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隣国
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次に目を覚ました時、見知らぬ部屋で寝かされていた。
高い天井、ふかふかのベッド。すぐ隣の窓からは、木々の隙間から心地よい木漏れ日が降り注いでいる。
(ここは、どこだろう……)
目を薄らとしか開けられない。もう、こんな世界は懲り懲りだ。
何度グレアや身勝手なコマンドを使われたか分からない。
体調が良くなったと思ったら、測ったように圷たちやパロミデルが現れる。
そういえば俺を追放しろと、意識を失う直前にパロミデルが言っていた。それなのに、こんな綺麗な部屋で寝ているなんて……。
結局ジャックスさんが匿ってくれたのだろうか。なんて思ってもみたが、窓の外も見覚えがない。
もしかして、ここは……天国? 俺は死んだのか?
起きあがろうとすれば目眩がする。この体の重さはどうやら死んではいないらしい。ボーッと窓の外を眺めて、また眠りについた。
それからどのくらい時間が経ったかは分からないが、寝心地の良いベッドに吸い込まれるようにぐっすりと眠っていた。肌触りだけでも高級だと分かる。こんな寝心地は生まれて初めてだ。
次に起きた時には、外は既に暗くなっていた。
知らない部屋で勝手に寝ていたと我に返り、慌てて起き上がる。まだここの住人は帰ってはいないようだ。
(今のうちに逃げないと!)
眩暈でふらふらになりながらも立ち上がる。
「起きたのか? どうだ、体調は……って!! 大丈夫か?」
突然部屋に入ってきた男性に驚き、腰を抜かしてしまった。何故って、今まで出会った誰よりも光り輝いて見えたからだ。一瞬、神様かと思うほどに。
他の人とは何かが違う。綺麗な顔立ち、スラッとした高身長、煌めく金の長い髪。紫色の瞳。どれをとっても完璧な、誰もが憧れを抱くような容姿をしているその人に、外見だけではない、何か特別なものを感じたのだ。
床にへたり込んだ俺に駆け寄り、支えてくれた。
「まだ動ける状態じゃない。三日も眠り続けていたんだ。体力も万全じゃないだろう」
透き通った声は少し低くて、鼓膜に心地よく響いた。
俺の顔の汗を拭うその指は、滑らかで、それでいて頼もしい。思わず指に頬擦りしたくなる。
「ほら、まだ呼吸に熱を感じる。起きあがっちゃダメだ」
軽々しく俺を抱き上げると、またベッドに寝かせた。
一見華奢に見えるが、抱き上げられて気付く。鍛えられた厚い胸板に広い肩幅、そして頼り甲斐のある腕。どうやら着痩せするタイプのようだ。
「あの、俺を助けてくださったんですか?」
恐る恐る尋ねる。その男性は横になった俺の隣に腰を掛け、頷いた。
「隣国との境界線辺りで、君が倒れていたんだ。急いで連れて帰って俺の部屋で寝かせた。医師にも診てもらったよ。強いグレアを浴びたんだね。薬を打ってくれたけど、どう?」
「グレアは……大丈夫そうです……多分……」
この人が喋るたびに胸が熱くなる。こんな風になるのは生まれて初めてだ。まともに顔も見られない。
「食欲は? 今から俺も食べるけど、君も一緒に食べない? って、先に名前を聞いても良いかな?」
「月皇 凛空、です」
「Lienか、いい名だな。俺はジェネシス・ロバーツ。リーフラント騎士団の団長を務めている」
「……騎士……団長……」
(またか)
また騎士団長だ。正直な感想は『もう、助からない』という観念だった。
結局、どこまで行っても俺は騎士団長に制圧され、衰弱し、息絶えるのだと悟った。
それならば、いっそ森で垂れ死んだほうがマシだ。
直ぐにでも逃げ出したい衝動に駆られるが、ここが何処かも分からない。一先ずは、逆らわずに相手の様子を伺うことにした。
ジェネシスさんは、ご飯が出来るまで休んでおくよう伝えると部屋を出た。
窓の外は暗くて何も見えないが、俺が隣国に連れて来られたという事実は把握できた。この世界の土地感などまるでないが、どうしてもジョシュアの元に帰りたい。
今まで俺を助けてくれていたジョシュアを助けなければいけないという責任を、ひしひしと感じている。
(ここを真っ直ぐ進めば帰れるだろうか)
目を凝らして森の奥に視線を集中させる。
すると、なぜか薄っすらと道が見えた。木々が半透明に映り、その合間を縫うように一本の道が見えたのだ。例えるなら———そう、赤外線暗視カメラのような……とでも表現しようか。
「なんだ……これは……」
肉眼でこんな見え方をしたのはもちろん初めてだ。グレアを浴びすぎて体の機能が狂ったんじゃないのか? と疑った。
怖くなり、すぐに窓からは離れたが、もしこの道が本当にあるとするならば、元いた国に戻れるんじゃないか?
