【完結】かつて仕えた水神の貴方を現世では幸せにしたい 〜翡翠と大蛇~

上杉

文字の大きさ
10 / 43
3章 謎の青年

1 見知らぬ場所

しおりを挟む

 あたりには、暗い闇が広がっていた。
 それはあの夢の中で普段自分を包む、優しく穏やかなものではなかった。
 自分と世界とを隔絶するような、深い闇。
 不思議と身体に力は入らなかった。だからずっぷりと闇の中へ沈んでいくのを、抵抗もせずに受け入れることしかできない。
 もう、ここから這い上がれない。
 きみは光の中には戻らなくていい。
 闇は、まるでそう言うように底へと引きずり込んでいった。
 だから、諦めに近い深い悲しみを抱きながら、もう、顔を上げることさえしなかった。
 流れに身を任せながら、下へ下へと堕ちていく。
 誰の手も届かない、声も届かない。
 ひとりぼっちの暗い場所へと――。


 瑞生は、はっと目を覚ました。
 視界に広がったのは、見慣れぬ木の天井だった。

「ここは……」

 横たえていた身体を起こし、周りを見回す。
 視界には日本家屋特有の襖と畳が見えた。そしてどうやら自分は、とある和室にひかれた布団の上に寝かされていたらしい。
 部屋には、ほかに誰もいなかった。
 正面の襖は開いていたものの、奥は薄暗かった。それとは対照的に、部屋の右側から照らすような強い光を感じたので、その障子戸に手を伸ばし、おそるおそる開けてみる。
 和室の外は、すぐ縁側だった。そこと外とを隔てる掃き出し窓は開け放たれていて、茜空を背景に、日暮れのぬるい風が吹いた。

 ――そういえば、日本に来たんだった。

 瑞生は今日のことをぼんやり思い出した。
 祖母の実家で手がかりを見つけ、川の脇を歩き、そして不思議な森の小道を見つけたこと。その道を躊躇なくそこを進み、いよいよ泉に辿り着くと思っていたら、とある青年と出会ったこと。
 その青年が振り返り、黒いまなざしで見つめられた瞬間。なぜか自分は涙を流し、意識を失い倒れて今に至ったのだ。

 ――あれは、一体なんだったのだろう。

 目があった瞬間、突然こみ上げたのは深い悲しみだった。それは瑞生自身が味わったことのない喪失であり、身を焦がすほどの痛みで――。
 祖母を目の前でうしなったときの、あの唐突に殴りつけるようなものとはまるで違うものだった。
 長い、長い苦痛をずっと抱えて死ぬような、どうしようもできずに諦めた苦悩すら感じた。
 
 ――そういえば、さっき違う夢を見た。
 
 瑞生が思い出したのは、目を覚ます前まで見ていた夢のことだった。
 はじまりは、あの悪夢のような包み込む闇だった。ただ、これまでの居心地の良いものとはまるで違ったのだ。
 どん底に落ちていくように、闇の中へと引きずり込むような、暗く、人生を諦めたような夢。
 翡翠があるのになぜ――そう瑞生が疑問に思いながら、胸のペンダントに触れたときだった。

「気付いたか」

「……え?」

 ぱっと顔を上げると、奥の襖の影にひとりの男の姿が見えた。
 それはあの森の小道で会った、日本人の若い青年だった。
 きりっとした眉とその下の黒ぐろとした瞳に思わず目を奪われる。ただ、今そこからは何の感情も読み取れなかった。
 瑞生はとりあえずと礼を口にする。

「あ、ありがとう。きみが俺をここへ?」

「ああ。突然倒れたと思ったら、なかなか起きなかったから、連れてきた」

「……そうだったんだ。ごめん」

 瑞生は謝りながらも、再度青年をまじまじと見た。
 森の中で彼を見たときの、あの湧き上がるような深い悲しみが今も気になっていたのだ。
 そう思いじっと黒い瞳を見つめるも、いま見ても何の感情も湧き上がらず、涙も少しも出なかった。

 ――やっぱり、あれはなんだったのだろう。

 そう疑問に思いながら、瑞生は再び彼の目を見た。青年の深い黒の瞳はなぜかわからないが、こちらを引き寄せるような、不思議な力を秘めているように思えた。
 そうしてあくまで自然に見つめていたところ、ぱちりと目が合った。
 そこでようやく瑞生は気付いた。よく考えたら、まだふたりとも名乗ってすらいないことに。
 瑞生がひとり焦っていると、青年が先に口を開いた。

「……あんた、あんなところで何してたんだ?」

「あ、……ええと」

 瑞生は一瞬なんて言おうか迷ってしまった。
 青年には、自分は観光客だと思われているはずだった。ただ、問題はあそこにいた理由だ。
 あんな人のいない何もないところにいるなんて、よっぽどの方向音痴か、何か理由があってあそこにいたのだと思われているに違いない。
 そうだとして、祖母の遺言で来たと正直に言っていいのだろうか。
 きっとそれは突拍子もなく聞こえるだろう。だから本当の理由を言いたいところだが、この青年に怪しく思われないだろうか。
 瑞生はちらりと顔を盗み見た。青年は少しも顔色変えずに、こちらが答えるのを淡々と待っているように見えた。

