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第四章 夜間飛行
第四章 第二幕
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***
その日の夜。
星達がささめく下で、ルティカはテレアの墓の前に座り、ぼんやりと昔の事を思い出していた。
初めて空を飛んだ時の記憶。
鴻鵠士になると宣言をした時の記憶。
そして、父親の記憶。
それらの記憶が一周した後に、昼間のベートの台詞が再び巡って来る。
『所詮はもう死んじゃった人間じゃないか!』
その言葉に、胸が抉られる。
『その娘がこの程度だろ!』
まるで心臓に、ナイフを突き立てられたように……。
『どれだけ強かったって言っても、その娘が0ポイントのヘボ鴻鵠士じゃ、実力を疑われても仕方ないじゃないか!』
そんな言葉を吐き散らかすベートに、言い返してやりたい悪態なんてそれこそ星の数程ある。だけど、そんな事をしても何にもならない事は、ルティカが一番分かっていた。
ルティカは右手を伸ばし、墓に彫られたテレアの名前にそっと触れた。
あの日、ガイゼルに誓った決意を、ルティカは立派に現実のものにした。だけれど、ルティカはプロの鴻鵠士となってから、ただの一度も勝利していない。それはもしかしたら、ルティカが最初に鴻鵠士を志した理由が、『ただ自由に空を飛びたかった』と言う程度のものだからなのかもしれない。
レースで勝利したい。
名声を得たい。
多額の賞金を手に入れたい。
鴻鵠士なら誰もが描くであろうそんな願望をルティカは、どこかに置き去りにしてきてしまったのかもしれない。バラクアにどんな悪態を吐いたとしても、今日のレースは勝てると嘯いてみても、心の奥底では結局、空が飛べればそれでいいと言う部分から、抜け出せずにいるのかもしれない。
だが今日のベートの言葉は、いつもの虚勢だけでは逃れられない。
自分が心から愛した父親が、結局は自分の怠惰のせいで、侮辱されたのだ。
もしもあの時、アレツに会いに行ったのが、一年目からレースで何勝も挙げている鴻鵠士だったならば、ベートはあんな言い方をしなかっただろう。
ベートのあの暴言の根源は、アレツさんと親しげに話した事への嫉妬だろう。恐らく本心では無く、頭に血がり、思わず発してしまったのだろう事までは理解が及ぶ。
それが分からない程、ルティカはもう子供では無い。だからと言ってそれを笑い飛ばせる程、残念ながら大人でも無かった。
「くそっ! 何なのよあいつ!」
行き場の無い怒りを、結局は再びベートに向けざるを得なかった。あの小憎らしい顔を思い浮かべながら、ルティカは強く地面を殴った。
その時、ふと後ろから草を踏むながら近づいて来る音が聞こえてきた。
ルティカが一度目元を拭って振り向くと、そこには夜空をバックにした大きな影があった。
「……バラクア?」
バラクアは口に銜えてきたものをルティカの頭の上へ落とした。
「いたっ。何なのよ、ったく」
頭をさすりながらルティカが拾い上げたそれは、ネイバーだった。
耳にはめると、バラクアの声が聞こえる。
「風邪でもひかれると迷惑なんだが?」
いつもと変わらずにそんな事を言うバラクアに、ルティカは苛立ちを隠さない。
「何よそれ? あんた、わざわざそんな事言いに来たの?」
「いや、どんな顔で泣いてるか見に来た」
「泣いてる? 誰が泣いてるってのよ?」
「予想が外れたか。じゃあ、言い直そう。どんな顔で凹んでるか、見に来た」
ルティカはバラクアの顔を睨みつけるが、すぐに背中を向け、再びテレアの墓へと体の向きを戻した。
「こういう時は、普通慰めに来るもんでしょ? 凹んだ顔見に来たとか、趣味悪い……」
力無く呟くルティカの声に返すように、バラクアは一声、ヒョロロロと小さく鳴いた。
「今夜はいい月夜だな。どうだ? ちょっと飛ばないか?」
「夜間飛行は禁止されてるでしょうが。もし見つかったらどうすんのよ?」
「ちょっとくらいなら大丈夫だろ。まぁ、お前が乗らなくても、俺は勝手に飛ばせてもらうからな」
そう言うとバラクアは、畳んでいた翼を大きく広げた。コバルトブルーの翼が、闇夜に溶けていく。バラクアが浮かび上がろうと、一度羽ばたいた時、ルティカが呼び止めた。
