僕らは青くて儚い世界で恋をする──【青春BL短編集】

亜沙美多郎

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君と光の世界へ

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 見上げる逞しい背中は、洸太にとってあまりにも大きく、眩しいほど輝かしいものだった。
 勢いよくジャンプし、誰よりも高く飛ぶ。腕を振り上げると、体育館の大きなライトが体の輪郭を飛ばすほど照らし、洸太は思わず目を眇める。
 最高到達点からボールを叩きつけると相手チームのコート内に見事なストレート打ちが決まり、我が校に一点をもたらした。
 歓声が沸き起こり、応えるように観客席に向かって大きく手を振る。チームメンバーとハイタッチを交わした後、二本目のサーブのために移動する。
「ナイスキー、五十嵐先輩」
「次、サーブも決めてやるから、よく見とけよ。洸太」
 通り過ぎながら、バレー部のエースである五十嵐流星が洸太の肩を軽く叩いた。
 この試合は確実に勝てる。
 流星はチームに活気を与える天才でもあった。
「ナイッサー!! 流星」
 チームメイトからの煽りを受け、流星は宣言通り、ここから立て続けに三本のサービスエースを決めた。
 順調な時ほど、不思議と冷静に周りを見渡せている。誰を使うか、誰にトスを上げるか、一瞬の判断を迫られても焦せることはなかった。セッターを務める葦原洸太は、チームが波に乗っている時、僅かに風を感じている。その風の流れに逆らわずボールを上げる。感じる風の流れが外れることはない。
「五十嵐先輩!!」
 逆サイドにいる流星にロングセットを仕掛けると、二十五点目のスパイクが決まった。
 ホイッスルの音が長く響く。歓声と拍手が場内を包み込んだ。
 涼波学園高校はその後も順調に勝ち進み、優勝こそ逃したものの、全国大会で優秀な成績を収めた。
 チームメイト全員で喜びを分かち合う。
「葦原のトス、ぐんぐん上達してるよな」
 三年の先輩から褒められ、「っす」と軽く頭を下げる。
「そりゃさぁ、俺と洸太のコンビネーションは無敵だもんな!!」
 流星が横から洸太の肩を抱く。
 ピッタリと張り付く身体を押し退けながら、洸太は顔を顰めた。
「暑いですから。それに、無敵でも優勝は逃してます」
「いやいや、三位だってスゲーじゃん!!」
 笑って言うが、流星が一番納得していないと洸太は気付いている。それでもこれで引退する三年生メンバーが悔しそうにするのは良くないと、流星なりの気遣いをしているのだろう。
 もっとコートに立っていたいと、誰よりも思っているはずなのに。
 
 今日で三年生の部活は終わる。流星と一緒にバレーが出来るのも、これが最後だった。
(もっと一緒にバレーがやりたいのは、僕かもしれないな)
 胸に秘めた思いは、言葉にする前に飲み込んだ。

 帰り道、二人並んで歩きながら、今日の試合を振り返り語り合う。流星の家は反対方向だというのに、「洸太を送ってから帰る」と過保護丸出しの子供扱いをする。「暗い道を一人で帰らせられないだろ」なんて、一歳しか違わない歳の差の、しかも男相手に何を言っているのだろうと思いつつ、この時間が洸太にとって特別なのは言い逃れようのない事実なのであって……。
 身を寄せ合って歩くのは、一月の寒さが厳しいのが理由ではなく、試合でかいた汗が冷えているからでもない。流星は季節に関係なくパーソナルスペースの狭い男だ。
 この距離に勘違いしそうになってしまうことが多々あるのは最早仕方ないが、この人に至っては誰に対しもそうなので、スキンシップ如きに動揺してはいけない。男同士の恋など不毛なだけだ。後で傷付き苦しい思いをするくらいなら、自分の感情に蓋をしてでも誰よりも近い居場所を確保したい。
 洸太の気持ちなど気にも留めていない流星は、隣で呑気に鼻歌を歌っている。
(人の気も知らないで)
 はぁ……と白い息を吐き出した。
 一緒にいられる時間はあと二ヶ月しかない。隣でいられる時間にも、終わりが見えてきた。
 
