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その日から、時々一ノ瀬さんの部屋にお邪魔するようになった。最初に行ったときには掃除してくれていたらしくすぐ散らかる部屋を片付けるのを手伝ったり、二人で鍋を囲んだり。
「一ノ瀬さん、ちょっとアレなこと聞いてもいいですか」
「なんだよ、アレなことって」
二人で鍋に野菜を放り込んでいる最中、俺は意を決して尋ねた。
「俺のこと、どう思ってますか」
一ノ瀬さんの手が止まった。
「お前、ほんとに......」
「だって気になるじゃないですか! こっちは中学生の時から五年以上一ノ瀬さんのことが好きなんですよ!」
「確かに、そうか。悪い。うん、すぐに言うべきだったな」
改まったように箸と野菜を置いて一ノ瀬さんが言う。
「好きだ、お前のこと。本当はあの日会う前......画面越しでしか知らない時から気になってた。でも顔も知らないのに好きとか言っていいのかなとか色々考えて......あの日、お前に偶然会えて奇跡だと思った」
鍋が発する熱なのか、あるいは体内から発生している熱なのか、汗をかくほどに暑かった。一ノ瀬さんが「いらないことまで言ったな」と呟く。
「その、なんでとか、聞いてもいいですか。顔も知らない状態で好きになるなんて」
「別に......。ずっとファンでいてくれるって、ファン側が想像するより嬉しいもんだよ。コメントとかいつも真剣に考えて書いてくれて、俺の意図とかすごい汲んでくれて。俺のことわかってくれてるって、思った」
「嬉しいです」
消え入りそうな声でなんとかそれだけ答える。心臓が皮膚を突き破りそうだった。
変な雰囲気になってきた。俺は大袈裟な動きで鍋をかき混ぜた。が、一ノ瀬さんは逃がしてくれないらしい。
「お前はどうなんだよ」
「一ノ瀬さんを好きになるのに理由なんて無いでしょう。最初は曲のファンで、それから配信とか聞いて本人も好きだなと思うようになって......」
「うん、まぁ、知ってる。SNSに書いてたよな」
「んなっ」
一ノ瀬さんがニヤニヤ笑っているので軽く睨んで見せると、ごめんごめんと笑われた。
「なぁ、また俺に曲作ってほしい?」
「? もちろん」
「今作ってるよ」
「え、楽しみです!」
一ノ瀬さんが笑った。その笑顔がどうしてかひどく儚いものに見えてたじろぐ。
「シメはうどんと雑炊、どっちがいい。俺はうどんがいい」
まだ食べ始めてもいないのにもうシメの話をしている。
「俺もうどんがいいです」
その次に一ノ瀬さんの部屋に行ったのは掃除を手伝いに行った時だった。どうやったらこんなに散らかるのだろう。
「いやぁ、悪いな」
一ノ瀬さんは本当に申し訳なさそうに部屋中に散乱した本を本棚に入れて言った。この人には読み終わったら棚に戻すという習慣がないらしい。
「気にしないでください。俺、ゴミ集めてきますね」
「ああ、ありがとう」
ゴミ袋を一枚掴んで寝室に入る。一ノ瀬さんの寝室に自由に出入りできるようになる日が来るとは。昔の俺に行っても信じてもらえないどころか一笑に付されるだろう。感慨に浸りながらゴミ箱に手を伸ばす。実は俺は一ノ瀬さんの部屋を掃除するのが好きだった。なんだか一緒に住んでいるみたいで。
ゴミ箱の中身は山盛りな上に分別されていなかった。
やれやれと思いながらとりあえずペットボトルをゴミの中から取り出し、ラベルを剥がしていく。その拍子に近くにあった棚に腕をぶつけ、中からノートが落ちた。
「あ、やべ」
落ちた直接の原因は俺が腕をぶつけたことだろうが、隙間に無理矢理ノートを突っ込んだことにより半分出ている状態で放置している一ノ瀬さんにも原因はあると思う。そんなくだらないことを考えながらノートを拾い上げた。
「なんだこれ」
どこにでも売っているような大学ノートだった。しかし表紙に「死ぬまでにしたい100のこと」と書いてある。ちなみに、100の上から線が引かれて消されていた。書き始めたら100も無かったのだろうか。あるいは100を超えたか。
だいぶ前に流行ったドラマみたいだ。真似して書いたのだろうか。余命が短いわけでもないのに。
余命が短いわけでは、ないよな?
