実は❰心の声❱が聞こえる芥川龍之介は……

華愁

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第七話 匿名の手紙

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辰雄君が室生家に来た二ヶ月後の年明け、
懸念していたことが現実になってしまった。

どこから漏れたのか、僕と犀星君の関係を
示唆する誹謗中傷の宛名のない手紙が
毎日、芥川家の郵便受けに
入れられるようになった。

当然、室生家にも届いており僕も犀星君も
神経をすり減らす日々が続いた。

比呂志はその手紙をぐしゃっと握り潰した。    
    
「俺の尊敬する父さんと室生先生を    
悪意のある言葉で
傷付けるなんて、許せない!!

❰何で知らない人に、
父さんや室生先生が
傷付けられなきゃならないんだよ❱」

十二歳の少年らしからぬ怒りと
悲しみを携えた目で言った。

「ありがとう、比呂志。

室生家に行ってくるよ」

冬用の羽織を来て玄関を出た。

室生家に着くと寒空の中、
犀星君が玄関の前に立っていた。

僕は犀星君を家の中に入れ
抱き締めた。
  
「龍之介君、  
来てくれてありがとう」  
  
抱き締めた犀星君の体は震えていた。  

「当たり前じゃないか」
  
普段は年上の余裕のある犀星君も、
今回のことは辛かったに違いない。

「犀星さんも龍之介さんも
いつまでも、玄関にいては
風邪をひいてしまうわよ」

とみ子さんに呼ばれて中に入った。 

「芥川家を出る前、比呂志が
奴らからの手紙を握り潰して静かに怒っていたよ。

“俺の尊敬する父さんと室生先生を    
悪意のある言葉で傷付けるなんて、許せない!!”ってね」

比呂志は僕と犀星君の幸せを切に願ってくれている。

妻の文も、最初は戸惑い、
困惑し、怒っていたけど
今では僕たちの関係を認めてくれている。

「龍之介君、ごめんね……」

いつもとは逆で僕に寄り掛かりながら
犀星君は謝罪の言葉を口にした。

「何で犀星君が謝るんだい?」

「僕が……“恋仲”になってほしいなんて
言わなければ……」

これは相当、精神的に
参ってしまっているな。

「確かに“恋仲”になってほしいと
言ったのは犀星君だけど
先に思いを告げたのは僕だよ?

大丈夫、田端の町は狭いから
犯人も直ぐに見つかるさ」

僕は犀星君に口付けをした。

「犀星さん、少しは落ち着いた?」

三人分のお茶を載せたお盆を
ちゃぶ台に置いたとみ子さんは
優しい眼差しで僕たちを見ていた。

「ありがとう、とみ子。

龍之介君に口付けしてもらったら少し心が凪いだよ」

「なら、よかったわ」

心配だった僕は室生家に泊まることにした。

ーー
₍₍ 芥川龍之介様

奥方様やお子様のある身でありながら
“ご友人”と“恋仲”になるなど
あってはならないことです。

今すぐに別れないと災いが降りかかりますよ⁾⁾

今朝、届いて比呂志が握り潰した手紙の内容を
思いだして自然と眉間に皺が寄った。

「❰僕は龍之介君を愛してる……  
  
それでも、こうして、面と向かって “否定”されると……  
  
今朝の手紙には  
₍₍ 既婚者のくせに、恥をしれ
さもなくば芥川龍之介に  
危害を加える⁾⁾と書かれていた」  
なるほど、犀星君があんなに震えていたのは
そういうことだったのか。

「僕自身に危害を加えられるのには耐えられるけど      
家族や龍之介君に危害を加えること耐えられないんだ……」  
  
そうだ、犀星君は自分が傷付くことは気にしないけど  
大切な人を傷つけられることには弱い。

「文さんや比呂志君といった龍之介君の家族まで
巻き込んでしまってすまない……」

芥川家にいる家族を思う。

「比呂志は最初から受け入れてくれていた。  
  
“父さんが幸せなら、室生先生と父さんが  
“恋仲”でもいいと思う”と。  
  
そして、さっき言ったように  
今朝は“俺の尊敬する父さんと室生先生を                        
悪意のある言葉で傷付けるなんて、許せない!!”って  
言ったんだ。  
  
こんな下劣で卑劣な手紙を
送り付けてくるような奴より比呂志の方がよほど大人だよ」

比呂志は実年齢は子供だが考え方は大人顔負けだ。

「犀星君、今日は泊まるから
朝子ちゃんと朝巳君も一緒に
五人で布団を並べて寝よう」

室生家の居間に布団を五組並べ
みんなで眠った。

ーー

翌朝、とみ子さんが他の郵便物と一緒に
例の手紙を持ってきた。

封を開け中の便箋を取り出す。

₍₍ いつまで茶番を続ける気だ?

