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24 離宮の王宮教師
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離宮がバタバタと慌ただしい。魔法学舎卒業から二ヶ月。やっと涙も枯れて僕は諦めがついた。
毎月一度のアーロンの訪問を断ってしまったのは二日前。アーロンは社交界には行かないのだけれど、貴族子弟同士の友好な関係を築くためのお茶会に呼ばれることが多くなった。だからしばらく会えないが、自分のことを忘れないで欲しいと話していたらしい。
アーロンは優しい。でも、その優しさが辛く感じる時がある。例えば、お茶会に招かれることのない僕に、お茶会での人脈を話してくれる。どうして話してくれるのか聞いてみたところ、
「殿下もお茶会に行った気持ちになるでしょう?僕は伴侶になる殿下がお寂しい思いをしないようにと思ったのです」
と満面の笑みで答えてくれた。確かに僕はお茶会に招かれることはない。だから伯爵子弟子女の容姿や趣味や特技、どんなことを話したかなど興味がなかった。そんなことをやんわり話したところ、
「殿下が僕の伴侶になった時、困るではありませんか。僕の友好関係をお知りにならないと」
さらに笑顔で切り返された。なんだろう、頭が靄掛かるような感じは。息苦しさすら感じた。アーロンと話しているといつもそうだ。
「僕は婚姻後の社交界に殿下をお連れしたい。早く伴侶になり、離宮を出て共に暮らしたいですね」
夢見るように話すアーロンと僕は、生まれ月が違う。僕の方が四ヶ月程後に成人する。僕は誕生日と共に婚姻し、離宮を出て大公領に入ることが決まった。
クロルからの書物の中に閨事の書物が入っていたから、過敏になっているのかもしれない。
「それにしても遅いな」
起きるのが遅い僕はまだ寝巻きの昼の正餐の時間になってやっとテレサが現れて、正装を手にしていた。
「どうかしたのか」
「いえ、お客様でございます。もう少し後にお越しになると伺っていたので、慌ただしくなり申し訳ございません」
テレサに正装をさせてもらい、太腿のストッキングベルトに少し高めのヒールの靴を履くと、アーロンよりまた背が高くなる。
「また身長がお伸びになられましたね」
「身体が明け方軋むんだよ。だから、長ズボ……」
「キュロット、が、お似合いでございます!」
キュロットを強調して言われてしまった。今回のライトグリーンのキュロットは裾が少し窄まっていて小さなリボンが付いている。上着にも背中にリボンがあしらわれていて、背の高い僕には少し可愛らしすぎではと思った。
「本日の正餐はお客様と頂きます。どうぞこちらへ」
テレサに案内され居間に入ると、窓から入る光が眩しくて思わず目を細めた。その先には黒衣に身を包むクロルと小柄な二人が立っている。
「殿下、ご挨拶を許可してください」
僕は心臓の鼓動が止まりそうなくらい驚いていて、クロルが声を掛けるまで茫然としていた。
「あ、き、許可する」
するとぺこりと頭を下げた小柄な茶銀の髪が、風に揺れた。
「ありがとうございます。『初めまして』。王宮教師のタークです。この度は国王陛下から、両殿下の王宮教師の命を賜りました」
そして、クロルが金髪を撫でつけた小柄な少年を前に出す。
「王宮教師によると、学友が共にいてこそ学びは捗るとのとこ。これは私の養子です。名をジェスと言います。マナーハウスに一人で置いておりました。私は王宮に部屋がございますが、これを離宮の隅にでも置いていただけたらと」
クロルの言葉が終わると、ジェスが胸元に手を当てて、
「『初めまして』。殿下、共に学ぶことが出来て光栄です」
と、貴族らしい対等の挨拶をする。
「『初めまして』。ジェ……ス」
僕の声は震えていた。だめだ、泣きそう。ジェスが薄荷の香りをさせながら、僕を下から抱きしめて来た。
「泣くなよ。これからはずっと一緒だ」
ジェスが胸元に額をつけて、ささやいた。
「ゔん、ゔんっ」
ターク先生もにこにことしていて、いつものチュニックではなく、兄様やクロルみたいな長ズボンを履いて、長い巻き毛を下で緩く留めている。耳の先が少し尖っているのを隠すためのようだ。
「殿下、クロル様、お客様方、準備が整いました」
テレサが扉を開けて頭を下げる。
「ジェス、エスコートを」
「ーーはい。殿下、どうぞ」
