涙が呼び込む神様の小径

景綱

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第三話「大樹の声に耳を傾けて」

心地よい朝。そして何かはじまる予感

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 康成が仏壇に手を合わせていると、こころと麻帆がなにやら話しながら起きてきた。

「路子さん、おはよう」
「はい、おはよう。二人とも朝のご挨拶を済ませてしまいなさい」

 路子の言葉を素直に聞きいれ、仏壇へと近づいてきた。康成は場所を開けて「おはよう」と声をかける。

「おはよう」

 こころと麻帆の声が重なりなんとなく心地よく感じた。康成は神棚へと移動して挨拶をする。
 キッチンに行くとすでに敏文が座って新聞を読んでいた。

「おはようございます」
「おはよう」

 なんだか不思議だ。血の繋がりがあるのは路子と自分だけなのに、なんとなく家族のように感じしまう。敏文と麻帆がやってきてかれこれ一ヶ月は経っただろうか。

 敏文はだいぶ身体の調子もいいみたいだ。今は、ハローワークに行って仕事を探している。年齢的になかなか仕事を探すのも難しいだろう。
 そういえば今日は面接があるとか話していた。採用されるといいけど。

 路子はテーブルに朝ごはんを並べていく。いつもの朝この光景だ。
 今日の朝ごはんは、アジの開きに豆腐とタマネギの味噌汁、キュウリの漬物、モズク酢、高菜のおにぎりか。

「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」

 敏文とともに食べ始めると、こころと麻帆も席について食べ始める。

「本当に、路子さんの料理は美味しいよね」
「ふふ、ありがとうねぇ」

 路子も席につき食べ始めた。
 こうして見ると、やっぱり家族みたいだ。自分の隣に父のような敏文がいて前にこころとその隣の麻帆が妹ってところか。祖母の路子は左側のテーブルの短いところで食べている。誕生日席なんて言ったりする場所だ。ここの家主だから丁度いいのかも。

 敏文の仕事が決まり落ち着いたら、敏文と麻帆はアパートを借りることになっている。そうなったらちょっと寂しくなるだろう。早く仕事が決まって欲しいとは思う反面、このままでいて欲しいとの気持ちもあった。

 このままではいけないとはわかっている。ここから出ていくことになってもここで暮らしたことが消えるわけではない。縁が切れるわけでもない。遊びに行けばいいだけの話だ。

 ああ、今日の朝ごはんも美味かった。なんとなく身体も美味しい料理に喜んでいるように思えた。今日も一日頑張ろうと気合も入る。

「ごちそうさま」

 康成はそう言うと席を立ち流し台へと向かう。
 自分の食べた食器は自分で洗う。毎日の日課になっているから自然と身体が動いてしまう。不思議なもので洗わないとどうにも落ち着かなくなる。以前だったら面倒だと思っていたのに。完全に路子の術中に嵌ったってことかもしれないが、気持ちがいいのだから続けるべきだろう。
 さてと、智也のところに行くか。

「じゃ、先に出掛けるから」
「いってらっしゃい」

 全員に見送られるのもなんだか嬉しいものだ。
 神成荘に向かう途中、黒い蝶がヒラヒラと目の前を飛んでいった。今日も朝から良い兆候だ。
 あっ、アパート前に智也がいる。

「智也、おはよう」

 智也は手を挙げてニコリとした。
 んっ、なんだ。
 突然、何かが地面を暗くして空を見上げた。

 あっ、龍だ。

 雲の間を優雅に飛んで行く龍の姿は圧巻だ。翡翠のような鱗がキラキラしている。龍の手には珠が光っていた。本当に持っているのか。初めて見た。なんだか異世界に迷い込んでしまったようだ。この光景は他の人には見えていないのだろうか。きっとそうなのだろう。

「康成、龍とも縁を結べたみたいだな」
「えっ、そうなのか」

 ちょっと目を離しているうちに龍の姿は消えていた。その代わり目の前に小さな龍が智也の肩に乗っかっていた。
 子龍だ。

「可愛いな」
「まあな。けど、侮っちゃいけないぞ。こんな小さな身体でも力はすごいからな」

 そうなのか。子龍と目が合うと一瞬ビリッと電流が身体に流れる感覚に陥った。おお、これは凄い。目が合っただけで身体が痺れるなんて。

「ところで、前みたいに何か見えてこないのか」
「そうだな。見えないな。今のところ、切なる願いをする人がいないってことなんじゃないのかな」
「うーん、そうかもしれないな」
「智也の修行は順調なのか」
「順調だ。おまえと違って一瞬でいろんなところに行けるからな。出雲にも行ったし熊野にも伊勢にも行った」

 出雲に熊野に伊勢か。一瞬で行けるなんて羨ましい限りだ。あれ、いつのまにか神社仏閣に興味が湧いている自分がいる。前はそんなこと思わなかったはずだ。知らず知らずに考え方って変わるものなんだな。

「いいな、僕も行ってみたいよ」
「康成は、康成の仕事があるだろう」
「そうだけどさ」
「まあ、縁があれば不思議と行く用事がきでるものだ。いつか行けるさ」

 そういうものかもしれない。智也が言うのだからそうなのだろう。

「ウニャ」

 んっ、キンか。

「どうした、キン」

 康成が声をかけるとキンが駆け出した。なんだ、あいつ。
 少し先のところで振り返って「ウニャ」とまた鳴いた。ついて来いってことか。

「ちょっと行ってくるよ」
「ああ、いってらっしゃい。康成、頑張ってこいよ」

 頑張ってこいって。もしかして、キンが誰か悩みのある人をみつけたのかもしれない。本当にそうなのか。そうだとしたら、やっぱりキンは只者ではなさそうだ。

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