【完結】まほろばに鳥はもう来ない

上杉

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8章 厳寒

1 故郷

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 大学はいわゆる冬休み期間に入っていた。
 遠方から来ている学生はこの時期に長期休みを取り、年末年始に帰省することが多いのだろう。地方出身者はよいお年をと言い、早々と研究室から姿を消した。 
 優人も帰る気はさらさらなかった。しかし母からの呼び出しを食らい、それに従わざるを得なくなったのだ。
 須藤にその旨を伝えると、彼は頷いて容易く了承した。

「それなら、帰ったほうがいい」

「……でも」

「家族なんだし、社会人になれば配属された業務によっては簡単に帰省できなくなるだろう?学生の今のうちに行っておいたほうがいい」

 そう言われれば、須藤に思うがまま言葉をぶつけ傷付けた自覚のある優人は、少しも反論ができなかった。


 優人は新幹線のシートにもたれ、ため息を付いた。
 さっきから窓の外に流れていた黒は、突然ぱっと明るくなり一面雪で覆われた白銀の世界が広がった。その美しくも平坦で地味な色合いは、いつもと変わらない冬の故郷の姿だった。
 
 ――このどんよりとした景色を見ると、気が滅入る。

 年末は必ず帰ってこい――そう言ったのは母だった。
 それはきっと本来帰るはずだった盆に帰らなかったからだと、優人は思っていた。
 今年の夏は須藤のことを考えていてそれどころではなかったし、卒業後の未来のことをいろいろ聞かれたくなかったのだ。
 中谷家では、盆暮れ正月と親族が家に集まれば、必ず家業たる仕事の話があった。そして渋々そこに集められた子どもたちは、説教じみた話を聞かされるのだ。
 それが嫌で、大学生の優人は学業を理由に逃げて、大学卒業まで振り切ろうとした訳だ。卒業後は東京で未来のために研鑽する、そう言って。
 だから他社に内定が決まり、そこに行くと決めたこともまだ言っていなかった。勤務地はおそらく東京で、卒業後地元に戻らないことも。
 もちろんいつかは言わなければならないと、十分に分かっていたのだが――。

「……はあ」

 優人の小さなため息は、窓ガラスを曇らせ静かに消えていった。


 嫌だなと思っていると、やはりそれはすぐに当たるのだ――優人は実家の最寄り駅に着いたあと、ロータリーで待つ一台の車を見て思った。
 待ち構えていたのは見覚えるのある車と、父の専属運転手の姿だった。
 優人は無視できず、お疲れ様ですと声をかけた。すると老人は優しい笑みを浮かべ、おかえりなさいと迎えたのだった。

 そうして車が向かった先は、何故か実家ではなかった。
 目の前をぱっと通り過ぎ向かったのは会社で、玄関前に車をつけられ優人は思わず聞いてしまう。

「五十嵐さん……何で会社なんですか?」

「すみません。社長からの指示ですので」

 そのまま促され、ひやりとした空気を感じながら、静まり返った廊下を歩いて社長室へと向かった。
 黒い扉を叩き、ふうと息を吐いて中に入る。

「……失礼します。ただいま戻りました」

「ああ、来たか」

 その言葉はどこか嬉しそうに聞こえたものの、鋭い目は笑っていなかった。父親である中谷研人なかたにけんとは、手に持っていた書類を揃えてデスクの脇へ置くと、入口側に用意された応接スペースへと移動し、腰かけた。
 優人もその正面に浅く座ると、父はちらりとこちらに視線を送りながら言った。

「卒業は、無事できそうか?」

「はい。単位も卒業要件である卒論も順調に進んでいるので、問題ありません」

 そう答えながら、優人は今が将来のことを伝える絶好のチャンスだと思った。
 ふたりきりで、誰も邪魔する人のいない今なら静かに話を聞いてくれるだろう――そう思い優人は続けようとした。

「社長、お伝えしたいことが――」

 しかし、それは唐突に遮られた。

「ああ。私もお前に伝えたかった大切なことがあるんだ。卒業後、すぐに会社に入れ」

「………………は?」

 理解できずに絶句した優人を無視し、父は続けた。

「お前に見てもらいたい現場があるんだ。理系でいろいろ学んだお前なら、会社が現在課題とする生産性向上をすぐに解決できると思っている。……もちろん、今後の相続のことも考えて、役員としてそれ相応の報酬を与えるつもりだ。だからこのことをよく頭に入れて、残りの学生生活を送ってくれ」

 そう父は確信するように言った。しかし優人はそれに対して狼狽え声を荒らげる。

「……ちょっと、待ってください!将来のことについては俺にも考えがあるんです。もう先方から内定も貰ってますし、迷惑はかけられません!」

「断ればいい」

「そんな……」

「身内が困ってるんだ。こういうときに、お前がやらないで誰がやる」

「でも……」

 優人がそうして引き下がらずにいると、父は呆れたように冷たい目を向けながら、吐き捨てるように言った。

「……お前が大学に行けたのは、誰のおかげだと思っているんだ」

 それはまるで、息の根を止める一撃のように優人の中で響いた。
 これは最後通牒だ――そう告げるように、淡々と重く、そして強く。

「――身内の頑張りがあってこの会社があって、そして働く従業員がいるからお前は悠々と勉学に励めたんだろう?……冷静になってよく考えろ。

 このとき優人の頭に浮かんでいたのは、かけがえのないあの人の笑顔だった。
 自分が守ると心に誓った、須藤静河その人の――。
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