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第三章
思い出の場所
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バルコニーで寝転び、寄り添って夜空を眺めていた。
「結婚式まで忙しくなるだろうが、それまでにやっておきたいことはある?」
「突然言われましても……あ、でも私も木彫りの人形を作ってみたいです。お世話になったクロマさんと、チップにプレゼントしたいんですよね」
「それは良い。平民に扮装すればいつだって行ける」
「扮装はしないとダメですか?」
「そういう立場だからな」
「エノ様が街で目立たないのが不思議です」
「目立ってないわけではない。ご婦人からモテる」
「あはは。若い女性ではなくてですか?」
「恋愛を求めて通っているわけではないからね。一番の目的は情報収集だから」
「その割に楽しんでますよね」
「……まぁ、そうだな」
職人のところへは後日早速行こうと約束をした。
私が扮装する服も準備してくれるそうだ。
少し前までは街に行くのに変装などしなくて良かったのに、それが許されない人になってしまったのは、まだ実感が湧いていない。
なんだかとても不思議に思う。
私自身は何も変わっていないのだから。
エルネスト王子殿下は私を街へ連れて行く際、きちんと護衛をつけてくれた。
「俺だけなら一人でもいいけど、エクラに何かあれば、気が気じゃなくなるからね」
その都度、レインマークとカーニルまで変装させられるのだが、二人とも案外乗り気なのが面白い。
さすがはエルネスト王子殿下に仕えているだけあると、こっそり思った。
木彫りの職人のところには何度か通うことになった。
難しくて一度では全く形にならなかったのだ。
「これはまた、不器用な坊ちゃんだな」
職人から豪快に笑われる始末。
まず力が足りなすぎる。
一から一人で作り上げたかったけれど、さすがに諦めてエルネスト王子殿下に手伝ってもらうことにした。
「鳥の人形を作って以来だけど、感覚は覚えている」と言った通り、見事な手つきで彫っていく。
これには職人も目を瞠っていた。
五回ほど通い、やっと二人分の鳥の人形が完成した。
エルネスト王子殿下からプレゼントされたものに比べると仕上がりはまだまだだけれど、気持ちはこもっている。
大切にカバンに仕舞い、手紙を添えて送ろうと、ノルディラ街に思いを馳せた。
その後も街を散策して回る。
「こんな街だったんだ」
必要最低限しか行動していなかった私は、歩いているだけでとても新鮮な気持ちになれた。
昔よりも堂々としている自分が少し気恥ずかしくもある。
エルネスト王子殿下はどこに行っても声をかけられる。
「久しぶりじゃねぇか」
「忙しくてね」
「飲み屋行くのか?」
「今日は行けないんだ。また乾杯しよう」
こんな風に、誰も第三王子だとは気付いていない様子だった。
きっとこれからもエルネスト王子殿下は平民になりすまして街を訪れるだろう。
「疲れてないかい?」
「楽しんでます」
「エクラは体力がないからね。しっかりと運動しないと」
「……それってどんな運動を言ってます?」
「勿論、閨でする運動……怒ったエクラも可愛いね」
さり気なく髪にキスを落とす。
毎回、時間の許す限り街の散策を楽しんだ。
確かにこれは結婚を公にしてしまった後にはできないことだ。
エルネスト王子殿下との結婚の発表と挙式は間近に迫っている。
それまでにしたいことは、もう一つあった。
「草原の丘に行ってみませんか」
「俺もそれを思っていた。今日は時間があるから足を伸ばしてみよう」
二人が出会った場所。
思い入れが違う。
賑やかな街を抜け、少し歩いた所に草原の丘はある。
久しぶりに行って見ると、あの時のベンチは朽ちて座れる状態ではなかった。
あんなに輝いていた思い出の場所は、雑草が生い茂る寂れた場所になり果てていた。
誰にも使われなければ錆びてしまう。
私たちが来なくなり、ここは誰にも使われなかったのだろう。
「新しいベンチを設置しよう」
「いえ、このままでいいです。何も変えたくありません。新しいベンチは、違う場所に置きましょう。また違う誰かのために」
「そうだな」
どんなに寂れても、私の中の草原の丘は輝きを失わない。
