江戸の味、極めし者

にゃんころ魔人

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第27話:広島の牡蠣、芽生える心と新たな出会い

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広島の港町、春の陽射しが瀬戸内海を穏やかに照らす朝。佐藤宗次こと佐久間宗太郎は、下関での沙羅との対話を終え、広島の市場に足を踏み入れた。

九州を巡り、中国地方へ旅を進めた宗太郎は、博多を拠点に各地で評を広め、偽名を使い江戸での暗殺未遂を逃れていた。山口で弟子・太郎が刺客・鉄蔵に命を奪われ、沙羅の協力で藤十郎の暗殺計画が一旦中止となった。黒崎藤十郎と松葉屋の藤兵衛の陰謀が遠くで響きつつ、宗太郎は新たな味を探求する旅を続ける。


市場は牡蠣の磯の香りと新鮮な魚介の匂いで賑わう。漁師たちが瀬戸内の恵みを並べ、商人や旅人で活気が溢れる。宗太郎は市場を歩きながら、沙羅のことを気にかけていた。沙羅が藤十郎に立ち向かう決意を示したものの、藤十郎の監視が続く可能性を案じていた。


「沙羅…そなたは本当に藤十郎を抑えられるのか。太郎の死を無駄にせぬよう、俺も前に進む。」


宗太郎は呟き、市場の奥へ進んだ。すると、古びた暖簾が目に止まった。暖簾には「瀬戸」と書かれ、風に揺れる姿がどこか懐かしさを誘う。宗太郎は暖簾をくぐり、店内へ入った。


店内は木の香りが漂い、静かな雰囲気が広がる。カウンターの向こうには、17歳の優しそうな若い女性店員が立っていた。彼女は宗太郎を見ると、穏やかな笑顔で迎え入れた。


「いらっしゃいませ。お一人様ですね。ようこそ、瀬戸へ。」


宗太郎はカウンターに腰を下ろし、女性店員に目を向けた。彼女は名を鮎子といい、広島の漁師の娘だった。鮎子は宗太郎の顔をじっと見て、目を輝かせた。


「もしかして…佐藤宗次さんですか? 九州で評を書いてる方ですよね! 父から聞いてます。博多や下関で有名な…。」


宗太郎は少し驚きつつ、頷いた。


「その通りだ。俺は佐藤宗次。そなた、よく知っているな。」


鮎子は嬉しそうに笑い、店の奥へ向かって声をかけた。


「父さん! 宗次さんが来たよ! ほら、前に話してた評の名人!」


奥から40代の亭主、辰五郎が現れた。辰五郎は漁師上がりの店主で、広島の牡蠣料理で評判を築いてきた男だ。彼は宗太郎を見て、深く頭を下げた。


「宗次殿…ようこそ、瀬戸へ。俺は辰五郎だ。そなたの評は、九州の漁師仲間から聞いておる。下関の太郎殿のことも…聞いた。心から悔やむよ。」


宗太郎は辰五郎の言葉に目を伏せ、静かに答えた。


「辰五郎殿、礼を言う。太郎の死は俺の心に深い傷を残した。だが、俺は旅を続ける。広島の味を評し、太郎の志を継ぐつもりだ。」


辰五郎は頷き、鮎子に指示を出した。


「鮎子、宗次殿に牡蠣の焼き物と、牡蠣の鍋を出せ。うちの自慢の味を味わってもらう。」


鮎子は笑顔で頷き、調理を始めた。宗太郎は店内を見回し、木の温もりと海の香りに心を落ち着けた。だが、鮎子の笑顔が目に留まり、なぜか胸が温かくなった。彼女の優しい声と手際の良さに、宗太郎は無意識に目を奪われた。



鮎子が運んできたのは、牡蠣の焼き物と牡蠣の鍋だった。  
牡蠣の焼き物は、瀬戸内の牡蠣が炭火で輝き、塩と柚子が香る。  
牡蠣の鍋は、牡蠣の出汁に野菜が溶け、味噌が温かく香る。  


宗太郎はまず焼き物を手に取り、香りを嗅いだ。牡蠣の磯の香りが、柚子の清涼感と混じる。一口味わい、目を閉じた。


舌が喜んだ。
牡蠣の濃厚な旨味が、塩と柚子で引き立つ。宗太郎は心の中で評を紡いだ。


「この牡蠣の焼き物、広島の海の鼓動だ。柚子の風が、瀬戸内の恵みを際立たせる。」


次に牡蠣の鍋を味わう。牡蠣の出汁が野菜と味噌に溶け、深い味わいが広がる。


「この牡蠣の鍋は、広島の海と大地の歌だ。味噌の温もりが、牡蠣の心を煮込む。」


宗太郎は筆を取り、久しぶりに評を書いた。


瀬戸の牡蠣、広島の魂を味わう一品。焼き物は柚子が効き、海の鼓動を刻む。鍋は味噌が温かく、瀬戸内の恵みを煮込む。弟子・太郎の死を乗り越え、広島の海と人への敬意を込めた。


評を書き終えた宗太郎は、辰五郎と鮎子に見せた。鮎子は目を輝かせ、辰五郎は満足そうに頷いた。


「宗次殿、うちの牡蠣をそう評してくれるとは…ありがたい。太郎殿も、この評を喜ぶだろう。」


宗太郎は太郎の名を聞き、目を伏せた。


「太郎…この評はお前に捧げる。そなたの笑顔が、俺の筆を支える。」


鮎子は宗太郎の言葉に心を動かされ、優しく声をかけた。


「宗次さん、太郎殿のことは辛いでしょう。でも、そなたの評はすごく温かいよ。広島にいても、そなたの旅が伝わる。」


宗太郎は鮎子の言葉に目を上げ、彼女の優しい瞳に心を奪われた。初めて感じる感情が胸を満たし、宗太郎は戸惑いながらも微笑んだ。


「鮎子…そなたの言葉、感謝する。広島の海が、俺に新たな力をくれるようだ。」


その夜、宗太郎は宿で鮎子の笑顔を思い出し、眠れなかった。沙羅への心配は薄れ、広島での出会いが心を占め始めた。宗太郎は、広島にしばらく留まることを決めた。

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