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第三章
様々な依頼
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気を抜く暇もなく次に店を訪れたのは、政略結婚で恋人と別れてしまったアルノー伯爵子息。
こっそりと誕生日カードを送って欲しいとの依頼だった。
「一言で良いんだ。アナベラの幸せを願っていると」
アルノー伯爵子息は、十三歳の頃から政略結婚が決まっていた。
けれども学生時代にアナベラ侯爵令嬢と恋に落ちた。許されない関係に二人は泣く泣く別れを選んだのだが、最近アナベラが婚約破棄されたと噂を聞き、誕生日を祝ってやれない寂しさから、せめてカードを贈りたいと思ったのだそうだ。
「私は自分の家族を裏切りたい訳じゃないんだ。アナベラとの復縁を望んでもいない。ただ、嫌いで別れた訳じゃないから、どうしても彼女が寂しい誕生日を迎えるなんて見過ごせない。どうか、解って欲しい」
アルノー伯爵令息の言葉を真剣に聞くクロマは大きく頷いた。
「そういう依頼は、結構多いんですよ。だから、アルノー様も思い詰めないで下さい。貴族様はご家同士の繋がりが大切。同じように、本命の方と結ばれなかった方達が、沢山来られます。それに、誕生日を祝って貰って嬉しくない人なんていませんし、侯爵令嬢様ともなれば、メッセージカードは沢山届くでしょう。ですから、何かアルノー様からだと分かる一文を添えられては如何でしょうか」
どうか、そのご依頼、私にお任せくださいと胸を張る。
アルノー伯爵令息はクロマの言葉に表情を綻ばせた。
「そうなのか、良かった。こんなコソコソとするのは良くないと気に病んでいたから、肩の力が抜けた。そうだな……では、アナベラが好きな詩の一節を添えてもらおう。では、よろしく頼む」
アルノー伯爵子息は深く礼をして帰っていった。
私たちは、誕生日のお祝いにぴったりのカードを買いに出かけることにした。
隣のパン屋から焼きたてパンのいい香りがする。
そういえば今日はチップの焼いたパンが貰える日だと思った。
この時間、チップは王都の店にいることが多い。
夕方以降に紙袋いっぱいのパンが届くだろう。
歩きながらアルノー様とクロマの会話を思い出していた。
彼の気持ちはとても共感できた。
私もエルネスト王子殿下がどうか幸せでいて欲しいと願っている。
誕生日がいつなのかは知らないが、もしも知っていたなら、同じようにメッセージカードを贈りたいと思っただろう。
メッセージカードに私情を挟むのはどうなのかとクロマに相談すると、大いに結構と煥発入れずに返事が飛んできた。
「私はどうも恋愛感情というのに疎くてね。それにもう、若くもない。だからあんな風に恋愛に悩むお方の力になりたいとは思うが、恋文は苦手なんだ。でもエクラならそういうもどかしい気持ちや恋焦がれる気持ちに寄り添ってやれるだろう? それはちゃんと文章から伝わるもんだ。エクラにぴったりの仕事だ」
大事な書類耶通達の代書はクロマが、礼状や恋文は私が担当してくれると有り難いと言う。
私もそれがいいと思った。
それぞれが得意分野で活動できれば、顧客様の要望にもしっかりと応えられる。
メッセージカードは夕方遅くにチップが来る頃には仕上がっていた。
『親愛なるアナベラ。
君の誕生日をお祝いしたくてメッセージを送らせて貰った。
誕生日おめでとう。
美しい花は貴女の笑顔そのものだ。
香り高く咲き誇り続けんと願う』
アルノー伯爵子息の気持ちが、アナベラに伝わりますようにと願いを込めて綴った。
書くほどに、自信に繋がる。
恋文を依頼する人は、本当に多い。クロマがアルノー伯爵令息を励ますために言ったのかと思っていたが、大袈裟ではなく本当に沢山の依頼が届いた。
政略結婚で本命の人と結ばれない、身分の違いで諦めざるを得ない、様々な理由で別の人との結婚を余儀なくされるのは、自分だけではないのだと、改めて痛感した。
この人たちの力になれるのを誇らしく思う。そうクロマに言うと、「代書というのは、心に寄り添うことだ」と教えてくれた。
「エクラにとって天職かもしれんな」と言ってもらえたのが嬉しかった。
自分に自信を持てる仕事に出会えたのもクロマのおかげだ。
代書の仕事に慣れてきた頃、一人の子爵が店を訪ねてきた。
「私はノワールと申します。代書をしてもらえると伺ってきたのですが……」
様子がおかしいと、クロマも感じたようだ。
何か思い詰めている空気を漂わせている。
「内容によっちゃお断りさせて頂く場合もございますが、お話はお聞きいたします」
店の鍵を急いで掛け、ノワールと名乗った男性を奥の部屋へと招き入れた。
この名前には覚えがあった。
レオナルト公爵からの依頼で、何度か礼状を出しているうちの一人だ。
「それで、どんな依頼内容でしょうか」