(とにかく明日、ジェネシスさんの目を盗んで行ってみよう)
もう怖いものなど何もない。何度もグレアを浴びせられるだけの日々よりは、どんな暮らしもマシに思える。本当はDomのいない世界に行きたいが、そんな夢みたいなこと言ってられない。
とにかく隣国に戻る。そしてジョシュアを助ける。これだけに集中しようと心に決めた。
部屋の外で足音がしたので、急いでベッドに横たわる。ドアとは反対向きに横たわり、背中を丸めた。
「ご飯、出来たけど……」
呼びかけに咄嗟に寝た振りをした。その俺の顔を覗き込むジェネシスさんの体重がベッドを軋ませる。
目を閉じているのに、瞼の向こうから視線を感じる。暖かい光のような存在を。警戒しなければいけないのに、体は明らかに気を許している。甘えたいと、体の奥から訴えてくる。
(何で? 助けてくれたとはいえ、素性もわからない人なのに)
初めての感覚に混乱してしまった。Domなんて嫌いだ。騎士団長なんてもっと嫌いだ。
どんなに自分に言い聞かせても強力な魔法にでも掛かったみたいに、この人が頭を占領している。
「Lien」
優しく俺の名前を呼ぶと、フワリとこめかみに柔らかく肌が触れた。
(え? キス?)
驚いて目を開けてしまった。目の前にはジェネシスさんの微笑む顔。目が合い、もう一度驚いた。
「魘されていたようだけど、嫌な夢でもみた?」
「いえ、大丈夫です」
「ご飯が出来たけど、先にシャワーを浴びるかい? 汗をかいてる」
「ありがとうございます」
素直にベッドから降りると、シャワールームに案内してもらった。
「広っ!!」
宿舎のシャワールームの何倍の広さだろうか。この家はジェネシスさんしか住んでいないようなのに、大人の男が優に五人は入れそうだ。それでもシャワーは一つしかないから、やはりジェネシスさん専用なのだろう。
正直、落ち着かない。宿舎のシャワールームの方がボロアパートに近い狭さと質素な感じでよかった。
急いで全身を洗うと、早々に着替えた。何もかもから良い香りがする。石鹸もタオルも貸してくれた着替えも。益々落ち着かない。
自分には洗濯用石鹸の香りが一番相性が良いと思う。こんな花のような香りは、似合わない。
ジェネシスさんはあっという間にシャワールームから出てきた俺をみて目を丸くしていたが、特に何も言わず、椅子を引いてくれた。
丸いテーブルの上にはご馳走が並んでいる。カフェのバイトで食べたクリスマスディナーのようだ。小さく「いただきます」と言うと、チキンに添えられていた野菜を少しだけ口に含んだ。
(美味しい。ドレッシングも手作りなのかな)
異世界の料理もこうして見ると日本と然程変わらないようだ。続けてパンを千切って食べる。そしてローストされたチキン。
食べ始めると、自分がとてつもなく腹が減っていたと自覚し、フォークを進めるスピードがどんどん速くなっていった。そんな俺をジェネシスさんは楽しそうに眺めている。食べているところを見られるのは恥ずかしいが、今はそんなのどうでも良いと、気にせず口に詰められるだけ詰め込んで胃に流し込む。
「あの、ここは何という国なんですか?」
一言だけ聞いた。
「Lienが住んでいたのがグルニスラン。そして今いるここはヴァシリカという国だ」
ジェネシスさんも聞かれた質問以外には何も喋らなかった。俺が食べるのに集中できるよう、気遣ってくれたのかもしれない。
出された料理を全て平らげると、ジェネシスさんは自分の皿を俺のと交換した。
「まだ食べられそうならどうぞ」
「でも、あなたのご飯が……」
「Lienの食べっぷりを見ているのが今は楽しいんだ。遠慮せずに食べてくれ」
それなら……と、今度は行儀も気にせずチキンの骨を手掴みし、勢いよく噛み付いた。まるで野良犬みたいだ。なんて、自分でも思う。しかし今は空腹を満たすのを優先させる。お構いなしに出された料理を全て食べ尽くした。
(明日は長旅になるかもしれない。少しても体力を戻さなければ)
心密かに思っていると、ジェネシスさんが豪快な笑い声を上げた。
「あっはっは!! 本当に見事な食べっぷりだったな! その細い体のどこに入っているのか不思議で仕方ない!」