「五十嵐先輩は、高校でやり残したことはないんですか?」
 不意に質問を投げかけてみる。
 高校最後の試合を終え、流星にとって不本意な結果で幕を閉じた。「もっとやれる」「もっとみんなとバレーがやりたかった」そんな言葉をどこか期待していた。
 しかし、流星はたった一言「ない」と言い切った。
 その言葉に洸太は瞠目として流星を見上げたが、流星と目は合わなかった。真っ直ぐに未来だけを見据えている。
(あぁ、この人には敵わないや)
 洸太はまた足許に視線を落とす。
 
 洸太だって、バレーは本気でやっている。上達したいし、チームのために試合でいい仕事をしたい。勝って沢山バレーがやりたい。そこまでは流星と変わらない。
 しかし洸太はそれプラス、流星に見てほしいという気持ちが強くあった。誰よりも流星に認めてもらいたい。誰よりも良いトスを流星に送りたい。誰よりも信頼されたい。誰よりも……好きだ。流星のことが、恋愛の意味で好きなのだ。
 けれども、この気持ちが本人に届く日は来ない。
 高校に未練はないと言い切った流星のセリフに、胸が締め付けられるほど痛んだ。彼はきっと大学へ行ってさらに強くなり、今よりも活躍するだろう。社交的な性格故、人付き合いも盛んになるに違いない。そうなった時、少しでも洸太を思い出してくれるのだろうか。
 
 自分から質問しておいて、何も反応を返せないでいた。
「洸太?」
 不意に名前を呼ばれ、顔を上げると流星が覗き込むように体を曲げている。
 自分の世界に入り込み、沈黙になってしまったとようやく気付き、別の話題を探すが咄嗟に何も思い浮かばない。
「元気ないな、なんかあった?」
「いえ、何も。疲れたのかもしれないです」
「嘘。洸太の嘘は直ぐに分かる。大先輩の俺が相談に乗れば万事解決だ! 言ってみろ」
 胸を張って言うが、流星に話せない内容だから困っているのだ。ここで洸太が「じゃあ、卒業しないでください」と言えばどうするのか。きっと「寂しがりやだな」と笑い、自分の偉大さを語り、洸太の髪をくしゃくしゃに掻き乱して解決とされる。
 
 一歳という歳の差が、これほど大きく感じたのは初めてだ。
 どんなに足掻いても縮まらない距離が焦ったく胸を締め付ける。何をどう頑張っても最終的に洸太に与えられた選択肢は『諦める』しかない。
 高校という場がとても窮屈な場所に思えて仕方ない。あと一年、洸太がここで過ごしている間にも流星は世界を広げていく。その隣に自分はいない。
 流星の前で笑えない自分にも嫌気がさす。いつだって洸太の中で流星は笑っている。彼の中の自分もそうであって欲しい。だから洸太は今まで笑顔ポーカーフェイスを貫いてきた。
 
「僕は、もっと五十嵐先輩とバレーがやりたかったです」
 体勢を整えるために話題を振る。
「いつだってできるじゃん。俺はこれからもずっとバレー続けるし、たまには顔出そうと思ってるよ」
「そうじゃなくて……」と言いそうになったのを何とか堪えた。
 恋愛として意識しているのは洸太だけだから、流星から意識されていないのは仕方ない。しかし自分の気持ちを叫びたいくらいに、洸太は追い詰められている。振られても、嫌われても、この先避けられたとしても、自分の気持ちに気付いて欲しい。でも言えない。言えるはずがない。困らせたいのではないのだ。葛藤が繰り広げられる。そうして洸太は何も喋れなくなってしまう。
 結局、なんとか誤魔化しつつ家に着き、流星と別れたのだった。

♦︎♢♦︎

 三年生のいない部活はどこか寂しかった。
 もうそれぞれに進路は決まっているが、自由登校ともなると先ず学校に来ない。バレーを続ける先輩は、大学のチームと合流しているようだった。きっと流星もそうなのだろう。たまには顔を出すと言ったきり、一度も姿を見せたことはない。
 それで良い。顔を合わせたところでどんな顔でどう接して良いのか、戸惑ってしまう。
 物理的に距離を置けば、そのうち流星のことも忘れられる日がくるかもしれない。
 
「なぁーんか、気が抜けるよな」
 同級生がぼやく。
「そうだな。寂しい感じがするのは仕方ないけど、先輩たち賑やかだったし」
「隙間風がずっと吹いてる感じがする」
「分かる」
 大所帯のバレー部、三年生は特に部員が多かったため、一気に人数が減ると何とも覇気のない日々が過ぎていっている。気持ちの切り替えができないのは洸太だけではないようだ。
 このまま本当に会わないまま卒業してしまうのか。木枯らしが吹き抜ける二月中旬。
 卒業式はもう十日後に迫っている。

