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第5話『短絡的思考は身を滅ぼすだけと思い知ることだな』
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――アレクシス・グレンフィールド視点――
王城の大広間は、絢爛な装飾と人々の笑い声に満ちていた。
だが、その空間に足を踏み入れた瞬間、
俺の目に映るのはたった一人――セシリアだけだった。
紺碧のドレスに身を包み、気高さを崩さず微笑む彼女の姿。
過去を背負いながら、それでも前を向くその姿勢に、
俺は何度も心を奪われた。
「ようこそ、グレンフィールド侯爵。
お連れの方は……セシリア嬢か。久しぶりだな」
王太子・レオニスが、どこか芝居がかった声で言葉をかけてくる。
彼の視線は、セシリアの顔ではなく、その肩や髪に向けられていた。
“己が捨てた女”に再び関心を持つなど、実に浅ましい。
「ご挨拶、感謝いたします。ですが、少々ご忠告を――」
俺は淡く笑ってみせながら、王太子の目を真っ直ぐに見据える。
「短絡的思考は、身を滅ぼすだけと思い知ることだな。殿下」
「……何のことだ?」
「捨てたものが他人の手に渡り、
価値を知っても――それは、もう戻らない。
自分の目先の感情で判断を下し、
後から拾いに戻るような真似は、王族の名に泥を塗る行為ではないか?」
一瞬、場の空気が凍りついた。
レオニスの表情がわずかに引きつる。
周囲の貴族たちも、何が起きたのかと気配を変えた。
「……君は、私に歯向かうつもりか?」
「違う。私は、彼女を守ると言っただけだ」
俺はセシリアの手を取り、その指を包むように握る。
「セシリア・アルフォード嬢は、あなたが見捨てた時点で、
もう“王太子の物”ではない。
この方は今や、私が傍に置くにふさわしい、誇り高き女性だ」
セシリアが少しだけ目を見開く。
だがその頬には、わずかに色が差していた。
「侯爵……本気でそのように思っているのか?」
レオニスの問いは、もはや確認ではなかった。
ただの嫉妬、そして“失敗を認めたくない男”のあがきだ。
「ええ。これ以上に明白な事実はありません」
そう返してやると、王太子は無言でグラスを傾けた。
もう二度と、俺たちに話しかけてくることはなかった。
***
「……随分とはっきりおっしゃいましたね」
晩餐会が終わり、王城の外で馬車を待つ中、セシリアが小さく呟く。
「必要なことです。
あの場で君の尊厳を守れないのなら、私は男ではない」
「……私、あの時、少しだけ――誇らしかったのです」
「少し“だけ”か?」
「……少し、以上でした」
俺は笑う。心の奥に張り詰めていた糸が、ふっと緩む。
彼女は、もう“元婚約者の影”の中にはいない。
その足で、しっかりと未来へと歩こうとしている。
そしてその未来に、俺がいることを――確かに、望んでくれている。
(短絡的な王太子に、もう一つだけ忠告するなら)
“この女は、二度とお前の手の届く場所にはいない”
俺が、それを望ませない。
王城の大広間は、絢爛な装飾と人々の笑い声に満ちていた。
だが、その空間に足を踏み入れた瞬間、
俺の目に映るのはたった一人――セシリアだけだった。
紺碧のドレスに身を包み、気高さを崩さず微笑む彼女の姿。
過去を背負いながら、それでも前を向くその姿勢に、
俺は何度も心を奪われた。
「ようこそ、グレンフィールド侯爵。
お連れの方は……セシリア嬢か。久しぶりだな」
王太子・レオニスが、どこか芝居がかった声で言葉をかけてくる。
彼の視線は、セシリアの顔ではなく、その肩や髪に向けられていた。
“己が捨てた女”に再び関心を持つなど、実に浅ましい。
「ご挨拶、感謝いたします。ですが、少々ご忠告を――」
俺は淡く笑ってみせながら、王太子の目を真っ直ぐに見据える。
「短絡的思考は、身を滅ぼすだけと思い知ることだな。殿下」
「……何のことだ?」
「捨てたものが他人の手に渡り、
価値を知っても――それは、もう戻らない。
自分の目先の感情で判断を下し、
後から拾いに戻るような真似は、王族の名に泥を塗る行為ではないか?」
一瞬、場の空気が凍りついた。
レオニスの表情がわずかに引きつる。
周囲の貴族たちも、何が起きたのかと気配を変えた。
「……君は、私に歯向かうつもりか?」
「違う。私は、彼女を守ると言っただけだ」
俺はセシリアの手を取り、その指を包むように握る。
「セシリア・アルフォード嬢は、あなたが見捨てた時点で、
もう“王太子の物”ではない。
この方は今や、私が傍に置くにふさわしい、誇り高き女性だ」
セシリアが少しだけ目を見開く。
だがその頬には、わずかに色が差していた。
「侯爵……本気でそのように思っているのか?」
レオニスの問いは、もはや確認ではなかった。
ただの嫉妬、そして“失敗を認めたくない男”のあがきだ。
「ええ。これ以上に明白な事実はありません」
そう返してやると、王太子は無言でグラスを傾けた。
もう二度と、俺たちに話しかけてくることはなかった。
***
「……随分とはっきりおっしゃいましたね」
晩餐会が終わり、王城の外で馬車を待つ中、セシリアが小さく呟く。
「必要なことです。
あの場で君の尊厳を守れないのなら、私は男ではない」
「……私、あの時、少しだけ――誇らしかったのです」
「少し“だけ”か?」
「……少し、以上でした」
俺は笑う。心の奥に張り詰めていた糸が、ふっと緩む。
彼女は、もう“元婚約者の影”の中にはいない。
その足で、しっかりと未来へと歩こうとしている。
そしてその未来に、俺がいることを――確かに、望んでくれている。
(短絡的な王太子に、もう一つだけ忠告するなら)
“この女は、二度とお前の手の届く場所にはいない”
俺が、それを望ませない。
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