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おまけ
『須藤さんへ』
しおりを挟むまず、最初に謝ろうと思います。ごめんなさい。
こうしてあなたの側から離れることを決めたのは、すべて俺の弱さにある、そう思ってもらって構いません。
俺が現実を知らない無知な学生で、なんの力もない人間であり、それにずっと気付いていながら、見て見ぬふりをしてここまで来てしまったのが、根本的な原因なのです。
はじめてあなたに出会ったとき――そう言うと、きっと須藤さんは自分があまりよく思われていなかったのではと思うでしょう。
俺にとっては、全然そうではありませんでした。確かにほかの学生が言うように、ゼミでの恐ろしい姿も知っていましたけど、俺にとってはあなたの説明や指導はむしろ心地いいものだったのです。
だから室島先生の無茶振りも、始め戸惑いましたがそのまま受け入れました。あなたの下なら、はまらないパズルのように不安定だった心が、ぴたりと落ち着く、そんな気がしたんです。
今思えば、きっとあなたの方が迷惑に感じていたのではないですか?あの頃のあなたは、正直学生のことなんてどうでもいいと思っていたはず。
それでも、面倒見よく教えて受け入れてくれたのは、あなたの持ち前の優しさがあったからだったと思っています。
そう言うと、きっとあなたはすぐに反論するでしょう。なぜなら、自分のことを冷たい人間だと思っているから。
ただ俺は知っています。室島先生のもとで悶々としていたあの頃の俺を助けて、面倒にも関わらず受け入れてくれた――そんなあなたの本質は真逆で、根っからの心優しい人間だということを。
それに気付いているのは、きっと室島研の中で俺だけ――ちょうどそんな風に思っていた頃でしたね。あなたに興味を持ち始めたのは。
最初の頃は、ただ一緒にいられればよかったんです。
穏やかで大人なあなたとの時間を、少しでも長くすごせればよかった。
当時の俺は飢えていたんです。丸裸の心のまま、自分が素の状態で一緒にいられる人が、まわりに誰もいなかったから。
そうしてひょんなことからあなたの秘密を知ってしまったとき。俺は酷く悩みました。そのころには、もうあなたが気になってしょうがなかったから。
だからあなたが好きと自分の気持ちに自覚したとき、俺は自分を止められませんでした。
ちょうどその頃あなたが困っていて、次は自分が助ける番だと思ったのもあります。
かつて研究に悩んでいた俺を軽やかに助けてくれたあなたを、次は俺が助ける番だ――そう思って、俺はあなたに手を伸ばしたのです。
それからの日々は、ありあまる幸せを与えてくれました。あなたとすごした時間は俺にとって、かけがえのない宝物になりました。
なぜならあなたが隣りにいるだけで、俺の中でたくさんの感情が生まれたから。最近のお前は見違えるように人の心を知った――友人からも、そう指摘されたんですよ。
だから俺は、この関係をはじめたことに後悔はしていません。
どんな罪を誰に問われようが、あのとき俺がすべきことだったと、声を大にして言います。
あの頃のあなたは傷ついていて、周りには手を差し伸べてくれる人が誰もいなかった。
だからあなたを好きで慕う俺はちょうどいい存在だったと思います。そうして都合のいい存在として利用してくれたなら、何よりです。
ただあなたは優しいから、きっとそうは思っていないでしょう。少しでも俺のことを好きでいてくれている、そういいように考えて、これからのことを書きました。
だから以降の内容は、俺のことを大切に思ってくれているあなたに対する、心からの謝罪なのです。
端的に言うと、俺がこうしてあなたの前から去ったのは、自分と自分にのしかかる未来に俺が負けたから、ただそれだけです。
俺はあなたとの幸せな日々を送る中で、すっかり忘れてしまったのです。自分の役割、そして与えられていた意味を。
だから年末、家族から呼ばれて帰省したとき、それを思い出すことになりました。そして俺はそこから逃げ出すことができなかったのてす。
勇気をもって一歩踏み出せば、自分ひとりであなたと歩いていくこともできたはずなのに。
なのにそうできなかったのは、ただただ俺が弱かったから、それだけです。
あなたはきっとこう言ってくれると思っています。
君は正しい選択をした、と。
僕たちは互いに重たいものを背負っていて、それを捨てることも、分け合うこともできない。だから君の選択は間違っていない、そう言って。
本当はこんなことしたくなかったんです。大切なあなたを、裏切るのと同じことだったから。
ただこうして言葉も交わさずに別れることを選んだのは、絶対にこちらの道を選ばなければならなかったから。
きっとあなたの顔を見てしまえば、耐えられなくなってすべてを投げ出してしまうと思ったんです。
それは束の間の幸せには繋がるでしょう。ただ、恒常的で穏やかな幸福を叶える未来は、望めません。
この手紙をあなたが読むころ、きっと俺はもう実家に辿りついていて、空を眺めながらひとり虚しく思っていることでしょう。
来世では、あなたと一生を共にできる性で、今よりずっと早く生まれて。そしてあなたに巡り逢い、あなたと喜びや苦しみをともにしたい、と。
そう夢想してしまうほど、俺は今でもあなたのことが好きなんです。
ですがこんなことをしてしまった俺に、もう説得力はありませんね。俺にはもう、あなたのそばにいられる資格もありません。
それにもう、愛想を尽かされて嫌われているかもしれませんね。こんな手紙を書いてしまうほど、女々しい男だとばれてしまったから。
それでも、たとえあなたにそう思われているとしても、最後にもうひとつだけ言わせてください。
俺は誰よりもずっと、もちろん今もあなたを大切に思っています、と。
須藤さん。ごめんなさい。
さようなら。
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