 翌日、流星からのメッセージで目が覚めた。送られてきた内容に一気に目が覚めた。
「先輩、練習来るんだ」
 途端に緊張が走る。会いたい。会えば流星への想いの根の深さを痛感するだろう。それでも会いたかった。
 気持ちは二転三転するが、会いたくないなんてのはただの強がりで、会えると分かれば頭の中は流星でいっぱいになる。
 毎日一緒にいただけに、余計に離れた時間が長く感じていた。実際には一ヶ月も経っていないのに、体感では三年振りくらいの気分だ。
 急いで支度を整えると家を飛び出した。
 そういえば、朝練に来るとは書いていなかったが、放課後の練習を言っていたのだろうか。少し悩んだがどっちでも良いという結論に辿り着く。どうであれ、体を動かしていないと落ち着かない。
 校門が見えてくると、早くも懐かしいと感じる姿を見つける。流星も洸太を見つけて大きく手を振った。
「おはようございます」
「おはよっ。もうさ、体が鈍っちゃって。やっぱ部活ないと時間過ぎるのも遅いよな」
「じゃあ毎日でも来てくださいよ。三年生がいなくなって、なんか活気がなくて」
「そんなこと言って、本当は誰にも怒られなくて伸び伸びしてんだろ」
「え、まぁ……」
「洸太ぁ!!」
 流星が肩に腕を回す。ぐっと体が寄せられ脇腹に抱えられると、流星の匂いがした。こんなことで洸太は泣きそうになってしまう。
「やっぱ、あれからずっと元気ないっぽいな」
「先輩が遊んでくれないから」
「だってさ、洸太が元気ないのって、原因は俺だろ?」
「え?」
 見透かされていたことに驚いた。
「当たり前のように二人でいたけど、洸太も何か考えたいことでもあるのかなって思って、連絡取るの控えてたんだ」
 体育館に向かいながら流星の言葉に耳を傾けるが、返す言葉が見つからない。
 動揺の表情を隠せず、慌てて視線を逸らせたのは不味かった。
 早く他のメンバーと合流しなければ……流星から逃げるように足を早めるが、体育館には誰も来ていない。
「そうだ、今日練習休みだった」
「マジかぁ、残念。じゃあ、ちょっとだけ付き合ってよ。久しぶりにトスあげて欲しい」
 立ち去ろうと踵を返した洸太の腕を掴んだ。
「逃げんな」
 流星の真剣な眸に、足が竦む。こんな顔するの、試合以外で見たことがない。
「用事を思い出したので、また今度」
「だめ。今日は逃さない。とことん話し合うって決めたから」
「何をですか」
「洸太は俺のことで悩んでんのに、他に何を話すって言うんだよ」
 何もかもお見通しで嫌になる。そこまで洸太を理解してるなら、なぜ離れることを簡単に受け入れるのか。

 観念して体育館に入る。誰もいない朝のこの空間は、がらんと広いだけで物寂しく静まり返っている。
 ボールを取り出してきたが、どちらともそこから動こうとはしなかった。洸太は壁に凭れかかると蹲り、膝に額を押し付けて顔を隠す。隣に流星もしゃがんだのを感じた。
 沈黙が二人の距離をより広げようとしている。
 洸太が何も話そうとしないからか、様子を伺っていた流星が口を開く。
「泣くなら、ちゃんと泣け」
「え……」
 思わず顔を上げる。流星はふぅっと鼻から息を吐き、洸太の背中に手を乗せた。
「無理して笑おうとしなくていいだろ。溜め込み過ぎなんだよ。このまま避け続けてれば、時間が解決してくれるとか思ってんだろ」
 確信を突かれ、嘘すら吐けなくなってしまった。反論する言葉も誤魔化す言葉も、洸太の口からは一言も出ない。流星は、そんな洸太に追い打ちをかけるように続ける。
「……洸太はさ、俺が卒業すれば関係性が変わるとか思ってんだろ?」
 