家族が可愛そうでしかたない……


文壇の恥だ、別れないなら、
さっさと二人とも筆を折れ⁾⁾と書かれていた。

「筆を折れ、だ?

犀星君の著書を待ちわびている読者が
どれ程いると思っているんだ!!」

便箋をぐしゃっと握り潰し怒りで手が震えた。

「言葉の選び方からして一般人じゃないみたいだね。

“文壇”なんて言葉は普通の人は使わないし
その言葉の意味も知らないと思うんだ。

“筆を折る”も専門用語だ」

怒りで頭に血が上って気付かなかったけど、
犀星君の言う通り、“文壇”や“筆を折る”なんて
専門用語を使う一般人はいないだろう。

「まったく、仲間内に敵がいるとは頭が痛いね……

❰身体的だろうと精神的だろうと
僕だけが傷付くならいい……

いっそのこと、僕が囮になれば
犯人は出てくるだろうか……?❱」

犀星君の❰声❱に心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。  
    
元来、犀星君は自分以外の人に優し過ぎる。    
    
「犀星君!! 聴こえてるよ!!」

いくらなんでも、自己犠牲が過ぎる……

「犀星君が囮になるなんて、僕が許さないよ」  
  
「でも、龍之介君、このままじゃ埒が明かない。  
  
僕たちは愛を貫いていて、お互いの家族の  
理解も得ているのに“文壇の恥じ”だの  
“筆を折れ”だの言われなければならないんだ……」

確かに、両家の家族は
僕と犀星君の関係を理解してくれているのだから
第三者にとやかく言われる謂われはないはずだ。

「犀星さん・龍之介さん、  
とりあえず、今は朝食を食べましょう。  
  
腹が減っては戦はできぬと言いますから  
空腹じゃいい案が思い付かないわよ」

「ありがとう、とみ子さん。  
  
ほら、犀星君、食べよう」

室生家は僕の“もう一つの家族”だ。

家族を脅かすものはなんであろうと許さない。

「芥川家も室生家も親戚はいないし
文学関係者なら赦しがたい事態だ」

僕の言葉に犀星君が頷いた。

「筋骨隆々なわけじゃないけど僕も男だし、        
年長者としていつまでも、びくびくしてられないから        
やっぱり、僕が囮になった方が手っ取り早い気がする。      
      
この手紙の送り主は“芥川龍之介に危害を加える”と      
書くことで僕の心を乱したかったんだよ。      
      
だって、僕は自分が傷付けられるよりも      
自分以外の大切な人を傷つけられる方が      
精神的にダメージを受けることを知っていて    
尚且つ、専門用語も知っている人物となれば      
犯人はおのずと絞れる」

僕と犀星君の両方の家を知っていて専門用語をも知る人物……

文学仲間か新聞や週刊誌の記者か出版社の関係者か……

「とりあえず、整理しよう。      
      
一、僕と犀星君の両方の性格や家族構成を知っているか      
あるは調べられる人物。    
    
二、専門用語を使っているところから      
文学に精通している者、あるいは作家仲間か
出版関係者か記者だろう。
    
三、匿名や姿を見せない。    
    
これらを踏まえると、犯人は身近にいるのかもしれないね……」  
  
友人・知人を疑いたくはないが
この状況を鑑みるとそうも言っていられない。

姿を見せないのも、名前を記さないのも  
僕や犀星君が見れば、
わかってしまうからだろう。

「犀星君、一日、時間をくれるかい?

