【完結】孤独なオメガは運命の恋に縋りたいのに

亜沙美多郎

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「航、お前はまた俺を裏切るのか」
 俊輔の声が震えている。次には大声で怒鳴られる。それを察し、航は怯えて身を竦めた。

 そんな航の耳許で「大丈夫、俺がいるから」岳斗が囁く。髪を撫で、自分のシャツを肩にかけてくれた。

 何も言い返せず、岳斗に隠れるように顔を埋めると「航!!」俊輔から怒鳴られ小さく悲鳴を上げる。

「なんとか言えよ!! この淫乱オメガ!! ついこの前話し合ったばっかだろ。何でもう浮気してんの? オメガのフェロモン撒き散らして臭ぇんだよ」

 俊輔は怒鳴りながらもベッドに近付こうとはしない。本気で航を穢らわしいと思っているのか、それとも岳斗の様子を伺っているのか、意図は読めなかった。

 岳斗は俊輔の言葉に更に睨みを利かせ、しかし冷静さは失わずに言い返す。

「何が言いたいのか分からないな。航は俺の番。あんたは航の何者でもない。むしろ、勝手に部屋に上がらないでもらいたいね。ここの空間が穢れてしまう」

 岳斗のこんな冷淡な声を初めて聞いた。静かなのに突き刺さるような鋭さを持ち合わせている。

 俊輔のリアクションを見て、アルファ同士で威嚇し合っているのだと察した。

 岳斗のアルファ性が俊輔を上回っている。オメガの航には何も伝わらないが、たじろく俊輔を見ていると、それがどれほどの威力なのかは容易く知ることができる。

「誰だか知らねぇけど、喧嘩売ってんの? 俺と航の話し合いの邪魔すんなよ」
 必死に抗うも、さっきまでの威勢はない。
 強気な姿勢でいることが、せめてもの抵抗だと物語る必死な様子に、岳斗は鼻で笑った。

「邪魔しているのはそっちでしょ。オメガの匂い? そんなの、あなたに分かるはずないよね。だって、もう航の匂いは俺にしか届かないんだから」

 岳斗は航を抱き寄せると、俊輔に向けてさっき噛んだばかりの頸を見せつけた。くっきりと刻み込まれた歯型からは、真っ赤な血が滲んでいる。

「あなたは哀れな人だ。俺と航は運命の番。それでも桜庭さんを諦めきれない航は、ずっとあなたが番ってくれるのを待っていた。
 俺だって航を想いながらも、航があなたを選ぶなら見守るしかないと見守っていたんだ。でも、やはり運命が勝った。桜庭さんが航を相手にしなかったのは、俺と航が番になれるよう神様が導いてくれたとしか思えない。
 あなたが言う臭い匂い? それって航があなたに向ける嫌悪感の表れでは? オメガはぞんざいに扱ってはいけない。丁寧に愛でてあげると、極上に甘い香りを放ってくれる」

「何を……言って……」

 俊輔は航の頸の噛み痕を見て驚愕した。本当に自分以外の人と航が番になるなど、思ってもいない出来事であるに違いなかった。どんなに雑に扱えど、大人しく従順な航が自分に逆らうなど想像もしていなかったはずだ。

 一歩、後ずさったことに俊輔自身も気付いていない。
 しかしその僅かな行動に、岳斗は俊輔の惜敗を見逃さなかった。

「航、見せつけてあげようか。航の発情期さえ気付かない彼に、君がどんな可愛らしい声で啼くのか」
 蠱惑的な笑みを航に向ける。

 岳斗は航の顎を指で上げ、俊輔に見せつけるように口付けた。
「ん、ぅん……ふ、ん……」
 扇状的な口付けに、航は瞬時に蕩けてしまう。お互い体力の限界まで求めあった直後とはいえ、航は発情期に入ったばかり。こんな劣情を唆るようなキスをされれば、簡単に昂ってしまう。

 岳斗は頸の噛み痕を指で辿りながら、口腔に舌を滑り込ませ蹂躙する。
 さっき肩にかけてくれたシャツをするりと落とされ、露わになった華奢な背中に岳斗の手が滑る。

「お、おい、やめろよ。人前だぞ」
 動揺を隠せない俊輔はこの場から逃げ出したいのだろうが、体が動かない様子であった。

 チラリと俊輔を見た岳斗は、威圧を送りながら布団を剥ぎ取り、びしょ濡れになったままの航の下半身を晒す。

「航、ここに俺の精が欲しい?」
 優しく訊ねる。再びヒートを呼び起こされ、快楽に鋭敏になっている航は、涎を垂らしながら頷いた。

「岳斗の、精液? 欲しい。この中に、まだまだいっぱい注いで欲しい」
 アルファのフェロモンに当てられ、まだ自我を取り戻していない航は、本能のままに岳斗に迫る。また自分の中に岳斗の男根が這入ると思っただけで体が疼いて中心に芯が通ってしまう。

