桜の残響

にゃんころ魔人

文字の大きさ
4 / 5

第4話 刹那の永遠

しおりを挟む

佐藤悠斗は、現代の東京で目覚めた後も、胸の空白を抱えていた。2025年5月12日、路地裏の神社で石灯籠に触れたが、何も起こらない。江戸での記憶は断片的で、さくらという名の女性の笑顔だけが脳裏に焼き付いていた。だが、彼女が誰なのか、どうしてこんな感情が残るのか、わからない。悠斗は仕事に戻りながらも、毎夜、桜の夢を見た。薄桃色の着物姿の女性が「悠斗殿」と呼び、桜の木の下で微笑む。目覚めるたびに、涙が頬を濡らしていた。

ある夜、悠斗は再び神社へ足を運んだ。灯籠に手を置き、目を閉じた。すると、再び眩い光が彼を包み込んだ。目を開けると、そこは享保年間の江戸だった。木造の家々、桜の花びらが舞う町並み。悠斗は自分が再びタイムループしたことを悟った。さくらの家へ急ぐと、彼女が庭で洗濯物を干していた。

「悠斗殿! どこへ行っておったのじゃ!? 急に姿を消して…!」  
さくらは涙目で悠斗に抱きついた。彼女の温もりに、悠斗の記憶が一気に蘇った。奉行所での仕事、桜の木の下での約束、さくらとの愛。すべてが鮮明に戻ってきた。  
「ごめん、さくら。俺…ちょっと遠くへ行ってた。でも、もう大丈夫だ。」  
悠斗はさくらを抱きしめ、彼女の涙を拭った。さくらは頷き、笑顔を見せた。  
「そなたが戻ってきてくれて、よかった…。父上も心配しておったのじゃ。」  

その日から、悠斗は再び奉行所での生活に戻った。庄左衛門は悠斗の突然の失踪に不審を抱いたが、さくらの説得で彼を受け入れた。仕事は順調で、結婚の話も具体的に進み始めた。さくらは、町の呉服屋で新しい着物を選び、悠斗と一緒に未来を夢見た。  
「悠斗殿、この着物、婚礼の時に着ようと思うのじゃ。どうじゃ?」  
薄桃色に桜の模様が刺繍された着物を見せられ、悠斗は微笑んだ。  
「すごく似合うよ。さくら、綺麗だ。」  
さくらは照れ笑いを浮かべ、悠斗の手を握った。二人の時間は、まるで永遠に続くかのように穏やかだった。

しかし、幸せな日々は長く続かなかった。ある夜、さくらと桜の木の下で月を見ていると、視界が再び揺れた。今度は、これまでで最も激しい歪みだった。悠斗はさくらにしがみつき、必死で抵抗した。  
「さくら、離さない…! 絶対に…!」  
「悠斗殿、そなた…! どうしたのじゃ!?」  
さくらの声が遠ざかり、視界が白く染まった。悠斗の手から、さくらの温もりが消えた。次の瞬間、彼は再び現代の神社に立っていた。

2025年5月13日。スーツ姿の悠斗は、膝をついて地面を見つめた。江戸での記憶が、完全に消えていた。さくらの笑顔、彼女との約束、桜の木の下での愛。すべてが霧のように消え去り、胸に空いた空白だけが残った。  
「…誰だっけ…。なんで、こんなに…悲しいんだ…?」  
悠斗は涙を流しながら、理由もわからず嗚咽した。石灯籠に触れても、もう何も起こらない。タイムループは終わったのだ。

数日後、悠斗は古書店で享保年間の記録を見つけた。そこには、「さくら」という名の女性が、町奉行所の書庫で働き、「異邦の男」と恋に落ちたが、彼が突然消え、彼女が桜の木の下で生涯独身を貫いたと記されていた。悠斗は、なぜかその記述に胸を締め付けられた。さくらの名に、心の奥が疼いた。  
「さくら…。俺、知ってる…? いや、知らない…。」  
記憶は戻らない。だが、さくらの存在が、彼の心に刻まれていることは確かだった。

その夜、悠斗は再び夢を見た。桜の木の下で、さくらが微笑んでいた。彼女は一枚の花びらを手に置き、こう言った。  
「悠斗殿、そなたが幸せなら、わたくしも幸せじゃ。どうか、生きておくれ。」  
夢から覚めた悠斗は、枕に涙を残していた。さくらの声が、頭の中で響き続けた。

現代での生活に戻った悠斗は、仕事に追われる日々を送りながらも、どこか変わっていた。さくらの存在が、彼の心に小さな灯りを点していた。ある日、同僚に誘われ、桜の名所へ花見に行った。満開の桜を見上げると、悠斗の目に涙が滲んだ。  
「…綺麗だな。誰かと一緒に見たかった…。」  
その誰かが誰なのか、思い出せない。だが、桜の花びらが舞うたび、心が温かくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...