 ――かしたりしないんだ。

 こちらを待つその姿に、瑞生は誠実さを垣間見た気がした。
 だから咄嗟にこの人なら大丈夫かもしれないと思い、首にかけた翡翠の勾玉をTシャツの下から取り出した。

「……これ」

 青年の目の前に差し出すと、彼は何も言わずにそれをじっと見つめた。

「……俺の家に伝わるものらしいんだ。これを持ってあの場所に行けっていうのが祖母の遺言で。このまちには、今朝来たところなんだ」

「そうか」

 青年はそれしか言わなかった。
 ほかに何か聞かれるだろうと思っていた瑞生は、思わずほっとした。正直、こちらも聞かれたとして、よくわからないことばかりだったから。 
 そんなときだった。突然ぐううと乾いた音が聞こえたと思えば、それは瑞生のお腹だった。

「あっ」

 そうして思わず顔が熱くなったとき。隣りで小さな笑い声が聞こえた。

「ふふっ」

 ――あ、笑った。

 その横顔は青年をどこか幼く見せた。
 これまでは、どちらかというと無表情だったので、大人びた印象を受けていたのだろう。
 実はもっと若いのかもしれない――瑞生がそう思っていると、再度目が合った。
 青年は黒い瞳をじっと向け、口元にかすかに笑みを浮かべながら口を開いた。

「……ちょっと待ってて。飯持ってくるから」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫌いなあいつが気になって

水ノ瀬 あおい
BL
今しかない青春だから思いっきり楽しみたいだろ!? なのに、あいつはいつも勉強ばかりして教室でもどこでも常に教科書を開いている。 目に入るだけでムカつくあいつ。 そんなあいつが勉強ばかりをする理由は……。 同じクラスの優等生にイラつきを止められない貞操観念緩々に見えるチャラ男×真面目で人とも群れずいつも一人で勉強ばかりする優等生。 正反対な二人の初めての恋愛。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

今日は少し、遠回りして帰ろう【完】

新羽梅衣
BL
「どうしようもない」 そんな言葉がお似合いの、この感情。 捨ててしまいたいと何度も思って、 結局それができずに、 大事にだいじにしまいこんでいる。 だからどうかせめて、バレないで。 君さえも、気づかないでいてほしい。 ・ ・ 真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。 愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。

BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています

二三@冷酷公爵発売中
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…? ※タイトルを変更しました。(旧題 BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった)2025.5.21

【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華
BL
 高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。  けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。  ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。  けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。  それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。 「大丈夫か?」  涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。

前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ
BL
※注意 BLであり前世が女性です ーーーやってしまった。 『もういい。お前の顔は見たくない』 旦那様から罵声は一度も吐かれる事はなく、静かに拒絶された。 前世は椿という名の悪女だったが普通の男子高校生として生活を送る赤橋 新(あかはし あらた)は、二度とそんのような事ないように、心を改めて清く生きようとしていた しかし、前世からの因縁か、運命か。前世の時に結婚していた男、雪久(ゆきひさ)とどうしても会ってしまう その運命を受け入れれば、待っているの惨めな人生だと確信した赤橋は雪久からどうにか逃げる事に決める 頑張って運命を回避しようとする話です

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

お姫様に、目隠しをして

Q矢(Q.➽)
BL
イケメン⇄平凡モブ⇇美形不良 スクールカースト上位の花臣に、小学校の頃から一途に片想いしている伊吹。告げられる訳もない、見つめるだけの恋だった。 ところがある日、とある出来事を境に伊吹は近隣の高校の不良グループの長である蝶野に囲われる事になる。 嫉妬深い蝶野に雁字搦めにされて疲弊していく伊吹の様子を遠目に訝しむ花臣は…。 能勢 伊吹 (のせいぶき) ・何処に出しても恥ずかしくない立派な平凡モブ ・一途ではある ・メンタルはそんなに強くない ・花臣しか好きじゃない 花臣 一颯(かずさ) ・何処に出しても恥ずかしくない王子フェイスイケメン ・人当たりも世渡りも得意です ・自分に寄せられる好意が凄く好き ・それに敢えて知らない振りをして傷つく顔にゾクゾクするくらい実は伊吹が好き 蝶野 崇一郎 (ちょうの そういちろう) ・不良グループリーダー ・嫉妬深く執着心つよっつよ ・かなりの美形ではある ・自分と伊吹と金しか好きじゃない ・とにかく逃がさない ※設定はありがちなのでどっかで見たとか突っ込まないでいられる人向け。 ※主人公はかなり不憫。ハラハラしながらも見守れる人向け。 ※※シリアスなのは途中まで。 ご閲覧、ありがとうございました。 番外編を書く事がありましたら、またよろしくお願いします。

処理中です...