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第三章
王子殿下からのプレゼント
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エルネスト王子殿下は予定より少し遅れて店を訪れた。
この七日間、肌身離さず持っていた百合の匂いがついた手紙。もっとしっかり嗅ぎたくて、朝からまた倍の量の抑制剤を飲み、カーテンの陰に待機した。
「すまない、遅くなってしまった」
「こちらこそ、お忙しいのに店に寄って頂き申し訳ございません。もし、ご来店が難しい時は郵送も致しますのでなんなりと」
「いや、ここに来るのは楽しみでね。本を眺めるのも匂いも好きだ。それにここは落ち着く」
「有り難きお言葉……。どうぞ、誰も見ていませんから背凭れに凭れて頂いても構いません。本屋はリラックス出来てこそなんです」
「クロマのそういう考えには共感する。それで、代書役の彼はエクラを知っていたのかな?」
背凭れに凭れるどころか、身を乗り出して訊ねる。
クロマは大きく頷いて、私からの手紙を丁重に机の上に置いて差し出した。
手紙の他にも何か入っていると思われただろう。しかし袋の中には手紙しか入っていない。
あの束を見た瞬間のエルネスト王子殿下の反応が気になって息を呑む。
紙が滑る音がして、続いてエルネスト王子殿下が感嘆の声を漏らした。
「あぁ、そうだ。確かに、エクラだ。間違いない」
「持ち帰って、ゆっくりお読みください」
「いや、まだまだ帰れないんだ。今、ここで読ませてもらっても構わないか?」
「どうぞどうぞ。アッシュベイル第三王子殿下が帰られるまでは、他の客は一人も入店させませんので。時間の許す限りご堪能下さい」
「では遠慮なくそうさせてもらう」
一枚目から読み始めたエルネスト王子殿下。店内が一気に静かになった。
まかさここで読むとは想像もしていなかった。
そりゃ、王子殿下からしてみれば私が陰で覗いているなんて知る由もないから、どこで読もうと自由だ。でも絶妙に醜態を晒している気持ちになって自分がいたたまれない。
どのくらいの時間が経ったか、沈黙の時間はえらく長いように思えた。
エルネスト王子殿下がそっと手紙を机に置き、クロマに「ありがとう」と言った。
「代書役を頼ったのは賭けだった。本当に返事をもらって来てくれるとは、期待しつつも諦める覚悟もしていた。でも、これは間違いなくエクラだ。彼を心配していた。きっと言いたくなかったことも記してくれている。俺はそれも含めて全てが嬉しい。そうだ……」
何かを思い出したのか、入り口に立っている側近のレインマークに声をかける。
レインマークは頷いて小さな包みをエルネスト王子殿下に手渡した。
クロマに一礼をすると再び入り口に戻り姿勢を正す。
エルネスト王子殿下はその包みをクロマに差し出した。
「手紙に丁度使い切ったと書いてあった。タイミングが良かった。これをエクラに届けてもらおうと思って持って来ていたんだ」
「これは?」
「インクだ。以前、一度プレゼントしたもので俺が特注で作らせたものだ。使い切るほど気に入ってもらえてたなら、また使って欲しい」
「代書役から渡すよう、伝えておきます」
「頼んだ。……木彫りの人形は今でも持ってくれているのか……良かった」
手紙に再び目を通しながら微笑む。
そうして、エルネスト王子殿下は続けて手紙の返事を依頼した。
「どうしても自分で手紙を書く時間が取れないんだ。でも今、エクラと繋がっていないとダメな気がしてね」
「珍しくなくお聞きしますよ。そう言う第六感が働くような、なんとなく『こうしなければならない気がする』という閃きを大事になさる方は偉大になられています。うちは代々受け継がれて来た本屋兼代書屋ですから、沢山の貴族の方を見てきました。その辺の人が言うよりも信憑性がありますよ」
「そうか、それは良いことを聞いた。ではこれからは遠慮なく頼むとしよう。もう直ぐ、正念場から抜けられる。そうすればもっと時間が取れるようになる。エクラが会いたい気持ちがあるなら、俺も会いたい。いつか必ず迎えに行くと伝えて欲しい」
エルネスト王子殿下ははっきりと私を『迎えに行く』と言い切った。
