【完結】『拝啓、親愛なる王子殿下』代書屋オメガの秘めたる愛を綴ります。

亜沙美多郎

文字の大きさ
38 / 85
第三章

様々な依頼

しおりを挟む
 気を抜く暇もなく次に店を訪れたのは、政略結婚で恋人と別れてしまったアルノー伯爵子息。
 こっそりと誕生日カードを送って欲しいとの依頼だった。
「一言で良いんだ。アナベラの幸せを願っていると」
 アルノー伯爵子息は、十三歳の頃から政略結婚が決まっていた。
 けれども学生時代にアナベラ侯爵令嬢と恋に落ちた。許されない関係に二人は泣く泣く別れを選んだのだが、最近アナベラが婚約破棄されたと噂を聞き、誕生日を祝ってやれない寂しさから、せめてカードを贈りたいと思ったのだそうだ。
 
「私は自分の家族を裏切りたい訳じゃないんだ。アナベラとの復縁を望んでもいない。ただ、嫌いで別れた訳じゃないから、どうしても彼女が寂しい誕生日を迎えるなんて見過ごせない。どうか、解って欲しい」
 アルノー伯爵令息の言葉を真剣に聞くクロマは大きく頷いた。
 
「そういう依頼は、結構多いんですよ。だから、アルノー様も思い詰めないで下さい。貴族様はご家同士の繋がりが大切。同じように、本命の方と結ばれなかった方達が、沢山来られます。それに、誕生日を祝って貰って嬉しくない人なんていませんし、侯爵令嬢様ともなれば、メッセージカードは沢山届くでしょう。ですから、何かアルノー様からだと分かる一文を添えられては如何でしょうか」
 どうか、そのご依頼、私にお任せくださいと胸を張る。
 
 アルノー伯爵令息はクロマの言葉に表情を綻ばせた。
「そうなのか、良かった。こんなコソコソとするのは良くないと気に病んでいたから、肩の力が抜けた。そうだな……では、アナベラが好きな詩の一節を添えてもらおう。では、よろしく頼む」
 アルノー伯爵子息は深く礼をして帰っていった。

 私たちは、誕生日のお祝いにぴったりのカードを買いに出かけることにした。

 隣のパン屋から焼きたてパンのいい香りがする。
 そういえば今日はチップの焼いたパンが貰える日だと思った。
 この時間、チップは王都の店にいることが多い。
 夕方以降に紙袋いっぱいのパンが届くだろう。

 歩きながらアルノー様とクロマの会話を思い出していた。
 彼の気持ちはとても共感できた。
 私もエルネスト王子殿下がどうか幸せでいて欲しいと願っている。
 誕生日がいつなのかは知らないが、もしも知っていたなら、同じようにメッセージカードを贈りたいと思っただろう。

 メッセージカードに私情を挟むのはどうなのかとクロマに相談すると、大いに結構と煥発入れずに返事が飛んできた。
「私はどうも恋愛感情というのに疎くてね。それにもう、若くもない。だからあんな風に恋愛に悩むお方の力になりたいとは思うが、恋文は苦手なんだ。でもエクラならそういうもどかしい気持ちや恋焦がれる気持ちに寄り添ってやれるだろう? それはちゃんと文章から伝わるもんだ。エクラにぴったりの仕事だ」

 大事な書類耶通達の代書はクロマが、礼状や恋文は私が担当してくれると有り難いと言う。
 私もそれがいいと思った。
 それぞれが得意分野で活動できれば、顧客様の要望にもしっかりと応えられる。

 メッセージカードは夕方遅くにチップが来る頃には仕上がっていた。
 『親愛なるアナベラ。
 君の誕生日をお祝いしたくてメッセージを送らせて貰った。
 誕生日おめでとう。
 美しい花は貴女の笑顔そのものだ。
 香り高く咲き誇り続けんと願う』

 アルノー伯爵子息の気持ちが、アナベラに伝わりますようにと願いを込めて綴った。

 書くほどに、自信に繋がる。
 恋文を依頼する人は、本当に多い。クロマがアルノー伯爵令息を励ますために言ったのかと思っていたが、大袈裟ではなく本当に沢山の依頼が届いた。
 政略結婚で本命の人と結ばれない、身分の違いで諦めざるを得ない、様々な理由で別の人との結婚を余儀なくされるのは、自分だけではないのだと、改めて痛感した。
 この人たちの力になれるのを誇らしく思う。そうクロマに言うと、「代書というのは、心に寄り添うことだ」と教えてくれた。

「エクラにとって天職かもしれんな」と言ってもらえたのが嬉しかった。

 自分に自信を持てる仕事に出会えたのもクロマのおかげだ。

 代書の仕事に慣れてきた頃、一人の子爵が店を訪ねてきた。
「私はノワールと申します。代書をしてもらえると伺ってきたのですが……」
 様子がおかしいと、クロマも感じたようだ。
 何か思い詰めている空気を漂わせている。

「内容によっちゃお断りさせて頂く場合もございますが、お話はお聞きいたします」
 店の鍵を急いで掛け、ノワールと名乗った男性を奥の部屋へと招き入れた。
 この名前には覚えがあった。
 レオナルト公爵からの依頼で、何度か礼状を出しているうちの一人だ。

「それで、どんな依頼内容でしょうか」
 クロマから切り出す。
「王都の監察官宛に、密告書を送って頂きたいのです。匿名で」
 ノワール子爵の眸が揺らいだ。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...