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プロローグ
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寝起きに薬を一錠、口に放り込む。
毎朝のルーティン。
この世で生きていくためには必要不可欠で、とても厄介なもの。
それがこの『抑制剤』。
制服のポケットにも予備の薬を確認し、学校へと向かう。
この世には『男女』の性別とは別に『第二次性』と呼ばれる性別が存在している。
支配したい『Dom』。支配されたい『Sub』。その両方の特性を持つ『Switch』。
DomもSubも、支配し支配される“プレイ”をしないと欲求不満が溜まり、体調を崩してしまう。
特にSubは、Domにだけ伝わるフェロモンを無意識に出して誘惑する。これが厄介の源。フェロモンに当てられたDomは本能的にSubを襲う。
毎日のようにSubが襲われた事件がニュースで流れている。こんな目に遭いたくなければ、相性の良いパートナーを見つける他ない。
多くの人がこれらのバース性を持たない『Normal』だというのに、遺伝も何も関係なくDomもSubも一定数生まれてくる。
よりによって、俺、月皇凛空はこのバース性に選ばれた。
【支配されたいSub】
家族は両親も弟もDom。なのに、自分だけがSub性を持ってしまった。
当然、家でなんていられず、中学校を卒業するとともにボロアパートに追い出された。
それで良い。一人の方が気が楽だ。“支配”に怯える心配もない。それに最低限の生活費と抑制剤だけは仕送りしてもらえている。
高校は助成金をもらうため、常にトップの成績を修めないといけないが、その努力もあと一年を切った。バイトの掛け持ちと勉強漬けの日々にも、ようやく出口の光が見え始めていた。
「凛空、今日もバイトだろ? 母さんが唐揚げ作りすぎたから、凛空に差し入れしろって。家に持ってくついでに掃除もしておくよ」
話しかけてきたのは同級生で親友の結城 奏汰。二年生の時に同じクラスになってから、急速に仲が良くなった。奏汰はノーマル。お互いフェロモンに当てられる心配もないから安心だ。
それに奏汰には年の離れた妹がいて、その所為か何かと世話を焼くのが好きだ。奏汰が高校に上がった頃から妹が世話を焼かせて貰えないのが寂しいらしく、俺の世話をするのが楽しみだと言う。変な奴だと思いながらも、忙しいバイトと勉強に専念できるのは紛れもなくこの世話好きのお蔭なのだ。
「いつもありがとう。オバさんによろしく言っといてね」
「あぁ、いいのいいの。母さんも凛空のこと気に入ってるし。時間できたら遊びに来てよ。喜ぶから」
「勿論! 楽しみにしてる」
じゃぁ、と手を振り教室を出る。放課後は毎日バイトだ。一七時から二十二時まで本屋で働き、その三十分後から深夜日付けが回るまで夜カフェで働いている。本屋は週五日、夜カフェは週三日。カフェでは賄いが食べられるから助かっているし、高校生と分かっていながらも自分の生活環境を知った店長が雇ってくれている。本当に有難い。
奏汰とカフェの店長、この二人と出会えたからこそ今まで生き延びられたと言っても過言ではない。
奏汰は俺がバイトをしている間に部屋の掃除とご飯の準備をする。それが終わると、机に置いている俺のノートを見ながら課題を済ませ、帰っている。至れり尽くせりな奏汰に、せめてお礼をさせてくれと申し出たところ、ノートを見せてほしいと懇願された。奏汰は特に数学が苦手だ。そのくらいでいいなら……と、バイトに行く前に一度アパートに戻り、ノートを机に置いておく。
親でも持っていない合鍵を、奏汰は持ってるのはちょっと可笑しい。今日も鼻歌を歌いながら掃除機をかけているに違いない。
綺麗になった部屋に帰るのは俺も嬉しい。あんなボロアパートでも、奏汰のお蔭で帰りたいと思える場所になった。
「店長、お疲れ様です」
深夜一時近くになって、ようやく本日のバイト終了。急いで帰る準備を済ませて店を出る。
「凛空! 送ってくから外でちょっと待ってて」
声を掛けてくれたカフェの店長は、パートナーのいるDom。車を取りに駐車場へと向かう。その間、俺は店の前でスマホのチェックをしていた。
