35 / 47
8章 厳寒
1 故郷
しおりを挟む大学はいわゆる冬休み期間に入っていた。
遠方から来ている学生はこの時期に長期休みを取り、年末年始に帰省することが多いのだろう。地方出身者はよいお年をと言い、早々と研究室から姿を消した。
優人も帰る気はさらさらなかった。しかし母からの呼び出しを食らい、それに従わざるを得なくなったのだ。
須藤にその旨を伝えると、彼は頷いて容易く了承した。
「それなら、帰ったほうがいい」
「……でも」
「家族なんだし、社会人になれば配属された業務によっては簡単に帰省できなくなるだろう?学生の今のうちに行っておいたほうがいい」
そう言われれば、須藤に思うがまま言葉をぶつけ傷付けた自覚のある優人は、少しも反論ができなかった。
優人は新幹線のシートにもたれ、ため息を付いた。
さっきから窓の外に流れていた黒は、突然ぱっと明るくなり一面雪で覆われた白銀の世界が広がった。その美しくも平坦で地味な色合いは、いつもと変わらない冬の故郷の姿だった。
――このどんよりとした景色を見ると、気が滅入る。
年末は必ず帰ってこい――そう言ったのは母だった。
それはきっと本来帰るはずだった盆に帰らなかったからだと、優人は思っていた。
今年の夏は須藤のことを考えていてそれどころではなかったし、卒業後の未来のことをいろいろ聞かれたくなかったのだ。
中谷家では、盆暮れ正月と親族が家に集まれば、必ず家業たる仕事の話があった。そして渋々そこに集められた子どもたちは、説教じみた話を聞かされるのだ。
それが嫌で、大学生の優人は学業を理由に逃げて、大学卒業まで振り切ろうとした訳だ。卒業後は東京で未来のために研鑽する、そう言って。
だから他社に内定が決まり、そこに行くと決めたこともまだ言っていなかった。勤務地はおそらく東京で、卒業後地元に戻らないことも。
もちろんいつかは言わなければならないと、十分に分かっていたのだが――。
「……はあ」
優人の小さなため息は、窓ガラスを曇らせ静かに消えていった。
嫌だなと思っていると、やはりそれはすぐに当たるのだ――優人は実家の最寄り駅に着いたあと、ロータリーで待つ一台の車を見て思った。
待ち構えていたのは見覚えるのある車と、父の専属運転手の姿だった。
優人は無視できず、お疲れ様ですと声をかけた。すると老人は優しい笑みを浮かべ、おかえりなさいと迎えたのだった。
そうして車が向かった先は、何故か実家ではなかった。
目の前をぱっと通り過ぎ向かったのは会社で、玄関前に車をつけられ優人は思わず聞いてしまう。
「五十嵐さん……何で会社なんですか?」
「すみません。社長からの指示ですので」
そのまま促され、ひやりとした空気を感じながら、静まり返った廊下を歩いて社長室へと向かった。
黒い扉を叩き、ふうと息を吐いて中に入る。
「……失礼します。ただいま戻りました」
「ああ、来たか」
その言葉はどこか嬉しそうに聞こえたものの、鋭い目は笑っていなかった。父親である中谷研人は、手に持っていた書類を揃えてデスクの脇へ置くと、入口側に用意された応接スペースへと移動し、腰かけた。
優人もその正面に浅く座ると、父はちらりとこちらに視線を送りながら言った。
「卒業は、無事できそうか?」
「はい。単位も卒業要件である卒論も順調に進んでいるので、問題ありません」
そう答えながら、優人は今が将来のことを伝える絶好のチャンスだと思った。
ふたりきりで、誰も邪魔する人のいない今なら静かに話を聞いてくれるだろう――そう思い優人は続けようとした。
「社長、お伝えしたいことが――」
しかし、それは唐突に遮られた。
「ああ。私もお前に伝えたかった大切なことがあるんだ。卒業後、すぐに会社に入れ」
「………………は?」
理解できずに絶句した優人を無視し、父は続けた。
「お前に見てもらいたい現場があるんだ。理系でいろいろ学んだお前なら、会社が現在課題とする生産性向上をすぐに解決できると思っている。……もちろん、今後の相続のことも考えて、役員としてそれ相応の報酬を与えるつもりだ。だからこのことをよく頭に入れて、残りの学生生活を送ってくれ」
そう父は確信するように言った。しかし優人はそれに対して狼狽え声を荒らげる。
「……ちょっと、待ってください!将来のことについては俺にも考えがあるんです。もう先方から内定も貰ってますし、迷惑はかけられません!」
「断ればいい」
「そんな……」
「身内が困ってるんだ。こういうときに、お前がやらないで誰がやる」
「でも……」
優人がそうして引き下がらずにいると、父は呆れたように冷たい目を向けながら、吐き捨てるように言った。
「……お前が大学に行けたのは、誰のおかげだと思っているんだ」
それはまるで、息の根を止める一撃のように優人の中で響いた。
これは最後通牒だ――そう告げるように、淡々と重く、そして強く。
「――身内の頑張りがあってこの会社があって、そして働く従業員がいるからお前は悠々と勉学に励めたんだろう?……冷静になってよく考えろ。自分がこれから誰を守って、誰のために力を尽くさなければならないのかを」
このとき優人の頭に浮かんでいたのは、かけがえのないあの人の笑顔だった。
自分が守ると心に誓った、須藤静河その人の――。
20
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる