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7章 冬隣
5 光から陰
しおりを挟む朝日の眩しさに思わず目を覚ますと、隣りに愛しいひとの姿はなかった。
代わりに鼻に届いたのは甘いコーヒーの香りと、何かを炒める香ばしい音だった。
優人は布団の温もりを逃さぬよう、それをまとったまま身体を起こす。
「……ああ、おはよう。お目覚めかい?」
そう声をかけたのは、廊下から姿を現した須藤だった。
すでに服を身に付けていて、よく寝たのだろうか肌艶がよく、頬に赤みも差していた。
まじまじとその姿眺めていると、不意に須藤の顔は不意に迫り、優しく口付けられる。
「おはようございます……須藤さん、それ」
須藤の手には、すでに盛り付けられたワンプレートの朝食が二皿見えた。
「ああ。昨日鍋の具を買った時に、ある程度準備しておいたんだ。一宿一飯、ぜひ食べてくれ」
須藤が用意してくれたその朝食は、優人も好きなイングリッシュマフィンとサラダ、小ぶりなオムレツ、そしてコーヒーだった。
こんがりと焼かれたマフィンにはすでにバターが乗せられており、とろけてよく染みていることが遠目からもわかった。
またふっくらとしたプレーンオムレツも、焼きめひとつないなめらかな焼き上がりだった。
「……美味そう」
五感を刺激され、優人は思わずそう呟く。
「僕も一人暮らしが長かったから、この程度なら簡単なんだ。……ああ、バターとかそういうのは冷蔵庫から拝借したぞ。君、意外と料理するんだな」
「はは。最低限ですけどね」
「……さあ、服を着て顔を洗ってくるんだ。早速食べよう」
そう言われ、急いで準備をして食卓に付く。
寝起きの頭はようやく完全に目覚めたらしい。須藤の正真正銘の手料理を前に、優人は嬉しくなる。
「いただきます」
そう手を合わせ、マフィンから口に運んだ。温かなそれはこんがりと綺麗な焼き色が付いていて、断面が手で裂かれているからだろうか。溶けたバターがよく絡んでいて美味しかった。
またオムレツもサラダも、須藤らしい丁寧な仕事がされているように思えた。
半熟への火入れは完璧だし、ドレッシングも家にあったオリーブオイルと塩、そしてレモン汁で作ったらしい。シンプルなのによく乳化されていて、サラダによく馴染んでいた。
「……須藤さん、美味しいです」
「それはよかった。作った甲斐があったな」
そう言って須藤は笑った。
優人はその美味しさに舌鼓を打ちながらも、口に運びながらふと違和感に気付いた。
――きっと、いつもやっていなければできない。
マフィンも、オムレツも、コーヒーも十分に温かかった。だからあまりにも手際がよすぎる様子に、週末いつも作っているのではと、嫌な思いが浮かんだのだ。
――だめだめ。考えるな。
よく晴れた、いい冬の朝だ。なのに自分から台なしにするのは絶対駄目だろう。
優人はそう自分に言い聞かせながら、同時に頭に浮かんだ問いを須藤に投げかける。
「須藤さん、その……今日は」
「ああ。午前中いっぱい一緒にいられるよ。一緒に映画でも観ようか」
須藤はそう笑顔で言った。
ただこのとき優人は確かに、自分はまだ子どもなのだと気付いた。
そんな様子を察したのだろうか、須藤はすまなそうに眉を下げて続けた。
「ごめん。君の言いたいこともわかっている」
「……大丈夫ですよ。これネットに繋げてるんで、画面切り替えるだけですぐ観れるようになってます」
※※※※
ふたりですごす休日は穏やかな幸せで満ちていた。
淹れたコーヒーを飲みながら、須藤のおすすめだという洋画を観る。たたんだ布団をクッション代わりにべったりと横になりながら、ふたりでテレビに視線を向ける。
須藤はいつも何かを考えながら映画を観ているらしい。たびたび顔を寄せたと思えば、小さな声でこんなふうに言った。
「……これ、端のところで映ってるだろう?後で主人公の謎が明かされるときに、ちゃんと回収されるんだよ」
「ふふっ。なんで今の一瞬で、そんなところまで見てるんですか」
「……そりゃあ、僕は好きなものを何度も観るタイプだから、あるときこれは……って気付いたんだ」
「そういうところ……本当に学者ですよね」
「君、最近悪い意味でそう言ってるだろう?」
そんな他愛もないやりとりをしていたら、時間なんてあっという間だった。
映画がエンドロールに入った時だった。須藤もそれに合わせたように静かに言った。
「中谷くん。そろそろ、時間だ」
確かに、もういい時間で、時計の針はとっくに正午をすぎていた。だから優人は淡い期待すら抱いていた。このまま、午後までいてくれるのかもしれない、と。
優人は上から被せるように握っていた須藤の手を、自ら離せなかった。
須藤もそれは同じように見えた。優人が手を自ら上げるまで、待っているようだった。
「…………須藤さん」
「ごめん。そろそろ行かないと」
そう口に出されたときだった。身体は突然ひしと須藤を抱きしめた。
いかないで、ここにいて。
貴方の居場所はここなのだ、と。
言葉は出なかった。ただ身体はそう主張していた。
須藤も須藤で、彼から押し返すような力は感じなかった。手は背中に添えられるように優しく触れて、そして――。
「中谷くん……………優人」
須藤の口から振り絞るように出たのは、今回で二度目の名前呼びだった。
一回目も二回目も、貴方はこんな時だけ呼ぶのか――思わず聞きたくなるタイミングに、優人はいらいらした。
こういうときだけ都合よく大人扱いして、聞き分けのいい学生だと思っているのではないか――優人はそう思いながら、腕に力を込めて願うように言う。
「静河さん……ずっとここにいればいいじゃないですか」
「!………………それは無理だ」
「何故?それで、あなたはまた傷を受けに戻るんですか?貴方はよくとも……俺は許せない」
「中谷くん……」
「貴方を傷つける家族なんて捨てればいいんだ!それをしないのは――できないのは…………貴方が弱いからだ。貴方がいけないんだ!」
感情のままに口から吐き捨てしまった――それに気付いたのは、須藤が黙り込んでから小さな声で呟くように言ったときだった。
「……わかってるさ。僕が駄目なことくらい」
その心から失望した声色に、この人はこれまで何度も自分を責めてきたことに優人は気付いた。
「!須藤さん――」
そして咄嗟に謝ろうとしたときだった。
振動音が響いたと思えば、それは充電したまま放置されていた、自分のスマホの着信音だった。
「……出るといい」
そう言われ戸惑ったものの、一向に止む気配はなかった。須藤に回した手を離し、スマホを手に取る。
画面に表示されていたのは母の名前だった。
嫌な予感がしたものの、渋々それに出る。
「はい。………………え?」
そうして電話を切ると、須藤は心配そうに声をかけてきた。
「……何かあったのか?」
「いえ、母からなんで」
「……そうか」
事実だけを伝えると、須藤は納得したように見えた。
その一方で優人は母からの連絡に頭がいっぱいになっていた。
年末、絶対に帰ってこい――それは、今まで逃げていた現実が、ようやく目の前に迫ったように思えた。
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