「ちょっと待ちなさいよ! 契約してる鴻鵠に、勝手に飛ばれちゃ困るのよ……。全くもう、しょうがないから、一緒に飛んであげるわ」
その日の夜。
星達がささめく下で、ルティカはテレアの墓の前に座り、ぼんやりと昔の事を思い出していた。
初めて空を飛んだ時の記憶。
鴻鵠士になると宣言をした時の記憶。
そして、父親の記憶。
それらの記憶が一周した後に、昼間のベートの台詞が再び巡って来る。
『所詮はもう死んじゃった人間じゃないか!』
その言葉に、胸が抉られる。
『その娘がこの程度だろ!』
まるで心臓に、ナイフを突き立てられたように……。
『どれだけ強かったって言っても、その娘が0ポイントのヘボ鴻鵠士じゃ、実力を疑われても仕方ないじゃないか!』
そんな言葉を吐き散らかすベートに、言い返してやりたい悪態なんてそれこそ星の数程ある。だけど、そんな事をしても何にもならない事は、ルティカが一番分かっていた。
ルティカは右手を伸ばし、墓に彫られたテレアの名前にそっと触れた。
あの日、ガイゼルに誓った決意を、ルティカは立派に現実のものにした。だけれど、ルティカはプロの鴻鵠士となってから、ただの一度も勝利していない。それはもしかしたら、ルティカが最初に鴻鵠士を志した理由が、『ただ自由に空を飛びたかった』と言う程度のものだからなのかもしれない。
レースで勝利したい。
名声を得たい。
多額の賞金を手に入れたい。
鴻鵠士なら誰もが描くであろうそんな願望をルティカは、どこかに置き去りにしてきてしまったのかもしれない。バラクアにどんな悪態を吐いたとしても、今日のレースは勝てると嘯いてみても、心の奥底では結局、空が飛べればそれでいいと言う部分から、抜け出せずにいるのかもしれない。
だが今日のベートの言葉は、いつもの虚勢だけでは逃れられない。
自分が心から愛した父親が、結局は自分の怠惰のせいで、侮辱されたのだ。
もしもあの時、アレツに会いに行ったのが、一年目からレースで何勝も挙げている鴻鵠士だったならば、ベートはあんな言い方をしなかっただろう。
ベートのあの暴言の根源は、アレツさんと親しげに話した事への嫉妬だろう。恐らく本心では無く、頭に血がり、思わず発してしまったのだろう事までは理解が及ぶ。
それが分からない程、ルティカはもう子供では無い。だからと言ってそれを笑い飛ばせる程、残念ながら大人でも無かった。
「くそっ! 何なのよあいつ!」
行き場の無い怒りを、結局は再びベートに向けざるを得なかった。あの小憎らしい顔を思い浮かべながら、ルティカは強く地面を殴った。
その時、ふと後ろから草を踏むながら近づいて来る音が聞こえてきた。
ルティカが一度目元を拭って振り向くと、そこには夜空をバックにした大きな影があった。
「……バラクア?」
バラクアは口に銜えてきたものをルティカの頭の上へ落とした。
「いたっ。何なのよ、ったく」
頭をさすりながらルティカが拾い上げたそれは、ネイバーだった。
耳にはめると、バラクアの声が聞こえる。
「風邪でもひかれると迷惑なんだが?」
いつもと変わらずにそんな事を言うバラクアに、ルティカは苛立ちを隠さない。
「何よそれ? あんた、わざわざそんな事言いに来たの?」
「いや、どんな顔で泣いてるか見に来た」
「泣いてる? 誰が泣いてるってのよ?」
「予想が外れたか。じゃあ、言い直そう。どんな顔で凹んでるか、見に来た」
ルティカはバラクアの顔を睨みつけるが、すぐに背中を向け、再びテレアの墓へと体の向きを戻した。
「こういう時は、普通慰めに来るもんでしょ? 凹んだ顔見に来たとか、趣味悪い……」
力無く呟くルティカの声に返すように、バラクアは一声、ヒョロロロと小さく鳴いた。
「今夜はいい月夜だな。どうだ? ちょっと飛ばないか?」
「夜間飛行は禁止されてるでしょうが。もし見つかったらどうすんのよ?」
「ちょっとくらいなら大丈夫だろ。まぁ、お前が乗らなくても、俺は勝手に飛ばせてもらうからな」
そう言うとバラクアは、畳んでいた翼を大きく広げた。コバルトブルーの翼が、闇夜に溶けていく。バラクアが浮かび上がろうと、一度羽ばたいた時、ルティカが呼び止めた。
「ちょっと待ちなさいよ! 契約してる鴻鵠に、勝手に飛ばれちゃ困るのよ……。全くもう、しょうがないから、一緒に飛んであげるわ」
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