『やめて!!』と叫びそうになるのをぐっと耐えた。
 変わらないわけがない。考えるまでもなく、変わっていくのは当たり前の流れじゃないか。
 物理的な距離は埋まらない。連絡する回数も徐々に減っていき、思い出す時間も回数も減っていく。
 時間は解決してくれると洸太は思っていた。目の前から流星が消えれば、後は自分が忘れられるのを待つだけなのだ。
 全ては洸太自身の問題でしかない。何も気付かないふりをしていて欲しかった。流星に知られたところで、自分が惨めになるだけだ。
 洸太は口を閉ざしたまま、顔を背ける。流星の前で泣きたくなかった。
 沈黙が流れる。
 流星はしばらくじっとしていたが、やがて覚悟を決めたように背中に添えていた手で洸太の肩を抱き寄せた。
「それ、お前の勘違いだからな!! 俺は、洸太との関係を終わらせるつもりはない!!」
 流星が何故ここまで洸太に必死になるのか。流星にとっては後輩の一人でしかないはずだ。それとも洸太の気持ちも全て知っていて、先輩後輩の仲を続けると言いたいのか。洸太にとってそれは残酷でしかない。流星への恋情を忘れるための時間が欲しいだけなのに……。
 
 洸太はついに叫ぶように言い放った。
「まだ大学に行ってないから言えるんです。きっと先輩は次の目標に向かって突き進むでしょう。そうしたら、過去にしか存在してない僕のことなんて、直ぐに忘れてしまう!!」
「勝手に過去にすんな。俺にとって洸太はいつだって進行形でしかない。洸太は卒業を機に俺と別れようって思ってるのかもしんないけど、俺は別れるつもりはないからな!! ただの先輩と後輩になんて、今更戻れるわけねぇよ!!」
 洸太に負けず流星も叫んだ。問題はその内容である。
「……ん? 何を言ってるのか、理解が追いつかないんですけど」
 流星の発言に、洸太は虚を突かれた顔になる。

 “別れる”という言葉は、その前に“つき合って”いなければ使えない語句である。聞き間違えたかと思ったが、確かに流星は「別れるつもりはない」と言った……いや、宣言した。
「……それは、恋人と話し合ってください」
 動揺を隠しながら返事をする。
 すると今度は流星が眉根を寄せ、ムッとした表情のまま顔を寄せる。
「俺の恋人は洸太だけど? 葦原洸太。つまり、目の前にいるお前だ」
「こいびと?」
「は? 何、今知ったみたいな顔してんの? 俺さ、まじで真剣に付き合ってきたんだけど。それに、この先、例え離れて過ごす時間があったとしても……」
「ちょっと待ってください!! え、何? 付き合ってるって……どういうことですか。それにいつから……」
「そのまんまの意味だろ。俺は洸太が好きで、洸太も俺が好きだろ? だからこうして……って、もしかして、俺って恋人認定されてなかったわけ?」
「だから、いつから付き合ってたんですか?」
「洸太が一年の時から。だって俺らが出会ったのって高校入ってからだから、それより前は無理だろう。それに付き合ってもなかったら、こんなに毎日一緒に過ごしたりしないじゃん」
「だからって、何もなかったじゃないですか。僕たち」
「何もって?」
「ちゃんと告白もされてないし、なんで先輩が僕を好きなのか、まるで見当もつきません」
 
 流星は「あれ? 好きって言わなかった?」首を傾げ天井を見上げる。
 流星の腕から逃れようとする洸太を制しながら、今度は柔らかい口調で話し始めた。
「だってさ、洸太は俺の前でしか泣かないだろ? 嬉しい時も悔しい時も、笑いすぎた時もびっくりした時も。それ、全部他の奴らは知らない。俺だけが知ってる洸太がいるって気付いた時、すげー愛おしくて、自分だけのものにしたいって思っちゃったんだよね」
「僕、そんなに泣いてましたか?」
 流星はふるふると頭を振る。
「いつも笑ってるやつが、俺にだけ見せてくれる涙に惚れたっての。だから、無理して笑われると辛い」
 
 流星の言葉に、唇が震えて、鼻の奥がツンと疼く。視界が霞み、流星の顔が見えなくなった。
 無意識にそうしていたのだろう。言われてみれば、人前で泣くのが恥ずかしいと思っている洸太は隠れて泣くのが癖になっていた。
 ただ流星の前ではそれを恥ずかしいと思わなかった。彼が放つオーラがそうさせていたのかもしれない。何も言わずに抱きしめてくれる流星の前でだけは、泣くことを許されたような気持ちになっていた。
「びっくりした時は、泣いてません」
 せめてもの反論に、流星は笑った。
 
