うたかた夢曲

雪原るい

文字の大きさ
60 / 94
4話「幼い邪悪[中編]~弱虫、再び~」

10

しおりを挟む
――アーヴィル村から30分もしない距離のところに、小さな森に囲まれて門が建っていた。
その先には何もなく、ただ門があるだけである。
セネトも、フレネ村からアーヴィル村へ向かう道中にこの門を見つけてはいたのだが…よもや、それが目的地だと考えていなかったのだ。

クリストフはセネトから手紙を受け取ると、それを門に掲げて門扉を開ける…すると、一瞬にして周囲の空気が変化した。

3人が門を通ると、そこは……

「…うわぁ、クリストフの言ったとおりだ。すっかり夜だよ…」

驚愕しながら空を見上げたセネトが、ぽつりと呟いた。
門をくぐった瞬間に夜の帳が下りたので、さすがのセネトも驚きと呆れの半分半分といった感じだ。

「今まで夜にしか、吸血鬼に会った事がないから…どういう感情をだせばいいのか、まったくわからん…」
「高位の吸血鬼にもなると、魔法でこのようにできる…んだそうですよ」

苦笑したクリストフが、簡単にこの状況についてを説明した。

――この夜が、魔法によって作られている…それを知ったセネトは、小さく頷きながら思案する。

(はぁー…これを魔法で、か。いつも見てる夜空に似てる――というか、同じ?昼間だけ使ってんのかな…)

「この魔法について知りたいんだったら…仕事が終わってから、ディトラウトのところへ行けばいい。だが、今は仕事に集中しろ」

セネトの肩を掴んだイアンが、ため息混じりに言った。
イアンの手を払いのけたセネトは、自分の師匠を思い浮かべると答える。

「気が向いたら…って、師匠は今エミールの補佐で忙しいだろ。エミールだって、いろいろ覚える事あるし…邪魔できないだろうが」
「まぁ、そうかもしれないが…お前が何かする度に、ディトラウトは――それはそうと、さっさと行くぞ」

密かに同僚の身を心配したイアンは小さく息をつくと、屋敷へと向かって歩きはじめた。
むっとしたセネトと苦笑しているクリストフも、一歩遅れてイアンを追って歩き…しばらくして、3人は屋敷の玄関先に辿り着く。

「しかし…ここに何体いるんだろうな、吸血鬼は?」

口元をひきつらせたセネトが、静かに扉に触れながら呟いた。
すぐ扉を開いてもいいが、中に入ってたくさんの吸血鬼と「こんにちは」など想像したくはなかったのだ。

「さぁ…何人いるのか、数えた事ないですからね。開けてみてからのお楽しみ、になりますか?」

躊躇しているセネトの隣に立ったクリストフが、扉を勢いよく開ける。
その瞬間…隣に立つセネトはもちろん、屋敷の中にいた者達も――突然の事に、驚きで目を丸くしさせて立ち尽くしていた。

慌てたセネトは扉を勢いよく閉めると、きょとんとしているクリストフに向けて叫んだ。

「ばっ…お前、なんで何の準備もなく開けてるんだよっ!?」
「なんでって…普通の人もいましたが、吸血鬼も何人かいましたね。ほら、よくわかったでしょう…?」

顎に手をあてて呟いたクリストフが、同意を求めるようにセネトを見た。
――もし、屋敷の中にいた者達が扉を開けようとした時の為に…と、扉をおさえたセネトは呆れながら口を開く。

「わかったが…相手にも、おれ達が来たって事が筒抜けじゃないか!イアンも、そもそも何で止めないんだよ!」
「うん?別に大丈夫だと思うが。そもそも、その気ならば…もう、とっくに襲われているだろう?」

たいして気にしていない様子のイアンが、セネトの手をのけて扉を開けた。
すると、先ほどまでいた者達の姿はなく…床にモップや書類などを残している事から、あちらも慌てていたのだろう。

「お前ら2人が、どういう風に仕事をしているのか…わかったというか。ここにいたやつらの、屋敷を護ろうとする態勢のなさ…というか」

もう…なんと言っていいのか、わからなくなったセネトはげんなりとしたように呟いた。
首をかしげながら屋敷内へ入っていくクリストフとイアンを追って、まだ何か納得のできていないセネトも入ると後ろ手で扉をゆっくりと閉めた。


***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...