(奏汰、無事課題できたんだな)
『今日の業務終了!』と、いつもの元気なメッセージが届いていた。
「Kneel!!」
「え……」
突然、膝から崩れ落ちた。スマホに気を取られていて、人が近づいていたことにも気づかないでいた。
震えながら見上げると、さっきまで客として店にいた男二人が笑いながら俺を見ている。
力が……入らない……。
(Domか……)
「やっぱりな、Subだと思ってたんだよ」
「綺麗な顔してるじゃん。お兄さん、俺らと“プレイ”しない? 気持ちよくさせてあげるよ?」
卑猥な目線を向けられ、吐き気を催した。
抵抗したいが、命令に逆らえず、身動きが取れない。
真正面から命令されたのは、これが初めてだ。怖い……、愛情のない命令には恐怖しか感じないのだと痛感する。
「可愛い、震えてる」
「だいぶ欲求不満だろ? 顔色がよくないし、目の隈も酷い」
「すぐ近くにホテルあるから移動しようぜ」
コソコソと話し合っている。
(逃げ……ないと……)
こんな基本的な命令にも逆らえないなんて……。自分は人よりもSub性が強いのかも知れない。
(クソッ)
悔しいが、本能が従いたいと訴えかけてくる。
「Com」
またしても簡単なコマンドに抗えなかった。ふらふらの足取りで立ち上がると、自ら男の方へ近寄っていく。意識と本能は繋がってはいない。
両脇から抱えられ、おぼつかない足取りで歩き始めた。
呼吸もままならない。突然の命令に、体がショック状態になっているのだ。
「簡単だったな!」
「俺の目の付け所が良かったんだ。感謝しろよ」
気持ち悪い声が脳内に響く。しかしそんな気持ちとは裏腹に、体は抵抗すらしない。言われるがまま男たちについて歩いてしまう。
このままでは襲われる。いつもニュースで見ているSubのように。
悔しい。悲しい。
こんなにも自分のバース性を嫌っている奴なんて他にいるだろうか。
家族からも捨てられ、見知らぬ男に襲われる。俺の人生、一体何だったのだ。
「Stop!!」
諦めかけた瞬間、背後から強いグレアを感じた。一瞬、俺に放たれたものかと思ったが違う。
俺を連れて行こうとした二人の男に投げられたものだった。
“グレア”は基本、Subに対するお仕置きとして使われる。無理矢理従わせる時に使う卑怯なDomもいる。強いグレアを浴びせられたSubは、最悪死に至る。
一方DomからDomに放つグレアは、相手を威圧するものだ。Dom性が強いほどグレアのパワーも上がる。
グレアに当てられた二人が、さっきの俺のように崩れ落ちた。そして共倒れになりかけた俺を、店長が抱きしめてくれた。
「てん、ちょ……」
「喋らないでいい。ちょっと俺に保たれてろ」
俺を抱え上げた店長は、そのまま車の後部座席へと座らせた。
「何があった?」
「ごめ、ごめんなさ……」
「凛空? Say?」
店長からの命令はとても優しく感じる。まるでさっきの奴らとは違っていた。
俺を信頼してくれているのが分かる。
こんなにも相手の気持ちがダイレクトに伝わってくるなんて、初めて知った。
さっきまで強張っていた体がじんわりと溶けていく。
「スマホを見ていたら、突然コマンドを使われました。初めてのコマンドに反抗できませんでした。ごめん、なさい……」
迷惑をかけてしまい、涙が一筋、頬を伝う。
「泣かなくていい。間に合って良かった」
Good boyと言って店長が再び抱きしめてくれた。
今度は嬉しくって、店長の肩に頬擦りをする。その頭を撫でてくれた。
「サブドロップから回復出来たようだな。これからは俺ももっと気をつけるから」
「ありがとうございます。俺も、気を抜かなようにします」
「さぁ、急いで帰ろう。雨も降ってきそうだ」
運転席へと移動した店長が車を走らせる。アパートまではほんの十五分ほどで着くが、少しでも体を休めた方がいいと、後部座席に寝かされた。
『命令』とは、性的なものもあれば日常的に使われるものもある。さっきのような柄の悪いDomは、己の性的欲求のために平気でコマンドを使う。
車を走らせて五分も経たないうちに大粒の雨が降り始めた。星一つ見えない真っ暗な空から打ち付けるような激しい雨音が鳴り響き、車内を流れる音楽さえも消し去った。
「凛空、今夜は相当降りそうだぞ。気をつけてな?」
