時守家の秘密

景綱

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第三話「三味線が鳴く」

彰俊危うし

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 シャセの術の影響なのか立花の持つ三味線から手足が飛び出したかと思ったら顔も尻尾も飛び出した。再びインセが姿を現した。
 インセを手にするあいつが何者なのか定かではないが、眉間に皺を寄せて小刻みにかぶりを振っている。操られないように懸命に耐えているのだろう。インセもどこか苦しそうだ。シャセは耐えている素振りはない。どうやらシャセが優勢とみた。
 もしかしたら、うまくいくかもしれない。

「シャセ、あのブロック塀にいる猫を操ってあいつを引っ掻くように出来るか。それと、こっちに来る子供も操り三味線を奪うように出来るか。出来たらでいいからな」

 頷くシャセ。
 すぐに猫はブロック塀から飛び降り三味線犬のインセを持つ立花の手に爪を立てた。手の甲の突如の痛みと驚きで、三味線犬インセを手放してしまった立花は慌てて三味線犬インセを拾い上げようとした。だが、一足先に操られた子供が三味線犬インセを持ち去りこっちへ走ってくる。インセを引き摺ってしまい三味線が壊れないか心配だが、おそらく大丈夫だろう。

 これでいい。作戦成功だ。
 彰俊のもとには猫の姿のシャセと犬の姿になったインセがいた。

「ふん、俺様の計画が。怨みを晴らそうとしただけなのに。くそっ、こうなったら力づくでも」

 立花は鋭利なナイフを手に持ち、向かってきた。

「小生にお任せを」

 びゃんびゃんびゃん。びゃびゃびゃぁ~びゃん。

 奏でられた音色に立花は足を止めてナイフを捨てた。人を操れることがこんなにも容易いとは。

「立花だっけ。なんでおまえは罪もない人を犯罪者に仕立てたんだ」
「うるさい。罪もないだと。あいつらは、罪人だ。父に借金を押し付けて逃げてしまったんだぞ。そのせいで両親は自殺してしまったんだ。俺はひとりぼっちに。くそったれ。やっとの思いで罪人を見つけたんだ。まだまだ序の口だ。これからもっともっと苦しませてやろうと思っていたのに……」

 涙ながらに訴える立花を見て同情してしまった。けど間違っている。もっと何か違うやり方があったのではないだろうか。いや復讐など考えてはいけない。いや、けど。ああ、考えれば考えるほど答えはみつからない。
 立花の境遇はいたたまれないものだった。
 気づけば、いつの間にか沙紀とアキは戻って来ていた。話も聞いていたようだ。

「あの、私思うんだけど。怨みの気持ちを消し去ることって出来ないのかな。人を操ることが出来るのなら、脳を誤魔化して怨みの記憶だけをどうにか操り封じ込めることって出来ないのかな。無理かな」
「優しいね、沙紀ちゃんは」
「そんなこと、ないよ」
「いや、沙紀は優しい。偉い、すごい。立派だ。彰俊とは大違いだ。爪のあかでも煎じて飲ませてもらえ」

 トキヒズミの奴。せっかく感動的だったのに台無しにしやがって。ずっと動きを封じられていればよかったんだ。ああ、腹立つ。

「彰俊、良い人。アキは知っている」

 アキの優しい気遣いが身に沁みる。だが今は感慨に浸っている場合ではない。立花の気持ちを救ってやらねば。シャセを見遣ると、「わかっていますとも。彰俊様の心は通じております。インセと二人で奏でればおそらくうまくいくはずです。本来は禁断の術ですが、今回ばかりは特例です。沙紀様の心根と彰俊様の心根にいたく感動いたしました」と頷いていた。

「危ない」

 えっ、なに。
 沙紀の叫び声に振り返ると、立花がナイフ片手に向かって来ていた。避ける暇もないまま、彰俊は腹部を刺されてしまった。血がシャツに滲んでいく。油断した。

「この三味線は俺様のものだ。罪人の苦しむ姿が俺の心を救ってくれる唯一の手段だ。邪魔者は消え去れ」
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「彰俊が死ぬ」
「あはは、アキは縁起でもないことを。沙紀ちゃんも大丈夫だよ。あれ、おかしいな、目が霞む」

 立花の不敵な笑みが二重にぼやけて見える。
 あれ、アキコの泣き叫ぶ声がしたような……。ダメだ、なんだか朦朧もうろうとしてきた。

 そのとき心地いいような耳障りのような音色が織り交ざった不思議なメロディーが奏で始めた。気が遠くなりそうになりながら、立花を見遣る。不敵な笑みから、少しずつ安らかな笑みが浮かび始めている。

 シャセとインセの二重奏の技がこれか。うまくいきそうだ、よかった。

『俺の人生の結構楽しかったな。減らず口たたくトキヒズミに、笑顔は怖いが優しいアキと好いてくれるアキコとの出逢いは忘れられない思い出だ。そうそう沙紀との出逢いもそうだ。けど、ここで俺が死んでしまったら後継者がいなくなってしまうのか。まあ、それはそれで仕方がないことだ。きっとどうにかするだろう』

 短い人生だが濃い人生だったと言える。
 いままでありがとう。

「ふふふ、これでよし」

 気のせいだろうか、そんな声が聞こえたような。


*****


 一週間後、彰俊は病院のベッドで笑っていた。

 三途の川を渡ろうとしていたはずだが、どうやら生き返れたようだ。これもみんなのおかげかもしれない。トキヒズミもアキも沙紀もベッドを囲んでお見舞いに来てくれている。たまにアキコが顔を出すが沙紀のことが気になるのかアキでいることのほうが多い。そうそう、ときどきだが幽霊の栄三郎まで来ることもある。シャセとインセは沙紀の家で過ごしているようだ。

 インセは悪い奴ではなかったらしい。持ち主の意志に背けない性格だったようだ。

 問題の立花はというと実は幽霊だったらしく、あのあと奏でられた音色で成仏出来たようだ。万事解決だ。
 早いところ怪我を治して退院したい。それが今の望みだ。
 退院したら、またどこからか依頼人がやってくるのだろう。そして、蔵で新たな付喪神の力を借りることになるのだろう。いや、蔵の付喪神とは限らないか。今回みたいにどこかにいる付喪神、あるいは物の怪が手を貸してくれる可能性もある。嫌な仕事だと思っていたが意外とやりがいのある仕事なのかもしれない。

「阿呆は、やっぱり長生きするのだな」

 トキヒズミの減らず口もこのときばかりは、嫌味に聞こえなかった。『生きていてよかったな』といいように解釈出来たせいだ。
 本当にそうだ、生きているっていいことだ。

 んっ、今誰か舌打ちしなかったか。そんなことをする奴はここにはいないか。気のせいだな、きっと。

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