紫の蛹

星川過世

文字の大きさ
4 / 17

しおりを挟む
 結局昼食は食べ損ねた。頭は先ほどの光景と失態でいっぱいだ。そのせいか帰るまで俺は何を話しかけられても要領を得ない返事しかできず、思いがけず体育の時間のことについての質問攻めを回避していた。
 しかし信じがたい出来事というのは起こるときは連続で起きるらしい。

 俺が帰りの支度をしていると、教室がやけにざわつき始めた。何の気なしに顔を上げ、俺は絶句することになる。
 「あ、春川君」
 普段ほとんど変わらない表情がわずかに綻ぶ。更に騒めきが起きた。
 「え......あ、俺?」
 「うん。よかったら、連絡先交換してくれない?」
 教室中の視線が氷室から俺に移る。
 「あ、あー。いいけど」
 いいけど、何故。もしかして脅される?
 「氷室君って、春川と仲いいの?」
 鮫島がさりげなく聞く。
 「いや、まだ。僕が仲良くなりたいって、勝手に思ってるだけ」
 「じゃ、駅まで一緒に帰ったらどうかな」
 「は!?」
 「え」
 鮫島の無責任極まりない発言に、俺と氷室が同時に声をあげた。
 「いい?春川君」
 「えっと......」
 無言で今日一緒に帰る予定だった奴らに助けを求めるも、何がグッジョブなのか親指を立てられて終わった。絶対面白がってるだろ。

 まあ別に、大丈夫か。多分。どうせ脅されるのなら、タイミングなど些末な問題だし。既にこれほど目立っているのだから今更人目を気にすることもないし。
 「いいよ」
 俺の言葉に氷室が柔らかく微笑み、誰かの叫ぶ声が聞こえた。氷室は大して気にした風もなく、「じゃあ、帰ろう」とさりげなく俺の手首を掴む。
 半ば引きずられるように教室を出、廊下を突き進み、下駄箱を通過する。何度か「氷室」とこそこそ口にする声が聞こえた。氷室は目もくれない。靴を履き替えるタイミングを除き、校門をくぐるまで氷室は手を離さなかった。

 「急にごめんね。なんか用事とか、大丈夫だった?」
 氷室が人懐っこそうな顔をこちらに向ける。もともとのクールな孤高の人というイメージとも、今日体育倉庫で見てしまった姿とも上手く重ならない。
 前者はよく知らない他人のイメージなのだから、よくあることだ。後者は......見間違いだったということは、ないだろうか。
 というかそうであってほしい。あれが見知らぬ人なら良かった。あんなところであんなことをしていたあいつらが一番ヤバいが、覗いた上にそれで抜いていた俺も相当ヤバい。

 「別に、なんも」
 「よかった。家はどの辺なの?」
 「えっと」
 少しためらったが、正直に最寄り駅を教えた。
 「え、僕の最寄りその一個前の駅だよ。よかったら寄っていく? 親居ないし。お茶くらいなら出すよ!」
 「えっ」
 出会って一日の人間を家に呼ぶか普通。それとも人目のある場所では出来ない話がある......あるな、確実に。
 「昼休みの、話か?」
 他の人が聞いても何の話かわからないだろうが、一応声を落として尋ねた。
 「そうだよ。君にも悪い話じゃない」
 氷室は今日見たどれとも違う笑い方をした。なんかちょっと、かっこいいな......などと思いかけて首を大きく振る。
 「わかった。お邪魔する。コンビニ寄っていいか?」
 「いいよ」
 笑顔は、先ほどの人懐っこそうなものに戻っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

新生活始まりました

たかさき
BL
コンビニで出会った金髪不良にいきなり家に押しかけられた平凡の話。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

未完成な僕たちの鼓動の色

水飴さらさ
BL
由人は、気が弱い恥ずかしがり屋の162cmの高校3年生。 今日も大人しく控えめに生きていく。 同じクラスになった学校でも人気者の久場くんはそんな由人に毎日「おはよう」と、挨拶をしてくれる。 嬉しいのに恥ずかしくて、挨拶も返せない由人に久場くんはいつも優しい。 由人にとって久場くんは遠く憧れの存在。 体育の時間、足を痛めた由人がほっとけない久場くん。 保健室で2人きりになり…… だいぶんじれじれが続きます。 キスや、体に触れる描写が含まれる甘いエピソードには※をつけてます。 素敵な作品が数多くある中、由人と久場くんのお話を読んで頂いてありがとうございます。 少しでも皆さんを癒すことができれば幸いです。 2025.0808

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

【完結】観察者、愛されて壊される。

Y(ワイ)
BL
一途な同室者【針崎澪】×スキャンダル大好き性悪新聞部員【垣根孝】 利害一致で始めた″擬装カップル″。友人以上恋人未満の2人の関係は、垣根孝が澪以外の人間に関心を持ったことで破綻していく。 ※この作品は単体でも読めますが、 本編「腹黒王子と俺が″擬装カップル″を演じることになりました」(腹黒完璧風紀委員長【天瀬晴人】×不憫な隠れ腐男子【根津美咲】)のスピンオフになります。 **** 【あらすじ】 「やあやあ、どうもどうも。針崎澪くん、で合ってるよね?」 「君って、面白いね。この学園に染まってない感じ」 「告白とか面倒だろ? 恋人がいれば、そういうの減るよ。俺と“擬装カップル”やらない?」 軽い声音に、無遠慮な笑顔。 癖のあるパーマがかかった茶色の前髪を適当に撫でつけて、猫背気味に荷物を下ろすその仕草は、どこか“舞台役者”めいていた。 ″胡散臭い男″それが垣根孝に対する、第一印象だった。 「大丈夫、俺も君に本気になんかならないから。逆に好都合じゃない? 恋愛沙汰を避けるための盾ってことでさ」 「恋人ってことにしとけば、告白とかー、絡まれるのとかー、無くなりはしなくても多少は減るでしょ? 俺もああいうの、面倒だからさ。で、君は、目立ってるし、噂もすぐ立つと思う。だから、ね」 「安心して。俺は君に本気になんかならないよ。むしろ都合がいいでしょ、お互いに」 軽薄で胡散臭い男、垣根孝は人の行動や感情を観察するのが大好きだった。 学園の恋愛事情を避けるため、″擬装カップル″として利害が一致していたはずの2人。 しかし垣根が根津美咲に固執したことをきっかけに、2人の関係は破綻していく。 執着と所有欲が表面化した針崎 澪。 逃げ出した孝を、徹底的に追い詰め、捕まえ、管理する。 拒絶、抵抗、絶望、諦め——そして、麻痺。 壊されて、従って、愛してしまった。 これは、「支配」と「観察」から始まった、因果応報な男の末路。 【青春BLカップ投稿作品】

処理中です...