「期待してとろとろになってる航、可愛いよ。本当は俺だけのものにしておきたいけど、あいつに分からせるために今回だけは自慢させてね」

 チュッと音を立て口付けると、岳斗は俊輔に見えるように航を向き直させ、両脚を極限まで広げた。

「あっ!! ん、や、やだ。こんな格好、恥ずかしい」
 昂った屹立、期待に引くつく孔までもが丸見えになっている。岳斗は航に自分の手で脚を抑えておくよう言うと、背後から腕を回し乳首を弄り始める。

「あっ、あ……ん……待って、そこは……」
「航、だめ。可愛い君を見せつけてるんだから。あいつがどんなに極上のオメガを捨てたのか、後悔させるためにね。だから今は、目一杯感じて、俺にして欲しいこと全部言って」

 乳首に爪を立て、キュッと抓り、掠るくらいに触れたまま乳暈を撫でる。

「あんっ、そこばっかり……ひゃっ、だめ、イッちゃう」
 体が大きく爆ぜる。何度も何度も、ビクンと背中を撓ませ咽び啼く。

 俊輔はその一部始終から目が離せず、ズボンの中で隆起した男根を押さえつけていた。

 航の屹立の先端から透明の液が垂れる。
 岳斗に体を委ね、快楽に溺れるこんな航の姿を見たのは初めてのはずだ。
 必死に腰を振り、「挿れて欲しい」と懇願する航に、岳斗はそのままの体勢で男根を挿入する。

「あっ、はぁぁ……ふか、い……んぁぁああ!!」
 さっき何度も達した航の体は、最奥を突かれただけで絶頂に達し、白濁を飛ばす。岳斗はそれでも律動を止めず、下から突き上げながら航の腰を押し込めた。
「気持ちい……気持ちい……」
「もっと欲しがっていいよ」
「でも奥、ずっと当たって……んぁぁ、んん~~!!」
 航は嬌声を上げ、俊輔に向けて白濁を迸らせた。

「っく……そ……」
 耐えきれなくなった俊輔はズボンと下着を最低限ズラすと、自分の男根を慰め始める。

 これまで蔑ろにしてきた恋人の、本能のままに乱れる姿を目の前で見せつけられ、体の疼きが治らず、扱き始めて瞬く間に白濁を飛ばした。

 それでもこの部屋に充満しているセックスの淫猥な匂いに、興奮が覚める気配はない。目の前で繰り広げられる二人の情交から視線を離せないまま、何度も自慰で慰めていた。

 岳斗は勝利の笑みを浮かべ、航が潮を吹き、意識を飛ばすまで責め続けてくる。

 ぐったりと岳斗に凭れかかる航を、ゆっくりとベッドに寝かせ岳斗は俊輔に侮蔑の眼差しを向けた。

「……さっさと出ていけ」

 自分たちの邪魔をするなと物語る、激憤を含ませた声を一言飛ばすと、俊輔はズボンを必死に上げながらよろめく足で部屋から出た。

「深夜に勝手に人の家に上がるなんて、常識も何もあったもんじゃない。結局、合鍵も持って帰ってしまった。これ以上、航をここに住まわせるのは危険だ」

 俊輔が玄関から出たのを確認すると、しっかりと戸締りをした。

 翌日になり、昼過ぎまでぐっすりと眠った航は、目を覚ますなり昨夜の全てを思い出し悶絶した。

 ヒートで自我を失っていたとはいえ、他人に見られながらセックスをするなど(しかも元恋人の前で)人生で一度だって経験するとは思っていなかった。

 いっそ全ての記憶がなければ良かったのだが、嫌気がさすほど鮮明に、岳斗から与えられた快感も何もかもハッキリと思い出せる。

 隣で航を抱きしめて眠っている岳斗にチラリと視線を移す。岳斗も自我を失っていたのだろうか。アルファ同士の諍いが、あろうことか番になった直後に勃発するなどあり得ないことだ。

 もしも昨日、航が一人で過ごしていたなら、また俊輔に流されていただろう。

 今思えば、これまで俊輔にはアルファの威圧で意図的に抗えなくされていた。岳斗はそれを上回るアルファ性で、航に影響が及ばないように配慮してくれていたのだと思う。

 もっとも、番ができれば他のアルファの威圧も届かないのかもしれないが……どちらにせよ、岳斗が守ってくれたのには変わりない。
「ありがとう、岳斗」
 眠っている岳斗の眦に柔らかくキスをした。

「おはよう、航。体は大丈夫?」
 夜は無理をさせたと開口一番、謝罪する。

「全然、平気。むしろスッキリしてる。僕、発情期にこんなに寝られたの初めてだよ」

「それなら良かった。航のオメガ性が強いとは知っていたけど想像以上だった。番になって、桜庭さんが来て、次の瞬間には航のヒートの波がきて……。
 俺があれだけ抱き潰したのに、あんなに短いスパンでヒートが来るとは思ってなくて。だから余計に桜庭さんが許せなかった。今までこんな航を放っておいたのかって、自分でもコントロール出来ないくらいの怒りが湧き上がったんだ」

