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第一話「時歪の時計」
おかしな時計
しおりを挟む「これが時歪の時計だ」
『トキヒズミ』。
彰俊は祖父の栄三郎から受け取りまじまじとみつめた。懐中時計か、これは。何か特別のものなのかと思ったけど、よくわからない。もしかして単なる時計のブランド名なのか。
『トキヒズミ』か。
そんなブランド知らない。ブランドものには疎いから自分が知らないだけってこともあるのかもしれないけど。
「じいちゃん、この時計がなんだっていうんだよ」
「まあ、見ておれ」
『見ておれ』って言われても。
懐中時計をじっとみつめていると突然、不気味な笑い声がこだました。
な、なんだこれ。
彰俊は思わず変な声をあげて懐中時計を落としそうになったがなんとか落とさずに済んだ。いや、違う。落とさなかったんじゃなくて懐中時計が自分の手にしがみついている。
化物だ、この懐中時計。
ずっと笑っているし、こいつをどうしろっているんだ。
「じ、じいちゃん。こ、これ」
「かわいいだろう」
「ど、どこがかわいいんだよ」
懐中時計に手と足が生えているんだぞ。どうなっている。さっきまでは確かにどこにでもあるような懐中時計だったはず。
そんな馬鹿なことって。ありえない。そうか、もしかしたら音声が録音できるようなタイプなのかもしれない。それならありえる。けど、手足はどう説明する。きっと、何か仕掛けがあるはずだ。そうだ、そうに違いない。
「じいちゃん、これドッキリのつもりか」
「ふん、何を馬鹿なことをいっておる。ほら、もっとよく見ておれ」
馬鹿ってなんだよ。
んっ、な、な、なに。
時計の長針と短針、それに秒針までが突然逆回転をし始めた。
逆回転する針を目にしているとクラクラしてきた。彰俊は目を閉じて目頭を押さえた。
なんだか気持ちが悪い。ダメだ、眩暈がする。
高速に逆回転する針を見過ぎてしまったせいかもしれない。いや、それだけじゃない。景色もぐにゃぐにゃと歪んでいる。壁が、天井が、床が、部屋のすべてが歪みながら渦に呑み込まれていく。自分の身体も渦に呑み込まれそうだ。立っているのがやっとだ。
お願いだからやめてくれ。吐きそうだ。
「じいちゃん、じいちゃん」
いったいどうなっている。目の前にいる祖父の栄三郎は笑顔で普通に立っているように見えた。歪みに耐えている素振りはまったくない。
自分だけなのか。この変な感覚に陥っているのは。
まさかこれって何かの病気か。脳梗塞とか。
ああ、吐きそうだ。気持ち悪い。彰俊は口をギュッと閉じてどうにか堪える。やっぱり病気なのか。まさか、このまま死ぬのか。いや、こんなことで命を奪われるなんて嫌だ。
救急車呼ばなきゃダメか。
かぶりを振って、大きく息を吸い込み吐き出す。
違う、違う。これが病気のはずがない。
うわわ。ダメだ。彰俊は何かに引っぱられるようにして倒れ込む。四つん這いになって踏ん張るのだが景色を歪ませている渦のほうに身体がどうしても傾いてしまう。
あの渦に引き込まれてしまうのだろうか。彰俊は渦の力に負けないように無我夢中にもがき続けた。
助けてくれ。
「じいちゃん、じいちゃん。どうにかして。笑っていないで助けてくれよ」
身の毛もよだつ笑い声が再びあたりに響く。その笑い声が合図だったのか歪んでいた景色が何もなかったかのようにもとに戻っていく。それでも彰俊は必死に手足を動かしていたため頭を壁にぶつけてしまった。
「いてぇ」
ああ、もう。なんだっていうんだ。
頭を抱えて栄三郎を見遣る。笑いながらも「大丈夫か」と心配してくれた。
「大丈夫だけど、これどうなっているんだよ」
景色の歪みも渦もどこにもなかった。いつもの代わり映えのしない自分の部屋だった。
目の錯覚だったのか。いや、身体も揺れを感じていた。断じて違う。
やっぱり何かの病気にかかっているのだろうか。小首を傾げて栄三郎をもう一度見遣る。
「じいちゃん」
「すまん、すまん。実はな、この懐中時計はさっきも言ったが『時歪の時計』と言ってな、時守家に代々伝わる家宝なんだ。時を巻き戻す力を持つ。それにこの時計は付喪神と化しているからな。ちょっとばかり悪戯好きで困るが悪気はないから気にするな」
「付喪神。悪戯。なんだよ、それ。それじゃ今のは」
全部言う前に栄三郎は頷いていた。
いったいなんだっていうんだ。彰俊は時歪の時計を投げ捨てようとしてやめた。また変な渦を作られては敵わない。この時計は悪戯好きの付喪神なのだろう。一応『神』とつくわけだし罰が当たるってこともあるかもしれない。
目らしきものは見当たらないが、どうにも視線を感じる。睨んでいるってこともありえる。なんだか恐ろしくなってきた。
「ところで、彰俊」
「えっ」
「わしは、そのなんだ。そろそろ旅立たねばならない」
「旅立つって」
「まあ、いずれわかる。それより彰俊にその時計を譲ろう。だが、無闇にこれを使ってはならぬぞ。そして、この時計の力を誰にも知られてはならぬ」
「誰にも?」
「ああ、そうだ。あっ、すでに知っておる者もいるからその者は例外だがな」
「知っている者って」
「それはのちほど会えるであろう」
のちほどね。いやいや、そうじゃないだろう。
「じいちゃん、ちゃんと説明してくれよ。それに、こんな恐いものいらないよ」
「心配するな。そいつは意外と優しいのだぞ。それじゃ、もう時間だ。彰俊、その時計、正しく使うのだぞ。後継者はおまえしかいないのだからな。いいな。おまえなら、こいつともうまく付き合えるだろう。あ、それとしっかり大学で学ぶのだぞ」
栄三郎は満足げな笑みを浮かべると、なぜか足を動かすこともなく何かに引っ張られるようにして背後の闇の中へと消えていった。
「じいちゃん、ちょっと待ってくれよ。後継者ってなんだよ。この変な時計をどうしろって言うんだよ」
「ふふふ、心配しない、しない。あたいがいるからさ」
「えっ、誰」
「ふふふ、またあとでね」
「だから、誰だよ」
彰俊の言葉にはもう返事はなかった。どこかへ行ってしまったらしい。いったい誰だったのだろう。声だけで姿が見えなかった。『あたい』なんて口にしていたしおそらく女の子だろう。声もそんな感じだったし。
「まさか、おまえの声じゃないよな」
彰俊は時歪の時計をみつめたが返事はなかった。
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