【完結】『拝啓、親愛なる王子殿下』代書屋オメガの秘めたる愛を綴ります。

亜沙美多郎

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第三章

緊急調査隊

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 顔を上げたクロマと目が合う。
 そうだ、すっかり忘れてしまっていた。今、まさにパンの話をしていたのに、見事に頭から抜け落ちていた。
 チップはレオナルト公爵家にもパンを卸しているではないか。

「チップから、昨日私たちが聞いた話をそのままレオナルト公爵様に話して貰えば良いんですね!!」
「そう言うことだ。レオナルト公爵様なら、それだけで察してくださるはずだ」
「私、早速チップを呼んできます」
 店を飛び出して直ぐ隣のパン屋に入る。
「良い香り」思わず焼きたてのパンの香りを鼻から吸い込んだ。
「おや、エクラじゃないか。店に来るなんて珍しい。チップに用かい?」
「はい。今日は王都ですか?」
「いや、ちょっと買い出しを頼んだだけだから、そろそろ帰ってくると思うよ。晩御飯のパンを持って行くと良い。良いバターが手に入ってね。レーズンとの相性も抜群だ。ブリオッシュも入れておくから食べてくれ」
「そんなに頂いても良いんですか?」
「ウチのチップが世話になってるからな。五月蝿い奴だが、エクラと仲良くなってから、一層修行に励んでくれるようになった。これはほんのお礼さ」
「頑張っているのはチップ本人の意思ですよ。でも、ありがとうございます」

 チップの父と話をしていると、裏口からチップが現れた。
「父さん、配達終わった。明日の仕入れのメモ、やっておけばいい? ……って、エクラじゃん。どうした、なんかあった?」
 慌てて店に出てくる。
「急にごめんね。ちょっとクロマさんと三人で話したいことがあって。店に来て欲しいんだ」
「あぁ、メモだけ取ったらすぐに行くよ」
 チップは倉庫へと急ぐ。
 奥でバケツを蹴飛ばして叫ぶ声が聞こえた。

「全く、何歳になったら落ち着くんだろうなぁ。ちょっとはエクラを見習ってほしいもんだ」
 チップの父が顔を左右に振りながらため息を吐いた。
「私は逆にチップのように明るく振る舞うのは苦手ですから。羨ましいです」
「エクラは優しいからそう言ってくれるんだ。アーモンドも持って行きなさい」
 小さな包みに数粒のアーモンドまで持たせてくれた。
 お礼を言ってクロマの許に戻る。

 チップも、父が「待たせるのも悪いから行ってこい」と言ってくれたらしく、ほぼ同時にダイニングまで来てくれた。

「昨日の白パンの話なんだけど」
「あぁ、粗悪品の小麦を売ってるってやつ? あれはそろそろ取り締られてもおかしくない。っていうか、困るんだよね。この街であんなの売られると。間違って買った日には店の品質に関わる。この街の店は少なからず貴族様と契約しているだろう? そんなパン、持っていけないからな」
「それ、チップからレオナルト公爵様に話してみない? 確か、公爵家にもパンを卸してるよね」
「えっ俺から!? 公爵様に直接なんて、緊張するよ。確かに契約してくれてるけど、会うのは料理長だしさ。急に街のパン屋から話がありますなんて烏滸がましくない?」

 チップの話を聞いて、クロマはプッと吹き出した。
「お前も烏滸がましく感じたりするんだな」
「うっせ!! 相手が公爵様なら誰だって烏滸がましい気持ちが芽生えるだろう。クマさん相手とは訳が違うんだからな」
 まだ十九歳のチップから公爵と対面して話すのは、確かに緊張してしまう。
 クロマとの会話を聞いているから温厚な人柄だと知っているが、それを知らない人からすれば一人の人間の前に【公爵様】の圧が強すぎる。

「しかしな、実はレオナルト公爵様が今まさに粗悪品の調査を行なっているんだ。だから実際商売をやってる人からの垂れ込みが必要なんだ。受けてもらえるか、チップ」
「まぁ、クマさんの頼みなら断れないし。ちゃんと喋れなくても笑うなよな」
「笑わないさ。チップが伝えきれない部分は私からフォロー入れる。急いでるんだ。よろしく頼む」
「私からもお願いします」
 二人から頭を下げられると、チップも逃げられない。
 今日ばかりは来るんじゃなかったと思っているかもしれないと思っていたが、そこはやはり職人の血を引いている。

