は必要ないじゃないか」
石田がテーブルの上にうなだれて溶けてしまった。すっかり突っ伏して高畑の前にある鍵を持ち上げてみれば、石田は自らくすねた鍵とを比べ始めた。真新しい鍵と、真鍮色のなんだか古めかしい鍵。
「先生はどうしてこんなのを持ってたの? それに、どうして高畑に渡しちゃったのかしら」
「俺が問い詰めたからじゃないかな。境界の扉で知っていることを教えてくれって言ったら、まさにたかさんが言ったのと同じようなことを言ってさ、これを渡してきたんだ」
「先輩と同じこと? どうして先生がそんなことを言えるの? 私達というか、高畑と先輩みたいに探して回っているわけじゃないよね」
「なんというか、もやもやしていて気持ち悪いんだよね」
「私には先生が隠し事をしているようにしか思えないのだけど」
「俺もね、どう言ったらいいのだろう、何か知っているような気もするし、知ってなさそうな気もするし、みたいな」
「どういうこと」
「言ったままだよ。境界の扉について何か知っていそうな素振りをしているのだけど、もしかしたら実はなんにも分かってなくて、でも拓朗にいろいろ伝えていた手前引っ込みがつかなくなって、みたいにも思えて」
「それはそれで先生のこと軽蔑するんだけど」
高畑の視線と浦の視線が不意に重なりあった。互いに見える黒目。たちまち浦が目をそらした。高畑が見た浦の目に黒い影はいなかった。もしや、見てしまったのか。目を合わせないようにして、
「もしかして黒い影を見た?」
と問いかければ石田の顔が鍵でなく浦に向くのだ。
「いや、見たわけじゃないんだけど、目を見たら、もしかしたらって思ったら、つい」
浦は高畑の方を見はするものの、首より上には視線を上げなかった。高畑だって浦の目を見るつもりはなかった。高畑が見ているのは鍵のほう、誰の目を見なくてもよい方向だった。
「ごめん、無神経に目を見ちゃった」
「高畑が謝ることじゃないでしょ。私こそ、気分悪くさせるようなことした」
どちらが悪いなんてない、そんなのは分かりきっていた。けれども『傷つけてしまった』ときまりの悪い思いを抱く。二人共、互いが互いに。歯車の噛み合わない感じが気持ち悪くて、言葉が出なくなってしまった。
そこを石田が割り込んだ。
「とりあえず俺が持ってきた鍵は元の場所に戻すとして、どうしようか、いつにする?」
「たかさん、いつにするって何をですか」
「決まっているだろう、旧校舎に行くんだよ。今何かがあるとすれば旧校舎を探す以外に手はないわけだ」
「反対はしないですが。日が昇っているうちに行くんですか」
「それは無理な話だ。ちょろっと顔を出してきたが、警察官が道を塞いでいる。うまいこと忍び込もうとするなら、夜だな」
「それって危ないんじゃないですか。立ち入り禁止ってことですよね」
「いいか高畑、何もしなかったらただ黒い影に取り殺されるだけだぞ。そんな時に警官がどうのこうのなんて言ってられないだろ」
「そうかもしれませんが」
石田の力強い言葉に高畑は戸惑った。本人は気づいているのだろうか。自身の弟が死んでいたというのにこの熱意はいったい。これから 冒険に出るような勢いさえ感じた。
冒険なのかもしれない。
死の知らせを聞いた主人公がその真相を探るための旅に出る。悲しい気持ちの中で、その理由を明らかにする、身に降りかかろうとしている災いを打ち破ろうとしている。異世界ロールプレイング・ゲームみたいな考え方だった。
高畑はさながら、主人公と共に戦うパーティの一味か。
「やるのであれば、調べるつもりはありましたから、俺もやりますが。でも浦は」
到底女子と一緒になってやることではなかった。立ち入りが禁止されている校舎の中に忍び込もうっていうのだから、危ない端にほかならないのだ。血の気が多いのであればまだしも、図書部員たる浦はアクティブな性質ではなかった。