「まさか、恋人って思われてないとは衝撃だったわ」
「でも、だって、じゃあ二年近くも付き合ってて、何かしたいとか思わなかったんですか?」
「何かって……例えば?」
「……キス……とか?」
「して良かったの?」
 流星が両肩を鷲掴みにして目を瞠る。
「いっつも顔を背けるから、嫌なのかと思ってた。焦ってすることじゃないし、洸太のOKが出るまで我慢しようって」
 そんなシチュエーションがあったかと責めようとしたが、振り返ってみれば、あの時のあれはそうだったかもしれないと捉えられる出来事はいくつか思い出せた。
(あれ……キスしようとしてたの??)
 驚きすぎて涙が止まってしまった。
 
「先輩って、僕が好きなんですか」
「さっきからそう言ってる。ってか、キスしていいって受け取っていい?」
 呆然としたままこくりと頷くと同時に、唇が塞がれた。触れただけの、柔らかいキスだった。
「洸太が好きだよ。好き、好き、好き、好き」
「待ってください。そんなに言わなくても聞こえてますってば」
「二年分、言う。俺は、洸太が好きだって」
 好きとキスが交互に注がれる。誰もいない体育館の片隅で、洸太もようやく素直に「好きです」と伝えられた。
 
「こんなこと、恋人以外にはしないからな」
「さぁ、どうでしょう。先輩は基本、誰にでも距離感近いですから」
「あのなぁ、誰にでもやってたらヤバい奴になるだろ。そんなことしても意味ねぇし」
 口を尖らせている流星からは、まだ高校生らしさが感じられた。

 しかし、その後流星から悪びれる様子もなく「ってかさ、周りには洸太と付き合ってるって普通に言ってたし」と言われた時は、さすがの洸太も声を張り上げた。
「言いふらしてたんですか!?」
 体育館に洸太の声が響く。
「だってまさか恋人だけが知らないオチとか、考えないじゃん。逆に俺がドッキリにでもかかった気分だけどな」
 眩暈がした。勝手すぎる。自由奔放な性格は知っていたが、洸太の知らないところでそこまでしてるとは、思いもよらない。
 なんだか無性に腹が立ってきた。
 
「僕はずっと怖かったです。先輩が遠くに行っちゃうのが」
「そっか、不安に思ってたんだな」
「自分ばっかり先輩を好きなんだと思ってました」
「ごめん。通じ合ってるって勘違いしてて」
「もっと早く、先輩の気持ちが聞きたかった」
 流星を責める言葉が次々に溢れてくる。自分の中に溜め込んでいたものを一つずつ流星にぶつけているのに、本人は嬉しそうに洸太を慰める。
 
「安心しろ。洸太がどんなに俺から逃げようとしても絶対に離さないから。この先何があっても、別々の道に進んだとしても、お前の気持ちが俺から離れたとしても、俺は洸太を離してやれないし、将来養う気満々だし、一緒にいる人生設計しか立ててない。洸太は観念して、ここにいろ。んで、泣いたり怒ったりしたことも全部、大人になった時に笑い話にしよう」
 流星はズルい。
 洸太が一人悶々と悩んでた葛藤や不安を、こんな短時間で拭い去ってしまう。
 せっかく止まっていた涙が再び溢れ、頷くことでしか返事ができなかった。
 
「なぁ、好きだよ」
 落ち着いた、優しい口調で流星が宥めるように言う。大きな手が背中を撫でてくれる。
「僕もです。やっと、本当の意味で先輩の隣に並べた気がします」
 涙でぐしょぐしょの顔でも、面と向かって言うことができた。好きになった人が流星で良かったと洸太は思った。
 
「大学、追いかけて行きます」
「あぁ、待ってる。お前さ、バレーやめんなよ。そんでまた、俺にトス上げてよ」
 
 そうだ、そうだった。流星の逞しい背中を追いかけてきた。眩しいほどに輝く、その後ろ姿に見惚れていた。
 大切なことを忘れていた。洸太はずっと流星の背中に憧れていたのだ。
 最高到達点を更新し続ける。誰よりも高く、早く、上に飛ぶ。
 試合中で洸太が一番好きな瞬間だ。
「五十嵐先輩!!」
 名前を呼びながらトスを上げ流星を見ると、彼は既に視線の上にいる。
 羽ばたくように軽やかに、美しい翼を広げて流星は翔ぶ。
 美しさは強さだと、背中が物語っていた。
 その姿を誰よりも近くで見ていたい。
 この先もずっと。


~完~
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