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4.扉は閉ざされた
解き放たれたもの
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夜、高畑は図書室に来ていた。
旧校舎から脱して帰宅後も調べものを続けていた高畑、一眠りと思っていたら、いつしか夕方も日が沈みかけている時分となっていた。電車に揺られていたらすっかり日も暮れてしまったが、学校に行かなければならない理由があった。
目の前には深田が自席でパソコン仕事をしている最中で、図書室に入ってきた高畑を目にすると、
「また来ちゃったの? 部活は停止だって言ったでしょう」
とおどけて見せたが、次の瞬間には真顔に戻ってしまうのである。
「で、用事は何かしら」
「石田のアイフォンを返してください。預かってるんですよね、鍵の担保として」
高畑の言葉に一瞬固まった深田だったが、コクリと頷けば革張りの椅子を指差した。
「分かった、そっちで待ってて」
いつもの展開だった。ソファに案内されればしばらく待たされる。コーヒーか何かを作っているのだろう。
高畑はその間、バッグからクリアファイルを取り出して、挟んであるものを読み返す。旧校舎に残されていた拓朗のメモの一つだった。いくつもある魔法円と未使用のメモの間に挟まっていた。
拓朗の最後のメモ。殴り書きのメモばかりを目にして来た高畑にとって、印刷された罫線に沿って書かれているだけでも綺麗に書いていると思えた。字は相変わらず下手だったが。
メモは記録というよりも遺された言葉のように思えた。四つの文章が記されていた。
『アイフォンを渡せば校舎の中で自由に調べることができるようになったが、何かおかしいとは思っていた』と。
『境界の扉はデマだ。あれは地獄の扉だ』と。
『対処方法が分からない。僕はとんでもないものを解き放ってしまったかもしれない』と。
『兄さんの言う通りだった』と。
石田拓朗のメッセージを受け取った高畑は深田敦美と対峙せざるを得なかった。
「はいこれ、石田のスマホね。あと一杯どうぞ。今日はココアにしてみたわ」
「たかさんに返しておきます」
受け取ったスマートフォンを見回してみるが特に壊れているような形跡はなかった。電源ボタンを押してみれば、バッテリー不足なのだろうか、電源が入らなかった。
「で、ここに来たのはスマートフォンを返してもらいに来ただけじゃないんでしょう?」
「ええ、やっぱり先生、何か隠してますよね」
「隠してるって、何を?」
「LINEです。拓朗が旧校舎に立ち入る時はスマートフォンを預かっていたんですよね。つまり、拓朗が死んでからずっと先生はスマートフォンを持っていたことになる。現に今まで持っていた。違いますか」
「預かっていたのは事実ね」
「鍵の担保、という形で借りていた点もですよね。メモを見つけましたよ」
「ふうん、じゃあ旧校舎に行ってきたのね」
「昨日行ってきました」
「どうだった、夜の校舎は?」
深田は脚を組んでココアを口にする。顔をしかめるところ、殊の外熱かったのか。
「質問してるのは俺ですよ。LINEのこと、隠してますよね? 拓朗のスマートフォンを持っているのは先生ですよ。拓朗がLINEをしていたとすればスマートフォンを持っていないとおかしいでしょう。先生がやったんですよね」
「やってないよ。私だって鍵を返しに来た時はちゃんと返していたよ。その間にメッセージを飛ばしていたんじゃないの」
「死体が目の前にある状態でも拓朗からLINEが来ていました」
「あらそう、じゃあおかしいわね」
全くの他人事のような調子である。状況証拠としては拓朗のスマートフォンを、LINEを操作できるのは深田以外にいないのである。それ以外の選択肢がないというのにしらを切る。ほんの少し笑みを浮かべているのが腹立たしく感じてきた。
「拓朗のスマートフォンを持っている以上、先生が拓朗になりすましてLINEをやっていたことは間違いないんです。その上で、どうしてそんなことをする理由があるんですか。俺らを欺きたい何かがあるんじゃないんですか」
「私が知っていることは石田に教えたこと以上に何もないよ」
「またそんなことを言うんですか。LINEの件がある以上、その発言も信じられないんですよ。拓朗は境界の扉を最後、地獄の扉と呼んでいました。その意味、先生なら分かるんですよね」
「境界というぐらいだし、その向こう側にはそういうものもあるかもしれないわね」
窓の外を見やりながら話をする深田。あくまで何も知らないと言い張るのだ。境界の扉、黒い影は終わっていない。
「お願いです、俺は境界の扉を終わらせたいんです。俺や浦やたかさんを黒い影が狙ってるんですよ。それを終わらせないといけない」
終わらなければ、高畑たちの命は常に脅かされるのである。浦の怯える姿が目に焼き付いている。ガラスに浮かび上がる黒い影の目に震え上がる戦慄は思い出すだけで鳥肌が立つ。
