【完結】『拝啓、親愛なる王子殿下』代書屋オメガの秘めたる愛を綴ります。

亜沙美多郎

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第一章

贈り物

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 渡せない手紙を引き出しに閉まった。
 エルネスト王子殿下の期待に添えないうちは渡せないと思った。
 それこそ、王子殿下の言う『答え』が見つかるまでは……。

 しかし手紙を書くと、余計にエルネスト王子殿下で頭がいっぱいになってしまう。
 こんなにも親しい人も他にはいない。
 でも例え別の誰かに手紙を書いとしても、こんな気持ちにはなれないように思うのだ。

「……あれ」
 今、一瞬何か閃きかけた。
 エルネスト王子殿下からの課題である『私の本音』に触れた気がした。
 自分の胸に手を当てる。静かに、しかし忙しなく繰り返される鼓動は、しばらく落ち着きそうにない。

 窓を開け、夜空を見上げると半分欠けた月が輝いている。
「明日は、会えるかな。会えますように」
 エルネスト王子殿下と話がしたい。その中に何かヒントがある気がする。
 何より、あの笑顔を見るだけで、ただ凪いていた水面に波紋が生まれるような躍動を感じる。
 私はその疼く感覚を、また体感したくて仕方ないのだ。

 けれども、翌日は明け方から雲行きが怪しく、昼食をとる頃にはしとしとと雨が降り始めた。
「嫌な雨だな……」
 窓越しに眺めて肩を落とした。
 曇天の空は低く、私の心をも圧迫する。
 こんな日は何をしても集中出来ず、時間を弄ぶ。

 結局、私が次に出かけられたのは五日ほど経ってからだった。
 引き篭っている間に、手紙が三通増えた。
 日を追うほどにネガティブになっているのが自分でも分かる。
「これは、とても渡せたもんじゃない」
 やはり引き出しにしまい込み、自分の想いを封印した。

 午後になり、サラと屋敷を出発する。
 
 いつもの草原のベンチには、珍しくエルネスト王子殿下が先に座って待っていた。

「エクラ、サラ、やっと会えたね」
「エノ様、こんなに早くいらっしゃっていたのですね」
「あぁ、渡したい物が沢山あってね。早く座って」
「渡したい物?」
 なんだろうと思いながら定位置に腰を下ろす。

 テーブルの上には色んな物が置かれているが、統一性はない。

「会えない間に街に買い物に出かけたり、前々からエクラにプレゼントしたくて作らせていたものがあったんだ。先ずは……これだ」
 手に持ったのは白い羽根ペンだった。そして反対の手にはインク瓶を持っている。
 
「綺麗な羽ですね」
 
「あぁ、俺のお気に入りでね。仕事で使ってるのと同じ物なんだ。ほら、忙しくてもエクラも同じ物を使ってると思えば、やる気も出るってもんでしょ。そして、こっちは特別に作らせたインク」

 エルネスト王子殿下は早速試して欲しいらしく、紙も準備していた。

 羽根ペンを受け取り、インク瓶の蓋を開ける。
 そっとペン先を浸し、紙の上を滑らせると、鮮やかなブルーの線が描かれた。
「こんな色、初めて見ました」
 少し紫も混ざっているような絶妙な色合いに、思わず見惚れてしまう。
「綺麗だろう。青いアイリスから抽出したインクだ。エクラのイメージにぴったりだと思ったんだ」
「私に!?」
「あぁ、エクラはブルーが良く似合う。深いブルーも、淡いブルーも。澄んでいて、それでいて深くて計り知れない。もっと色んな君を覗いてみたくなる」
「そ……そんな神秘的なイメージじゃないですよ。過大評価です」
 エルネスト王子殿下の中で、私という人柄があまりに美化されていて尻込みしてしまう。

 他人を褒めるのが上手いのは、喜ばせるのが好きな彼の性格ゆえだろう。
 そんな気遣いに、素直にお礼も言えない自分はちっとも可愛くない。

 けれど王子殿下は、テーブルに置いてある木彫りの小鳥の人形を取り、嘴で私の頬を突く。
 
「まったく、君は貴族なのに控えめで献身的で穏やかで……決して他人に自分を見せない。その深層部にどんなエクラを秘めているのか、俺は興味津々なんだ。それに、ブルーは好きな色でもあるから、君をその中に閉じ込めたいのかもしれないな」
 
 小鳥の人形をテーブルの上で歩かせる。前にやって来た青い鳥によく似ている。
 エルネスト王子殿下も、街の市場でこの人形を見つけた時、あの鳥を思い出したらしい。

「木彫りの人形は目新しいと思ったけど、平民の間ではお守りとして持つメジャーなものらしい。その暮らしに入ってみれば色んな発見がある。これは、俺と離れている時のお守りとして持っていていてくれ」

「ありがとうございます。木彫りの人形なんて私も初めて見ました。温かみを感じますね」
 小さな人形は手に馴染む小振りなサイズだ。
「気に入ってくれた?」
「はい、とても素敵です。大切にします」
「じゃあ、次はこれね」
「まだあるのですか!? 頂き過ぎです」
「俺が渡したいだけだから、受け取ってくれると嬉しいよ」
 
 エルネスト王子殿下は穿いているズボンのポケットから、一枚のハンカチーフを取り出した。
 
「平民に扮装してるから、こうして持ち歩くしかなくてね」
 質のいい絹のハンカチーフは、縁に幅の広いレースが施されている。
 王子殿下が身につけていたから、百合の匂い付きだ。

「こんな高価なもの……」
「エクラと離れている時間に、君を思い出していたらこんなに集まっていた。同じように、何処にいても俺を思い出して欲しくてね。良ければ、エクラの私物も貰えないだろうか?」
「私の物なんて……エノ様にお渡し出来るものなどありません」

 ヴェイルハート家で暮らしていられるだけ恵まれている現状。持ち物は何もかも最低しかない。いつも同じような服装で王子殿下に会っていて恥ずかしいほどだ。
 そんな私が王家の人に贈るものなど、持っているはずはない。

 困っていると、エルネスト王子殿下がこちらに手を伸ばし、襟元のリボンタイをするりと外した。

「これがいい」
「こんなもの、使い過ぎてボロボロですし……」
「いや、これがいいんだ。エクラの匂いがする」
「私の匂い?」
「あぁ、甘くて癒される。君の匂いのするものが欲しいとずっと思っていた」

 エルネスト王子殿下はリボンタイを嗅ぎ、満足そうに頷いた。
「こんなに価値のあるものは、他にないよ」
 私の頬に手を添える。

「今日はもう行かなくてはならない。さぁ、ハグをさせて。しっかりとマーキングしておかないとね」
「え、マーキング?」
「そりゃそうだ。変なアルファに狙われないよう、また俺の匂いを付けさせてもらうよ」
 有無を言わせず抱きしめ、頬ずりをした。

 以前の抱擁はマーキングをしていたらしいと知り、唖然としてしまった。
「誰とも会いませんよ」
「駄目だ。何時どこでアルファと出くわすか分からないからね。念には念を!! じゃあ、レインマークに見つからないうちに帰るよ。またね」

 サラにも律儀に挨拶をし、エルネスト王子殿下は帰ってしまった。
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