『婚約破棄された伯爵令嬢は侯爵様に溺愛される』

華愁

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終話『幸せはあなたと共に』

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王都の春は、柔らかな風と共に訪れる。

侯爵邸の庭には、今年も早咲きの薔薇が花をつけ、
白と紅が交じる花びらが陽光にきらめいていた。

その中を、静かに歩く一人の令嬢――セシリア・アルフォード。

いや、今はもう、

セシリア・グレンフィールドと呼ぶのが正しい。

「この薔薇、あなたが植えてくださったのですね?」

そう問いかけると、背後からふわりと優しい声が返る。

「君が“寒色よりも紅の花が好きだ”と、一度だけ呟いたからな。

忘れるわけがない」

「……それを覚えていたのですか?」

「忘れるような男なら、君はとっくに愛していないだろう?」

アレクシス・グレンフィールド侯爵――

今や、帝国軍の最高司令官に任じられ、
政治的にも国内随一の影響力を誇る人物。

だが彼が唯一、誰よりも深く、
穏やかな眼差しを向けるのは、ただ一人。

この庭の、隣に立つ彼女だけだった。

***

王太子の策略が潰え、
セシリアの潔白が証明されてから、季節は三度巡った。

侯爵家との婚姻にあたり、
一部の貴族たちは“王太子の元婚約者”という立場に難色を示した。

だがアレクシスは、躊躇なくこう言い放った。

> 「私は彼女を選んだ。

――国家が、王族が、どう言おうと、それが揺らぐことはない」



その言葉ひとつで、すべての疑念は沈黙した。

セシリアは、初めて“誰かに守られる”ことを知り、
そしてそれが、どれほど強く、温かく、幸福なことかを知った。

***

「アレクシス様。……いえ、アレク」

「ほう?」

「……今でも、少し緊張するんです。あなたが隣にいると」

彼は小さく笑った。

「それは、嬉しいな。

君が俺に心を許したからといって、
緊張を忘れてしまうほど退屈な男にはなりたくない」

「……本当に、ずるい方です」

「君の前では、そうありたいと思っている」

そう言って、彼はセシリアの手を取った。

小指を絡めるように、指先をそっと重ねて――ふと、彼女が笑う。

「ねえ、アレク」

「なんだ?」

「……幸せですか?」

その問いに、アレクシスは何の迷いもなく答えた。

「君と生きる未来以外に、幸せなどあるものか」

「……わたしも、同じです」

風が吹き抜け、薔薇の花がひとひら、ふたりの肩に舞い落ちる。

セシリアはそっと目を閉じて、彼の腕に寄り添った。

――氷の令嬢と呼ばれた日々。

――冷酷侯爵と噂された男。

けれど今、二人は誰よりも穏やかに、愛を育んでいる。

幸せは、遠い幻想でも、高価な宝石でもない。

ただ、この人の隣にいること――それだけで、満ちていくもの。

そして彼女は、静かに心の中で呟いた。

「幸せは、あなたと共に――」

それが、彼女の物語の結末であり、
そして、新たな始まりでもあった。
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