ターク先生はクロルに抱き上げられていて、僕はジェスの差し出した手に手を添えた。そのまま指を乗せて歩き出すジェスは滑らかに歩き出す。
食事中もジェスは本当に優雅で、カトラリーマナーに厳しいメーテルも目を見張る仕草をしていた。主にターク先生とクロルが王宮教師の話をしていて、僕とジェスは目線が会うと、嬉しくて笑い合った。
「食後の茶菓は居間に用意してくれないか、メーテル殿」
クロルの言葉にメーテルが、
「かしこまりました。それにしても、ターク先生は全くお変わりなく」
とターク先生に声を掛けた。
「メーテルはさらに美人になりましたね」
「お世辞でも嬉しいですわ」
そんな会話をしていたから驚いた。ああ、でも、セシル兄様のことも知っているターク先生だから、メーテルと面識があるのだろう。
「まだ呪縛から逃れられませんか」
「ーーはい、お恥ずかしながら」
呪縛……なんだろう。メーテルの様子に後ろ髪を引かれながら、居間に行くと、ターク先生がソファに座るように僕らに指を差す。
「少しの間寂しい思いをさせました、サリオン。僕の伴侶ガリウスを説得するのに時間が掛かりました。セフェムは単純だから簡単なんですけれど。僕とジェスは今日から離宮に泊まり込みます。まあ、僕は部屋からタイタンに夜だけ帰りますが」
ターク先生は腕組みをして頬を膨らましている。こんな表情をしていると、僕より小さな子供に見えてしまう。
「でも、小人族のターク先生が人前に出て、大丈夫なのですか?」
「残念なことに僕はパッと見、サリオンよりも小さな子供に見えます。そこは王宮での着任儀式でラムダが派手なパフォーマンスをしてくれましたから、大人として認められたでしょうね。当面僕はサリオンの教師で、セシルの話し相手です。ですが、とにかく早急に動きたいというのが本音なのです」
ターク先生は僕を見てにこりと笑い、クロルとまた難しい話をし始めたから、僕は窓のところにあるソファにジェスと一緒に座った。
ジェスは茶色の落ち着いた上着とキュロットに膝からの黒のストッキングで格好いい。もっと明るい色を選べばいいのにと僕が思ったのだから、テレサも思ったに違いない。ジェスのワードローブが楽しみだ。
「ねえ、ジェスは離宮に来ても良かったの?」
「親父から離れる理由が見つかって万々歳だ。それにーー」
ジェスが言葉を切った。
毎月一度のアーロンの訪問を断ってしまったのは二日前。アーロンは社交界には行かないのだけれど、貴族子弟同士の友好な関係を築くためのお茶会に呼ばれることが多くなった。だからしばらく会えないが、自分のことを忘れないで欲しいと話していたらしい。
アーロンは優しい。でも、その優しさが辛く感じる時がある。例えば、お茶会に招かれることのない僕に、お茶会での人脈を話してくれる。どうして話してくれるのか聞いてみたところ、
「殿下もお茶会に行った気持ちになるでしょう?僕は伴侶になる殿下がお寂しい思いをしないようにと思ったのです」
と満面の笑みで答えてくれた。確かに僕はお茶会に招かれることはない。だから伯爵子弟子女の容姿や趣味や特技、どんなことを話したかなど興味がなかった。そんなことをやんわり話したところ、
「殿下が僕の伴侶になった時、困るではありませんか。僕の友好関係をお知りにならないと」
さらに笑顔で切り返された。なんだろう、頭が靄掛かるような感じは。息苦しさすら感じた。アーロンと話しているといつもそうだ。
「僕は婚姻後の社交界に殿下をお連れしたい。早く伴侶になり、離宮を出て共に暮らしたいですね」
夢見るように話すアーロンと僕は、生まれ月が違う。僕の方が四ヶ月程後に成人する。僕は誕生日と共に婚姻し、離宮を出て大公領に入ることが決まった。
クロルからの書物の中に閨事の書物が入っていたから、過敏になっているのかもしれない。
「それにしても遅いな」
起きるのが遅い僕はまだ寝巻きの昼の正餐の時間になってやっとテレサが現れて、正装を手にしていた。
「どうかしたのか」
「いえ、お客様でございます。もう少し後にお越しになると伺っていたので、慌ただしくなり申し訳ございません」
テレサに正装をさせてもらい、太腿のストッキングベルトに少し高めのヒールの靴を履くと、アーロンよりまた背が高くなる。
「また身長がお伸びになられましたね」
「身体が明け方軋むんだよ。だから、長ズボ……」
「キュロット、が、お似合いでございます!」