嫌な汗が背中を伝った。いや、そんなまさか。
他人のノートを勝手に見る趣味はない。俺はそのノートを再び本棚の隙間に無理矢理ねじ込み忘れることにした。
そのまた次に会ったとき、一ノ瀬さんは髪を切っていた。綺麗なクラゲカットだ。美容院は嫌いなのだと渋っていたのに。インナーカラーまで入っていてかっこいい。爪には明らかに自分でやったわけではないネイルが施されていた。
思うままに称賛すると、一ノ瀬さんは微笑む。
「新曲ができたんだ」
それは再び人前に出るということだろうか。だから身なりを整えたのか。
どちらにしろ楽しみだ。
なのに、どうして胸騒ぎがするのだろう。
水族館で感じたのと同じ不安にも似た感覚に襲われる。一ノ瀬さんがクラゲのように跡形もなく消え去ってしまうのではないかという恐怖。
それは単に一ノ瀬さんが儚い雰囲気を纏っているからかもしれない。しかし今日の一ノ瀬さんはいつもとどこか違って、それが俺を不安にさせた。どこが、と聞かれても困るのだが。
先日一ノ瀬さんの部屋で見つけたノートが頭の中をちらつく。
そっと手を伸ばして、一ノ瀬さんの手を掴む。一ノ瀬さんはふんわりと微笑んで俺を見た。見たことがないほど大人びた表情だった。
「一ノ瀬さん、ちょっとアレなこと聞いてもいいですか」
「なんだよ、アレなことって」
二人で鍋に野菜を放り込んでいる最中、俺は意を決して尋ねた。
「俺のこと、どう思ってますか」
一ノ瀬さんの手が止まった。
「お前、ほんとに......」
「だって気になるじゃないですか! こっちは中学生の時から五年以上一ノ瀬さんのことが好きなんですよ!」
「確かに、そうか。悪い。うん、すぐに言うべきだったな」
改まったように箸と野菜を置いて一ノ瀬さんが言う。
「好きだ、お前のこと。本当はあの日会う前......画面越しでしか知らない時から気になってた。でも顔も知らないのに好きとか言っていいのかなとか色々考えて......あの日、お前に偶然会えて奇跡だと思った」
鍋が発する熱なのか、あるいは体内から発生している熱なのか、汗をかくほどに暑かった。一ノ瀬さんが「いらないことまで言ったな」と呟く。
「その、なんでとか、聞いてもいいですか。顔も知らない状態で好きになるなんて」
「別に......。ずっとファンでいてくれるって、ファン側が想像するより嬉しいもんだよ。コメントとかいつも真剣に考えて書いてくれて、俺の意図とかすごい汲んでくれて。俺のことわかってくれてるって、思った」
「嬉しいです」
消え入りそうな声でなんとかそれだけ答える。心臓が皮膚を突き破りそうだった。
変な雰囲気になってきた。俺は大袈裟な動きで鍋をかき混ぜた。が、一ノ瀬さんは逃がしてくれないらしい。
「お前はどうなんだよ」
「一ノ瀬さんを好きになるのに理由なんて無いでしょう。最初は曲のファンで、それから配信とか聞いて本人も好きだなと思うようになって......」
「うん、まぁ、知ってる。SNSに書いてたよな」
「んなっ」
一ノ瀬さんがニヤニヤ笑っているので軽く睨んで見せると、ごめんごめんと笑われた。
「なぁ、また俺に曲作ってほしい?」
「? もちろん」
「今作ってるよ」
「え、楽しみです!」
一ノ瀬さんが笑った。その笑顔がどうしてかひどく儚いものに見えてたじろぐ。
「シメはうどんと雑炊、どっちがいい。俺はうどんがいい」
まだ食べ始めてもいないのにもうシメの話をしている。
「俺もうどんがいいです」
その次に一ノ瀬さんの部屋に行ったのは掃除を手伝いに行った時だった。どうやったらこんなに散らかるのだろう。
「いやぁ、悪いな」
一ノ瀬さんは本当に申し訳なさそうに部屋中に散乱した本を本棚に入れて言った。この人には読み終わったら棚に戻すという習慣がないらしい。
「気にしないでください。俺、ゴミ集めてきますね」
「ああ、ありがとう」
ゴミ袋を一枚掴んで寝室に入る。一ノ瀬さんの寝室に自由に出入りできるようになる日が来るとは。昔の俺に行っても信じてもらえないどころか一笑に付されるだろう。感慨に浸りながらゴミ箱に手を伸ばす。実は俺は一ノ瀬さんの部屋を掃除するのが好きだった。なんだか一緒に住んでいるみたいで。
ゴミ箱の中身は山盛りな上に分別されていなかった。
やれやれと思いながらとりあえずペットボトルをゴミの中から取り出し、ラベルを剥がしていく。その拍子に近くにあった棚に腕をぶつけ、中からノートが落ちた。
「あ、やべ」
落ちた直接の原因は俺が腕をぶつけたことだろうが、隙間に無理矢理ノートを突っ込んだことにより半分出ている状態で放置している一ノ瀬さんにも原因はあると思う。そんなくだらないことを考えながらノートを拾い上げた。
「なんだこれ」
どこにでも売っているような大学ノートだった。しかし表紙に「死ぬまでにしたい100のこと」と書いてある。ちなみに、100の上から線が引かれて消されていた。書き始めたら100も無かったのだろうか。あるいは100を超えたか。
だいぶ前に流行ったドラマみたいだ。真似して書いたのだろうか。余命が短いわけでもないのに。
余命が短いわけでは、ないよな?
嫌な汗が背中を伝った。いや、そんなまさか。
他人のノートを勝手に見る趣味はない。俺はそのノートを再び本棚の隙間に無理矢理ねじ込み忘れることにした。
そのまた次に会ったとき、一ノ瀬さんは髪を切っていた。綺麗なクラゲカットだ。美容院は嫌いなのだと渋っていたのに。インナーカラーまで入っていてかっこいい。爪には明らかに自分でやったわけではないネイルが施されていた。
思うままに称賛すると、一ノ瀬さんは微笑む。
「新曲ができたんだ」
それは再び人前に出るということだろうか。だから身なりを整えたのか。
どちらにしろ楽しみだ。
なのに、どうして胸騒ぎがするのだろう。
水族館で感じたのと同じ不安にも似た感覚に襲われる。一ノ瀬さんがクラゲのように跡形もなく消え去ってしまうのではないかという恐怖。
それは単に一ノ瀬さんが儚い雰囲気を纏っているからかもしれない。しかし今日の一ノ瀬さんはいつもとどこか違って、それが俺を不安にさせた。どこが、と聞かれても困るのだが。
先日一ノ瀬さんの部屋で見つけたノートが頭の中をちらつく。
そっと手を伸ばして、一ノ瀬さんの手を掴む。一ノ瀬さんはふんわりと微笑んで俺を見た。見たことがないほど大人びた表情だった。
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