 それで、目の前で俊輔に見せつけたのだと言った。航がどれだけ発情期に飢えていたかを思い知らせるために……。

「恥ずかしかったけど、でも、おかげでオメガ性が満たされた。いつも発情期に入って三日くらいは寝られないくらいだから。全部、岳斗のおかげ。岳斗が僕を諦めないでいてくれて良かった」

 岳斗の懐に顔を埋める。
 岳斗は航をしっかりと抱きしめ、「諦められるものか」と呟いた。

「航、この発情期が終わったら俺のマンションに引っ越そう。ずっと俺の側にいてよ。じゃないと、いざという時に守れないのは嫌だから」

「嬉しいけど、急すぎるよ。それに、俊輔くんも二度と来ないと思うし」

「航は優しすぎる。俺は絶対に来ると思う。合鍵も、持って帰ったしな。それに、単純に今までの分まで、一緒にいる時間を確保したい。許される時間全てを航と二人きりで過ごしたい。俺の我が儘だって分かって言ってる」

 真剣な眸で見詰められ、本気なのが伝わってくる。そこまで言われて、断る選択肢はない。

「僕も、岳斗と一緒にいたい。だから、岳斗が迷惑じゃないなら同棲……したい……です」

「本当に!? 嬉しい!! 引っ越しの手配は全部俺がやるから、航は身一つで来てくれればいいからね!! あぁ、番って凄いな。最高の気分だ。航が俺のマンションで住むなんて、発情期が明けるのが楽しみで仕方ない」

「ごめんね、僕のオメガ性がもっと弱ければ早く引っ越せるのに」

「違う。そういう意味じゃないって。航の発情期は、俺がずっと付き添うから安心して。何度も航を抱けるなんて、俺得でしかない。この一週間だけじゃなく、本当は航が一人じゃ何もできない人になるくらい甘やかしたいのに」

「それは、僕が困るよ」
 岳斗の言葉にくすくすと笑ってしまう。

 それでも宣言通り、岳斗は航がヒートを起こす度に抱き潰してくれた。たっぷりと精液を注いでくれ、満たされた体はこれまでよりもずっと楽で、不眠に陥ることもなく、食欲がなくなることもなく毎日お風呂にも入れた。

「番っていいな」
 航も岳斗と同じセリフを、口癖のように零してしまうほどだ。

 そうして一週間の発情期が明けると、岳斗のマンションに引っ越した。

「今日から、ここが航の家でもあるからね」
 招き入れられたマンションは、アルファが住むに相応しい立地に豪奢な建物だ。

 何気に岳斗のマンションに来たのは初めてで、こんな所で一人暮らしをしていたのかと、玄関に入るのでさえ躊躇ってしまう。

「父が経営してるマンションの一つなんだ。だから家賃も何もいらないから」

「こんなに広くて綺麗だなんて、一度も教えてくれなかったじゃないか」

「言えば航が引いてしまうと思って……。それもあって、なんとしてでも番になりたいって悶々としてたよ」

 導かれ、中に入る。
 荷物は衣類や勉強道具くらいなもので、あとは全て処分した。なので二人で運んで片付けもあっという間に終了した。

「改めて、よろしくね。航」
「こちらこそ、お世話になります」

 深々と頭を下げる。顔を上げると目が合ってしまい、同時に吹き出した。

「この空気やめよ。こっち来て。部屋を案内する。航の部屋はあるけどベッドは一つだからね。これだけは譲れないからね。発情期じゃなくてもセックスするからね」

 早口で喋りながら、「待って、自分の家に航がいるなんて、我慢できない」と航を抱き上げ、寝室へと移動する。ベッドに傾れ込むと、そこは岳斗の匂いが濃過ぎるくらい強かった。
 トクンと心臓が波打つ。

「航、甘い香りがする」
「岳斗に包み込まれてるから、本能が悦んでるみたい」
「じゃあ、どうしてほしい?」
「キスしてほしい」
 ゆっくりと顔が近付く。
 ねっとりと舌を絡ませながら、キスはどんどん官能を帯びていく。

「キスだけで満足?」
「もっと、もっと岳斗がほしい」
「望むままに、俺の番……」

 発情期は明けていても、気持ちいいのは変わらなかった。
 運命の恋に縋るように、岳斗を求めた。

 その後の俊輔は知らない。
 もし会いにきても、常に隣に岳斗がいる限りは近寄れないだろう。

 岳斗は大学内でも航との関係を隠そうともしないものだかは、二人は瞬く間に学内で最も有名な恋人になった。

「ねぇ、航。俺を選んでくれて、ありがとね」
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