「この手紙には、結婚したとは書かれていない。ヴェイルハート伯爵の調査では、三男は政略結婚したとのことだったが、どうやらそうではないらしい。ならば俺は遠慮しない。エクラが俺と会う覚悟が決まるまでは待つつもりでいるが……どうだろうな、我慢できないかもしれないな」
私からの手紙を抱きしめる。
第三王子ともなれば、探そうと本気を出せばどんな手段を使ってでも見つけ出せると言っているみたいだ。
クロマと王子殿下が視線を合わせて頷き合った気がした。
その時クロマの口が動いたが、何を言ったのかまでは聞き取れなかった。
私がここにいると言っていないのは確かだった。
「代書役がエクラと会える関係性であるのも理解した。ならば期限は五日でどうだ。次は五日後までに、俺からの返事を代書しておいてくれないか」
「畏まりました。お受け致します」
「クロマのお陰で楽しみができた。これで今の仕事も乗り越えられる」
「厄介な事件にでも巻き込まれているような言い方ですね」
「厄介なのは承知の上だったのだが、想像以上に酷かった……とだけ言っておく。隠しきれないほどの大事になるだろうから、その内、噂が広がるだろう」
それでも殆ど解決に向かっているのだと続けて言った。
「うちはいつでも構いませんので、代書以外でも息抜きをしに寄って下さい」
「それもいいな。クロマとは気も合う。昔から友人だったかのようだ」
「こんな歳の離れたおじさんでもご友人になれますかな」
「勿論だ。では、行く」
エルネスト王子殿下は馬車に乗って仕事へと戻って行った。
「お気をつけて……」
クロマが店先から見送る。
私も足音を殺して二階へと上がり、窓から王家の馬車を見送った。
「手紙、喜んでもらえた……」
じんわりと喜びが込み上げる。時間差で感極まって唇が震え、目頭が熱くなった。
エルネスト王子殿下が私に会いたいと思ってくださっている。
何度も私の名前を呼んでくれた。
ヴェイルハート伯爵家だと知っても、動揺の色も見せなかった。
安堵と愉悦に浸り、以前の手紙から百合の匂いを探る。
そのうちクロマが新しいインクを部屋に届けてくれた。
「チップがパンを届けてくれてるぞ。ティータイムにしようじゃないか」
何食わぬ顔でインクを机に置き、何食わぬ顔で出ていく。
クロマのこういう気遣いが私は好きだ。
「お腹、空きました」
涙を拭いながら、クロマの後を追いかけた。
この七日間、肌身離さず持っていた百合の匂いがついた手紙。もっとしっかり嗅ぎたくて、朝からまた倍の量の抑制剤を飲み、カーテンの陰に待機した。
「すまない、遅くなってしまった」
「こちらこそ、お忙しいのに店に寄って頂き申し訳ございません。もし、ご来店が難しい時は郵送も致しますのでなんなりと」
「いや、ここに来るのは楽しみでね。本を眺めるのも匂いも好きだ。それにここは落ち着く」
「有り難きお言葉……。どうぞ、誰も見ていませんから背凭れに凭れて頂いても構いません。本屋はリラックス出来てこそなんです」
「クロマのそういう考えには共感する。それで、代書役の彼はエクラを知っていたのかな?」
背凭れに凭れるどころか、身を乗り出して訊ねる。
クロマは大きく頷いて、私からの手紙を丁重に机の上に置いて差し出した。
手紙の他にも何か入っていると思われただろう。しかし袋の中には手紙しか入っていない。
あの束を見た瞬間のエルネスト王子殿下の反応が気になって息を呑む。
紙が滑る音がして、続いてエルネスト王子殿下が感嘆の声を漏らした。
「あぁ、そうだ。確かに、エクラだ。間違いない」
「持ち帰って、ゆっくりお読みください」
「いや、まだまだ帰れないんだ。今、ここで読ませてもらっても構わないか?」
「どうぞどうぞ。アッシュベイル第三王子殿下が帰られるまでは、他の客は一人も入店させませんので。時間の許す限りご堪能下さい」
「では遠慮なくそうさせてもらう」
一枚目から読み始めたエルネスト王子殿下。店内が一気に静かになった。
まかさここで読むとは想像もしていなかった。
そりゃ、王子殿下からしてみれば私が陰で覗いているなんて知る由もないから、どこで読もうと自由だ。でも絶妙に醜態を晒している気持ちになって自分がいたたまれない。
どのくらいの時間が経ったか、沈黙の時間はえらく長いように思えた。
エルネスト王子殿下がそっと手紙を机に置き、クロマに「ありがとう」と言った。
