僕たちは相思相愛

華愁

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第一話 僕の血縁者と病

「犀さん、とみ子さん、愛してる」

「おやおや、いきなりだね。僕も龍之介君を愛しているよ。

何か話したいことがあるのかい?」

本当は話すのが怖い……けど、話さないと進めない。

「僕の生い立ちと病について……

僕は出生時は“新原龍之介”だったんだけどね、いわば“拾い親”の習慣で実母の実家の芥川家に預けられたんだ。

僕が正式に芥川家の養子になったのは実母が死んだ十二歳の時で、それからは“跡取り”として厳しく育てられ、
僕が文士として名を挙げると今度は生家の新原家から金の無心をされ、
一月に自害した実姉の夫の借金を払えと借用書に判を突かされた……

無理が祟って、僕は今、“神経衰弱”と“胃弱”、
それから閃輝暗点せんきあんてんという病を患っているんだ。

閃輝暗点せんきあんてんは脳の視覚情報を司る「後頭葉」の血管が一時的に収縮し、その後の拡張によって引き起こされる。

視界の中心付近にキラキラ・ギラギラした小さな光の点が出現し、次第に周囲へ広がって
ジグザグした稲妻のような形になるんだ。

短くて五分、長くて三十分の間、視界が塞がれて、その後、片頭痛が起こるんだよ。

時には吐き気を伴うこともあるんだ……」

「龍之介君、その借用書の写しは持っているかい?」

犀星君に渡すと眉間にシワを寄せため息を吐いた。

「龍之介君、これを律儀に払っていたのかい!? ざっと計算しても元金を払い終えているよ?」

「犀さん、わかるの?」

「龍之介君には話していなかったかな?

ついでだから、僕の生い立ちも話そう。

僕は、石川県の足軽組頭の家系に生まれたが、母は女中で生まれてすぐに犀川のほとりにある
雨宝院という寺に引き取られ、その寺の住職の養子となったんだ。

実の親の顔も、温もりも知らないし、学校もろくに通わせてもらえず、
十代の頃は裁判所で働きながら、飢えをしのぐように詩を書いていたよ。

だから、少しはわかる。

これは暴利だし、支払い義務はない。

法的整理をして過払い分を全額とはいけるかわからないけど、一部は取り戻せるはずだよ。

資格は持っていないけど、法曹界に友人知人がいるから、僕が手配しよう」

「ありがとう、犀さん」

一ヶ月後、法的措置が正常になされ、生家からの無心は無くなり、過払い分の全額ではないが半分の二千円が戻って来た。

「犀星!! ありがとう、半額も手元に戻って来たよ。後、新原家の僕への接近禁止命令も」

「それはよかった」

生家と金銭的問題は犀さんと弁護士さんのおかげで解決した二ヶ月後、何処からか僕と犀さんが“恋仲”だと耳にしたらしい養父母と伯母に
本所の実家まで呼び出された。

「龍之介、巷ではあなたと室生さんが
並々ならぬ仲だと噂が流れている」

“並々ならぬ仲”か。世間から見ればそうだろう。

妻子を持ちながら友人夫婦に依存しているのだから。

「本当のところはどうなの? 龍之介。

それに、室生さんの奥様は……?」

「事実だよ、犀星君の奥さんのとみ子さんは了承済みというより、二人が僕を愛してくれているんだ。なら、僕が新原家の借金を払わされていた時、一銭でも出してくれたかい?

僕が胃弱で固形物がほぼ食べられなかったことを知っていたかい?

 睡眠薬を服用していたことは? 

養父とうさんたちは僕という器がほしかっただけだろう!!

一度でも、僕という人間の身体や精神の心配をしたことがあったかい?

とみ子さんは僕が食事を食べきれなくても、
【今日は昨日より食べられましたね】と褒めてくれる。犀星君は僕の我が儘にも仕方ないね、といいながら付き合ってくれるし、疲れたら
【休んでいいんだよ】と言って昼間でも布団を敷いてくれる……

僕はそんな“普通”の少しの温もりがほしかった。

結局、形がどうあれ、僕を引き取ったのは“妹の息子”だからじゃなくなって、
自分たちに子供がいないから、“跡取り”がほしかっただけだろう。

だが、あなたたちに実子がいなくてよかったよ。

僕みたいな目に遇わせなくて済んだんだから」

視界の端に閃輝暗点の兆候が出始めいるが今ここで倒れるわけにはいかない。

「母さんの墓前に報告するといい、
【あなたの息子を立派な芥川家の“跡取り”に育て上げた結果、病に冒させてしまったみたいだ】とね。

精神を病んで亡くなった母さんをどう思っていたかは知らないけどね。

僕は医者から絶対安静だと言われているんだ、
ここに居たら、休まる暇なんてありゃしない」

ジグザグの稲妻が半分視界を塞ぎ始めて養父母と伯母の顔が見えなくなる。

何とか玄関に向かうが平均感覚が覚束ない。

「龍之介、待ちなさい」

養母さんの切羽詰まった声が追いかけて来た。

「龍之介、ちゃんと説明しなさい」

続いて伯母の声も追いかけて聞こえて来た。

「僕は胃弱と神経衰弱と閃輝暗点せんきあんてんという病を患っていて
医者から絶対安静だと言われているんだ。

犀星君ととみ子さんはどんな時も休ませてくれる。

室生家は僕が僕で居られる避難所で安息所だ。

勘当するなら勝手に手続きしてくれ。

ああ、一つだけ、犀星君ととみ子さんがいなければ今頃、土の下の住人だったよ」

それだけ告げてふらつきながら玄関に向かい門を出た所に犀さんがいた。

「龍之介君、顔が紙のように真っ白だよ!!」

犀さんは人目も憚らず僕を横抱きにして円タク乗り場まで連れて行ってくれた。
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