【完結】『拝啓、親愛なる王子殿下』代書屋オメガの秘めたる愛を綴ります。

亜沙美多郎

文字の大きさ
84 / 85
第三章

思い出の場所

しおりを挟む
 バルコニーで寝転び、寄り添って夜空を眺めていた。
「結婚式まで忙しくなるだろうが、それまでにやっておきたいことはある?」
「突然言われましても……あ、でも私も木彫りの人形を作ってみたいです。お世話になったクロマさんと、チップにプレゼントしたいんですよね」
「それは良い。平民に扮装すればいつだって行ける」
「扮装はしないとダメですか?」
「そういう立場だからな」
「エノ様が街で目立たないのが不思議です」
「目立ってないわけではない。ご婦人からモテる」
「あはは。若い女性ではなくてですか?」
「恋愛を求めて通っているわけではないからね。一番の目的は情報収集だから」
「その割に楽しんでますよね」
「……まぁ、そうだな」

 職人のところへは後日早速行こうと約束をした。
 私が扮装する服も準備してくれるそうだ。
 少し前までは街に行くのに変装などしなくて良かったのに、それが許されない人になってしまったのは、まだ実感が湧いていない。
 なんだかとても不思議に思う。
 私自身は何も変わっていないのだから。

 エルネスト王子殿下は私を街へ連れて行く際、きちんと護衛をつけてくれた。
「俺だけなら一人でもいいけど、エクラに何かあれば、気が気じゃなくなるからね」
 その都度、レインマークとカーニルまで変装させられるのだが、二人とも案外乗り気なのが面白い。
 さすがはエルネスト王子殿下に仕えているだけあると、こっそり思った。

 木彫りの職人のところには何度か通うことになった。
 難しくて一度では全く形にならなかったのだ。
「これはまた、不器用な坊ちゃんだな」
 職人から豪快に笑われる始末。
 まず力が足りなすぎる。
 一から一人で作り上げたかったけれど、さすがに諦めてエルネスト王子殿下に手伝ってもらうことにした。
「鳥の人形を作って以来だけど、感覚は覚えている」と言った通り、見事な手つきで彫っていく。
 これには職人も目を瞠っていた。
 五回ほど通い、やっと二人分の鳥の人形が完成した。
 エルネスト王子殿下からプレゼントされたものに比べると仕上がりはまだまだだけれど、気持ちはこもっている。
 大切にカバンに仕舞い、手紙を添えて送ろうと、ノルディラ街に思いを馳せた。

 その後も街を散策して回る。
「こんな街だったんだ」
 必要最低限しか行動していなかった私は、歩いているだけでとても新鮮な気持ちになれた。
 昔よりも堂々としている自分が少し気恥ずかしくもある。

 エルネスト王子殿下はどこに行っても声をかけられる。
「久しぶりじゃねぇか」
「忙しくてね」
「飲み屋行くのか?」
「今日は行けないんだ。また乾杯しよう」
 こんな風に、誰も第三王子だとは気付いていない様子だった。
 きっとこれからもエルネスト王子殿下は平民になりすまして街を訪れるだろう。

「疲れてないかい?」
「楽しんでます」
「エクラは体力がないからね。しっかりと運動しないと」
「……それってどんな運動を言ってます?」
「勿論、閨でする運動……怒ったエクラも可愛いね」
 さり気なく髪にキスを落とす。

 毎回、時間の許す限り街の散策を楽しんだ。
 確かにこれは結婚を公にしてしまった後にはできないことだ。
 エルネスト王子殿下との結婚の発表と挙式は間近に迫っている。
 それまでにしたいことは、もう一つあった。

「草原の丘に行ってみませんか」
「俺もそれを思っていた。今日は時間があるから足を伸ばしてみよう」
 二人が出会った場所。
 思い入れが違う。
 賑やかな街を抜け、少し歩いた所に草原の丘はある。

 久しぶりに行って見ると、あの時のベンチは朽ちて座れる状態ではなかった。
 あんなに輝いていた思い出の場所は、雑草が生い茂る寂れた場所になり果てていた。
 誰にも使われなければ錆びてしまう。
 私たちが来なくなり、ここは誰にも使われなかったのだろう。

「新しいベンチを設置しよう」
「いえ、このままでいいです。何も変えたくありません。新しいベンチは、違う場所に置きましょう。また違う誰かのために」
「そうだな」
 どんなに寂れても、私の中の草原の丘は輝きを失わない。
 風はあの頃と同じように心地よく吹き抜けていった。
 次へ進みなさいと、言われているようだった。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

処理中です...