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57 黒宮の崩壊
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黒の宮は石造りの堅牢で武骨な建物だ。直樹はどうしても宮が好きになれない。
「直樹様、人が多いですな。フードをお被り下さい」
黒の宮の前には人だかりが出来、税を納めに来ているようだ。
直樹はカナメに言われて柔らかい革のコートのフードを被り、シンラの手をきつく握った。
「村からの取引の者か……捌けていないではないか」
シンラの言葉に、明も頷く。
「文官が機能してないな。取り締まりの武官もいない。おい、ルカ、どうなってる?」
「いつもこんな風っす」
周囲が雑然としていて、直樹に気付かない村人たちは、仕方なくといった風にめいめいで税分の作物を置き去りにし、余った作物で取引を開始し、手持ちの作物との交換を始め、納得のいかない人のこ競り合いが始まった。
「えい、仕方ありませんな。私が、捌きます。ルカ、争いを止めて下さい」
カナメが村人の中に入り手元の作物を並べるように指示し、ルカが掴み合う人々を引き剥がす。
「まあ、文官と武官の仕事なんてこんなもんだ。しかし、これはおかしいな。ティー、お前の両親は……いるか?」
明が言うと、ティーが首を横に振った。
「シンラ、どうしたの?」
シンラが眉をひそめて顔をしかめているのを見上げて、直樹は不安になる。
「……臭い!なんで宮が臭いのだ?直樹入るぞ!」
「え、う、うん」
シンラの敏感な鼻が感じとる臭いは、直樹には分からないが、シンラの手をしっかり掴むと裏の通用門から入った。
見咎める者が誰もいないのを良いことに、明も呑気に歩いている。
直樹は冬の間少しだけ滞在した宮だったが宮の中がひどく荒れており、様々の服の人間が無言で立ち働いていて、大広間では悲鳴が上がり、シンラにしがみつく。
「直樹、大丈夫だ」
大広間には大勢の人間が、数人の太った官へ食事を運び、酒の酌を女にさせていた。
「お許し下さいっ、妻は病弱でっ!」
「うるさいのう。なあ、村の女。慰んだ後、耳でも切り落として森に……」
酔いに任せた武官が、横に侍らせた女の髪を掴んで耳に小刀を当てる。
「お、お母さんっ!」
直樹の後ろにいたティーが走り出し、
「ティー、危ないぞ」
と、シンラが手の中の剣をひょいと投げた。
剣は武官の手首に刺さり、武官は女を押し退けると悲鳴を上げて転がり回る。
「お母さんっ、大丈夫?」
「ティー……なの?」
窓のない部屋の中で酒と食べ物と、部屋のあちこちで行われている悲鳴混じりの野合がすえた臭いとなり、シンラが気持ち悪そうな表情でいたが、
「ふは……あっははは。直樹、俺たちは騙されていたらしいな」
と、明が体を折り曲げ大笑いをし、部屋が一瞬にして静まった。
「違和感だ。そう、違和感があったんだ。それは王にしか分からない。だってよ、王は無条件に愛されるもんなんだぜ?」
明の言葉にマナは首を傾げた。
「お前を二回黒宮に連れてきた。一回目は泣き出さんばかりの歓待、二回目はぎこちない接待。そりゃあ、そうだ。全部監禁された村人が官として『演技』させられてんだもんな。騙されたよ、俺すらな」
明が言葉を切り剣を抜くと、真ん中で若い女に乗り野合をしていた男に刃先を向ける。
「お前は見たことがある、新しい文官長。黒王を見忘れたか?」
シンラが直樹のフードを外すと、男が息を呑んだ。
「黒王を居づらくして出ていかせるための策略に、うかうか俺も片棒を担がされたって寸法だな。いつからこんな酒池肉林を繰り広げていたかは知らんが、黒王が邪魔だったって訳だ」
明の言っていることが、直樹には全く分からない。
「王がみんなに愛されて、ちやほやされて、気持ちよくさえしていれば、国は潤う。実は豊かに実るし、特産も手に入るし、人々は幸せに満ち足りる。ところが黒国はどうだ?王をないがしろにした結果、一部が肥え太り、浅ましく、見苦しい性根で生きて、国は部分的に衰退して行くだろうよ。ざまあねえ」
直樹は部屋の中を見渡した。明の言っていることはやはりよく分からないが、黒い立派な服を着て飲み食いしている人は、とても嫌な感じがした。しかし、それ以外の人は直樹には嫌な感じがしない。
「ティー、怪我を……」
横ではティーを抱き締めながら、ティーの目の怪我を心配して泣いている両親がいて、いつも冷静なティーも泣いていた。
ルカもカナメもティーも黒国の民でみんなを思っているし、直樹が黒宮にいた時、怯えた様子だったのがここにいる官のせいで、みんな悪い人達ではなかったから、やっぱり、この『宮』が悪いのかも知れない。
だから、強く思うのだ。
「僕は、黒国は嫌いではありません。でも、黒宮が大嫌いです。黒宮が無くなれば良いと強く思います!」
ド…と地鳴りがする。
直樹は強く強く思い、目を閉じてシンラの手を握ると、シンラも強く握り返してくれた。
黒の宮は森の宮と一緒がいい。青緑国では国を跨いで宮が存在する。あんな感じがいい。直樹は黒王だ。そして和合者であるシンラは森の王だ。それは歪められない事実である。
