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本編

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 衝撃的な光景が目の前に広がっている。

 布団の上に、昨日かじった尻尾の毛が抜け落ちていたのだ。

(こんなになるまで噛んだ記憶ない……)

 早朝から頭が混乱している。

 昨日は感情がぐちゃぐちゃすぎて、いつ寝たのかさえ覚えていない。

 そして朝起きたらこれだ……。

 幸い、尻尾の毛が抜けてるとは気づかれないほどだった。

 抜け落ちた毛は手で集めて処分した。

(うう……僕の尻尾……)

 今日からは絶対に噛まないと心に誓った。そんな一日の始まり……。

 輝惺様の部屋の襖が開く音が微かに聞こえた。

 いつもなら、飛び出していくところだけど、今日はそうできない。

 輝惺様が立ち去るまで足音を確認してから自室を出た。

 棟を出る際も、神殿に入る姿を確認してから朝拝へと出向く。

 やはり、急にいつも通りにしようと思ってもそれは無理なのだ。

 それならば、ちゃんと笑えるようになるまでは、なるべく距離をおいた方がいいのでは? と思いが行き着いた。

 勿論、完全に避けるのは無理だけど、必要以上に近寄らないようにしようと思う。

 そのほうが輝惺様も迷惑がかからなくて安心してくれるはず。


 大鳥居の前で、天袮様《あまね》様と須凰《すおう》に会ったから、昨日のお礼を言っておいた。

 天袮様はすごく心配してくれたけど、特に何も叱られたりしなかったと伝えると、安心してくれた。

「今日もウチ来る?」

 なんて須凰は言ってくれたけど、断っておいた。

 本当は行きたいんだけど。……流石に三日連続、天袮様に甘えるのは僕の気がひける。

 また近いうちに遊びに行かせてと言っておいた。

 天袮様は須凰にまた後でね。と伝えると去っていかれた。

 朝拝の間は心底楽しいと思える。

 八乙女の存在が何より有難い。

 凪は昨日の地上界の話を聞かせてくれた。

「春を知らせるために、花を咲かせに行っていたんだ。薄いピンクの花が次々と咲いていく光景は本当に感動だった!」

「わぁ!! ステキね!」

 凪の話で一番感動していたのは蘭恋だ。

「地上界へ降りるのは怖いけど、私も見てみたいわ」

煬源ようげん様は連れて行ってくれないの?」

「だって、火の神である煬源様が相手にしているのって罪人ばかりよ? そんな所について行っても、足手まといになるだけじゃない」

「じゃあ、蘭恋は地上界へは行けないか……」

 狼神様に色んな所へ連れて行ってもらえない人は、僕だけじゃなかったんだ!

「それはボクもないよ」

 月詠が割って入る。闇の神・亜玖留あくる様の仕事は大体が黄泉の国だから、そりゃ無理な話だ。

「そっか、そうだよね……。僕、朱邑や秦羽が地上界へ連れて行ってもらっているから、みんなもそうだろうって勝手に思ってた」

 だから、輝惺様が一人で仕事に出かけるのが嫌だったのかもしない。

 僕だけが……なんて思っていたから。


 それぞれ仕事の内容が違うから、どこにも行けない巫子だっているんだ。

 今日は朝から落ち込んだり反省したりと忙しい。

 八乙女のみんなには本当に感謝しかないな。

 
 
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