「はい。ありがとうございます」
アパートの真ん前に停めてもらった車から飛び出した。運転席から「おい! 傘持ってけー!!」と叫ばれたが、こんな激しい雨では傘なんかでは避けられない。どの道濡れるなら走ったほうが早いと睨み、「大丈夫です」と返しながら玄関前まで走り切った。
雷がゴロゴロと鳴り始めている。急いで鍵を開けると最小限だけドアを開け、部屋に入った。
「ふぅ……」
思わずため息が零れる。全身びしょ濡れだ。
せっかく奏汰が掃除してくれたばかりの部屋を汚してしまう。
仕方ない、と呟いてつま先だけで風呂まで移動した。
外で降る雨は益々勢いを増しているようだ。ボロいアパートが若干揺れているように感じる。
急いでシャワーを浴びると、布団に潜り込んだ。
雷は嫌いだ。
子供の頃、酷い雷の中、一人で留守番をしていたことがあった。不安で心細かった。薄暗い部屋に、時折目が眩むような光が差し込む。(来る!)そう思った直後に鳴り響く轟音。
リビングのソファーでブランケットを被って震えていた。
その時からこの世で一番嫌いなものは雷になった。
早く止まないだろうか。遠くの空から少しずつ近づいているのが分かる。この時間が心底嫌いだ。
光ってから爆音を鳴らすまでの時間がどんどん短くなってきている。電気をつけたまま頭から布団を被った。
(早く終われ……早く……)
俺の思いとは裏腹に、その音は自分を目掛けて来てるんじゃないかと思うほどジワリジワリと勢いを増していく。
突然、部屋が暗くなった。
「嘘、停電?」
最悪だ。今さっきまで明るかった部屋が一瞬で闇に包まれた。
聞こえてくるのは雨音と、雷だけ。
二回ほど、どこかに落ちたんじゃないかと思うほどの大きな音を鳴らした。
雷の合間にベッドから降りてスマホのライトで部屋を照らした。玄関付近を照らすと、やはりブレーカーが落ちていた。
自分に気合いを入れてソッと布団から出る。
「せーの!」で部屋の上り口まで走る。また光った。
そしてブレーカーのスイッチに手をかけた瞬間、部屋が光に包まれ目が眩む。と、ほぼ同時に体に電流が駆け巡る。
『あぁ、死んだ』
と、思ったか思わなかったかくらいの僅かな時間。意識を手放し、俺はたった十八年の人生に幕を閉じた。
毎朝のルーティン。
この世で生きていくためには必要不可欠で、とても厄介なもの。
それがこの『抑制剤』。
制服のポケットにも予備の薬を確認し、学校へと向かう。
この世には『男女』の性別とは別に『第二次性』と呼ばれる性別が存在している。
支配したい『Dom』。支配されたい『Sub』。その両方の特性を持つ『Switch』。
DomもSubも、支配し支配される“プレイ”をしないと欲求不満が溜まり、体調を崩してしまう。
特にSubは、Domにだけ伝わるフェロモンを無意識に出して誘惑する。これが厄介の源。フェロモンに当てられたDomは本能的にSubを襲う。
毎日のようにSubが襲われた事件がニュースで流れている。こんな目に遭いたくなければ、相性の良いパートナーを見つける他ない。
多くの人がこれらのバース性を持たない『Normal』だというのに、遺伝も何も関係なくDomもSubも一定数生まれてくる。
よりによって、俺、月皇凛空はこのバース性に選ばれた。
【支配されたいSub】
家族は両親も弟もDom。なのに、自分だけがSub性を持ってしまった。
当然、家でなんていられず、中学校を卒業するとともにボロアパートに追い出された。
それで良い。一人の方が気が楽だ。“支配”に怯える心配もない。それに最低限の生活費と抑制剤だけは仕送りしてもらえている。
高校は助成金をもらうため、常にトップの成績を修めないといけないが、その努力もあと一年を切った。バイトの掛け持ちと勉強漬けの日々にも、ようやく出口の光が見え始めていた。
「凛空、今日もバイトだろ? 母さんが唐揚げ作りすぎたから、凛空に差し入れしろって。家に持ってくついでに掃除もしておくよ」
話しかけてきたのは同級生で親友の結城 奏汰。二年生の時に同じクラスになってから、急速に仲が良くなった。奏汰はノーマル。お互いフェロモンに当てられる心配もないから安心だ。