「ドミナクス辺境伯の不正を暴くチャンスだ!! もう、この街で好き勝手やらせないからな!!」
 気持ちの切り替えが羨ましいほど早い。

 クロマは早速レオナルト公爵に連絡をとり、後日話し合いの場が設けられた。

「……それは確かなのだな、パブロフ君」
 チップから私たちと同じ内容の話を聞かせ、レオナルト公爵は目を瞠った。
 新たな切り口が見つかり、歓喜するのを必死で抑えている。
 まだ監察官がドミナクス辺境地へ調査隊を送るのを渋っているのか動きがない。
 これは密告者からの本気度を図られている。もしくは、行動するには情報が足りない……。
 レオナルト公爵も、別の情報を仕入れようと探っているところだったと明かした。

「君の名前は絶対に出さないから、その情報を私に預けてくれないか。決してパブロフ君に迷惑はかけない」
「構いません。街の品質を落とされては、職人も困ってしまいます。もし、よければ他の食材も調べて欲しいのですが、引き受けてくださいませんか? 市場では腐ったワインや野菜も流出しています。年々、等級偽装は増えているんです」
「それが全て同じ領地から送られてくる可能性は高いな……。ありがとう、君の情報提供に感謝する」

 チップは緊張すると言いながらも、得意の話術でレオナルト公爵相手に熱弁してくれた。
 レオナルト公爵様も知りたかった情報が手に入り、直ちに調査に乗り出すと意気込んでいる。
 
「ありがとう」と労うと一気に緊張の糸が切れ、息切れしながら猫背で帰っていった。
「ありゃ、今日は使い物にならんな」
 クロマが苦笑いを浮かべる。
「でも、これで動いてくれるといいですね」
「レオナルト公爵様のことだ。エクラが想像するよりも早く密告書の依頼が来るぞ」

 クロマの言う通り、レオナルト公爵はものの数日後に二通目の密告書の依頼に店を訪れた。
 概ね、我々も予想していた通りの結果であった。

「小麦は雑穀を混ぜたもの、酷いものは石灰を混ぜて白パン用だと謳っていた。これは収益から横領している可能性が高い。等級偽装だけでも違反だからな。ここまで酷いと、パブロフ君の見立て通り他も怪しい。これは監察官が動いてくれる可能性は高い。クレアモント、良く教えてくれたものだ。君には世話になりっぱなしだ」
「光栄な事です。密告書はなるべく早く送っておきます」
「頼んだ。ドミナクスめ。いつまでも好き勝手はさせん」
 レオナルト公爵は怒りを露わにした。

「我々も、精一杯の協力をさせてください。伯爵家を没落に追い込み、更に自分だけが悠々と暮らしている。そんなの許せませんから」
 クロマは私の想いを代弁してくれた。

 そして送った密告書により、ついに緊急調査隊が動いた。
 逃げられないよう、秘密裏に動いているとレオナルト公爵からこっそり教えてもらった。
「実は監察官も調べてくれていたんだ。すると、徴税の報告書に違和感を覚えたらしい。今回の密告書の内容も相まって調査隊を派遣すると決まった。もう出発しているはずだ。これは、きっと大掛かりな調査になるはずだ」
 既にレオナルト公爵は勝利を確信している。
 私も、これであの奴隷たちが解放されれば嬉しいと思う。

 レオナルト公爵の見立て通り、ドミナクス辺境伯の調査隊は緊急に調査期間を延ばしていた。
「これは相当だぞ……」
 レオナルト公爵と共に意気込んでいたクロマが、日を追うごとに青ざめていく。
 調査期間は二十日目が目前に迫っていた。それでもまだ調査隊からの報告は何一つ上ってこない。

 チップからは市場にドミナクス辺境地からの荷物が届かなくなっているとだけ聞いていた。

 そんなある日、私は朝から体調が悪かった。
「きっと疲れが溜まっているんだ。今日は一日ゆっくり休むといい」
「すみませんが、そうさせてもらいます」
 自室に移動し、横になった。

 しばらくして、眠っているのに熱が上っていくのを感じる。
「風邪……かな」
 ヴェイルハート家の噂を聞いてから今日まで、確かに気が休まる暇もなかった。
 監察官が動き出して気が緩んだのかもしれない。

「息苦しい……」
 窓を開け、部屋の空気を入れ替える。
 すると、店のすぐ前に仰々しいほど絢爛な馬車が停まった。
 あれは……王族の紋章だ。

「え、まさか……」
 下腹から疼く熱……忘れてしまっていた、これは風邪なんかじゃない。
 ヒートだ。

「まって、と言うことは」
 もしかして……いや、そんなはずは……。
 このまま一階に降りるのは危険だ。
 王族の人が来ていると言うことは、アルファがいるということ。
 それでも、確認せずにはいられなかった。

 息を殺して店と居住スペースを仕切るドアに隙間を作る。
 次の瞬間、その人の声が聞こえた。

「エルネスト・カイン・アッシュベイルと申します」
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