風はあの頃と同じように心地よく吹き抜けていった。
次へ進みなさいと、言われているようだった。
「結婚式まで忙しくなるだろうが、それまでにやっておきたいことはある?」
「突然言われましても……あ、でも私も木彫りの人形を作ってみたいです。お世話になったクロマさんと、チップにプレゼントしたいんですよね」
「それは良い。平民に扮装すればいつだって行ける」
「扮装はしないとダメですか?」
「そういう立場だからな」
「エノ様が街で目立たないのが不思議です」
「目立ってないわけではない。ご婦人からモテる」
「あはは。若い女性ではなくてですか?」
「恋愛を求めて通っているわけではないからね。一番の目的は情報収集だから」
「その割に楽しんでますよね」
「……まぁ、そうだな」
職人のところへは後日早速行こうと約束をした。
私が扮装する服も準備してくれるそうだ。
少し前までは街に行くのに変装などしなくて良かったのに、それが許されない人になってしまったのは、まだ実感が湧いていない。
なんだかとても不思議に思う。
私自身は何も変わっていないのだから。
エルネスト王子殿下は私を街へ連れて行く際、きちんと護衛をつけてくれた。
「俺だけなら一人でもいいけど、エクラに何かあれば、気が気じゃなくなるからね」
その都度、レインマークとカーニルまで変装させられるのだが、二人とも案外乗り気なのが面白い。
さすがはエルネスト王子殿下に仕えているだけあると、こっそり思った。
木彫りの職人のところには何度か通うことになった。
難しくて一度では全く形にならなかったのだ。
「これはまた、不器用な坊ちゃんだな」
職人から豪快に笑われる始末。
まず力が足りなすぎる。
一から一人で作り上げたかったけれど、さすがに諦めてエルネスト王子殿下に手伝ってもらうことにした。
「鳥の人形を作って以来だけど、感覚は覚えている」と言った通り、見事な手つきで彫っていく。
これには職人も目を瞠っていた。
五回ほど通い、やっと二人分の鳥の人形が完成した。
エルネスト王子殿下からプレゼントされたものに比べると仕上がりはまだまだだけれど、気持ちはこもっている。
大切にカバンに仕舞い、手紙を添えて送ろうと、ノルディラ街に思いを馳せた。
その後も街を散策して回る。
「こんな街だったんだ」
必要最低限しか行動していなかった私は、歩いているだけでとても新鮮な気持ちになれた。
昔よりも堂々としている自分が少し気恥ずかしくもある。
エルネスト王子殿下はどこに行っても声をかけられる。
「久しぶりじゃねぇか」
「忙しくてね」
「飲み屋行くのか?」
「今日は行けないんだ。また乾杯しよう」
こんな風に、誰も第三王子だとは気付いていない様子だった。
きっとこれからもエルネスト王子殿下は平民になりすまして街を訪れるだろう。
「疲れてないかい?」
「楽しんでます」
「エクラは体力がないからね。しっかりと運動しないと」
「……それってどんな運動を言ってます?」
「勿論、閨でする運動……怒ったエクラも可愛いね」
さり気なく髪にキスを落とす。
毎回、時間の許す限り街の散策を楽しんだ。
確かにこれは結婚を公にしてしまった後にはできないことだ。
エルネスト王子殿下との結婚の発表と挙式は間近に迫っている。
それまでにしたいことは、もう一つあった。
「草原の丘に行ってみませんか」
「俺もそれを思っていた。今日は時間があるから足を伸ばしてみよう」
二人が出会った場所。
思い入れが違う。
賑やかな街を抜け、少し歩いた所に草原の丘はある。
久しぶりに行って見ると、あの時のベンチは朽ちて座れる状態ではなかった。
あんなに輝いていた思い出の場所は、雑草が生い茂る寂れた場所になり果てていた。
誰にも使われなければ錆びてしまう。
私たちが来なくなり、ここは誰にも使われなかったのだろう。
「新しいベンチを設置しよう」
「いえ、このままでいいです。何も変えたくありません。新しいベンチは、違う場所に置きましょう。また違う誰かのために」
「そうだな」
どんなに寂れても、私の中の草原の丘は輝きを失わない。
風はあの頃と同じように心地よく吹き抜けていった。
次へ進みなさいと、言われているようだった。
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