終わらせなければ。
「終わらせないよ」
深田はそう答えた。
「まあ、十分に蓄えられたからしばらくは大人しくしていてもいいかしらね」
続けて言った。
「じゃあ、お願い」
深田はガラスに向かって手招きをした。
黒い影がせり出してきて、何かを振り下ろそうとしていた。
旧校舎から脱して帰宅後も調べものを続けていた高畑、一眠りと思っていたら、いつしか夕方も日が沈みかけている時分となっていた。電車に揺られていたらすっかり日も暮れてしまったが、学校に行かなければならない理由があった。
目の前には深田が自席でパソコン仕事をしている最中で、図書室に入ってきた高畑を目にすると、
「また来ちゃったの? 部活は停止だって言ったでしょう」
とおどけて見せたが、次の瞬間には真顔に戻ってしまうのである。
「で、用事は何かしら」
「石田のアイフォンを返してください。預かってるんですよね、鍵の担保として」
高畑の言葉に一瞬固まった深田だったが、コクリと頷けば革張りの椅子を指差した。
「分かった、そっちで待ってて」
いつもの展開だった。ソファに案内されればしばらく待たされる。コーヒーか何かを作っているのだろう。
高畑はその間、バッグからクリアファイルを取り出して、挟んであるものを読み返す。旧校舎に残されていた拓朗のメモの一つだった。いくつもある魔法円と未使用のメモの間に挟まっていた。
拓朗の最後のメモ。殴り書きのメモばかりを目にして来た高畑にとって、印刷された罫線に沿って書かれているだけでも綺麗に書いていると思えた。字は相変わらず下手だったが。
メモは記録というよりも遺された言葉のように思えた。四つの文章が記されていた。
『アイフォンを渡せば校舎の中で自由に調べることができるようになったが、何かおかしいとは思っていた』と。
『境界の扉はデマだ。あれは地獄の扉だ』と。
『対処方法が分からない。僕はとんでもないものを解き放ってしまったかもしれない』と。
『兄さんの言う通りだった』と。
石田拓朗のメッセージを受け取った高畑は深田敦美と対峙せざるを得なかった。
「はいこれ、石田のスマホね。あと一杯どうぞ。今日はココアにしてみたわ」
「たかさんに返しておきます」
受け取ったスマートフォンを見回してみるが特に壊れているような形跡はなかった。電源ボタンを押してみれば、バッテリー不足なのだろうか、電源が入らなかった。
「で、ここに来たのはスマートフォンを返してもらいに来ただけじゃないんでしょう?」
「ええ、やっぱり先生、何か隠してますよね」
「隠してるって、何を?」
「LINEです。拓朗が旧校舎に立ち入る時はスマートフォンを預かっていたんですよね。つまり、拓朗が死んでからずっと先生はスマートフォンを持っていたことになる。現に今まで持っていた。違いますか」
「預かっていたのは事実ね」
「鍵の担保、という形で借りていた点もですよね。メモを見つけましたよ」
「ふうん、じゃあ旧校舎に行ってきたのね」
「昨日行ってきました」
「どうだった、夜の校舎は?」
深田は脚を組んでココアを口にする。顔をしかめるところ、殊の外熱かったのか。
「質問してるのは俺ですよ。LINEのこと、隠してますよね? 拓朗のスマートフォンを持っているのは先生ですよ。拓朗がLINEをしていたとすればスマートフォンを持っていないとおかしいでしょう。先生がやったんですよね」
「やってないよ。私だって鍵を返しに来た時はちゃんと返していたよ。その間にメッセージを飛ばしていたんじゃないの」
「死体が目の前にある状態でも拓朗からLINEが来ていました」
「あらそう、じゃあおかしいわね」
全くの他人事のような調子である。状況証拠としては拓朗のスマートフォンを、LINEを操作できるのは深田以外にいないのである。それ以外の選択肢がないというのにしらを切る。ほんの少し笑みを浮かべているのが腹立たしく感じてきた。
「拓朗のスマートフォンを持っている以上、先生が拓朗になりすましてLINEをやっていたことは間違いないんです。その上で、どうしてそんなことをする理由があるんですか。俺らを欺きたい何かがあるんじゃないんですか」
「私が知っていることは石田に教えたこと以上に何もないよ」
「またそんなことを言うんですか。LINEの件がある以上、その発言も信じられないんですよ。拓朗は境界の扉を最後、地獄の扉と呼んでいました。その意味、先生なら分かるんですよね」
「境界というぐらいだし、その向こう側にはそういうものもあるかもしれないわね」
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「終わらせないよ」
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「じゃあ、お願い」
深田はガラスに向かって手招きをした。
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