28 / 54
第28話:広島の牡蠣、深まる愛と旅の約束
しおりを挟む広島の港町、春の陽射しが瀬戸内海を穏やかに照らす昼下がり。佐藤宗次こと佐久間宗太郎は、広島の市場で出会った「瀬戸」に再び足を運んでいた。九州を巡り、中国地方へ旅を進めた宗太郎は、博多を拠点に各地で評を広め、偽名を使い江戸での暗殺未遂を逃れていた。山口で弟子・太郎が刺客に命を奪われ、沙羅の協力で藤十郎の暗殺計画が一旦中止となったが、黒崎藤十郎と松葉屋の藤兵衛の陰謀は遠くで響き続けていた。前日、宗太郎は「瀬戸」で店主・辰五郎とその娘・鮎子に出会い、広島の牡蠣を味わった。その時、17歳の鮎子の優しい笑顔に一目惚れし、心が揺れ動いていた。
市場を歩く宗太郎の足は、自然と「瀬戸」へ向かっていた。沙羅への心配は薄れ、鮎子の笑顔が頭から離れない。宗太郎は自問した。
(俺は旅の身だ。愛など、俺には無縁のはず…。だが、鮎子の笑顔が、俺の心を温める…。)
「瀬戸」の暖簾をくぐると、鮎子がカウンターで客を迎えていた。宗太郎を見つけると、彼女は目を輝かせて笑った。
「宗次さん! また来てくれた! 昨日、父さんが宗次さんの評を読んで、すごく喜んでたよ!」
宗太郎は鮎子の笑顔に胸が高鳴り、カウンターに腰を下ろした。
「鮎子、そなたの笑顔が俺を呼び寄せたようだ。今日は辰五郎殿の新たな牡蠣料理を味わいに来た。」
鮎子は頷き、奥へ声をかけた。
「父さん、宗次さんがまた来てくれた! 新しい牡蠣料理を出すよ!」
辰五郎が現れ、宗太郎に笑顔を見せた。
「宗次殿、ようこそ。昨日は評をありがとう。今日はうちの試作、牡蠣の蒸し物を味わってくれ。」
鮎子が運んできたのは、牡蠣の蒸し物だった。
牡蠣の蒸し物は、瀬戸内の牡蠣が酒と生姜で蒸され、葱が香る。
宗太郎は蒸し物の香りを嗅ぎ、一口味わった。牡蠣の濃厚な旨味が、生姜の清涼感と酒の風味に溶ける。宗太郎は目を閉じ、評を紡いだ。
「この牡蠣の蒸し物、広島の海の深さだ。生姜と酒が、瀬戸内の恵みを蒸し上げる。」
宗太郎は筆を取り、評を書いた。
瀬戸の牡蠣、広島の海の深みを味わう。蒸し物は生姜と酒が効き、瀬戸内の恵みを蒸し上げる。広島の温もりに、弟子・太郎の笑顔が重なる。
評を見た鮎子は手を叩き、辰五郎も満足そうに頷いた。宗太郎は鮎子を見つめ、胸の高鳴りを抑えきれなかった。彼女の純粋な笑顔が、太郎の死で冷えた心を溶かしていた。
夕方、店が落ち着いた頃、宗太郎は鮎子を店の外に呼び出した。瀬戸内海の夕陽が海を赤く染める中、宗太郎は意を決して言った。
「鮎子、そなたに伝えたいことがある。俺は昨日、そなたに一目惚れした。旅を続ける身だが、そなたの笑顔が俺の心を離さぬ。」
鮎子は目を丸くし、頬を赤らめた。
「宗次さん…そんなこと、初めて言われた…。私も、宗次さんが来てくれて嬉しいよ。でも…。」
宗太郎は真剣な目で続けた。
「俺は全国各地を旅し、味を評する。結納の条件として、俺に着いてきてほしい。だが、旅には危険がつきものだ。命の保証はできぬ。…それでも、そなたと共に行きたい。」
鮎子は宗太郎の言葉に戸惑い、目を伏せた。
「宗次さん…そんな大事なこと、急に言われても…。旅に着いていくなんて、私には想像もできない。でも、宗次さんがそう思ってくれるのは…嬉しい。」
鮎子は困惑したまま、店内に戻り、辰五郎に相談した。
「父さん、宗次さんが…私に旅に着いてきてほしいって。結納の条件だって言うの。でも、命の保証はできないって…。私、どうすればいい?」
辰五郎は娘の言葉に驚きつつ、静かに答えた。
「鮎子、宗次殿は旅の評名人だ。危険な道を歩んできた男だ。そなたがその旅に着いていく覚悟があるなら、俺は反対せん。だが、命の保証がない旅だ。よく考えるんだ。」
鮎子は頷き、胸に手を当てて考え込んだ。宗太郎の真剣な目と、旅への情熱が心に響いていた。だが、命の危険を伴う旅に、17歳の彼女はまだ答えを出せなかった。
宗太郎は「瀬戸」の外で夕陽を見つめ、鮎子の答えを待った。彼女の戸惑いを感じつつも、初めて芽生えた愛情に心が震えていた。
「鮎子…俺はそなたを危険に晒したくない。だが、そなたと共に見る味が、俺の評を新たにする気がする。」
その夜、宗太郎は宿で鮎子の答えを待ちながら、広島にしばらく留まることを決めた。沙羅や藤十郎の動向は遠くに感じつつ、鮎子との未来を初めて夢見た。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる