172 / 235
三章〜クレール・ベルクール編〜
21 落ち着いたその後……
翌日の昼までぐっすりと眠っていたようだ。
研究室にはエリアスお父様が使いを出してくれたそうだ。
「二日休みをもらっておいたから、ゆっくり休みなさい」
「すみません。お父様の仕事まで変更させてしまいました」
「私のことなど、気にしなくていい。クレールの体調が何より大切だ」
何か食べられそうか? と聞いてくれたけれど、今はまだ何も食べたくありませんと、答えておいた。
一度起こした上肢を再びシーツに沈める。
気分は回復していた。熱もスッカリと引き、昨夜の急変が嘘のように平穏そのものだ。
マルティネス王子とヴィクトール様は夜のうちに帰ってしまっていた。僕に会わないよう、気を遣ってくれたのだろう。また、ヒートを起こせば大変だから。
あの感覚はアシルの中にいた時以来だ。
クレールとしてオメガ性を発症してから、こんなにも酷いヒートは起こしたことがない。
新薬を飲んでいた。ヴィクトール様にだけ効かなかった。
これが何を意味するのか……抗えない欲情。あの、真っ直ぐに僕を捉える琥珀色の眸。あれだけのヒートで酩酊しているような状態であったにも関わらず、目に焼き付けられたヴィクトール様の姿だけは鮮明に思い出せる。
結局、夕方まで寝たり起きたりを繰り返しながら過ごした。
抑制剤のおかげでヒートは治ったものの、なんとなく体に力が入らない。きっと昨日限界を超えて力んでいたと考えられる。腕に筋肉痛に似た痛みを感じる。
あれだけの事件を起こしてしまい、ヴィクトール様に失礼なことをしてしまった。
彼は大丈夫だっただろうか。
「もう、会えないかもしれないな」
少し残念に思いながらも、またあの酷いヒートを起こすのは怖い。次もみんながいるとは限らない。一人では、どうすることも出来なかった。ヴィクトール様から放たれる鎖にグルグル巻きにされたように、捕えられた獲物のような気分は、思い出しただけでも震えてしまう。
「クレール、入ってもいい?」
突然ノックと共に話かけてきたのは、アシルお母様だ。
「え? なんで……」
気のせいかと思ったが、入室したのは紛れもないアシルお母様だった。
「侍女が馬車で迎えに来てくれたんだ。怖かったね」
「……うん」
「今は、体調どう?」
「もうすっかり良くなってますが、食欲はありません」
「そっか、注射の後はそうなるよ」
アシルお母様は、何度も抑制剤の注射を打ったことがあるそうだ。
僕は一回くらいで気が滅入って恥ずかしくなる。
「オメガなら、誰でもあり得ることだから、そこは気にしなくていい」
「はい。でも、ヴィクトール様が怒っていないか気になってしまって」
「オメガのフェロモンで誘ったんじゃないかって、そう思ってる?」
確信を突かれ、頷くしか出来ない。
でもアシルお母様はそうではないと言う。フェロモンを抑える努力をしても、抗えない時もあるんだと続けた。
「ヴィクトール様を夜のうちに帰したのは、彼がまだ十六歳で学生だから。今、子供なんてできると大変じゃない? 番になるくらいならまだしも。子供の頃に仲が良かったとはいえ、十年以上ぶりの再会で、お互いこれまでの生活も何も知らないでしょ? 万が一二人が番になるとしても、それは早すぎる。本当はまた少しずつ時間が取れたらいいなって思っていたけれど、ヴィクトール様のアルファ性がもっと安定するまでは、会わせない方がいいねって話し合って帰ったみたいだよ」
「そう、なんですね……」
「それと、ヴィクトトール様がクレールに御免なさいと謝って欲しいって」
「ヴィクトール様が?」
「うん、自分のせいで怖がらせちゃったからって」
「そんなの、ヴィクトール様だけの責任じゃないのに」
せっかく再会を果たした僕たちだが、今度は強制的に会えなくなってしまった。
ノアとノランにもここには近づいてはいけないと言って、近づきもさせなかったようだ。
二人はいきなりラット状態になったヴィクトール様を目の当たりにし、相当ショックを受けていた。怪我こそなかったものの、突き飛ばされた後は身動きが取れなかった。
そりゃ、あの子達もアルファだ。あの獣に取り憑かれたように、自分もなるのかと思えば誰だって怖いだろう。
いつもなら、クレールに近づいてはいけないと言っても納得しないノランが、今回ばかりは二つ返事で了承したらしい。
後でフォローを入れたいと思ったが、二人も学校があるからと、もうこの屋敷を出た後だった。
「ぼくは三日ほどはここにいるからね」
「良かったです。アシルお母様がいてくれると、安心です。でもまだこっちに来たばかりで、もう迷惑をかけてしまいました」
「まだ学校を卒業したばかりじゃない。甘えてくれると嬉しいんだよ」
「はい」
夜までのんびりとアシルお母様と話をして過ごし、夜にはノアにノラン、そしてヴィクトール様にも手紙を書いた。
いつかまた、会えますように……。
研究室にはエリアスお父様が使いを出してくれたそうだ。
「二日休みをもらっておいたから、ゆっくり休みなさい」
「すみません。お父様の仕事まで変更させてしまいました」
「私のことなど、気にしなくていい。クレールの体調が何より大切だ」
何か食べられそうか? と聞いてくれたけれど、今はまだ何も食べたくありませんと、答えておいた。
一度起こした上肢を再びシーツに沈める。
気分は回復していた。熱もスッカリと引き、昨夜の急変が嘘のように平穏そのものだ。
マルティネス王子とヴィクトール様は夜のうちに帰ってしまっていた。僕に会わないよう、気を遣ってくれたのだろう。また、ヒートを起こせば大変だから。
あの感覚はアシルの中にいた時以来だ。
クレールとしてオメガ性を発症してから、こんなにも酷いヒートは起こしたことがない。
新薬を飲んでいた。ヴィクトール様にだけ効かなかった。