クロマから切り出す。
「王都の監察官宛に、密告書を送って頂きたいのです。匿名で」
ノワール子爵の眸が揺らいだ。
こっそりと誕生日カードを送って欲しいとの依頼だった。
「一言で良いんだ。アナベラの幸せを願っていると」
アルノー伯爵子息は、十三歳の頃から政略結婚が決まっていた。
けれども学生時代にアナベラ侯爵令嬢と恋に落ちた。許されない関係に二人は泣く泣く別れを選んだのだが、最近アナベラが婚約破棄されたと噂を聞き、誕生日を祝ってやれない寂しさから、せめてカードを贈りたいと思ったのだそうだ。
「私は自分の家族を裏切りたい訳じゃないんだ。アナベラとの復縁を望んでもいない。ただ、嫌いで別れた訳じゃないから、どうしても彼女が寂しい誕生日を迎えるなんて見過ごせない。どうか、解って欲しい」
アルノー伯爵令息の言葉を真剣に聞くクロマは大きく頷いた。
「そういう依頼は、結構多いんですよ。だから、アルノー様も思い詰めないで下さい。貴族様はご家同士の繋がりが大切。同じように、本命の方と結ばれなかった方達が、沢山来られます。それに、誕生日を祝って貰って嬉しくない人なんていませんし、侯爵令嬢様ともなれば、メッセージカードは沢山届くでしょう。ですから、何かアルノー様からだと分かる一文を添えられては如何でしょうか」
どうか、そのご依頼、私にお任せくださいと胸を張る。
アルノー伯爵令息はクロマの言葉に表情を綻ばせた。
「そうなのか、良かった。こんなコソコソとするのは良くないと気に病んでいたから、肩の力が抜けた。そうだな……では、アナベラが好きな詩の一節を添えてもらおう。では、よろしく頼む」
アルノー伯爵子息は深く礼をして帰っていった。
私たちは、誕生日のお祝いにぴったりのカードを買いに出かけることにした。
隣のパン屋から焼きたてパンのいい香りがする。
そういえば今日はチップの焼いたパンが貰える日だと思った。
この時間、チップは王都の店にいることが多い。
夕方以降に紙袋いっぱいのパンが届くだろう。
歩きながらアルノー様とクロマの会話を思い出していた。
彼の気持ちはとても共感できた。
私もエルネスト王子殿下がどうか幸せでいて欲しいと願っている。
誕生日がいつなのかは知らないが、もしも知っていたなら、同じようにメッセージカードを贈りたいと思っただろう。
メッセージカードに私情を挟むのはどうなのかとクロマに相談すると、大いに結構と煥発入れずに返事が飛んできた。
「私はどうも恋愛感情というのに疎くてね。それにもう、若くもない。だからあんな風に恋愛に悩むお方の力になりたいとは思うが、恋文は苦手なんだ。でもエクラならそういうもどかしい気持ちや恋焦がれる気持ちに寄り添ってやれるだろう? それはちゃんと文章から伝わるもんだ。エクラにぴったりの仕事だ」
大事な書類耶通達の代書はクロマが、礼状や恋文は私が担当してくれると有り難いと言う。
私もそれがいいと思った。
それぞれが得意分野で活動できれば、顧客様の要望にもしっかりと応えられる。
メッセージカードは夕方遅くにチップが来る頃には仕上がっていた。
『親愛なるアナベラ。
君の誕生日をお祝いしたくてメッセージを送らせて貰った。
誕生日おめでとう。
美しい花は貴女の笑顔そのものだ。
香り高く咲き誇り続けんと願う』
アルノー伯爵子息の気持ちが、アナベラに伝わりますようにと願いを込めて綴った。
書くほどに、自信に繋がる。
恋文を依頼する人は、本当に多い。クロマがアルノー伯爵令息を励ますために言ったのかと思っていたが、大袈裟ではなく本当に沢山の依頼が届いた。
政略結婚で本命の人と結ばれない、身分の違いで諦めざるを得ない、様々な理由で別の人との結婚を余儀なくされるのは、自分だけではないのだと、改めて痛感した。
この人たちの力になれるのを誇らしく思う。そうクロマに言うと、「代書というのは、心に寄り添うことだ」と教えてくれた。
「エクラにとって天職かもしれんな」と言ってもらえたのが嬉しかった。
自分に自信を持てる仕事に出会えたのもクロマのおかげだ。
代書の仕事に慣れてきた頃、一人の子爵が店を訪ねてきた。
「私はノワールと申します。代書をしてもらえると伺ってきたのですが……」
様子がおかしいと、クロマも感じたようだ。
何か思い詰めている空気を漂わせている。
「内容によっちゃお断りさせて頂く場合もございますが、お話はお聞きいたします」
店の鍵を急いで掛け、ノワールと名乗った男性を奥の部屋へと招き入れた。
この名前には覚えがあった。
レオナルト公爵からの依頼で、何度か礼状を出しているうちの一人だ。
「それで、どんな依頼内容でしょうか」
クロマから切り出す。
「王都の監察官宛に、密告書を送って頂きたいのです。匿名で」
ノワール子爵の眸が揺らいだ。
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