【完結】まほろばに鳥はもう来ない

上杉

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5章 孟夏

1 ゼミ合宿という名の

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 長い雨が終わり、うだるような暑さが訪れ、気付けば世間は夏休みを迎えていた。
 優人はというと、卒業研究と同時に励んでいた就活で、無事を内定を得たところだった。
 商品を作るのも大事だが、買ってもらえなければ意味がない――そう思い就活していた広告宣伝業界で、中堅企業から内定を貰ったばかりだった。
 家族には伝えていなかった。実家と同じ飲料メーカーではないことで、また水を差されるのが嫌だったから。

 そうして気持ち的に余裕が出た一方で、須藤の件については、結局何もできないままだった。本人はもちろん誰にも何も聞けないまま、時間だけは過ぎ去り今に至る。
 優人は今、隣りで爆睡する三隅を横目に、とある貸切バスに揺られていた。

 室島ゼミのメンバー全員で向かっていたのは、研究室の恒例行事である夏のゼミ合宿だった。
 一泊二日で行われる研究進捗発表を兼ねたこの親睦旅行は、内容は違えど大学で広く行われている一般的な行事だ。
 真面目な研究室のものは、延々と進捗発表をするという恐ろしいものらしい。ただ、パリピ室島研がそんなことをする訳はなかった。
 楽しく遊んで飲んで帰ろう――そんなキャッチコピーの書かれた旅のしおりも配られ、準備は万全だった。
 バスの最奥部に座っていた優人は、首を伸ばして前方に座っているであろう須藤を探した。賑やかな車内で無数の頭が動く中で、須藤のものはよくわからなかった。
 バスは高速道路を下り、すっかり山に囲われた道を進んでいった。緑の迫る田舎の景色を眺めながら、優人はひとりため息を付いた。

 バスが到着したのは、とある山中の温泉街だった。
 うだるような暑さから逃れるためだろう。大きな湖を中心に、古来宿場町として栄えてきた定番のエリアだった。
 周囲一帯に広がる温泉街には、土産物屋や小さな飲食店が立ち並んでいた。また山が近く自然が豊富なことから、さまざまなアクティビティも楽しめるらしい。ラフティングやバンジージャンプなどの案内板が、そこら中に掲げられていた。
 一行はしおり通り昼前に着いたので、ここから夕方まで自由時間だった。
 計画では、事前に案内があった川下りに参加するアクティビティ班とそれ以外に別れるらしい。
 三隅はどうやら狙っている先輩がいるらしく、川下り班に参加すると浮足立っていた。実際四年は皆そちらを選んだようで、自由行動を選んだのは優人だけだった。
 川下りなら、別に地元でもできる――そう思いながらこちらを選んだ。もちろん最も大きな理由はそれではなく、須藤がこの旅行に顔を出すと聞いたからだった。

 自由行動班の人々は、バスを降りると店の立ち並ぶ湖畔エリアへと歩いた。
 室島含む博士課程の先輩たちなど、年長組はどうやらこちらが多いらしい。土産物屋や露店をぶらぶら観光しながら、夜の宴会のための調達もするのだろう。
 その一団の後ろで、ひとり土産物屋を眺める須藤の姿を見つけた。

「須藤さん」

 あくびをして眠そうな彼はこちらに気付くとひらりと手を振った。優人は思わず彼の元へ駆け寄る。

「何かいいもの見つけましたか?」

「ああ。地酒があるなと思って」

 須藤の視線の先にあったのは、このエリア一帯を示す地名がプリントされた日本酒だった。

「ここらへんも水が綺麗だろうから、期待はできるだろう?まさかきみならどんな感じに仕上がるのか想像がつくのか?」

 そう言われたら、真面目に考えてしまうのが優人だった。

「そうですね。水質が柔らかそうなので、口当たりまろやかな味わいに仕上がりそうですね。ただ、棚田とかで米を作ってる感じがあまりしなかったので――」

 そこまで言ったところで、優人は須藤のにやにやとした視線を感じ思わず聞く。

「……何ですか?」

「いや、きみのそういう熱心なところは、いいところだなと思って感心してるだけ」

「…………ありがとうございます」

 須藤に対する胸のわだかまりは変わらずに消えていなかったものの、最近はこうして素直に返せるようになっていた。

 ――きっと気持ちを自覚したからだろう。

 優人はそう思いながら、別の棚を眺め始めた須藤の穏やかな横顔を見つめた。
 そもそも、誰も須藤が今回のゼミ合宿に来ると思っていなかったのだ。それは先輩たちの反応が、新歓のときとまったく同じだから気付いたことだった。
 きっと皆の頭にあるのは、須藤のプライベート――家族のことなのだろう。
 ただ、最近の優人にとって、それはまるで嘘のように思えていた。飲みに誘えば普通にやって来る上、特にここ二週間は実験で研究室に寝泊まりしてるように見えたのだ。
 実際今朝も出発前まで実験をしていたようで、いつ家に帰っているのだろうと疑問に思うほどだった。
 優人がそうしてぼんやりと考えていたときだった。須藤が不意にぽつりと言った。

「……お、ワインか」

 須藤が見ていたのは、道端に掲げられたワイナリーの看板だった。それはここから車で二十分ほどの位置にあり、すぐそこの観光案内所からシャトルバスも出ているらしい。

「……あ。確かにここらへんは田んぼは少なかったですけど、果樹はたくさんあったような……」

「ちょうどあと少しでバスが出そうだな」

 その須藤の言葉に、肯定の意味を感じとった優人は思わず聞く。

「せっかく時間もありますし、行ってみますか?」

「ああ、そうしようか」

 やってきた小さな送迎用のバスにふたりは乗り込んだ。
 どうやらワイナリーは有名な観光施設の一部らしい。意外と乗る人が多く、優人が席に座ると隣りの席に須藤も腰かけた。
 普通にしていれば足も腕も触れるような狭さで、離すと逆に不自然だったので優人はどきどきしながらも平然を装った。
 そしてバスが出発して、穏やかな幸せで満たされていたときだった。不意に右肩にあの懐かしい重みを感じた。

「……あ、ごめん」

 須藤はそう言って頭を離した。そこで優人は思わず言ってしまう。
 
「大丈夫です。須藤さん、昨晩からぶっ通しで実験してましたよね」

「ああ。そうだけど、よく知ってるな」

「それだけ眠たい顔されたら、誰だってわかりますよ。……あと、測定器の予約表が須藤さんの名前でびっしりだったんで。俺の肩でよければ、いくらでも使ってください」

「そうか。じゃあお言葉に甘えようか」

 須藤はそう言って、自ら優人の肩に頭を乗せたのだった。
 彼がどんな顔をしてそうしているかは、優人にはわからなかった。優人は窓の外を平然と眺めながら思った。

 ――もう、いいように思わせてもらおう。

 須藤はこうして自分を頼ってくれている、そして自分を拠り所にしてくれているのだと。
 だから前の新歓もそうだし、今回の合宿もこうしてわざわざ自分のために来てくれた――そう思うと気分がよかった。
 
 ――だから俺は生徒として、そして良き飲み友達として。この人の隣で楽しくすごさせてもらおう。

 正直、そう自分に言い聞かせなければやっていられなかった。
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