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オメガ専用病棟から外へ出ると、海星が一般病棟の前に立っているのが見えた。
寒い中、伊央が出てきた時に直ぐに気付けるよう頃合いを見て出てきたのだろう。以前なら、海星の姿を見るだけで安堵していた伊央だが、今回はそうもいかなかった。
何から話せばいいのか。
先生に頼んで、直接、海星に説明してもらえないだろうか。
ズルい考えが浮かんでしまう。
「伊央! 寒いから、そんな所で立ってないで」
「あ、うん……」
海星が手を大きく振って伊央を呼ぶ。これで決心がつくような伊央ではないが、海星を寒い外で待たせてしまったのも申し訳なく、駆け寄った。
「ごめんね。先生との話が長引いちゃって」
「しっかり話ができたならいいじゃん。ごめんな。付き添ってあげられなくて」
「海星君は悪くないよ。それに、オメガ専門病棟にも慣れてきたし、先生も包み隠さず話してくれるから、何かと安心」
海星は「そっか」とだけ返して伊央の背中を支え、帰ろうと促す。
直ぐに話を聞きたいが、結構な時間を費やしていた。海星にとって良い知らせはないと、勘の鋭い海星なら感じているかもしれない。
それでも結果を聞かないと言う選択肢など、海星の中には存在しない。一刻も早く、二人きりになれる場所を考えているだろう。
「あの……僕の家でもいい?」
「あぁ、良いよ。おやつでも買ってく?」
「ううん。やめておく」
海星の家の方が若干近い。でも、少しでもリラックスできる場所じゃないければ話せないと思った。今までなら、自分の部屋よりも海星の部屋の方が居心地がいいと感じていたが、こうなってしまうと自分の部屋が恋しい。
二人で一緒にいて沈黙は珍しい。映画を観ている時や、勉強をしている時など、集中している時間ならともかく、こうして並んで歩いているのに会話が弾まないのは、初めてかもしれない。
初めて海星から話しかけられた時だって、もっと会話が弾んでいた。
伊央の緊張が海星にも伝わっているのだろう。海星も目線を空に向け、伊央の顔を見ないようにしていた。
どんよりと雲に覆われている空は、伊央の心を表しているようだ。
太陽が隠れてしまい、北風がより冷たく感じる。
これまでなら少しでも寒いと、海星が迷わず自分のほうに引き寄せていたが、今は気を遣っているのか、背中に添えた手を固定させている。
帰宅までの道のりは、それぞれが自分なりに心構えをする時間となってしまった。
とうとう一言も喋らず伊央の家に着いてしまう。
両親は仕事でいなかった。
自室へと入り、ベッドを背凭れにし、並んで座る。
勢いで話し始めないと、どんどん話しにくくなってしまう。そうとは分かっていても、頭が混乱して言葉が出てこない。
焦りは募るばかり。しかし喋ろうとするほど、泣きそうになってしまう。
海星に申し訳なくて、胸が苦しい。
「待ってる間に、可能性を考えてたんだ」
海星が静かに話し始めた。
伊央は息を飲み、海星を見た。
「自分なりに、何で叶翔にまた伊央の匂いが届くようになったんだろうって、考えてた。俺でも感じなかった伊央の匂いを、何故か叶翔は発情期かと間違うほど濃く感じた」
昨日の電話の内容を思い出しながら、伊央と知り合ってからのことを振り返っていたと海星は言う。
「———番えて、なかった? 俺たち」
その顔があまりにも悲しそうで、堪えていた涙が伊央の頬を伝う。
海星にとっては、それがYESと言っているも同然だった。
悔しそうに眉根を寄せる海星のこんな表情を、伊央は初めて目の当たりにする。
いつも冷静で、温厚で、機転が効いて、誰よりも伊央を支えてくれていた海星。
その彼をこんな形で悲しませてしまうなんて、苦しくて悲しくて、自分が情けない。
これまで誰よりも側にいてくれた海星に、刃物を突き立てたような気持ちになる。