しかし。
きっかけは何だったか、胸ポケットに入れていたスマートフォンの振動に心臓がびっくりしたからだったか。ぼんやりしていた中での不意打ちだったから、まるで体の中から震えたかのような感覚だった。
メッセージの主は石田だった。石田といっても孝之の方だった。やってきたメッセージには短く、
「集まれる?」
とだけ。浦にも送られていた。
ぽこり、と浦のメッセージが湧き上がってくれば、
「どこ集合ですか?」
こちらもこちらで短いメッセージだった。
そうして図書部は流山おおたかの森のカラオケボックスに集合したのである。
「考えてみたんだが、俺らは旧校舎を調べていなさすぎる」
浦が薄暗い室内を明るくしてカラオケのつまみを回して宣伝のメッセージを消している。彼女を待たないで石田はしゃべり始めた。
「急ですね」
「俺らは今黒い影に狙われている状況だ。これをどうにかしようとした時、どう対処すればいい? 浦は分かるか?」
「どうって言われましても、私には何も。私の理解を超えてます」
「なら高畑はどうだ?」
「俺はその、あれです」
高畑が連想しているのは深田の言葉だった。懐の鍵をいまだ懐の中でいじって、その言葉を繰り返して噛み砕こうとしていた。『石田拓朗が残したもの』とは何なのだろうか。喉に刺さった魚の小骨。やっぱり何かを隠している気がしていて釈然としなかった。
浦が高畑の脇腹を突っついてきて思想の海から引き上げられる。深田の眼差しが何かを求めているのは分かったものの、高畑にはそれが読み取れなかった。
「すみません、よく聞いてなかったです」
「黒い影に追われている状況にこれからどう対処するかってこと」
「対処の仕方なんて知りません。手がかりがないのだからどうしようもないです。調べないと」
「そう、調べないとまずい。俺らはあれに対抗する手段がないから。しかし、本当に俺の話を聞いてなかったのか? 模範解答のように思えるぐらいだったが」
「本当に聞いてなかったです、ちょっと考えごとしていて」
「ああそう、もしかして今日学校にいたが、それが関係していること? ああすまない、聞いていい話じゃないかもだから話さなくていいや」
「えっと、どうしてそのことを知ってるんですか。たかさんも学校にいたんですか」
「ま、それが次に話すことだからな。これを見てくれよ」
テーブルの上に置かれたもの。高畑は目を疑って目をこすってみた。にもかかわらず見えているものは変わらず、今度はポケットの中に手を突っ込んでものを確かめた。
鍵はポケットの中に入っていた。
「高畑が女王と話していてくれて助かったよ。旧校舎に入るための鍵だ」
「先輩は何で、そんなもの持ってるんですか。それ、持ってちゃいけないやつですよね」
「大丈夫、ちょっと拝借しただけさ。すぐに返すよ」
高畑の中で湧き上がる罪悪感はなんだろうか。石田が持っているものと全く同じものがポケットの中に入っていて、しかも借り物でなく貰い物だ。石田の鉄骨を渡るような行動は全くの無駄骨にしか思えなかった。
拝借じゃなくて盗みじゃないか、という議論を浦が石田と繰り広げていて、何となく高畑は恐縮してしまって、誰にも求められていないのに鍵をテーブルに出してしまった。
はたと止まる議論。ややあってから浦が、
「高畑、それって」
と矛先を向けてきた。矛は矛でも、どう扱えばよいか判然としなくてとりあえず向けてみた、といった感じだった。
「先生から今日もらったんだ。境界の扉に関して拓朗が頼っていたのは深田先生だと思っていたから、実際のところを聞いてきたんだ。そうしたら結局、これを渡してきて、『まだ調べることがあるんじゃない』、とこれを。合鍵なのかな」
「俺が忍び込んでくすねたこの鍵は必要ないじゃないか」