 筆跡鑑定をしてみる」

僕が筆跡鑑定できるとは
思わなかったのか犀星君もとみ子さんも
驚いた表情をした。

「龍之介君、
筆跡鑑定なんて……できるの?」

「プロの鑑定士みたいなことはできないけど
一度でもやり取りのしたことがある
人間なら筆跡を覚えているんだ」

止めや跳ねの癖。

言葉の選び方。

筆圧の癖。

手書きの物には必ず、筆跡の癖が出る。

「龍之介君は凄いな……

やっぱり君は天才だよ」

「あはは、そんなんじゃないよ」

犀星君少し笑顔になってくれてよかった。

昼食後、僕は芥川家に帰ってきた。  

夕飯後、書斎に篭り、
年賀状や書簡を全て見返しながら
ある人物を思い浮かべていた。

「……やっぱりか」

犯人はわかったが、やり方に納得がいかない。

翌朝、朝一番で室生家に向かい、
ただいまと言いながら
合鍵で室生家の中に入った。

「ただいま」

僕の声に朝巳君と朝子ちゃんが
玄関まできた。

「龍之介おじちゃん、お帰りなさい」

「二人とも、ただいま」    
    
朝子ちゃんと朝巳君の頭を    
撫でてから犀星君の書斎に向かった。  
  
「犀星君、おはよう。  
  
手紙の差出人の検討がついた。  
  
筆跡から某週刊誌のY氏だ。  
  
ただ、彼の家は田端から      
遠いから、田端市内か  
田端の地理に詳しい  
協力者がいることになる」

「Y氏……

僕の詩をかなりの酷評をしていた彼か。

因みににY氏の住居はどの辺なんだい?」

犀星君の質問に家から持ってきた
Y氏の手紙を渡した。

「隣県の埼玉県だ。

田端に来るまで電車で
一時間から一時間半はかかる。


消印を見てご覧、僕が家から持ってきて
犀星君に渡した一年前の手紙は
ちゃんと埼玉県の消印だけど
宛名のない手紙は田端の消印なんだよ」

つまり、田端市内又は          
田端の地理に詳しい誰かが          
協力しているということだ。        
        
「前に、僕が犀星君を        
同期会に連れて行ったことがあっただろう。        
        
あの時、君は        
“龍之介君がいなくなってしまったら              
僕は迷いなく筆を折るだろうね”
と言っただろう?        
        
だから、僕に危害を加えるなんて
脅し文句を使って君の筆を折ろうと        
目論んだのかもしれない。        
        
ただ、その仮定でいくなら        
残念なことに僕の同期の中に        
協力者がいることになる……      
      
一番濃厚なのは、寛かもしれないね……」    
   
彼の家から田端まで五キロほどあるが、
そのくらい距離なら徒歩圏内だろう。  
  
「あの時、恭はからかいながらも
本当に僕と犀星君のことを
認めてくれていたし、  
久米君と松岡君は犀星君のファンだし、
佐野君の家からじゃ田端までは遠すぎる。  
  
そうすると、Y氏に協力できるのは
散歩好きの寛だけなんだ……」

だけど、友人で親友である  
寛が僕や犀星君を傷付けるようなことに
協力しているとは考えたくない……

「龍之介君、疑心暗鬼になりすぎだよ」

僕を抱き寄せて    
何度も口付けをしてくれた。    
    
「僕は龍之介君に口付けされると    
心が凪ぐんだけど、  
龍之介君は?少し落ち着いた?」    

「うん、ありがとう。 落ち着いた」

一度、深呼吸をした。

「こんな時にあれだけど、
膝枕してほしい」

「もちろん構わないよ、おいで」

座布団の上に正座してくれた
犀星君の膝に頭を乗せた。

「もし、もしも……寛が    
Y氏の協力者だったら、    
犀星君はどうする……?」  
  
なんとなく、犀星君の答えは予想できている。   
  
「仮に寛君がY氏に協力しているなら、
なにかしらの理由があるはずだし、  
まずは話をしたい」

本当に犀星君は優し過ぎる。  
  
「”話をしたい“とは犀星君らしいね……」

「直ぐに糾弾するより
話合いで解決できるなら
それが一番だからね……」

本当に犀星君らしい。

翌日、僕と犀星君は寛の家を訪ねることにした。
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