それでも、真実を告げなければならないのだ。
寒い中、伊央が出てきた時に直ぐに気付けるよう頃合いを見て出てきたのだろう。以前なら、海星の姿を見るだけで安堵していた伊央だが、今回はそうもいかなかった。
何から話せばいいのか。
先生に頼んで、直接、海星に説明してもらえないだろうか。
ズルい考えが浮かんでしまう。
「伊央! 寒いから、そんな所で立ってないで」
「あ、うん……」
海星が手を大きく振って伊央を呼ぶ。これで決心がつくような伊央ではないが、海星を寒い外で待たせてしまったのも申し訳なく、駆け寄った。
「ごめんね。先生との話が長引いちゃって」
「しっかり話ができたならいいじゃん。ごめんな。付き添ってあげられなくて」
「海星君は悪くないよ。それに、オメガ専門病棟にも慣れてきたし、先生も包み隠さず話してくれるから、何かと安心」
海星は「そっか」とだけ返して伊央の背中を支え、帰ろうと促す。
直ぐに話を聞きたいが、結構な時間を費やしていた。海星にとって良い知らせはないと、勘の鋭い海星なら感じているかもしれない。
それでも結果を聞かないと言う選択肢など、海星の中には存在しない。一刻も早く、二人きりになれる場所を考えているだろう。
「あの……僕の家でもいい?」
「あぁ、良いよ。おやつでも買ってく?」
「ううん。やめておく」
海星の家の方が若干近い。でも、少しでもリラックスできる場所じゃないければ話せないと思った。今までなら、自分の部屋よりも海星の部屋の方が居心地がいいと感じていたが、こうなってしまうと自分の部屋が恋しい。
二人で一緒にいて沈黙は珍しい。映画を観ている時や、勉強をしている時など、集中している時間ならともかく、こうして並んで歩いているのに会話が弾まないのは、初めてかもしれない。
初めて海星から話しかけられた時だって、もっと会話が弾んでいた。
伊央の緊張が海星にも伝わっているのだろう。海星も目線を空に向け、伊央の顔を見ないようにしていた。
どんよりと雲に覆われている空は、伊央の心を表しているようだ。
太陽が隠れてしまい、北風がより冷たく感じる。
これまでなら少しでも寒いと、海星が迷わず自分のほうに引き寄せていたが、今は気を遣っているのか、背中に添えた手を固定させている。
帰宅までの道のりは、それぞれが自分なりに心構えをする時間となってしまった。
とうとう一言も喋らず伊央の家に着いてしまう。
両親は仕事でいなかった。
自室へと入り、ベッドを背凭れにし、並んで座る。
勢いで話し始めないと、どんどん話しにくくなってしまう。そうとは分かっていても、頭が混乱して言葉が出てこない。
焦りは募るばかり。しかし喋ろうとするほど、泣きそうになってしまう。
海星に申し訳なくて、胸が苦しい。
「待ってる間に、可能性を考えてたんだ」
海星が静かに話し始めた。
伊央は息を飲み、海星を見た。
「自分なりに、何で叶翔にまた伊央の匂いが届くようになったんだろうって、考えてた。俺でも感じなかった伊央の匂いを、何故か叶翔は発情期かと間違うほど濃く感じた」
昨日の電話の内容を思い出しながら、伊央と知り合ってからのことを振り返っていたと海星は言う。
「———番えて、なかった? 俺たち」
その顔があまりにも悲しそうで、堪えていた涙が伊央の頬を伝う。
海星にとっては、それがYESと言っているも同然だった。
悔しそうに眉根を寄せる海星のこんな表情を、伊央は初めて目の当たりにする。
いつも冷静で、温厚で、機転が効いて、誰よりも伊央を支えてくれていた海星。
その彼をこんな形で悲しませてしまうなんて、苦しくて悲しくて、自分が情けない。
これまで誰よりも側にいてくれた海星に、刃物を突き立てたような気持ちになる。
それでも、真実を告げなければならないのだ。
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