キュロットを強調して言われてしまった。今回のライトグリーンのキュロットは裾が少し窄まっていて小さなリボンが付いている。上着にも背中にリボンがあしらわれていて、背の高い僕には少し可愛らしすぎではと思った。
「本日の正餐はお客様と頂きます。どうぞこちらへ」
テレサに案内され居間に入ると、窓から入る光が眩しくて思わず目を細めた。その先には黒衣に身を包むクロルと小柄な二人が立っている。
「殿下、ご挨拶を許可してください」
僕は心臓の鼓動が止まりそうなくらい驚いていて、クロルが声を掛けるまで茫然としていた。
「あ、き、許可する」
するとぺこりと頭を下げた小柄な茶銀の髪が、風に揺れた。
「ありがとうございます。『初めまして』。王宮教師のタークです。この度は国王陛下から、両殿下の王宮教師の命を賜りました」
そして、クロルが金髪を撫でつけた小柄な少年を前に出す。
「王宮教師によると、学友が共にいてこそ学びは捗るとのとこ。これは私の養子です。名をジェスと言います。マナーハウスに一人で置いておりました。私は王宮に部屋がございますが、これを離宮の隅にでも置いていただけたらと」
クロルの言葉が終わると、ジェスが胸元に手を当てて、
「『初めまして』。殿下、共に学ぶことが出来て光栄です」
と、貴族らしい対等の挨拶をする。
「『初めまして』。ジェ……ス」
僕の声は震えていた。だめだ、泣きそう。ジェスが薄荷の香りをさせながら、僕を下から抱きしめて来た。
「泣くなよ。これからはずっと一緒だ」
ジェスが胸元に額をつけて、ささやいた。
「ゔん、ゔんっ」
ターク先生もにこにことしていて、いつものチュニックではなく、兄様やクロルみたいな長ズボンを履いて、長い巻き毛を下で緩く留めている。耳の先が少し尖っているのを隠すためのようだ。
「殿下、クロル様、お客様方、準備が整いました」
テレサが扉を開けて頭を下げる。
「ジェス、エスコートを」
「ーーはい。殿下、どうぞ」
ターク先生はクロルに抱き上げられていて、僕はジェスの差し出した手に手を添えた。そのまま指を乗せて歩き出すジェスは滑らかに歩き出す。
食事中もジェスは本当に優雅で、カトラリーマナーに厳しいメーテルも目を見張る仕草をしていた。主にターク先生とクロルが王宮教師の話をしていて、僕とジェスは目線が会うと、嬉しくて笑い合った。
「食後の茶菓は居間に用意してくれないか、メーテル殿」
クロルの言葉にメーテルが、
「かしこまりました。それにしても、ターク先生は全くお変わりなく」
とターク先生に声を掛けた。
「メーテルはさらに美人になりましたね」
「お世辞でも嬉しいですわ」
そんな会話をしていたから驚いた。ああ、でも、セシル兄様のことも知っているターク先生だから、メーテルと面識があるのだろう。
「まだ呪縛から逃れられませんか」
「ーーはい、お恥ずかしながら」
呪縛……なんだろう。メーテルの様子に後ろ髪を引かれながら、居間に行くと、ターク先生がソファに座るように僕らに指を差す。
「少しの間寂しい思いをさせました、サリオン。僕の伴侶ガリウスを説得するのに時間が掛かりました。セフェムは単純だから簡単なんですけれど。僕とジェスは今日から離宮に泊まり込みます。まあ、僕は部屋からタイタンに夜だけ帰りますが」
ターク先生は腕組みをして頬を膨らましている。こんな表情をしていると、僕より小さな子供に見えてしまう。
「でも、小人族のターク先生が人前に出て、大丈夫なのですか?」
「残念なことに僕はパッと見、サリオンよりも小さな子供に見えます。そこは王宮での着任儀式でラムダが派手なパフォーマンスをしてくれましたから、大人として認められたでしょうね。当面僕はサリオンの教師で、セシルの話し相手です。ですが、とにかく早急に動きたいというのが本音なのです」
ターク先生は僕を見てにこりと笑い、クロルとまた難しい話をし始めたから、僕は窓のところにあるソファにジェスと一緒に座った。
ジェスは茶色の落ち着いた上着とキュロットに膝からの黒のストッキングで格好いい。もっと明るい色を選べばいいのにと僕が思ったのだから、テレサも思ったに違いない。ジェスのワードローブが楽しみだ。
「ねえ、ジェスは離宮に来ても良かったの?」
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ジェスが言葉を切った。
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