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2章 春雷
2 現実は
しおりを挟む「まさか……こんなに大変だとは」
優人が思わずそう本音を漏らすと、三隅も同調するように頷いた。
「だよな。俺もバイトのシフト減らしてもらって正解だった。……それより優人、お前大丈夫か?」
その言葉に聞かれた本人はぎくりとした。
実はもう一つだけ、このままではまずいかもしれない――そう思い始めていたことがあった。
「……何が?」
「お前さ、室島先生と合わないだろ」
どうやら長い付き合いの三隅にはわかるらしい。
「………………わかるか?」
「まあ、普段のやりとりもそうだけど、ゼミを見てればわかるって」
その言葉に優人は苦笑いした。
この室島研の長である室島将吾が、とにかく豪快な性格で酒好きなことは配属される前からわかっていた。
ただそれでも呆気に取られてしまうほど、よくいえばフレンドリーで、悪くいえばガサツすぎた。
室島は普段から学生に積極的に声をかけ雑談したり、皆を連れてランチに行ったり飲み会も定期的に行っているみたいだった。
確かに、新入生にとってはありがたいかもしれない。実際この研究室は賑やかで皆仲良く、コミュニケーションも闊達だ。
とはいえ、適当な距離からの発言が欲しいこともあるのでは――そう優人は思っていた。
実際それを感じるのは、三隅も指摘した研究進捗発表のときだった。
ゼミ室に皆集まって行われる研究進捗発表は、その名の通り学生が自分の研究の進み具合について発表する場だ。
実はこのときも室島の豪快さが発揮されており、彼は生徒の自主性を優先して指導していた――要するに、言葉が足りなくて大雑把なのだ。
おそらくそれぞれに与えられたテーマによるものもあるのだろう。室島研の学生の大半は組み換え体を作り、とある原因遺伝子の特定に励んでいた。そのような試行錯誤するものはいいのかもしれない。ざっくりとしたコメントであれ、言いたいニュアンスは伝わるだろう。
しかし優人に与えられたテーマはそれとは少し異なっていた。ひたすら物質を抽出し、網羅的にデータベースを作っていくというもので、成功も失敗もなく今のところただ物質を抽出してデータを出すだけの繰り返しだった。
だから内容は進捗発表というよりも報告で、質疑応答の時間も誰からも手が上がらず、疎外感を感じていたわけだ。
「……俺はさ、別に卒業できればいいって割り切ってるからいいんだけど、お前熱心だからさ」
三隅の心配に、優人は思っていることを素直に言葉にした。
「……それはその……やるからにはちゃんとやりたいだろ」
「まあ、いいんだけどさ。俺が何言おうが、お前言うこと聞いたためしないし」
「……そんなことないだろ」
そう優人が返したときだった。休憩スペースの入口に、ふと人の気配を感じたのは――。
「ふたりとも暇そうだね」
凛とした女子の声が響き、ふとそちらに顔を向ける。
「……立石」
入口の柱から覗いていたのは、同じ学部学科に所属する優人の元カノ――立石ありさだった。
目鼻立ちのくっきりとした化粧っ気のない顔は相変わらずで、研究室配属以降よりも磨きがかかっているように思えた。
彼女は後ろでひとつに束ねた黒髪ポニーテールを揺らし、空いているベンチに颯爽と腰かけた。
「……ふたりとも久しぶり。どう?暇そうに見えるけど、室島研で頑張ってる?」
こうして立石から話しかけられたとき、いつもなら嬉しそうに話すはずの三隅がしょんぼりと答えた。
「……んなわけないでしょありさちゃん。よく見てよ……この身も心も疲れた感じ」
「うーん……確かに。よく見たらやばいね。優人も大丈夫?」
「…………ああ、まあ」
とりあえずそう返すと、立石ありさはなぜか目を輝かせていった。
「大丈夫じゃないんだ。珍しい!」
「……ありさちゃん、なんで嬉しそうなの……」
そんな三隅の驚きには反応せず、立石は優人に向かって聞いた。
「やっぱり、室島研選んだの意外だなーと思ってたけど、室島先生とばちばちしてる感じ?」
「え……それもわかるの!?」
驚愕する三隅に向かって立石は言う。
「そりゃあ、配属前にゼミの見学会あったし、先輩たちにいろいろゼミの色を聞くでしょ。雰囲気とか、緩さとか大事なところ。……まさか、あんたたち出なかったとか」
「………………」
「うわ、ふたりってそういうところあるよね。まあ、もう配属されちゃったんだし、卒業するしかないでしょ」
実際、そのとおりで反論のしようがなかった。優人が沈黙していると、立石はこう続けた。
「ねえ、思ってることがあるならさ、室島先生に直談判してみれば?」
「……え?」
「ありさちゃん、まじで言ってる?」
「え、マジの大マジだけど。だって黙ってむすーってして不満そうにしてる学生より、ぴーぴー反応を返してくれるわかりやすい学生の方が好きでしょ?室島先生」
そう言われれば、確かにその通りだと思えた。
実際に室島教授がよく飲みに誘っているのは、普段から彼に絡みに行くような積極的な先輩だった。
「……確かに、そうかもな。立石、ありがとう」
優人がお礼を言うと、彼女はふわりと笑った。
「どういたしまして。進捗報告楽しみにしてる」
「…………え、優人、実験サンプル扱いじゃん」
「ふふふっ、じゃあね!」
そう言って立石が去ったあと、優人は意を決して研究室に戻り、扉の奥の個室に室島がいることを確認する。
――いまがチャンスかもしれない。
そう思った優人はすぐに扉をノックすると、返事を待ってからおそるおそる中へと入っていった。
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