石田がテーブルの上にうなだれて溶けてしまった。すっかり突っ伏して高畑の前にある鍵を持ち上げてみれば、石田は自らくすねた鍵とを比べ始めた。真新しい鍵と、真鍮色のなんだか古めかしい鍵。
「先生はどうしてこんなのを持ってたの? それに、どうして高畑に渡しちゃったのかしら」
「俺が問い詰めたからじゃないかな。境界の扉で知っていることを教えてくれって言ったら、まさにたかさんが言ったのと同じようなことを言ってさ、これを渡してきたんだ」
「先輩と同じこと? どうして先生がそんなことを言えるの? 私達というか、高畑と先輩みたいに探して回っているわけじゃないよね」
「なんというか、もやもやしていて気持ち悪いんだよね」
「私には先生が隠し事をしているようにしか思えないのだけど」
「俺もね、どう言ったらいいのだろう、何か知っているような気もするし、知ってなさそうな気もするし、みたいな」
「どういうこと」
「言ったままだよ。境界の扉について何か知っていそうな素振りをしているのだけど、もしかしたら実はなんにも分かってなくて、でも拓朗にいろいろ伝えていた手前引っ込みがつかなくなって、みたいにも思えて」
「それはそれで先生のこと軽蔑するんだけど」
高畑の視線と浦の視線が不意に重なりあった。互いに見える黒目。たちまち浦が目をそらした。高畑が見た浦の目に黒い影はいなかった。もしや、見てしまったのか。目を合わせないようにして、
「もしかして黒い影を見た?」
と問いかければ石田の顔が鍵でなく浦に向くのだ。
「いや、見たわけじゃないんだけど、目を見たら、もしかしたらって思ったら、つい」
浦は高畑の方を見はするものの、首より上には視線を上げなかった。高畑だって浦の目を見るつもりはなかった。高畑が見ているのは鍵のほう、誰の目を見なくてもよい方向だった。
「ごめん、無神経に目を見ちゃった」
「高畑が謝ることじゃないでしょ。私こそ、気分悪くさせるようなことした」
どちらが悪いなんてない、そんなのは分かりきっていた。けれども『傷つけてしまった』ときまりの悪い思いを抱く。二人共、互いが互いに。歯車の噛み合わない感じが気持ち悪くて、言葉が出なくなってしまった。
そこを石田が割り込んだ。
「とりあえず俺が持ってきた鍵は元の場所に戻すとして、どうしようか、いつにする?」
「たかさん、いつにするって何をですか」
「決まっているだろう、旧校舎に行くんだよ。今何かがあるとすれば旧校舎を探す以外に手はないわけだ」
「反対はしないですが。日が昇っているうちに行くんですか」
「それは無理な話だ。ちょろっと顔を出してきたが、警察官が道を塞いでいる。うまいこと忍び込もうとするなら、夜だな」
「それって危ないんじゃないですか。立ち入り禁止ってことですよね」
「いいか高畑、何もしなかったらただ黒い影に取り殺されるだけだぞ。そんな時に警官がどうのこうのなんて言ってられないだろ」
「そうかもしれませんが」
石田の力強い言葉に高畑は戸惑った。本人は気づいているのだろうか。自身の弟が死んでいたというのにこの熱意はいったい。これから 冒険に出るような勢いさえ感じた。
冒険なのかもしれない。
死の知らせを聞いた主人公がその真相を探るための旅に出る。悲しい気持ちの中で、その理由を明らかにする、身に降りかかろうとしている災いを打ち破ろうとしている。異世界ロールプレイング・ゲームみたいな考え方だった。
高畑はさながら、主人公と共に戦うパーティの一味か。
「やるのであれば、調べるつもりはありましたから、俺もやりますが。でも浦は」
到底女子と一緒になってやることではなかった。立ち入りが禁止されている校舎の中に忍び込もうっていうのだから、危ない端にほかならないのだ。血の気が多いのであればまだしも、図書部員たる浦はアクティブな性質ではなかった。
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