『婚約破棄された伯爵令嬢は侯爵様に溺愛される』

華愁

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第2話♢*゚『食事会』

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「本日はお招きいただき、ありがとうございます。侯爵閣下」

夕暮れ前、グレンフィールド侯爵邸。
重厚な扉の向こうに広がるダイニングホールに、セシリア・アルフォードは静かに姿を現した。

淡いラベンダー色のドレスに、最低限の宝石だけを添えて。
派手さを避けながらも、品格と自尊心を失わないその姿に、使用人たちは一瞬息を呑んだ。

「よく来てくれました。セシリア嬢」

頭上から聞こえる低い声に顔を上げると、そこには噂の侯爵、アレクシス・グレンフィールドの姿があった。

漆黒の軍服を思わせる仕立ての良い礼装。切れ長の灰色の瞳が、まっすぐに彼女を見つめていた。

「……侯爵閣下」

「アレクシスで結構です。堅苦しいのは嫌いなので」

突然の砕けた口調に、セシリアはわずかに眉を動かしたが、それ以上の反応は示さない。ただ、淡く一礼する。

食事は、驚くほど静かに始まった。

銀器の音だけが、しんとした空間に響く。
しかし、無言の時間は不快ではなかった。不思議と居心地が良い。

二人の間に流れるのは、沈黙ではなく、観察だった。

アレクシスは、セシリアの所作の一つひとつをじっと見つめていた。
まるで何かを確かめるように。
セシリアもまた、侯爵の態度から、その意図を読み取ろうとしていた。

やがて、彼が口を開く。

「君は、想像よりもずっと……静かな人だ」

「……失望されましたか?」

「いいや。むしろ、思った通りだ。冷たくも見えるが、それは感情を隠す理性の強さだろう」

「それを褒め言葉と受け取っても?」

「もちろん。僕は、感情ばかりで動く人間を好まない」

そう言って、アレクシスはワインを一口飲む。
その灰色の瞳には、揺るぎない意志の光があった。

「では、なぜ私に? 王太子に捨てられた、冷たい令嬢だと世間で言われている私に、なぜ縁談を?」

セシリアの問いに、アレクシスは小さく微笑んだ。
それは“侯爵閣下”としてではなく、“一人の男”としての、確信に満ちた微笑だった。

「理由がなければ、人を求めてはいけないのか?」

「……っ」

その一言に、セシリアの胸が微かに揺れる。

確かに彼女はこれまで、“選ばれるためにふさわしくあらねばならない”と教え込まれてきた。
感情を抑え、理知的であれと。

だが目の前のこの男は、理由ではなく「自らの意思」で彼女を選ぼうとしている。

「僕は、噂ではなく、目の前の人を見て判断する主義だ。君の真価は……まだ誰も気づいていないだけだろう?」

「……あなたは、随分とお優しいのですね」

「いや、君にだけだよ」

一瞬、セシリアの胸が跳ねた。

食事の最後、アレクシスは立ち上がり、彼女に手を差し出した。

「セシリア。今夜の招待は、縁談の前提としてではなく、一つのお願いを伝えるためだった」

「お願い……?」

「数日後、私の領地で行われる舞踏会に、あなたに同席してほしい」

「……それは、公の場に、私を“連れて行く”と?」

「そうだ。堂々と、隣に。誤解も噂も、全て私が覆す」

その強い眼差しに、セシリアは何かを問う余地を失い、ただ頷いた。

そして彼女は、気づかぬうちに、
その夜から「冷たい令嬢」ではなく、「侯爵様に溺愛される令嬢」としての物語を歩き出していた。
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