星も見えぬほどに眩く

星川過世

文字の大きさ
11 / 11

最終話

しおりを挟む
 それから、一ノ瀬さんを精神科に連れて行った。
 帰りの道を歩きながら、前も一度だけ精神科にかかったことがあると話してくれた。しかし通院が必要だと言われたもののわざと予約をすっぽかしてそのまま行かなくなったのだとも。
 何故そんなことをしたのか尋ねたら当たり前のように「治さない方がいい曲が書けるでしょ」と返ってきた。
 「でもどっちにしろ、いい曲が書けなくなってきたんだよね。有名になって、売れて、お金も愛も充分もらって、そしたらみんなに求められてる暗い曲が書けなくなった。本当は才能なんて無くて、単に傷を晒したら受けただけなんだって、気づいちゃったの。だから最後はせめてそれっぽく飾ろうと思った」
 何も言えなかった。それは薄々、俺も勘付いていたことだったから。もちろん曲を作れるというのはそれだけで他の人には無い能力だ。しかしその能力に今の人気を伴わせたのは曲しかり本人の振る舞いしかり、彼が惜しむことなく傷だらけの姿を晒したからだろう。カズはある意味で自らの不幸を売りにしているようなところがあった。そしてそれが幸か不幸か、彼の実力以上の人気を呼び込んでしまった。活動休止直前の人気低迷がその証拠だった。
 彼はかさぶたを剥がし、傷を広げ、きっと時には自傷しながら曲を作っていたのだ。
 「こんなこと言っていいのか、わからないですけど」
 「うん?」
 「一ノ瀬さんが生きててくれて、良かった」
 もしかしたら一ノ瀬さんは、あそこで死んでしまえた方が幸せだったのかもしれないけれど。
 「俺、一ノ瀬さんのことが好きです。生きていてほしい、です」
 目の奥が熱い。でも俺より一ノ瀬さんの方が辛いだろうに、泣くわけにはいかない。
 「ごめんなさい。ただのわがままです。でも、俺は一ノ瀬さんに生きてほしい」
 一ノ瀬さんがいきなり立ち止まったので、慌てて俺も立ち止まる。
 「もう、前みたいな曲は作れなくても?」
 「はい。曲なんて作れなくてもいい。ただ生きていてくれればそれでいいんです」
 この言葉が、一ノ瀬さんの重荷になりはしないかと言いながら不安になってきた。
 一ノ瀬さんは嬉しいとも悲しいとも取れるような表情で俺を見ている。
 「俺の曲とか、不幸な生い立ちとか見てファンになったんじゃないの」
 「きっかけはそれです。でも今はカズ自身が、一ノ瀬さん自身が、好きなんです。曲が作れなくても、幸せになっても、俺たちを救ってくれたことには変わりないです」
 俺だけではないだろう。ファン仲間を思い浮かべる。元気にしててくれればそれでいいと言っていた友人を思い浮かべる。
 みんな同じことを言うはずだ。曲を作れなくても、もう二度と表舞台に姿を見せなくても、カズが生きていてくれたらそれだけで嬉しいと。幸せに生きてくれたら、もっと嬉しいと。
 しかし俺たちが、ファンが、知らぬ間に一ノ瀬さんを追い詰めていたのかもしれない。別に俺たちが悪いとかではなく、悲しい巡り合わせだ。一ノ瀬さんに救ってもらったのに、俺たちは追い詰めることしかできなかった。
 「ごめんなさい、一ノ瀬さん」
 追い詰めて、あるいは生きてほしいだなんて言って。
 「なんで謝るんだよ」
 一ノ瀬さんが、くしゃりと俺の頭を撫でた。
 「ありがとな」
 一ノ瀬さんが空を見上げる。俺もつられて見上げていた。東京の夜は明るすぎて星も碌に見えない。
 「初めて会ったあの日、あの日に本当は死ぬつもりだった。でもお前をたまたま見つけて、これは奇跡だと思った。それで、どうせ死ぬなら恋愛をしてからにしようって思ったんだ。今までしたことなかったけど、興味はあったから」
 一ノ瀬さんの「死ぬまでにしたいこと」ノートを思い出す。あそこに恋をする、と書いたのだろうか。それとも水族館でクラゲを見るとか巨大パフェを食べるとか書いたのだろうか。
 「お前に二回も生かされた」
 「すみません」
 「だからなんで謝るんだよ。......大丈夫、元から本気で死ぬつもりじゃなかったし。幸せになっちゃうと死ぬ勇気も出ないもんだね」
 「今、幸せですか?」
 「んー、まぁまぁ」
 「じゃあ、俺と幸せになりましょう」
 それが今俺にできる精一杯だった。
 「え、何それプロポーズ!?」
 「ち、ちがいますよ! それは俺が就職してからもっとちゃんと......」
 幸せにしてしまったから、幸せにしよう。
 星も見えない夜空の下でそれでも楽しそうに笑う一ノ瀬さんを見て、俺はそう思った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