それに奏汰には年の離れた妹がいて、その所為か何かと世話を焼くのが好きだ。奏汰が高校に上がった頃から妹が世話を焼かせて貰えないのが寂しいらしく、俺の世話をするのが楽しみだと言う。変な奴だと思いながらも、忙しいバイトと勉強に専念できるのは紛れもなくこの世話好きのお蔭なのだ。
「いつもありがとう。オバさんによろしく言っといてね」
「あぁ、いいのいいの。母さんも凛空のこと気に入ってるし。時間できたら遊びに来てよ。喜ぶから」
「勿論! 楽しみにしてる」
じゃぁ、と手を振り教室を出る。放課後は毎日バイトだ。一七時から二十二時まで本屋で働き、その三十分後から深夜日付けが回るまで夜カフェで働いている。本屋は週五日、夜カフェは週三日。カフェでは賄いが食べられるから助かっているし、高校生と分かっていながらも自分の生活環境を知った店長が雇ってくれている。本当に有難い。
奏汰とカフェの店長、この二人と出会えたからこそ今まで生き延びられたと言っても過言ではない。
奏汰は俺がバイトをしている間に部屋の掃除とご飯の準備をする。それが終わると、机に置いている俺のノートを見ながら課題を済ませ、帰っている。至れり尽くせりな奏汰に、せめてお礼をさせてくれと申し出たところ、ノートを見せてほしいと懇願された。奏汰は特に数学が苦手だ。そのくらいでいいなら……と、バイトに行く前に一度アパートに戻り、ノートを机に置いておく。
親でも持っていない合鍵を、奏汰は持ってるのはちょっと可笑しい。今日も鼻歌を歌いながら掃除機をかけているに違いない。
綺麗になった部屋に帰るのは俺も嬉しい。あんなボロアパートでも、奏汰のお蔭で帰りたいと思える場所になった。
「店長、お疲れ様です」
深夜一時近くになって、ようやく本日のバイト終了。急いで帰る準備を済ませて店を出る。
「凛空! 送ってくから外でちょっと待ってて」
声を掛けてくれたカフェの店長は、パートナーのいるDom。車を取りに駐車場へと向かう。その間、俺は店の前でスマホのチェックをしていた。
(奏汰、無事課題できたんだな)
『今日の業務終了!』と、いつもの元気なメッセージが届いていた。
「Kneel!!」
「え……」
突然、膝から崩れ落ちた。スマホに気を取られていて、人が近づいていたことにも気づかないでいた。
震えながら見上げると、さっきまで客として店にいた男二人が笑いながら俺を見ている。
力が……入らない……。
(Domか……)
「やっぱりな、Subだと思ってたんだよ」
「綺麗な顔してるじゃん。お兄さん、俺らと“プレイ”しない? 気持ちよくさせてあげるよ?」
卑猥な目線を向けられ、吐き気を催した。
抵抗したいが、命令に逆らえず、身動きが取れない。
真正面から命令されたのは、これが初めてだ。怖い……、愛情のない命令には恐怖しか感じないのだと痛感する。
「可愛い、震えてる」
「だいぶ欲求不満だろ? 顔色がよくないし、目の隈も酷い」
「すぐ近くにホテルあるから移動しようぜ」
コソコソと話し合っている。
(逃げ……ないと……)
こんな基本的な命令にも逆らえないなんて……。自分は人よりもSub性が強いのかも知れない。
(クソッ)
悔しいが、本能が従いたいと訴えかけてくる。
「Com」
またしても簡単なコマンドに抗えなかった。ふらふらの足取りで立ち上がると、自ら男の方へ近寄っていく。意識と本能は繋がってはいない。
両脇から抱えられ、おぼつかない足取りで歩き始めた。
呼吸もままならない。突然の命令に、体がショック状態になっているのだ。
「簡単だったな!」
「俺の目の付け所が良かったんだ。感謝しろよ」
気持ち悪い声が脳内に響く。しかしそんな気持ちとは裏腹に、体は抵抗すらしない。言われるがまま男たちについて歩いてしまう。
このままでは襲われる。いつもニュースで見ているSubのように。
悔しい。悲しい。
こんなにも自分のバース性を嫌っている奴なんて他にいるだろうか。
家族からも捨てられ、見知らぬ男に襲われる。俺の人生、一体何だったのだ。
「Stop!!」
諦めかけた瞬間、背後から強いグレアを感じた。一瞬、俺に放たれたものかと思ったが違う。
俺を連れて行こうとした二人の男に投げられたものだった。
“グレア”は基本、Subに対するお仕置きとして使われる。無理矢理従わせる時に使う卑怯なDomもいる。強いグレアを浴びせられたSubは、最悪死に至る。