ジェネシスさんは珍しいものを見るような、好奇心丸出しの目で見つめてくる。
(クソ。俺は見せ物じゃないんだよ)
余裕のある態度が妙にイラつくが、どうせ明日にはさよならだ。ご飯を食べさせてくれたことには感謝しなければいけない。
でも、イラつく原因は実は別にあった。どうもこの人を見ると胸が高鳴るのだ。平常心じゃいられなくなる。初めての感情に戸惑っている。この気持ちをどう処理すればいいのか分からないのが、一番の苛立ちの起因なのだ。
心残りなんてあっちゃいけない。ジョシュアを助けると決めたんだから。これ以上は気を許したりしない。強く決意した。
そんな俺の気も知らないでジェネシスさんは、「もうしばらくは此処にいろ」なんて言い出した。
「まだ完全に体調が良くなったわけじゃない。それに、君は隣国から追放されたんだぞ? どこか行く宛はあるのか?」
「それは……」
何も答えられなかった。
『捨てられた』なんて改めて言われると、ジャックスさんを思い出して悲しくなった。
俺が戻ってきたら迷惑だろうか。不安が胸を締め付ける。
(でも、俺はジョシュアを探して助け出すだけだから)
俯いたまま固まっていた俺の隣に、いつの間にかジェネシスさんが立っていた。
「お願いだ。ここにいてくれ。心配なんだ」
「なぜ……見ず知らずの俺に、そんなに優しくしてくれるんですか」
「何故って、何か明確な理由が必要なの?」
「そんなことはないですけど……。でも訳がわからなくて、不安です」
「そうだな。その通りだ。だが、正直言うと、俺にもよく分からないんだ。分からないんだけど、どうしても君と一緒にいたいって、胸騒ぎが止まらないんだよ」
ジェネシスさんの言葉に驚きを隠せない。俺と全く同じ気持ちでいたなんて! あの余裕そうな態度は胸騒ぎを誤魔化すためだったのか。
今さっき固く決意したばかりなのに、この一言ですっかり意思が覆った。
ナプキンで俺の口元を拭き取ると、ジェネシスさんが俺に跪く。
「Lien。こんな頼みは不躾だと分かっているが、一度だけで良いから、俺とプレイをしてほしい」
アメジストのような瞳が俺に視線を外させてくれない。断ればどうなる? 直ぐに追い出されるのか? それともグレアを浴びせられる?
この瞳の温度が本物なのか偽りなのか。判断できない程に困惑していた。
そんな俺を察したのか、ジェネシスさんは目を細め、「断っても良いんだよ」と言った。
「すまない。急に言われても困らせるだけだと分かっているのに。いつもはこんなこと言わないんだ!! 信じてくれ。でもどうしてもLienが欲しくて堪らないんだ」
跪いたまま、ジェネシスさんは俺の手を取り、甲に口付けた。
「嫌だった?」
「嫌じゃ、ないです」
「それは良かった」
ニッコリと微笑むと、立ち上がり、今度は俺の前にジェネシスさんが手の甲を差し出した。
「Lien、“kiss“」
ジェネシスさんのコマンドは、心地よく細胞を刺激した。両手を添え、唇を落とす。
「ありがとう。嬉しいよ」
嬉しい? 喜んでくれているのか。
体の奥の奥から凍った氷が溶け出していくような感覚を覚えた。この世界に来てから、気を抜けば一方的なコマンドやグレアを浴びせられていた。その繰り返しで、他人を信じられなくなっていた。
でもこの湧き立つ感情は、それとは正反対だった。
(この人に必要とされたい)
「もっと、ください」
ぽろりと口から出ていた。
「Lien? 良いの?」
俺が受け入れたのは予想外だったのか。ジェネシスさんの声が上擦った。
「俺に、命令してください」
高い天井、ふかふかのベッド。すぐ隣の窓からは、木々の隙間から心地よい木漏れ日が降り注いでいる。
(ここは、どこだろう……)
目を薄らとしか開けられない。もう、こんな世界は懲り懲りだ。
何度グレアや身勝手なコマンドを使われたか分からない。
体調が良くなったと思ったら、測ったように圷たちやパロミデルが現れる。
そういえば俺を追放しろと、意識を失う直前にパロミデルが言っていた。それなのに、こんな綺麗な部屋で寝ているなんて……。
結局ジャックスさんが匿ってくれたのだろうか。なんて思ってもみたが、窓の外も見覚えがない。
もしかして、ここは……天国? 俺は死んだのか?
