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7章 冬隣
4 深夜
しおりを挟むしばらくふたりで交わり、優人も達したあとのこと。
ふと喉の渇きを感じた優人は、キッチンで水を用意しそれを口に含んだ。そのまま部屋に戻り、横になる須藤へと手渡す。
「……須藤さん」
「ん……」
ゆっくりと起き上がり、ごくりと飲んだあとのグラスを受け取ると、須藤はこちらにじっと視線を向けなぜか心配するように言った。
「今日は……何かあったのか?」
そう言われ不意に思い出したのは、三隅のことだった。しかし別に言う必要もないと思い、当たり障りなく答える。
「え?別に何もないですけど……」
「そうか。君は……もっとドライだと思っていたから」
途端、優人は思わず聞き返してしまった。
「それは……どういうことですか?」
「!……他意はないよ。ただ君は意外と情熱的だったんだなって思っただけだ」
「……そうですか」
――びっくりした。
須藤の言葉は一瞬、優人の耳にこう聞こえていた。この関係は、まるでセフレのように気を紛らわせるためのもの、そう言うように。
――そんな訳ないだろう。俺もよっぽど、三隅の一件が気になってるんだな。
本能のままに行った激しい愛の行為のせいで、須藤に余計な心配をかけてしまった――優人はそう思い心の中でため息を付いていた。
須藤はそんなことなどお構いなしに、布団に寝そべり片肘をつきながら、微笑みを浮かべて言った。
「……ああ、そうだ。今日はもうひとつ君の意外な面を見つけたな。好きな子に意地悪する、子どもみたいなところ」
突然そう言われ、優人は思わずむっとした。
子どもみたい――その言葉は、長男でありどちらかというと他人の面倒を見てきた人生の中で、他人から言われたことのないものだった。
だから言われることに慣れていなかったのだろう。売られた喧嘩を買うように、こう返してしまった。
「……そんな子どもみたいなやつに、ひいひい言わされてていいんですか?」
「まあ、あやしてるようなもんだからな」
――む。
さっきまで自分の下でヨガっていたのはどこの誰だろう――優人はそう思うまま、水の残ったグラスをコーヒーテーブルの上に置くと須藤に詰め寄った。
「……須藤さん」
「ん?……まさか…………じゃないよな?」
「まさかってなんですか?」
少しずつ壁際に詰め寄られ、苦笑いを浮かべる須藤に優人は笑って言う。
「……夜は長いって、さっき言ってたの誰でしたっけ?」
「…………ああ、僕だな」
※※※※
そうして半ば強引に二回戦目を始めた、その途中のことだった。須藤は再び身を震わせて達したあと、全裸で横になったまま突然眠ってしまった。
布団の上で穏やかに目を閉じ寝息を立て始めた須藤を前に、優人は途端に冷静になり、申し訳なく思い始めた。
――この人、今日出張行ってたの……忘れてた。
きっとその仕事や移動の疲れがあったのだろう。にも関らず、須藤はそれを口にして断ることなく、黙って愛を受け入れてくれたのだ。
――なんて優しい人なんだろう。
優人は艷やかな頬に触れ、彼に対する愛しさが胸にこみ上げるのを感じた。
――このまま……ずっとここにいればいいのに。
すでに夜半を過ぎ、土曜日を迎えていた。
室島研を始め、理系の研究室には明確な休日はない。ただコアタイム外であることが多く、そのため人は少なく休日のようなものだった。だからか土日は須藤の姿も大学内で見たことはなく、優人が彼と休日をすごしたことはこれまで一度もなかった。
正直、頭ではわかっていた。休日はきっと、家族と共にすごしているということを。
途端、胸の中にもやもやとした思いがわき上がり、不意に思う。
――朝起きたら、試しに言ってみようか。
今日、一緒にすごしたいです、と。
これまでそう言いたくても言えなかったのは、須藤を困らせるだけだとわかっていたからだった。
ただ、この深い眠りようと須藤の「夜は長い」という発言が、優人に試してみる価値はあると思わせたのだ。
そのときだった。
スマホの振動音が響いたと思えば、それはコーヒーテーブルの傍らに置かれていた須藤のものだった。
優人は瞬時にちらりと須藤を見たものの、彼が起きる気配はなかった。穏やかな顔で、今もすやすや寝息を立てていた。
思わず忍び足でスマホに近づき、その画面を覗く。見えたのは「綾」という女性の名前だった。
無表情でそれを見下ろしていると、振動は次第に止まった。
途端優人が胸に感じたのは、思わずえずいてしまうような、身体の底から湧き上がる不快感だった。
無意識にグラスに残った水を飲み干すと、それをキッチンに戻し手早く部屋の暖房と電気を消した。
一瞬で立ち込めた暗闇のなか、須藤がすでに寝入った狭いセミダブルサイズの布団に静かに潜ると、毛布と布団の中にうずくまった。
目の前には小さく寝息を立てる須藤の気配があった。
その額に優しく口付けると、優人は広がる闇の中で強く目を閉じた。
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