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5.エピローグ
空きデスク
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ソファで黒い影に襲われたはずだった。
夜の出来事であるはずだった。
しかし、気づいた時には高畑は図書室の床の上で大の字になっていて、外もすっかり明るくなっていた。ジメジメと蒸し暑かった。
頭がじんじんしているところ、影に襲われたことは間違いなかった。しかし、どこか腑に落ちなくて手の甲をつねってみれば痛くて、間違いなく現実だった。夢や幻の類でなかった。
ソファのところに戻ってみれば、高畑のバッグが残っていて、床にはクリアファイルが落ちていた。中には石田拓朗の遺書が遺されたまま、高畑がここにいたのは確かだった。
黒い影を見てから床に寝ている間での記憶が全くなかった。荷物が残っていたのだからソファに座っているのは間違いない。どうしてここから図書室の真ん中まで移動しているのか。
荷物を抱えて、おそらくは移動したであろう道筋をたどる。何か思い出しはしないかと考えを巡らせてみるものの、てんで思い出すことはなかった。とっかかりすらないのだから仕方がなかった。
深田の席を通り過ぎる。
強烈な違和感を感じて脚が止まった。少し戻って深田の席を正面に据えた。
昨夜のデスクはどうなっていたか。確か深田が仕事をしている最中で、ノートパソコンを開けていたはず。ほかにデスク上にあったものは思い出せなかったが、それで十分。
深田のデスク全てを専有するのは業務用と思しき複合機。椅子もなかった。
ガラガラ、と戸を引く音がした。
「あれ高畑くん、どうしてここにいるんですか?」
姿を表したのは司書教諭だった。名前はどうだったか。正直深田以外の司書教諭の名前を覚えていなかった。顔だけ知っている先生だった。
「あの先生、ここって」
「ん? プリンタがどうかしたのですか」
「あのその、深田先生の席ですよね、ここ」
「高畑くんはおかしいことを言うんですね。そんな名前の先生はこの学校にいないですよ」
頭の中にはてなマークが絶えず生まれている中、ふらふらと昇降口を出た。
深田がいない?
深田敦美司書教諭はこの学校にいない?
高畑の手を見下ろせば、いつしか二人に向けてLINEを送っていた。
「変なことを聞くけど、深田先生って分かる?」
少しばかりのラグの後返信が返ってくればいよいよ高畑の頭は疑問で飽和してしまうのだ。
「知らない。誰それ」
「中学の頃の先生の名前? 何でそんなことを気にしているのよ」
空を見上げて、目をこすって、再びグループトーク画面に挑んだ。
「じゃあ、図書部の顧問の名前は」
間髪を容れず帰ってくる答えは更に高畑を追い込んだ。
「吉田先生」
「よっしーだろ」
そうだ、図書室で言葉を交わしたあの教諭は吉田だった。
目をこすって、目と目の間をつまんで揉んでみた。もしかしたら見間違いかもしれない。意を決して画面を見れば、やはり深田の名前はなかった。
深田敦美の痕跡が消えていた。物理的な痕跡、机もなくなっていれば、記憶からも消えてしまっていた。流田中央に深田敦美という教諭はいない。深田敦美は顧問ではない。
高畑は頭をかきむしった。そうしたって状況を理解できるわけではないが、理解できない状況に自分一人取り残されていることが気持ち悪くて、もどかしくて仕方なかった。
ふと視線を感じた。
見られている、という感覚。
高畑の脳裏に姿を表すのは黒い影の目だった。視線の元から逃げなければならなかった。高畑は逃げる対象をはっきりするべく顔を上げた。
深田敦美が、全身漆黒の喪服をまとって立っていた。
目が合った瞬間、ニタァ、っとそれが笑った。その目は黒い影のそれだった。
夜の出来事であるはずだった。
しかし、気づいた時には高畑は図書室の床の上で大の字になっていて、外もすっかり明るくなっていた。ジメジメと蒸し暑かった。
頭がじんじんしているところ、影に襲われたことは間違いなかった。しかし、どこか腑に落ちなくて手の甲をつねってみれば痛くて、間違いなく現実だった。夢や幻の類でなかった。
ソファのところに戻ってみれば、高畑のバッグが残っていて、床にはクリアファイルが落ちていた。中には石田拓朗の遺書が遺されたまま、高畑がここにいたのは確かだった。
黒い影を見てから床に寝ている間での記憶が全くなかった。荷物が残っていたのだからソファに座っているのは間違いない。どうしてここから図書室の真ん中まで移動しているのか。
荷物を抱えて、おそらくは移動したであろう道筋をたどる。何か思い出しはしないかと考えを巡らせてみるものの、てんで思い出すことはなかった。とっかかりすらないのだから仕方がなかった。
深田の席を通り過ぎる。
強烈な違和感を感じて脚が止まった。少し戻って深田の席を正面に据えた。
昨夜のデスクはどうなっていたか。確か深田が仕事をしている最中で、ノートパソコンを開けていたはず。ほかにデスク上にあったものは思い出せなかったが、それで十分。
深田のデスク全てを専有するのは業務用と思しき複合機。椅子もなかった。
ガラガラ、と戸を引く音がした。
「あれ高畑くん、どうしてここにいるんですか?」
姿を表したのは司書教諭だった。名前はどうだったか。正直深田以外の司書教諭の名前を覚えていなかった。顔だけ知っている先生だった。
「あの先生、ここって」
「ん? プリンタがどうかしたのですか」
「あのその、深田先生の席ですよね、ここ」
「高畑くんはおかしいことを言うんですね。そんな名前の先生はこの学校にいないですよ」
頭の中にはてなマークが絶えず生まれている中、ふらふらと昇降口を出た。
深田がいない?
深田敦美司書教諭はこの学校にいない?
高畑の手を見下ろせば、いつしか二人に向けてLINEを送っていた。
「変なことを聞くけど、深田先生って分かる?」
少しばかりのラグの後返信が返ってくればいよいよ高畑の頭は疑問で飽和してしまうのだ。
「知らない。誰それ」
「中学の頃の先生の名前? 何でそんなことを気にしているのよ」
空を見上げて、目をこすって、再びグループトーク画面に挑んだ。
「じゃあ、図書部の顧問の名前は」
間髪を容れず帰ってくる答えは更に高畑を追い込んだ。
「吉田先生」
「よっしーだろ」
そうだ、図書室で言葉を交わしたあの教諭は吉田だった。
目をこすって、目と目の間をつまんで揉んでみた。もしかしたら見間違いかもしれない。意を決して画面を見れば、やはり深田の名前はなかった。
深田敦美の痕跡が消えていた。物理的な痕跡、机もなくなっていれば、記憶からも消えてしまっていた。流田中央に深田敦美という教諭はいない。深田敦美は顧問ではない。
高畑は頭をかきむしった。そうしたって状況を理解できるわけではないが、理解できない状況に自分一人取り残されていることが気持ち悪くて、もどかしくて仕方なかった。
ふと視線を感じた。
見られている、という感覚。
高畑の脳裏に姿を表すのは黒い影の目だった。視線の元から逃げなければならなかった。高畑は逃げる対象をはっきりするべく顔を上げた。
深田敦美が、全身漆黒の喪服をまとって立っていた。
目が合った瞬間、ニタァ、っとそれが笑った。その目は黒い影のそれだった。
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