起きあがろうとすれば目眩がする。この体の重さはどうやら死んではいないらしい。ボーッと窓の外を眺めて、また眠りについた。
それからどのくらい時間が経ったかは分からないが、寝心地の良いベッドに吸い込まれるようにぐっすりと眠っていた。肌触りだけでも高級だと分かる。こんな寝心地は生まれて初めてだ。
次に起きた時には、外は既に暗くなっていた。
知らない部屋で勝手に寝ていたと我に返り、慌てて起き上がる。まだここの住人は帰ってはいないようだ。
(今のうちに逃げないと!)
眩暈でふらふらになりながらも立ち上がる。
「起きたのか? どうだ、体調は……って!! 大丈夫か?」
突然部屋に入ってきた男性に驚き、腰を抜かしてしまった。何故って、今まで出会った誰よりも光り輝いて見えたからだ。一瞬、神様かと思うほどに。
他の人とは何かが違う。綺麗な顔立ち、スラッとした高身長、煌めく金の長い髪。紫色の瞳。どれをとっても完璧な、誰もが憧れを抱くような容姿をしているその人に、外見だけではない、何か特別なものを感じたのだ。
床にへたり込んだ俺に駆け寄り、支えてくれた。
「まだ動ける状態じゃない。三日も眠り続けていたんだ。体力も万全じゃないだろう」
透き通った声は少し低くて、鼓膜に心地よく響いた。
俺の顔の汗を拭うその指は、滑らかで、それでいて頼もしい。思わず指に頬擦りしたくなる。
「ほら、まだ呼吸に熱を感じる。起きあがっちゃダメだ」
軽々しく俺を抱き上げると、またベッドに寝かせた。
一見華奢に見えるが、抱き上げられて気付く。鍛えられた厚い胸板に広い肩幅、そして頼り甲斐のある腕。どうやら着痩せするタイプのようだ。
「あの、俺を助けてくださったんですか?」
恐る恐る尋ねる。その男性は横になった俺の隣に腰を掛け、頷いた。
「隣国との境界線辺りで、君が倒れていたんだ。急いで連れて帰って俺の部屋で寝かせた。医師にも診てもらったよ。強いグレアを浴びたんだね。薬を打ってくれたけど、どう?」
「グレアは……大丈夫そうです……多分……」
この人が喋るたびに胸が熱くなる。こんな風になるのは生まれて初めてだ。まともに顔も見られない。
「食欲は? 今から俺も食べるけど、君も一緒に食べない? って、先に名前を聞いても良いかな?」
「月皇 凛空、です」
「Lienか、いい名だな。俺はジェネシス・ロバーツ。リーフラント騎士団の団長を務めている」
「……騎士……団長……」
(またか)
また騎士団長だ。正直な感想は『もう、助からない』という観念だった。
結局、どこまで行っても俺は騎士団長に制圧され、衰弱し、息絶えるのだと悟った。
それならば、いっそ森で垂れ死んだほうがマシだ。
直ぐにでも逃げ出したい衝動に駆られるが、ここが何処かも分からない。一先ずは、逆らわずに相手の様子を伺うことにした。
ジェネシスさんは、ご飯が出来るまで休んでおくよう伝えると部屋を出た。
窓の外は暗くて何も見えないが、俺が隣国に連れて来られたという事実は把握できた。この世界の土地感などまるでないが、どうしてもジョシュアの元に帰りたい。
今まで俺を助けてくれていたジョシュアを助けなければいけないという責任を、ひしひしと感じている。
(ここを真っ直ぐ進めば帰れるだろうか)
目を凝らして森の奥に視線を集中させる。
すると、なぜか薄っすらと道が見えた。木々が半透明に映り、その合間を縫うように一本の道が見えたのだ。例えるなら———そう、赤外線暗視カメラのような……とでも表現しようか。
「なんだ……これは……」
肉眼でこんな見え方をしたのはもちろん初めてだ。グレアを浴びすぎて体の機能が狂ったんじゃないのか? と疑った。
怖くなり、すぐに窓からは離れたが、もしこの道が本当にあるとするならば、元いた国に戻れるんじゃないか?
