【完結】まほろばに鳥はもう来ない

上杉

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6章 錦秋

2 いざ、学会へ

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 当日、会場のある県まで向かう新幹線の席は隣り同士だった。
 何故別の席を取ってくれなかったのだろう――そう思いながら、優人はひたすら窓の外に視線を向けていた。
 今回ふたりが参加する学会は、東北のとある大学で三日間開催される、比較的大規模なものだった。
 そもそも学会とは、研究者が自分の研究の進捗を発表するとともに、研究者同士がコミュニケーションを取る場でもある。発表者は主に、スライドを使ってプレゼン形式で行う口頭発表と、大きなポスターを用いて行うポスターセッションのどちらかを選んで参加する。
 優人は明日二日目に行われる口頭発表に参加なっていて、一応スライドも準備は万端だった。
 一方、須藤も同じ時間に行われる特別講演の一プログラムを任されているらしい。
 だからか昨晩も研究室に残り準備をしていたらしく、今はすっかり横で寝息を立て結局着くまでそのままだった。

 冷たい風に出迎えられて駅を出て、須藤に案内されるまま駅近くのホテルへ移動した。
 今回の旅費はすべて大学から出ているため、泊まる宿は同じだが、部屋はもちろん別だった。
 そうして優人が複雑な気持ちでとりあえず部屋に向かおうとしたときだった。

「荷物置いたら、ロビーで待ち合わせて会場に向かおうか。……発表は明日だけど、どんな雰囲気か下見をしておいたほうがいいだろう」

 正直、この気まずい状況のなかふたりですごすのは苦痛だった。しかし優人は初めての参加であるし、そう平然と言われれば従うしかなかった。

 大学までの公共交通機関はあまりなく、ホテルから歩いて向かうことになった。須藤の後ろを歩いてついて行きながら、優人は思う。

 ――このまま黙っていていいのだろうか。

 須藤とあの日のことを話さないまま時間ばかりがすぎていて、優人は色々な意味でどきどきしていた。その一方で須藤は至って普通――むしろいつもより饒舌に思えた。
 歩いている途中、通り道にある行列を見て、有名なパン屋だと言ってコッペパンを買おうと言ってきたし、この県に来たらとにかく麺を食べないといけないと言って、今晩の食事の約束も勝手に取り付けられた。
 まるで面倒見のいい先生と生徒じゃないか――優人はそう思いながら、呆れるように言った。

「須藤さん、この辺詳しいんですね」

 すると、返ってきたのは意外な一言だった。

「ああ。昔住んでたんだ。一応、院までだから六年、ちょうどその辺りだ」

「……そうなんですね」
 
 学生アパートの並ぶ一角を指さす須藤を前に、優人は納得した。いつもより言葉数がやけに多かったのは、そういうことだったのだ。
 この街がこの人が学生時代に住んでいた場所なのだ――優人はそう思うと同時に、まだまだ須藤のことを少しも知らないことに気付いた。

 ――ここで、須藤さんのいろいろなことを知りたい。

 もっと、もっと教えてほしい。
 自分の知らない学生時代のことはもちろん、痣のことも。
 そしてあの夜のことも――。


 東北エリア近隣の中でも有数の総合大学とあって、会場は歴史があり古いものの、とにかく広かった。
 学生がぽつりぽつりと歩く中を進み大学の奥へと歩いていく。そして大きな建物――体育館の屋根が見えた頃だった。突然人の群がりが目に入った。

「……ここがポスターセッションの会場だ」

 須藤の示す先には受付カウンターがあり、その前には参加証を首にぶら下げた年齢も性別もさまざまな人々がいた。
 明らかに自分よりも年齢の高い人たちの姿が多く、優人は一瞬驚いた。

 ――明日、この人たちの前で発表するのだろうか。

 今までは、学内のしかも同じ研究室の先輩たちの前での発表だった。こんな知らない人たちの前で発表をすると思うと、急に心臓が音を立て始めた。
 後ろから声をかけられたのは、そんなときだった。

「須藤さん!来てたんですね」

 その声の主はどうやら須藤の顔見知りらしい。須藤よりも少し若そうな眼鏡をかけている男で、彼も同じ研究者のように見えた。

「ああ。水橋、久しぶり。実は内藤先生に講演を頼まれて、逃げるに逃げられなくてさ」

「ええ!それで受けたんですか?まったく先輩らしくないですね!」

「……しょうがないだろう。それに、初めての学生をひとりで参加させる訳にもいかないからな」

「え!先輩が学生の面倒見てるんですか?ああ、羨ましい。須藤さんの直接指導なんて!」

 そんなやりとりには、須藤の素が表れているように見えた。室島研の中にいる時と違い頼られ尊敬される様子に、優人は胸にちくりとした痛みを感じた。

 ――また、俺の知らない須藤さんだ。

 この人の昔、自分の知らない過去がこの街には確実にある――優人がそう思っていると、須藤は振り返って言った。

「水橋、じゃあまた。――よし、次は君の会場を下見しようか」

 そうして向かった会場は大きな講義室だった。
 百名は入れるだろう想像もしていなかった広さに、優人は絶句した。
 そこではすでに今日のプログラムが行われていて、奥に映し出されたスライドの前で学生が必死に説明をしていた。前には硬い顔をした研究者たちがずらりと並んでいて、それを見た途端優人は緊張し始めた。

 ――こんなところで発表するのか。

 その気持ちは、どうやら隣りにいた須藤に伝わったらしい。

「大丈夫?」

「…………駄目かもしれません」

 そう苦笑いすると、須藤は軽く笑ってぽんと肩を叩いた。

「まあ、初めてなんだからそう思うのも無理はないさ。あまり重く考えないように」

 その後、道端で調達したコッペパンを食べて午後も構内でひととおりの見学を終えると、すっかり日は傾き始めていた。
 正直、優人の頭は明日の発表のことでいっぱいになっていた。だから夜に連れて行かれた須藤のお気に入りというラーメンの味もよくわからず、秋の肌寒い風に吹かれてホテルに戻ってきた。

「……おやすみなさい」

 そう須藤に言い、部屋に戻って発表の練習をしようと意気込んでいたときだった。

「――中谷くん!」

 突然名前を呼ばれ、優人は振り返る。
 穏やかな顔をした須藤と目が合って、彼はこう口を開いた。

「明日、無事終わったら……きみに話したいことがあるんだ」

 その瞳は強い決意を湛えていた。優人は微笑んで、答えた。

「……わかりました」

 すべては明日。自分の発表を無事終えてからだった。
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