この胸の高鳴りは・・・

暁エネル
BL
電車に乗りいつも通り大学へと向かう途中 気になる人と出会う男性なのか女性なのかわからないまま 電車を降りその人をなぜか追いかけてしまった 初めての出来事に驚き その人に声をかけ自分のした事に 優しく笑うその人に今まで経験した事のない感情が・・・

Fromのないラブレター

すずかけあおい
BL
『好きです。あなたをいつも見てます。ずっと好きでした。つき合ってください。』 唯のもとに届いた差出人のない手紙には、パソコンの文字でそう書かれていた。 いつも、ずっと――昔から仲がよくて近しい人で思い当たるのは、隣家に住む幼馴染の三兄弟。 まさか、三兄弟の誰かからのラブレター!? *外部サイトでも同作品を投稿しています。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

ラピスラズリの福音

東雲
BL
*異世界ファンタジーBL* 特別な世界観も、特殊な設定も、壮大な何かもありません。 幼馴染みの二人が遠回りをしながら、相思相愛の果てに結ばれるお話です。 金髪碧眼美形攻め×純朴一途筋肉受け 息をするように体の大きい子受けです。 珍しく年齢制限のないお話ですが、いつもの如く己の『好き』と性癖をたんと詰め込みました!

出来損ないの花嫁は湯の神と熱い恋をする

舞々
BL
凪が生まれ育った湯滝村は、温泉地として栄えた地域だ。凪は湯滝村で一番老舗とされている温泉宿、「椿屋」の一人息子。幼い頃から両親の手伝いをして、椿屋を支えている。そんな湯滝村にある湯花神社には、湯の神「湯玄」が祀られ、村人たちから信仰されてきた。 湯滝村には湯玄に花嫁を捧げるという風習ある。湯玄は花嫁から生気を貰い、湯滝村に温泉をもたらすのだ。凪は自ら志願し、花嫁となって湯滝神社へと出向いたが「子供には用がない」と追い返されてしまった。村に戻った凪は「出来損ないの花嫁」と村人たちから後ろ指をさされ、次第に湯玄を恨むようになる。 凪が十七歳になり、美しい青年へと成長した頃、湯玄より「もう一度凪を花嫁として捧げよ」という申し渡しがあった。しかし凪は、湯玄からの申し渡しを受け入れることができずにいる。そんな凪に痺れを切らした湯玄は、椿屋に押しかけてきてしまったのだった。 湯玄が椿屋に来てからというもの、貧乏神、アカシャグマ、商売繁盛の神に五穀豊穣の神……色々な神が椿屋を訪れるようになる。椿屋を訪れる神々は実に個性豊かで、椿屋は次第に以前のような活気を取り戻していく。 はじめのうちは突然椿屋にやってきた湯玄に反発していた凪。しかし、強引に迫ってくるだけではなく、自分を溺愛してくる湯玄に少しずつ心を許し、二人の距離は次第に縮まっていく。 出来損ないの花嫁凪と、温泉の神湯玄。そして八百万の神々が送る温泉宿物語。

ダブルパーソナリティ

ユーリ
BL
「おやすみ、菜乃。また明日」 両腕を失った菜乃は義手と共に心身を療養させるためにサナトリウムにいた。そこに書類上の夫が現れ「本当の夫婦になりたい」と言ってきてーー初めて顔を合わせるふたりは、少しずつ距離を縮めてゆく。

青い炎

瑞原唯子
BL
今日、僕は同時にふたつの失恋をした——。 もともと叶うことのない想いだった。 にもかかわらず、胸の内で静かな激情の炎を燃やし続けてきた。 これからもこの想いを燻らせていくのだろう。 仲睦まじい二人を誰よりも近くで見守りながら。

処理中です...