(とにかく明日、ジェネシスさんの目を盗んで行ってみよう)
もう怖いものなど何もない。何度もグレアを浴びせられるだけの日々よりは、どんな暮らしもマシに思える。本当はDomのいない世界に行きたいが、そんな夢みたいなこと言ってられない。
とにかく隣国に戻る。そしてジョシュアを助ける。これだけに集中しようと心に決めた。
部屋の外で足音がしたので、急いでベッドに横たわる。ドアとは反対向きに横たわり、背中を丸めた。
「ご飯、出来たけど……」
呼びかけに咄嗟に寝た振りをした。その俺の顔を覗き込むジェネシスさんの体重がベッドを軋ませる。
目を閉じているのに、瞼の向こうから視線を感じる。暖かい光のような存在を。警戒しなければいけないのに、体は明らかに気を許している。甘えたいと、体の奥から訴えてくる。
(何で? 助けてくれたとはいえ、素性もわからない人なのに)
初めての感覚に混乱してしまった。Domなんて嫌いだ。騎士団長なんてもっと嫌いだ。
どんなに自分に言い聞かせても強力な魔法にでも掛かったみたいに、この人が頭を占領している。
「Lien」
優しく俺の名前を呼ぶと、フワリとこめかみに柔らかく肌が触れた。
(え? キス?)
驚いて目を開けてしまった。目の前にはジェネシスさんの微笑む顔。目が合い、もう一度驚いた。
「魘されていたようだけど、嫌な夢でもみた?」
「いえ、大丈夫です」
「ご飯が出来たけど、先にシャワーを浴びるかい? 汗をかいてる」
「ありがとうございます」
素直にベッドから降りると、シャワールームに案内してもらった。
「広っ!!」
宿舎のシャワールームの何倍の広さだろうか。この家はジェネシスさんしか住んでいないようなのに、大人の男が優に五人は入れそうだ。それでもシャワーは一つしかないから、やはりジェネシスさん専用なのだろう。
正直、落ち着かない。宿舎のシャワールームの方がボロアパートに近い狭さと質素な感じでよかった。
急いで全身を洗うと、早々に着替えた。何もかもから良い香りがする。石鹸もタオルも貸してくれた着替えも。益々落ち着かない。
自分には洗濯用石鹸の香りが一番相性が良いと思う。こんな花のような香りは、似合わない。
ジェネシスさんはあっという間にシャワールームから出てきた俺をみて目を丸くしていたが、特に何も言わず、椅子を引いてくれた。
丸いテーブルの上にはご馳走が並んでいる。カフェのバイトで食べたクリスマスディナーのようだ。小さく「いただきます」と言うと、チキンに添えられていた野菜を少しだけ口に含んだ。
(美味しい。ドレッシングも手作りなのかな)
異世界の料理もこうして見ると日本と然程変わらないようだ。続けてパンを千切って食べる。そしてローストされたチキン。
食べ始めると、自分がとてつもなく腹が減っていたと自覚し、フォークを進めるスピードがどんどん速くなっていった。そんな俺をジェネシスさんは楽しそうに眺めている。食べているところを見られるのは恥ずかしいが、今はそんなのどうでも良いと、気にせず口に詰められるだけ詰め込んで胃に流し込む。
「あの、ここは何という国なんですか?」
一言だけ聞いた。
「Lienが住んでいたのがグルニスラン。そして今いるここはヴァシリカという国だ」
ジェネシスさんも聞かれた質問以外には何も喋らなかった。俺が食べるのに集中できるよう、気遣ってくれたのかもしれない。
出された料理を全て平らげると、ジェネシスさんは自分の皿を俺のと交換した。
「まだ食べられそうならどうぞ」
「でも、あなたのご飯が……」
「Lienの食べっぷりを見ているのが今は楽しいんだ。遠慮せずに食べてくれ」
それなら……と、今度は行儀も気にせずチキンの骨を手掴みし、勢いよく噛み付いた。まるで野良犬みたいだ。なんて、自分でも思う。しかし今は空腹を満たすのを優先させる。お構いなしに出された料理を全て食べ尽くした。