これが何を意味するのか……抗えない欲情。あの、真っ直ぐに僕を捉える琥珀色の眸。あれだけのヒートで酩酊しているような状態であったにも関わらず、目に焼き付けられたヴィクトール様の姿だけは鮮明に思い出せる。
結局、夕方まで寝たり起きたりを繰り返しながら過ごした。
抑制剤のおかげでヒートは治ったものの、なんとなく体に力が入らない。きっと昨日限界を超えて力んでいたと考えられる。腕に筋肉痛に似た痛みを感じる。
あれだけの事件を起こしてしまい、ヴィクトール様に失礼なことをしてしまった。
彼は大丈夫だっただろうか。
「もう、会えないかもしれないな」
少し残念に思いながらも、またあの酷いヒートを起こすのは怖い。次もみんながいるとは限らない。一人では、どうすることも出来なかった。ヴィクトール様から放たれる鎖にグルグル巻きにされたように、捕えられた獲物のような気分は、思い出しただけでも震えてしまう。
「クレール、入ってもいい?」
突然ノックと共に話かけてきたのは、アシルお母様だ。
「え? なんで……」
気のせいかと思ったが、入室したのは紛れもないアシルお母様だった。
「侍女が馬車で迎えに来てくれたんだ。怖かったね」
「……うん」
「今は、体調どう?」
「もうすっかり良くなってますが、食欲はありません」
「そっか、注射の後はそうなるよ」
アシルお母様は、何度も抑制剤の注射を打ったことがあるそうだ。
僕は一回くらいで気が滅入って恥ずかしくなる。
「オメガなら、誰でもあり得ることだから、そこは気にしなくていい」
「はい。でも、ヴィクトール様が怒っていないか気になってしまって」
「オメガのフェロモンで誘ったんじゃないかって、そう思ってる?」
確信を突かれ、頷くしか出来ない。
でもアシルお母様はそうではないと言う。フェロモンを抑える努力をしても、抗えない時もあるんだと続けた。
「ヴィクトール様を夜のうちに帰したのは、彼がまだ十六歳で学生だから。今、子供なんてできると大変じゃない? 番になるくらいならまだしも。子供の頃に仲が良かったとはいえ、十年以上ぶりの再会で、お互いこれまでの生活も何も知らないでしょ? 万が一二人が番になるとしても、それは早すぎる。本当はまた少しずつ時間が取れたらいいなって思っていたけれど、ヴィクトール様のアルファ性がもっと安定するまでは、会わせない方がいいねって話し合って帰ったみたいだよ」
「そう、なんですね……」
「それと、ヴィクトトール様がクレールに御免なさいと謝って欲しいって」
「ヴィクトール様が?」
「うん、自分のせいで怖がらせちゃったからって」
「そんなの、ヴィクトール様だけの責任じゃないのに」
せっかく再会を果たした僕たちだが、今度は強制的に会えなくなってしまった。
ノアとノランにもここには近づいてはいけないと言って、近づきもさせなかったようだ。
二人はいきなりラット状態になったヴィクトール様を目の当たりにし、相当ショックを受けていた。怪我こそなかったものの、突き飛ばされた後は身動きが取れなかった。
そりゃ、あの子達もアルファだ。あの獣に取り憑かれたように、自分もなるのかと思えば誰だって怖いだろう。
いつもなら、クレールに近づいてはいけないと言っても納得しないノランが、今回ばかりは二つ返事で了承したらしい。
後でフォローを入れたいと思ったが、二人も学校があるからと、もうこの屋敷を出た後だった。
「ぼくは三日ほどはここにいるからね」
「良かったです。アシルお母様がいてくれると、安心です。でもまだこっちに来たばかりで、もう迷惑をかけてしまいました」
「まだ学校を卒業したばかりじゃない。甘えてくれると嬉しいんだよ」
「はい」
夜までのんびりとアシルお母様と話をして過ごし、夜にはノアにノラン、そしてヴィクトール様にも手紙を書いた。
いつかまた、会えますように……。
あなたにおすすめの小説
【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません
カシナシ
BL
「お前など、愛す価値もない」
ディディア・ファントム侯爵令息が階段から落ちる時見たのは、婚約者が従兄弟を抱きしめている姿。
(これって、ディディアーーBLゲームの悪役令息じゃないか!)
妹の笑顔を見るためにやりこんでいたBLゲーム。引くほどレベルを上げた主人公のスキルが、なぜかディディアに転生してそのまま引き継いでいる。
スキルなしとして家族に『失敗作』と蔑まれていたのは、そのスキルのレベルが高すぎたかららしい。
スキルと自分を取り戻したディディアは、婚約者を追いかけまわすのを辞め、自立に向けて淡々と準備をする。
もちろん元婚約者と従兄弟には近付かないので、絡んでこないでいただけます?
十万文字程度。
3/7 完結しました!
※主人公:マイペース美人受け
※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。完結までの12日間に渡り、ほとんど2〜5位と食い込めた作品となりました!あああありがとうございます……!。゚(゚´Д`゚)゚。
たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。
婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw
ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。
軽く説明
★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。
★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!