ならばーーーー
直樹の心象が一気に開花した。
「直樹様、人が多いですな。フードをお被り下さい」
黒の宮の前には人だかりが出来、税を納めに来ているようだ。
直樹はカナメに言われて柔らかい革のコートのフードを被り、シンラの手をきつく握った。
「村からの取引の者か……捌けていないではないか」
シンラの言葉に、明も頷く。
「文官が機能してないな。取り締まりの武官もいない。おい、ルカ、どうなってる?」
「いつもこんな風っす」
周囲が雑然としていて、直樹に気付かない村人たちは、仕方なくといった風にめいめいで税分の作物を置き去りにし、余った作物で取引を開始し、手持ちの作物との交換を始め、納得のいかない人のこ競り合いが始まった。
「えい、仕方ありませんな。私が、捌きます。ルカ、争いを止めて下さい」
カナメが村人の中に入り手元の作物を並べるように指示し、ルカが掴み合う人々を引き剥がす。
「まあ、文官と武官の仕事なんてこんなもんだ。しかし、これはおかしいな。ティー、お前の両親は……いるか?」
明が言うと、ティーが首を横に振った。
「シンラ、どうしたの?」
シンラが眉をひそめて顔をしかめているのを見上げて、直樹は不安になる。
「……臭い!なんで宮が臭いのだ?直樹入るぞ!」
「え、う、うん」
シンラの敏感な鼻が感じとる臭いは、直樹には分からないが、シンラの手をしっかり掴むと裏の通用門から入った。
見咎める者が誰もいないのを良いことに、明も呑気に歩いている。
直樹は冬の間少しだけ滞在した宮だったが宮の中がひどく荒れており、様々の服の人間が無言で立ち働いていて、大広間では悲鳴が上がり、シンラにしがみつく。
「直樹、大丈夫だ」
大広間には大勢の人間が、数人の太った官へ食事を運び、酒の酌を女にさせていた。
「お許し下さいっ、妻は病弱でっ!」
「うるさいのう。なあ、村の女。慰んだ後、耳でも切り落として森に……」
酔いに任せた武官が、横に侍らせた女の髪を掴んで耳に小刀を当てる。
「お、お母さんっ!」
直樹の後ろにいたティーが走り出し、
「ティー、危ないぞ」
と、シンラが手の中の剣をひょいと投げた。
剣は武官の手首に刺さり、武官は女を押し退けると悲鳴を上げて転がり回る。
「お母さんっ、大丈夫?」
「ティー……なの?」
窓のない部屋の中で酒と食べ物と、部屋のあちこちで行われている悲鳴混じりの野合がすえた臭いとなり、シンラが気持ち悪そうな表情でいたが、
「ふは……あっははは。直樹、俺たちは騙されていたらしいな」
と、明が体を折り曲げ大笑いをし、部屋が一瞬にして静まった。
「違和感だ。そう、違和感があったんだ。それは王にしか分からない。だってよ、王は無条件に愛されるもんなんだぜ?」
明の言葉にマナは首を傾げた。
「お前を二回黒宮に連れてきた。一回目は泣き出さんばかりの歓待、二回目はぎこちない接待。そりゃあ、そうだ。全部監禁された村人が官として『演技』させられてんだもんな。騙されたよ、俺すらな」
明が言葉を切り剣を抜くと、真ん中で若い女に乗り野合をしていた男に刃先を向ける。
「お前は見たことがある、新しい文官長。黒王を見忘れたか?」
シンラが直樹のフードを外すと、男が息を呑んだ。
「黒王を居づらくして出ていかせるための策略に、うかうか俺も片棒を担がされたって寸法だな。いつからこんな酒池肉林を繰り広げていたかは知らんが、黒王が邪魔だったって訳だ」
明の言っていることが、直樹には全く分からない。
「王がみんなに愛されて、ちやほやされて、気持ちよくさえしていれば、国は潤う。実は豊かに実るし、特産も手に入るし、人々は幸せに満ち足りる。ところが黒国はどうだ?王をないがしろにした結果、一部が肥え太り、浅ましく、見苦しい性根で生きて、国は部分的に衰退して行くだろうよ。ざまあねえ」
直樹は部屋の中を見渡した。明の言っていることはやはりよく分からないが、黒い立派な服を着て飲み食いしている人は、とても嫌な感じがした。しかし、それ以外の人は直樹には嫌な感じがしない。
「ティー、怪我を……」
横ではティーを抱き締めながら、ティーの目の怪我を心配して泣いている両親がいて、いつも冷静なティーも泣いていた。
ルカもカナメもティーも黒国の民でみんなを思っているし、直樹が黒宮にいた時、怯えた様子だったのがここにいる官のせいで、みんな悪い人達ではなかったから、やっぱり、この『宮』が悪いのかも知れない。
だから、強く思うのだ。
「僕は、黒国は嫌いではありません。でも、黒宮が大嫌いです。黒宮が無くなれば良いと強く思います!」
ド…と地鳴りがする。
直樹は強く強く思い、目を閉じてシンラの手を握ると、シンラも強く握り返してくれた。
黒の宮は森の宮と一緒がいい。青緑国では国を跨いで宮が存在する。あんな感じがいい。直樹は黒王だ。そして和合者であるシンラは森の王だ。それは歪められない事実である。
ならばーーーー
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