(明日は長旅になるかもしれない。少しても体力を戻さなければ)
心密かに思っていると、ジェネシスさんが豪快な笑い声を上げた。
「あっはっは!! 本当に見事な食べっぷりだったな! その細い体のどこに入っているのか不思議で仕方ない!」
ジェネシスさんは珍しいものを見るような、好奇心丸出しの目で見つめてくる。
(クソ。俺は見せ物じゃないんだよ)
余裕のある態度が妙にイラつくが、どうせ明日にはさよならだ。ご飯を食べさせてくれたことには感謝しなければいけない。
でも、イラつく原因は実は別にあった。どうもこの人を見ると胸が高鳴るのだ。平常心じゃいられなくなる。初めての感情に戸惑っている。この気持ちをどう処理すればいいのか分からないのが、一番の苛立ちの起因なのだ。
心残りなんてあっちゃいけない。ジョシュアを助けると決めたんだから。これ以上は気を許したりしない。強く決意した。
そんな俺の気も知らないでジェネシスさんは、「もうしばらくは此処にいろ」なんて言い出した。
「まだ完全に体調が良くなったわけじゃない。それに、君は隣国から追放されたんだぞ? どこか行く宛はあるのか?」
「それは……」
何も答えられなかった。
『捨てられた』なんて改めて言われると、ジャックスさんを思い出して悲しくなった。
俺が戻ってきたら迷惑だろうか。不安が胸を締め付ける。
(でも、俺はジョシュアを探して助け出すだけだから)
俯いたまま固まっていた俺の隣に、いつの間にかジェネシスさんが立っていた。
「お願いだ。ここにいてくれ。心配なんだ」
「なぜ……見ず知らずの俺に、そんなに優しくしてくれるんですか」
「何故って、何か明確な理由が必要なの?」
「そんなことはないですけど……。でも訳がわからなくて、不安です」
「そうだな。その通りだ。だが、正直言うと、俺にもよく分からないんだ。分からないんだけど、どうしても君と一緒にいたいって、胸騒ぎが止まらないんだよ」
ジェネシスさんの言葉に驚きを隠せない。俺と全く同じ気持ちでいたなんて! あの余裕そうな態度は胸騒ぎを誤魔化すためだったのか。
今さっき固く決意したばかりなのに、この一言ですっかり意思が覆った。
ナプキンで俺の口元を拭き取ると、ジェネシスさんが俺に跪く。
「Lien。こんな頼みは不躾だと分かっているが、一度だけで良いから、俺とプレイをしてほしい」
アメジストのような瞳が俺に視線を外させてくれない。断ればどうなる? 直ぐに追い出されるのか? それともグレアを浴びせられる?
この瞳の温度が本物なのか偽りなのか。判断できない程に困惑していた。
そんな俺を察したのか、ジェネシスさんは目を細め、「断っても良いんだよ」と言った。
「すまない。急に言われても困らせるだけだと分かっているのに。いつもはこんなこと言わないんだ!! 信じてくれ。でもどうしてもLienが欲しくて堪らないんだ」
跪いたまま、ジェネシスさんは俺の手を取り、甲に口付けた。
「嫌だった?」
「嫌じゃ、ないです」
「それは良かった」
ニッコリと微笑むと、立ち上がり、今度は俺の前にジェネシスさんが手の甲を差し出した。
「Lien、“kiss“」
ジェネシスさんのコマンドは、心地よく細胞を刺激した。両手を添え、唇を落とす。
「ありがとう。嬉しいよ」
嬉しい? 喜んでくれているのか。
体の奥の奥から凍った氷が溶け出していくような感覚を覚えた。この世界に来てから、気を抜けば一方的なコマンドやグレアを浴びせられていた。その繰り返しで、他人を信じられなくなっていた。
でもこの湧き立つ感情は、それとは正反対だった。
(この人に必要とされたい)
「もっと、ください」
ぽろりと口から出ていた。
「Lien? 良いの?」
俺が受け入れたのは予想外だったのか。ジェネシスさんの声が上擦った。
「俺に、命令してください」
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