「代書役を頼ったのは賭けだった。本当に返事をもらって来てくれるとは、期待しつつも諦める覚悟もしていた。でも、これは間違いなくエクラだ。彼を心配していた。きっと言いたくなかったことも記してくれている。俺はそれも含めて全てが嬉しい。そうだ……」
何かを思い出したのか、入り口に立っている側近のレインマークに声をかける。
レインマークは頷いて小さな包みをエルネスト王子殿下に手渡した。
クロマに一礼をすると再び入り口に戻り姿勢を正す。
エルネスト王子殿下はその包みをクロマに差し出した。
「手紙に丁度使い切ったと書いてあった。タイミングが良かった。これをエクラに届けてもらおうと思って持って来ていたんだ」
「これは?」
「インクだ。以前、一度プレゼントしたもので俺が特注で作らせたものだ。使い切るほど気に入ってもらえてたなら、また使って欲しい」
「代書役から渡すよう、伝えておきます」
「頼んだ。……木彫りの人形は今でも持ってくれているのか……良かった」
手紙に再び目を通しながら微笑む。
そうして、エルネスト王子殿下は続けて手紙の返事を依頼した。
「どうしても自分で手紙を書く時間が取れないんだ。でも今、エクラと繋がっていないとダメな気がしてね」
「珍しくなくお聞きしますよ。そう言う第六感が働くような、なんとなく『こうしなければならない気がする』という閃きを大事になさる方は偉大になられています。うちは代々受け継がれて来た本屋兼代書屋ですから、沢山の貴族の方を見てきました。その辺の人が言うよりも信憑性がありますよ」
「そうか、それは良いことを聞いた。ではこれからは遠慮なく頼むとしよう。もう直ぐ、正念場から抜けられる。そうすればもっと時間が取れるようになる。エクラが会いたい気持ちがあるなら、俺も会いたい。いつか必ず迎えに行くと伝えて欲しい」
エルネスト王子殿下ははっきりと私を『迎えに行く』と言い切った。
「この手紙には、結婚したとは書かれていない。ヴェイルハート伯爵の調査では、三男は政略結婚したとのことだったが、どうやらそうではないらしい。ならば俺は遠慮しない。エクラが俺と会う覚悟が決まるまでは待つつもりでいるが……どうだろうな、我慢できないかもしれないな」
私からの手紙を抱きしめる。
第三王子ともなれば、探そうと本気を出せばどんな手段を使ってでも見つけ出せると言っているみたいだ。
クロマと王子殿下が視線を合わせて頷き合った気がした。
その時クロマの口が動いたが、何を言ったのかまでは聞き取れなかった。
私がここにいると言っていないのは確かだった。
「代書役がエクラと会える関係性であるのも理解した。ならば期限は五日でどうだ。次は五日後までに、俺からの返事を代書しておいてくれないか」
「畏まりました。お受け致します」
「クロマのお陰で楽しみができた。これで今の仕事も乗り越えられる」
「厄介な事件にでも巻き込まれているような言い方ですね」
「厄介なのは承知の上だったのだが、想像以上に酷かった……とだけ言っておく。隠しきれないほどの大事になるだろうから、その内、噂が広がるだろう」
それでも殆ど解決に向かっているのだと続けて言った。
「うちはいつでも構いませんので、代書以外でも息抜きをしに寄って下さい」
「それもいいな。クロマとは気も合う。昔から友人だったかのようだ」
「こんな歳の離れたおじさんでもご友人になれますかな」
「勿論だ。では、行く」
エルネスト王子殿下は馬車に乗って仕事へと戻って行った。
「お気をつけて……」
クロマが店先から見送る。
私も足音を殺して二階へと上がり、窓から王家の馬車を見送った。
「手紙、喜んでもらえた……」
じんわりと喜びが込み上げる。時間差で感極まって唇が震え、目頭が熱くなった。
エルネスト王子殿下が私に会いたいと思ってくださっている。
何度も私の名前を呼んでくれた。
ヴェイルハート伯爵家だと知っても、動揺の色も見せなかった。
安堵と愉悦に浸り、以前の手紙から百合の匂いを探る。
そのうちクロマが新しいインクを部屋に届けてくれた。
「チップがパンを届けてくれてるぞ。ティータイムにしようじゃないか」
何食わぬ顔でインクを机に置き、何食わぬ顔で出ていく。
クロマのこういう気遣いが私は好きだ。
「お腹、空きました」
涙を拭いながら、クロマの後を追いかけた。
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