一方DomからDomに放つグレアは、相手を威圧するものだ。Dom性が強いほどグレアのパワーも上がる。
グレアに当てられた二人が、さっきの俺のように崩れ落ちた。そして共倒れになりかけた俺を、店長が抱きしめてくれた。
「てん、ちょ……」
「喋らないでいい。ちょっと俺に保たれてろ」
俺を抱え上げた店長は、そのまま車の後部座席へと座らせた。
「何があった?」
「ごめ、ごめんなさ……」
「凛空? Say?」
店長からの命令はとても優しく感じる。まるでさっきの奴らとは違っていた。
俺を信頼してくれているのが分かる。
こんなにも相手の気持ちがダイレクトに伝わってくるなんて、初めて知った。
さっきまで強張っていた体がじんわりと溶けていく。
「スマホを見ていたら、突然コマンドを使われました。初めてのコマンドに反抗できませんでした。ごめん、なさい……」
迷惑をかけてしまい、涙が一筋、頬を伝う。
「泣かなくていい。間に合って良かった」
Good boyと言って店長が再び抱きしめてくれた。
今度は嬉しくって、店長の肩に頬擦りをする。その頭を撫でてくれた。
「サブドロップから回復出来たようだな。これからは俺ももっと気をつけるから」
「ありがとうございます。俺も、気を抜かなようにします」
「さぁ、急いで帰ろう。雨も降ってきそうだ」
運転席へと移動した店長が車を走らせる。アパートまではほんの十五分ほどで着くが、少しでも体を休めた方がいいと、後部座席に寝かされた。
『命令』とは、性的なものもあれば日常的に使われるものもある。さっきのような柄の悪いDomは、己の性的欲求のために平気でコマンドを使う。
車を走らせて五分も経たないうちに大粒の雨が降り始めた。星一つ見えない真っ暗な空から打ち付けるような激しい雨音が鳴り響き、車内を流れる音楽さえも消し去った。
「凛空、今夜は相当降りそうだぞ。気をつけてな?」
「はい。ありがとうございます」
アパートの真ん前に停めてもらった車から飛び出した。運転席から「おい! 傘持ってけー!!」と叫ばれたが、こんな激しい雨では傘なんかでは避けられない。どの道濡れるなら走ったほうが早いと睨み、「大丈夫です」と返しながら玄関前まで走り切った。
雷がゴロゴロと鳴り始めている。急いで鍵を開けると最小限だけドアを開け、部屋に入った。
「ふぅ……」
思わずため息が零れる。全身びしょ濡れだ。
せっかく奏汰が掃除してくれたばかりの部屋を汚してしまう。
仕方ない、と呟いてつま先だけで風呂まで移動した。
外で降る雨は益々勢いを増しているようだ。ボロいアパートが若干揺れているように感じる。
急いでシャワーを浴びると、布団に潜り込んだ。
雷は嫌いだ。
子供の頃、酷い雷の中、一人で留守番をしていたことがあった。不安で心細かった。薄暗い部屋に、時折目が眩むような光が差し込む。(来る!)そう思った直後に鳴り響く轟音。
リビングのソファーでブランケットを被って震えていた。
その時からこの世で一番嫌いなものは雷になった。
早く止まないだろうか。遠くの空から少しずつ近づいているのが分かる。この時間が心底嫌いだ。
光ってから爆音を鳴らすまでの時間がどんどん短くなってきている。電気をつけたまま頭から布団を被った。
(早く終われ……早く……)
俺の思いとは裏腹に、その音は自分を目掛けて来てるんじゃないかと思うほどジワリジワリと勢いを増していく。
突然、部屋が暗くなった。
「嘘、停電?」
最悪だ。今さっきまで明るかった部屋が一瞬で闇に包まれた。
聞こえてくるのは雨音と、雷だけ。
二回ほど、どこかに落ちたんじゃないかと思うほどの大きな音を鳴らした。
雷の合間にベッドから降りてスマホのライトで部屋を照らした。玄関付近を照らすと、やはりブレーカーが落ちていた。
自分に気合いを入れてソッと布団から出る。
「せーの!」で部屋の上り口まで走る。また光った。
そしてブレーカーのスイッチに手をかけた瞬間、部屋が光に包まれ目が眩む。と、ほぼ同時に体に電流が駆け巡る。
『あぁ、死んだ』
と、思ったか思わなかったかくらいの僅かな時間。意識を手放し、俺はたった十八年の人生に幕を閉じた。
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